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第90話  ~アルミナと独立記念祭~



「ごちそうさまでした!」

「あれ、アルミナさん早いですね……」

「勿論!

 今日は時間を大事にしなきゃ、足りなくなっちゃうからね!」


 ある日の朝食を、アルミナは一人だけ抜けた速度で食べ終えた。

 今日は特別な日だ。ご飯を食べる時間も節約して、遊ぶために時間を使いたい。

 手早く食器を積み上げて、洗い場に持っていくとさっさと洗い上げ、いつでも外出できる手筈を整える。


「あ、ユースも食べ終わった?

 じゃ、それ頂戴。洗ったげるから」

「え、ごめんありがと。

 何だ今日、すんげえ機嫌いいな」

「んふふ~、お祭りデーですよ?

 寝起きからテンション上がりました」


 元々食の早いユースがアルミナに続いたら、アルミナがてきぱきとその食器を洗い場に運んでいく。

 妙に手際が良い。意図だって勿論ある。


「ん~ふふん、ふんふふ~♪」


「アルミナさん、本当にご機嫌ですね……

 お祭り、そんなに楽しみだったんでしょうか?」

「僕にはいつものアルミナのようにしか見えない。

 あいつはいつでもあんな感じ、たぶん十年後もあんな感じ」


「……ごちそうさま」


 鼻歌を歌いながらアルミナがユースの食器を洗い終え、置き場に添えた辺りで、シリカが朝食を食べ終えた。

 マイペースに食事していたルザニアとチータより早い完食だ。シリカも数秒前まではマイペースに食事していたが、何だか妙な胸騒ぎを覚えて途中から箸が早くなっていた。


 でも、もしかしたら間に合っていなかったかもしれない。

 シリカも自分の食器を洗い場に持っていくが、入れ替わりで洗い場から離れたアルミナが、ポニーテールを結ぶ髪留めを唐突にはずした。

 この時、嫌な予感の正体にようやく気付いたシリカが、ぞっとして振り返ったがもう遅い。


「ねね、ユース、お祭り一緒に回らない?

 カナリアちゃんの演舞とか、いっぱい見るとこ押さえてあるよ?」

「ん、ああ、それはいいけど……」

「よし、そんじゃさっそくレッツゴー!」


 子供のように出発進行の拳を小さく振り上げ、玄関へと早足に去っていくアルミナには、ユースもテンションの高い姉に呆れるような笑み。

 その遥か後方では、やられたという顔を洗い場に向けて隠すシリカが、慌てて食器を洗っている。

 でもやっぱり、今さら焦ってももう遅い。ユースは取られちゃった。


「それではお先に行ってきます!

 みんなも早くね! せっかくのお祭りですよー!」

「じゃあ行ってきます。お先に」


 居間の出口で家族に挨拶していく二人を、シリカはひくついた笑みで手を振って見送っていた。

 お先に、というアルミナの発言が、シリカには妙に突き刺さったものだ。今日はなんとか勇気を出して、ユースをお祭り巡りに誘ってみようと思っていたのに、もたもたしているとすぐに先を越されてしまう。


「ルザニアも食べ終わったらお祭り巡りだろ?

 ある程度は僕が案内してやるよ。一応、行って楽しそうなところは探しておいたから」

「え、本当ですか?

 すみません、ではよろしくお願いします」


 シリカのがっくりオーラを感じ取ったチータは、沈黙の食卓にルザニアが変なものを察する前に、発言して薄め沈黙を洗い流す。

 初めてのセプトリア王国のお祭り、どう巡ろうかと少し考えていたルザニアも、良き先輩の優しいエスコートを得られるとわかって嬉しそうだ。


「私も行ってくるよ。二人とも、戸締りはしっかりな」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 食器を洗い終えたシリカが、出支度のために自室へ帰っていく姿を、チータはしらっと見送った。

 知ったこっちゃないが、今日はなかなか熾烈な戦いが繰り広げられそうな予感。いちいち追いかけて観察する趣味はないが、色々起こりそうなことを想像するだけでも、身内のチータにとっては充分楽しい。


 今日はセプトリア王国の独立記念日だ。

 国内年間最大のお祭りの日ということで、朝食時のこの時間から、王都の賑やかさは家屋内にも届くほど大きくなっていた。











「ひゃー、凄いね!

 空から見たら多分、足の踏み場もないよ!」

「この、立ち止まったら渋滞起こしそうな感じ、懐かしいな~。

 エレムでも創騎祭の時ぐらいしか、ここまでいかないだろ」

「今年は創騎祭、見逃しちゃったからねぇ。

 代わりにこっち、存分に楽しんでおかなきゃ勿体ないよね」


 王都の大通りに出たユースとアルミナは、人でごった返した環境の中、ユースの言うとおり立ち止まることも出来ずにぶらぶら歩いている。

 端まで詰まった大通りは、用もないのに出店が構えられた道の端に行くのも憚られるし、道の真ん中で立ち止まろうものなら多くの人の邪魔になりそう。

 普段は馬運車も悠々と通れる幅を持つ大通りが、ここまで人でいっぱいになるのは、セプトリア王国の一年間でこの日だけだろう。


 ユースとアルミナの祖国における、年間最大のお祭り"創騎祭"は、例年どおり先月末に行なわれたはず。

 セプトリアに出張状態の二人は、毎年楽しんできたあちらに今年は不参加だったのだ。

 それは残念だったが、代わりに今年二人が巡り会えたこちらの独立記念祭もまた、祖国の大祭事にも劣らぬ華やかさ。

 普段は触れていないお祭り、だけど楽しい空気は一緒、アルミナが特別テンション上がっていることにもある程度ユースは納得である。彼も静かな顔の奥、密かに心躍っている。


「にしてもすんごい人だかり~……あっごめんなさい。

 ユースユース、はぐれないでよ? はぐれたら遭難しちゃう」

「わわ、すいません……アルミナ、こっちこっち」


 たいした密度の人の往来だ。道行く人との接触も多くなる。

 互いに避け合う人々だが、それでも肩など触れ合えば詫び声一つは発するが、ユースもアルミナもその言葉を発する機会がまあまあ頻発する。

 だって避けられない。なんとかするする人混みの間をすり抜ける間に、ユース達は互いの距離が離れそうになる環境に焦りかける。


「ね、ね、ちょ、ほらほら」

「んむ……」


 ちょっと離れた場所で人混みに揉まれながら、アルミナが右手を伸ばしてきた。

 わかる、意図はわかるとも。でも、ユースには気恥ずかしい発想しか沸いてこない。

 だけどこの状況、求められてやれることは一つしかない。


 ユースはアルミナの手を握り、くいっと自分の方へと引っ張った。

 足取り軽やかに、人をかわしながら引き寄せられてきたアルミナは、最後に少しだけよたついてユースへと前からもたれかかりそうになる。

 ちゃんと逆の手をユースの肩を握り、胸の中に飛び込みかけた体勢を耐えたアルミナだが、やや近い距離で前のめり気味のアルミナが、ユースの顔を見上げる形になる。


「へへへ、ナイス。

 ホントこの状況ではぐれたら、当分お互いどこ行ったかわかんなくなりそうだし」

「ま、まーなぁ……」


 手を握って貰えたアルミナが上機嫌そうに笑い、一度ユースの手を離す。

 右手で右手を握ってもらっていた形を解消し、代わりに左手でユースの手を握る。

 思わぬ行動にユースが驚く中、人の流れを崩さないようまた歩き始めるアルミナが、足の止まっていたユースをリードするような形になる。


「ふふ、しばらくこのままでいよ?

 この方が、はぐれたりしないよね?」

「ん……」

「……んふふっ♪」


 手を繋ぎ合った二人は離れ合うことなく、お祭りの空気に満ちた王都を歩いていく。

 言葉は発することなくなったが、幸せに満ち溢れた顔を左右させ、祭の空気を楽しむアルミナは上機嫌。

 その隣では、ユースがアルミナから目線を逃がすかのように、忙しく祭の風景を見渡すふりをする。


 今日は何故なのかポニーテールをほどいたアルミナだが、下ろした彼女の長い髪が風になびくたび、鼻を撫でてくる芳しい香りには、ユースもなんだか胸が騒がしくなる。

 何より右手に伝わってくる、アルミナの左手の柔らかい力だろう。

 明らかに、普段の戦友とは全く異なる、同い年の女性と手を繋ぐこの空気に絆されたユースは、今のアルミナの顔に目を向けることが妙に気恥ずかしくなっている。


「ん? 私の顔に、何かついてる?」

「いや別に……」

「あっ、なんでそんなパッと目を逸らすの」

「やー別に……いやホントなんでもない……」

「はっきりしろーい♪」

「こ、こらこら近い……ちょっと落ち着けお前……」


 にこにこ笑顔のまま、甘えるようにずいずい顔を近付けてくるアルミナには、ユースもたじたじで逃げがちだ。

 弱くもユースの手を握るアルミナの手は、決してユースを逃がさない。

 少し色を帯びてきたユースの頬を見て、くすくす笑うアルミナの顔も、少しずつそれらしい色に変わりつつある。


 ポニーテールで無くなっただけでも、亜麻色の長い髪を柔らかく降ろしたアルミナの姿は、何度も顔を合わせた彼女の顔と、大きく変わり映えるほどに女らしい。

 まして、今日の彼女の表情だ。まるで特別な人がそばにいる喜びを隠せない女性のような、普段よりもいっそう目を細くして笑うアルミナの表情は、ユースが直視しづらくなるほど可愛らしい。

 そんなユースの反応を見るにつけ、アルミナの幸せはどんどん高まる一方で、それが尚も彼女の表情を乙女らしいものへと塗り濃くする。


 とくとく胸が強く打ち始めた実感にユースが戸惑い続ける中、彼の手を握るアルミナもまた、慣れた胸の高鳴りに心地よさを覚えていた。

 同じ心臓の騒ぎ方だ。共有し合えるであろう実感に、双方全く異なる感想とは、それもまた自覚ある者の無い者の差が生む風情である。






「カナリアちゃーん! 来たよー!

 サラサさんも、コルメさんも!」

「ふうっ……

 あっ、アルミナさん、どうもっすー!」

「うわ、何だアレ」


 ごちゃごちゃした道を掻き分けながらも、アルミナははっきりとした目的地を目指して進んでいたようだ。

 城のやや近い場所、通りの三叉路地点の少し開けた場所に、大きなステージが建造されていて、ステージ上では三人の女性が観客に手を振っていた。

 ほんの数秒前まで、壇の下の演奏団が奏でる音楽に合わせて、舞を披露していたようだ。

 終わったところで、観客の最前列まで出てきたアルミナが、歓声や拍手に混ざって声をかけたところ、壇上舞姫の一人カナリアはアルミナに反応する。


「すごいカッコしてるねぇ。ユースどう?」

「いや、これ、大丈夫なのか? 風営法ひっかからねーの?」

「あはは、私もそんな気がする。ギリッギリ攻めすぎだよね」


「ホントはナナリー様もけっこう渋い顔されたらしいのよねぇ。

 ハルマ様がここだけはどうかって、頼み込んだ? ゴリ押し? したらしいけど」

「うちのカナリアったら最初、恥ずかしがって帰るとか言い出してたのよ~?」

「やっぱこれ恥ずかしいっすよぉ~……

 あっ、こらユースさん、あんまジロジロ見ないで下さいねっ!」


「よしユース、見るなっ」

「お前何のために俺をここまで連れてきたんだよ」


 胸を隠して顔を赤くするカナリアだが、確かにそんな態度をしてもおかしくないぐらい、壇上三人の衣装はなかなか凄い。

 要はチューブトップ型の胸を隠す衣装と、ビキニ状の下の二つだけ身に纏い、あとは不思議と型を崩さない羽衣を天女のように着飾る三人なのだが、その布面積の小ささがひどいったらありゃしない。

 殆ど水着である。あるいは水着よりも出ている肌が多い。

 魔法の羽衣とでも言うような、透けて三人の体の周りをふわつく羽衣が、ある程度三人の体をちらちらぼかすが、言う人に言わせればそれが余計にエロいとかいう話にもなりそう。


 ユースが性格上、目のやり場に困るのはいつものことだが、まあまあ三人も見世物と自覚してステージに上がっている都合上、これはまだユースも精神的な意味で見やすい。

 すげぇエロい格好だが、夜の色町で同じものを見るより、日中多くの観客と一緒にこれを目の前にする今なら、まだなんとなく目を逸らさずに見られる気がする。同じものでも環境の差で、見え方が違うというのはある。

 同時に、こんな衣装で白昼堂々舞う見世物が、やや潔癖なセプトリアの王都でよく通ったものだとも思うが。

 アルバーシティの知己の出し物を売り込みたいハルマが、ナナリーに頼み込んだ姿が目に浮かぶような。


「この格好、下から見上げられてると思うと無性にスースーするんすよねぇ……」

「やるねカナリアちゃん、そんな格好で人前に出るのは流石に私もムリ♪」

「もー! からかわないで下さいよー!」


 仲良くお喋りする二人は、カナリアも言葉と裏腹はにかむような笑顔。

 同時にカナリアは、男の知り合いであるユースを気にしてちらちらちら。

 膝に両手を置いてアルミナを見下ろす形を作っているが、それは腕で腰周りを少し隠す仕草であって、布面積の小さい股の辺りを、あんまり下から見られたくない気持ちの表れなのだ。


 ただ、カナリアは気付いていないのだが、その姿勢だと胸の張りが下から見て強調されがち。

 ユースが困っている。カナリアの方に顔は向いているが、目線は全然関係の無い上空へと逃げている。


「午後もまたやるんだよね。午前の部はもう終わっちゃった?」

「いや、あと二曲あるっすよ。

 午後の部でお待ちしてる気分だったんすけど、間に合ってくれたなら見てって下さいよ」

「わ、よかった。

 午後の部の時間だけ確認しに来たんだけど、間に合ったなら見てく見てく」


 このステージは、数多くの演者が代わる代わる、自分の見世物を見せていくステージだ。それで今日は、一日中スケジュールが決まっている。

 カナリア達の舞いは、衣装のせいもあって刺激的な見世物には違いないので、まだ客足の少ない朝早くに開催されるスケジュール。これで朝早い客のテンションを上げ、近場の商売人らが機嫌よくなった男性客にいっぱいものを売る、という、あざとい計算もあっての組み立てだ。

 ちょっと時間が早すぎて、来ても終わっていることを想定していたアルミナにとっては、これは嬉しい誤算であった。


「それじゃあ音楽隊の皆様、次の曲よろしくお願いしまーす!」

「カナリア、行くよ! 練習してきたもの、先輩に見せてあげなきゃね!」

「了解っす!

 ――お二人とも、ちょっち恥ずかしいけど、ちゃんと見てて下さいね!」


 ばららん、と、演奏団の一人がトゥーラを一度鳴らしたことをきっかけに、サラサとコルメに導かれる形でカナリアがステージ上の持ち場につく。

 一番若いカナリアが、真ん中のポジションを預かっている。晴れ舞台と言って過言ないだろう。

 こんな格好で先輩の前で踊るなんて恥ずかしいような、でも格好いいところを見て欲しいような、むずむずする笑顔を浮かべてカナリアが、かつかつ踵を鳴らし始めるのに合わせて、観客も手拍子を打つ。

 アルミナ達が来る前から、そういう空気だったのだろう。ユースとアルミナもカナリアの足拍子に合わせて手を叩く。


 楽器九種を揃えた演奏団が奏で始めたバックグラウンドミュージックは、それ単体で充分見世物になるほどの出来栄えだ。

 それを耳で楽しみながら、流れ始めた音楽に舞い始めた三人の姿を目で楽しむ。一幕にあって二度楽しい、実に贅沢な見世物だ。

 特にユースとアルミナを驚かせたのは、サラサとコルメとカナリアの踊る舞いというのが、素人芸の域を超えた完成度であったこと。

 引きと緩急を駆使した音楽に合わせ、静止とめりはりの利いた足取りや手の動き、それはきっと指先ひとつの曲げ方まで意識した、修練の賜物を思わせるものである。

 合間に観客に手を振ったり、ウインクしたりするサラサとコルメだが、この二人は恐らく、夜の仕事でもこんな舞いを披露することに慣れているのだろう。


「さあ、もっと! みんな手拍子小さくなってるよ!」

「指笛、吹き声、何でも何でも! さぁさお客さん、もっと頂戴弾み囃し!」


 流麗に舞いながら、曲が節目に差し掛かった時、客に呼びかけるサラサとコルメが、見惚れていた客の手に仕事を思い出させる。

 二人と異なり慣れの少ないカナリアは、覚えた舞いを貫き通すことに集中しきっているが、汗を散らして舞うカナリアは、羞恥心を忘れた輝かしい笑顔を日の下に映えさせる。

 客を振り返る余裕の無い中で浮かべる、あの楽しそうな笑顔とは、まさに今この瞬間を彼女が存分に楽しんでいる証拠に他ならない。


「カナリアちゃーん! 綺麗だよー!」


「っ……」


 しばしば客を見渡すも、多数の人混みとしか見る余裕しかなかったカナリアに、大好きな先輩からの褒め言葉。

 ただでさえ楽しかった顔に、そうだ見られてるんだという気恥ずかしさと、今の自分を微笑ましく見守ってくれるユースとアルミナに対する嬉しさが混在するようになる。

 手を振るアルミナと並ぶユースも、今やカナリアから目を離せない。下心なんか無い。

 あんなに楽しそうに舞う年下の知り合い、目を奪われるなと言われる方が無茶言うな。


「いいぞー、カナリア!」

「ほんとに綺麗! 女神様みたいだよ!」


「――お客さーん!

 今日はいっぱい、楽しんでって下さいねー!」


 今さらなこと、そして、ここまでは客に語りかけることも出来なかったカナリアが、ステージ上で今日初めて発した大声に、衆目から声援が沸き起こる。

 指笛を鳴らす男性客や、ヒューと裏返った声を発する若者にはじまり、大人の女性客とて可愛い年下の女の子が心底楽しんでいる姿に、手拍子の音を大きくする。

 良い客だ。この客前で何かを披露すること自体、きっと演者冥利に尽きるはず。

 心躍るのは観客のみにあらず、弾む心とともに動きを大きくするサラサとコルメ、感動すら抱いて足取りを軽くするカナリアの姿が、演奏団の指にすら活気を与えていく。


 手をつないでいることすら忘れ、二人は僅か十分にも満たぬ二曲ぶんの舞いを、魅入る一方で見上げていた。

 親しんだ者達の晴れ舞台とは、それに勝る見世物を探すことが難しいほど華々しい。






「いやー、やっぱりお祭りはいいねっ!

 特にカナリアちゃんですよ、ええ! 凄かった! エロかった!」

「お前のそのテンションはいつ下がるんだ」

「無理なんじゃないかな。楽しくてしょうがない」


 カナリア達の演目を見届け、その後もお祭り巡りを続けてきたユースとアルミナは、昼食時の時間になって、屋台めいた軽食の場に腰を落ち着けていた。

 今日は王都、至るところにこういう屋台が置かれている。幾千幾万の人々が、何か食べたいと思うに際して、どこもいっぱいだなんてことにならないよう、国と商人らの構えも万全だ。


「っていうかユースがさ、カナリアちゃんを食い入るように見てたのがたまんない」

「そういう意味で見てたんじゃないっつーの。

 なんかこう、よかったじゃん。目を離せなかったじゃん」

「あの時はそうでも、今改めてカナリアちゃんの姿を思い出すとどうだ」

「うん、まあ、エロかったね。あんまり思い出さすな」

「ふっ、スケベめ」

「お前がカナリアを舐めるような目で見てたのよりマシだよ」


「はいよ、お待ち! ごゆっくりな!」


 定番めいたかけ合いを笑いながら交わし、出てくるものを待っていた二人の前に、屋台のおっちゃんが丼にスープを満たした麺料理が出してくる。

 ごゆっくり、というのは他意なく言ってくれているはずだ。ただ、環境上この屋台は客でいっぱいであり、早く食べ上げて去った方が、回転率がよくなっておっちゃんも儲かりそう。

 そんなわけでユースもアルミナも、さっさと食べて行こうと内心で決め込むのが早い。

 二人揃っていただきますを口にした後、箸を手にして口をつけに行くのが速やかだ。


「はふ、はふ……ユースはさ、お祭りどこ巡るとか計画立ててないの?

 行きたいとことかない?」

「いや別に……適当に歩いてても、何か面白そうなものはいくらでも見つかるだろ的な……」


 熱いスープを二人とも適度に息で冷ましたり、火傷しないような口への含み方などしながら、合間合間に会話を挟む。

 話せば無限に会話が続くこの二人、どうやら食事中でもかけ合う言葉が、食事の妨げにならないぐらいリズムも合っているらしい。


「逆にお前、けっこう見回る順番とか考えてたみたいだけど、それどういう情報から組み立ててんだ?」

「だいたい人づてだよ~?

 あの人は今日あそこでアレするとか、あの人は今日そこでナニするとか、リサーチしてきたもん」

「ああそっか、お前知り合い多いもんな」


「はふふふ……お城からもっ……けふっ」

「口ん中からっぽにしてからでいいよ、熱いんだろ」

「んくっ……あはは、ごめんごめん。

 どこでどういうことやってるかとかは、お城や広場の掲示板にぺたーと貼ってあったよ。

 私はあんまり参考にしてないけど、普通の人はそっちで見回る順番とか計画するんじゃない?」


 そういうきっちり見やすく纏めた、お祭り巡りの手引きを無視してしまう程度には、アルミナは知り合いが多すぎて、集めた情報だけで計画が立てられてしまうのだろう。

 家の近所の老夫婦に始まり、市場で普段働く商人ら、城の女中ら、さらにはハルマと繋がりがあると知ってからご挨拶に伺ったシャプテ商会の人々やら、今日のお祭りに関わる知り合いは山ほどいる。


「そんだけ友達増やしちゃうと、帰る時に寂しくなっちゃったりしないのか?」

「んー、あるかもね。

 でも、一緒にいられるのは一緒にいられる間だけだし、人の繋がりっていうのはそんなもんだよ。

 一緒に過ごした時間と思い出だけで、私はけっこういい夢見られるし」


「そっかー。俺はもうすぐ帰国すること考えると、ニトロとのお別れを想像しただけでちょっと寂しかったりもするんだけど」

「あはは、なんかちょっとあんたらしい気もするわ。

 あんた好きになった相手にはべったりなタイプだもんね」

「自覚あるある」

「優劣つける気はないけれど、私も特別大切な相手には、そんなとこもあるからわかるよ。

 やっぱ私、あんたやシリカさんがそばにいないと寂しがる気はする」

「あー……うん、まあ、それは俺もあるな」


 普通に話していた二人だが、少しずつユースの挙動と目の動きがおかしくなってきた。

 アルミナは気付いていないが、互いに見もせず語らっていた空気の中、ユースがちらっちらアルミナの方を見る頻度が生じている。


「……っていうかお前、なんで今日は髪ほどいてんだ?

 なんか食いづらそうにしてるけど……」

「あ、気付いた?

 お祭りだし気分転換にイメチェンしたんだけど、ご飯の時だけは邪魔だねコレ」


 気付いた? というのは髪をほどいていることではなく、食べづらそうにしてるの気付いた? という意味。

 麺をすする以上前かがみになるアルミナだが、長い髪が降りる降りる。

 左手で髪をかき上げて麺をすするアルミナは、普段のポニーテールなら、こんな手間はかかっていない。


「今日は何でほどいてるんだよ。

 朝、いきなりほどいた時から気になってたけど」

「なんでだと思う?」

「さあ……」

「うーん、クイズにすると難しすぎるかなぁ」


 勿体ぶっている風ではなさそうだが、アルミナは答えを明かすより先に麺に口をつけにいく。

 熱い料理を早く口にしていくアルミナは、よく汗をかいた顔をしているが、髪をかきあげてその顔をあらわにする姿勢も相まって、ユースからでもそれがいっそうよく見える。


 少し前かがみだから、ちょっと胸の形が強調されているせいもあるのだが、汗いっぱいの顔ではふはふ言いながら麺を口にするアルミナ、細めた口も相まって、なんだかこう色っぽい。

 冷静に見たらすごく可愛い奴だとはユースも知っているのだが、ちょっと今のアルミナは別の意味で見づらい。

 こんな目でアルミナを見ていることを彼女に知られようものなら、ものすごくいじられる予感しかしない。


「……ふう、ごちそうさま。

 おじさん、お代ここに置いていきますね」

「おう毎度!

 もっとゆっくりしていってくれていいんだぜ?」

「いえいえ、お次のお客さんも来るでしょうし。頑張って下さいね!」

「すまねえな!」


「行こ、ユース?」

「あ……うん」


 そのまま最後の一口を食べ終えたアルミナは、先の話を忘れたかのような普段どおりの顔で、ユースを屋台の外へと促す。

 ユースはアルミナより少し早く食べ終わっていたのだ。アルミナは途中、お喋りに夢中になってむせた場面もあったりで、早食いが少し滞ってしまったことが響いたのかもしれない。


「特にユースは行きたいとことかないんだっけ。

 そんじゃ続いて、私がリードする形でオッケー?」

「ん、まあ……」

「よーし、行くぞー! まだまだ今日は長いぞー!」


 お腹いっぱい、元気一杯いつもだがのアルミナがずいずい進んでいくのを、ユースは後ろからついていく。

 先の問いに対する解答はまだ得られなかった。流れた話を蒸し返すこともせず、ついていくだけのユースだが、長い髪を下ろしたアルミナの後ろ姿が妙に気になる。


 以前アルミナから、女であることも少しは意識して欲しいと言われたことがある。

 昔からそんなことはわかっている。意識してしまえば、可愛いって思わずにいられない相手だとも。

 ぎくしゃく、どぎまぎするのが嫌だから、普段はずっと意識しないようにしてきた数年間があって、それはもはやユースの中では習慣になっているから、きっかけがないと女の子としてのアルミナを見つめる機会が無いのも事実である。それはもう、しょうがない。


 だけど、意識してしまったらもう、その日一日はずっとどうにもならない。それだけが、昔と違う。

 日中ついそれを意識してしまっても、時間を置いたら、たとえば夕食時には、意識しないで普通に喋れる、そんな数年があったはずだった。

 ここ最近、何か一つ吹っ切ったようなアルミナを見て以来、彼女をそうだと意識してしまったが最後、寝て起きた翌日の朝まで、ずっと気持ちが切り替わらなくなったのだ。


 騎士と傭兵、そうした二人として肩を並べる時間だけは、きっぱりこんな気持ちとは無縁である。

 しかし、そうでない時は。

 二人はもう、二十歳を超えて配偶者探しを意識してもいい年頃になった。出会った数年前のあの頃とは違い、あの日よりも確実に二人の関係は、違うものへと変わりつつある。











「おー、流石。

 やっぱ本職スナイパーは違うなぁ」

「ふへへー、ざっとこんなもんですわぁ」


 お祭りとは様々な出店が立ち並ぶもので、遊びには事欠かない。

 ユースとアルミナが今遊んでいるのは、子供も遊べる射的場だ。出店と言っても屋台のようなものではなく、長屋を借りてやや遠目に的を置いた、大人でも楽しめるような場所である。

 ここで扱う銃とは、銃の形の木彫りのおもちゃにコルクを詰め、レバーを数度引いて戻して気圧を溜めて、引き金を引いたらポンとそれが発射されるというものだ。

 だから子供から大人まで、ちょっとした銃士気分を楽しめる、なかなか遊び応えのある射的場と言えよう。


 流石に普段扱っている自分の銃と比べると勝手が違い過ぎるのだが、アルミナはそんなおもちゃの銃でも、五発試し撃ちすればもうモノにする。

 今しがた、ここからが本番だと言わんばかりに、コルク弾三連発を的の真ん中に的中させたところである。

 出店のお姉さんを含め、周りの客もアルミナの手腕には感心させられるばかりで、いい見世物にすらなっている。そりゃあ本職、しかも凄腕だから。


「さ、今度はユースの番だぞう。

 ダーツ出来るんだから射的も出来る出来る」

「どーせ上手くいかなくて、普段お前がやってることが、どれだけ凄いか思い知らされるだけな気がする」

「あはは、別にそんなつもりはない。

 でもリスペクトされるならそれは嬉しく受け取ることにする」


 もう私は充分、極めたからあとはあんた、とばかりに木製銃を渡してくるアルミナからそれを受け取ると、ユースはレバーを数度引いて戻してする。

 アルミナは一発につき三度引いていた。見ていたユースなので、職人の思う模範回答は真似られる。

 そして発射。遠方の的には当たらず、ちょっと上の何もない所へ。


「あれ、もしかして狙った場所よりちょっと上に行く?」

「この距離でその圧ならそんな塩梅になるっぽい。

 思ったよりも少し下を狙うぐらいがいいよ」


 よしもう一回と、コルクを詰めてユースはレバーをがちゃがちゃがちゃ。

 そして発射。今度は的の真ん中の、少し右側に着弾。中心にはやや近め。


「お、いいじゃんいいじゃん。

 も少し左だったら的中だった」

「よし、今度は――」


 案外簡単なのかな? なんて一瞬思いかけたユースだが、ここから五発、弾を発射してみたところ、なかなか的の真ん中には当たらない。

 さっきの、中心から少し右に当たったあの一発が、恐らく真ん中には一番近かっただろう。

 斜め左上に逸れたり、的の下部に当たったり、狙いを定められた気になった途端、不思議なものでどんどん的中からは遠ざかっているような気がする。

 流石にさっきのはまぐれだった模様。二発目のビギナーズラックというやつだ。


「あー難しいな。

 よく狙ってるつもりでも、微妙に狙いがそうじゃないのかな」

「距離が伸びれば伸びるほど、銃口の僅かなズレが的から大きく離れるからね」


「お前普段はもっと長距離でこんなことやってんだもんなぁ。

 改めて何とやらかんとやら」

「そういうあんたの人を立てるとこは素敵、でもあんま言わなくていいよ。

 こっちはプロなんで、ああいうのは出来て当たり前意識でいるからさ」


 自慢げに言うでもなく傲慢さも無く、普段からそういう意識でやっている者として素の言葉だから、しれっと発されてユースも普通に聞き流しそうになるほど。

 凄いなぁ、なんてユースは内心で思うのだが、ユースだって剣の道で同じような褒められ方をしたところで、自分を凄いとは思わないだろう。それと一緒。

 上を知る、意識高い連中なんてのはそんなものである。二人とも根が素直だから、褒められたりしたら照れたり喜んだりはするけれど。現にアルミナも、口ぶりはさておき表情は、褒められたことによって少し嬉しそうである。


「今はこんなな私でも、初めて銃弾を的の真ん中に当てれた時はすごく嬉しかったんだよ?

 今日はユースにも、ちょっとそんなカンジの気分を味わって帰って貰いたい」

「俺で言えば、年上の人との手合わせで初めて一本取れた時の嬉しさに似てるのかな」

「あはは、そうなのかも。

 よしよし、ユース、教えてあげちゃうぞ」


 ユースの持った銃にコルクを詰めたアルミナが、その手でレバーを三度引き押しすると、ユースと一緒に銃を握る。

 ほら、的を見据えて、と言うアルミナに言われ、ユースは銃を構えて的を見つめるが、そのすぐ近くにアルミナが顔を寄せてきて、ユースと一緒に銃口の向く先を見据える。


「この銃、銃口よりも銃身の中点(だいたいこの辺)を注視点にするといいかもね。

 ここを基準に、銃口を的の狙いたいとこに……」

「…………」

「あれ、聞いてる?」

「いや、聞いてるけど……」


 近い。すげえ近い。吐息すらかけ合えそうな距離感。

 一緒に銃を持つアルミナの手だってユースに触れているし、身を寄せたアルミナの胸元すら、下手に体勢を変えたら触れてしまえそうだ。

 狙撃手は集中力が命と言われるが、今ユースの集中力を阻害しているのは、他ならぬアルミナではなかろうか。


「ひとまず、多分これで的中すると思うけど……なんとなく、今のこのカンジ、覚えられそう?」

「ん、んん……なんとか……」

「よし、発射(バキュン)してみて?」


 言われたとおり、銃を構えた姿勢から来る今の視界をなんとなく覚えた上で、ユースは引き金を引いてみた。

 流石アルミナだ。人の持つ銃すら的中に導けますか、という結果になった。

 初めての的中の喜び、というには補佐が大きすぎたが、なんとなくユースも嬉しくなる。


「……念のため、もう一回教えてあげるね。

 今のカンジ、忘れないためにさ」


 陽気な声が少しおとなしくなったアルミナが、ユースの返答も聞かないまま、銃にコルクを詰めてレバーを前後させる。

 そうしたら、ほんの一瞬だけ、何かに対して腹を括るためのような間を設け、ユースの両手を握ってくる。

 つまり今度は銃身ではなく、引き金と銃身に手を添えるユースの両手に直接手を添え、銃を構えるユースの姿勢を操ってくる。


「あ、アルミナ……?」

「ほ、ほら、ちゃんと自分で狙いを定めてみて?

 それがなんかズレてると思ったら、私が姿勢を正してあげるからさ?」


 唐突に手を握られたユースが戸惑いを隠せない前、アルミナはまた近い距離で笑顔を作っている。

 さっきまでと違うのは、ユースの手から伝わる体温を顔にまで貰ったかのように、顔色が赤みを帯びている点。

 アルミナの胸中がどうなっているかはさておいて、ユースの心臓が音を立て始めたのは言うまでもない。


 どきどきさせられながら、ユースは雑念を振り払うよう努めながら、銃口を的の真ん中に向けようとする。

 真っ直ぐ向けてはいけない、少し下へ。左右の調整も忘れずに。

 問題はアルミナのせいで集中力が削がれており、引き金を引いたら的中に至る、という銃口位置をなかなか作れないこと。


「もうちょっと右かな~……力抜いて、ちょっと震えてない?

 リラックス、リラックス……うんうん、そのまま、あとちょっと下……」


 ユースの手を介して銃口を操作してくれるアルミナは、構えた姿勢が長くなって指先が緊張してきたユースの手を、ふにふに優しく揉んでくれる。

 柔らかいアルミナの掌の感触は、異性の存在を目が逸らしようもないほどユースに伝え、思わず生唾を呑み込むユースを誘発する。

 何がきついかって、至近距離のアルミナって異様にいい匂いがする。女の子の香りとしか言いようがない。


「よーしよし、このままだぞぅ。

 ユース大丈夫? 離すよ?」

「あ、うん……」

「……ホントに大丈夫? 最後まで、持っといてあげようか?」

「だ、大丈夫、だと思う……」


 手放したくなくなったのか知らないが、最後にちょっと粘ったアルミナだったが、ユースの言葉を受け取ると、最後にここだという場所までユースの手を導くと、ようやくそこで手を離した。

 そうして一歩ぶんユースから離れるアルミナだが、そこでようやく周りが自分達に向ける好奇の目に気付き、かあっと顔を真っ赤にする。

 流石にちょっと人目を憚らな過ぎた。微笑ましがる目で見てくる人が多すぎる。


「……ユース、行けっ!」


 照れ隠しにユースに発射命令を下したアルミナにより、ユースが引き金を引いてみせる。

 やっぱり的中だ。アルミナに指示されたとおりにして引き金を引くだけで、弾というやつは勝手に当てたい場所に吸い込まれていくらしい。


「やったじゃん、ユース!

 今のを忘れないうちに、もう一回!」


 元の元気なアルミナに、変わったのは頬の色のアルミナに促され、ユースは目をしぱしぱさせながら、いそいそコルクを詰めていく。無言である。

 駄目だ、やりづらい。こいつ、意識してしまったら本当にきつい。心臓に悪い。

 自分の顔が、耳まで真っ赤になっている自覚がある。これはもう、射的ごっこに集中して、色々忘れてしまった方がいいような気がする。


 この後ユースは、二十発ぐらいコルク弾を発射し、七発も的の真ん中に当ててみせていた。

 はっきり言ってなかなかの成績である。おもちゃの銃、かつ的の距離も真の狙撃手らしい距離ではないとは言っても、手にした初日でこれだけ当てたら、才能あるんじゃないのって冗談めかして言ってもらえるレベル。

 もっとも、明日同じことが出来るかと言われればそうでもなさそうだが。

 今のユースは、何かを忘れるために、かなりの集中力を見せたからであって、この時と同じコンセントレートを再び発揮するのは今後難しいと思われる。


 アルミナの言う、初めて自分の力で的中させた喜び、というのは、残念ながらこの日のユースはあんまり実感できなかった。

 それどころではなかったのである。











「けっこう遊んだねー。

 財布にかなりダメージ入ってまーす」

「お祭り時はスリに注意って言うけど、スリなんかいなくても金なくなっていくよな」


 射的場で遊んだ後も、ユースとアルミナは出店をいくつも回り、買い食いし、遊び、今は飲み物を片手に公園のベンチにてひと休みしている。

 稼ぎのいい二人なので、お祭り如きの豪遊で経済的に深刻なダメージを負うタイプではないが、想定していたよりもお金を使っているのは確かであり、それを二人で笑い合う。

 遊ぶからお金はけっこう使うだろうな、とはわかっていたし、二人とも今日の予算を高めには設定していたつもり。それでもそれ以上に使っちゃうのだから、お祭り環境の磁場というのは、庶民の財布から小遣いを吸い取る引力が強いものだ。


「ねね、ここまでどう?

 アルミナ様プロデュース、お祭り巡りエスコート、お楽しみ頂けてる?」

「そりゃな。

 お前毎年の創騎祭でもそうだけど、こういう時の下準備すごくしっかりしてるもん」


 何気ない、普段と変わらない会話だ。

 お祭りなどのイベント事では、事前にしっかり下調べをして、身内が楽しめる歩き方を用意するのが好きなアルミナなので、ユースにとっては毎度関心させられていることである。


「……そっか、よかった。

 一昨日の晩から、みっちり計画してきたんだからね」


 満足してるよ、というユースの言葉を、少しうつむいて噛み締めたような顔をしたと思ったら、やや抑え目の声でそんなことを言うアルミナに、ユースは飲み物を口に運ぼうとしていた手が止まる。

 ふとアルミナの方を向けば、今の言葉を途中から、ユースの顔を見つめて言っていたアルミナと目が合う。


「…………あ、いや、ま、毎年やってることだけどね?

 創騎祭でも、私の作ってきたお祭り巡り計画案、ハズれたことなかったでしょ?」

「あ、ああ、うん、そうだな……

 アルミナのそういうとこに、俺はいつも助けられてるよ?」


 思い切って何かを打ち明けてみたはいいものの、二秒の沈黙も耐えられなくなったか、アルミナはそう言葉を続けてみせた。

 ユースも応じる言葉を返すが、いまいち言葉がつまづきかけている。


 ユースと歩くお祭り巡りを、アルミナは二日前から入念に準備立ててきたという。

 一度吐かれたこの言葉から、何かを連想せずにはいられない程度には、もうユースだってアルミナを異性として目を逸らせない。


「…………」

「…………」


「あ……あの、さ……」

「な、何?」


 完全沈黙を三秒以上続けることは、この二人だけで会話している時には珍しい方の出来事だ。

 努めて沈黙を破る言葉を発したアルミナだが、これが無ければもう少し長い間沈黙が続いていただろう。

 今のアルミナと話すための、次の言葉を失っていたユースは、無機質な返答しか出来ていない。


「……これ、どう思う?」


 そう言ってアルミナは、ポニーテールをほどいた長い髪を、顔の横でさらりと撫でてみせる。

 普段と髪型を変えた自分をどう思うかと、そうユースに問うている。


「あ、ああ……えーっとな……

 なんかその、上手く言えるかどうか、わかんないんだけど……その……」

「…………」


 返事を待つアルミナの前、ユースが要領を得ない言葉を並べているのは時間稼ぎだ。

 答えは最初から出ているのだが、いざ口にするとなると、何故だかすごく緊張する。

 何せ普段はこんなこと、殆どアルミナに言ったことがない言葉だから。


「……か、可愛いと思うよ?

 何ていうか、普段とは違う感じで、女の子ら……いっそう、女の子らしいっていうか……」


 頭は回っている。普段とは違う感じで女の子らしい、と言うと、じゃあ普段は女の子らしくないのか、と思われるとでも恐れたか、いっそう、という言葉を後からでも添える。

 しまった、失礼なこと言ってしまったかも、と内心で焦るユースだが、咄嗟にでも見せようとしたユースの心遣いはアルミナに伝わっているだろうか。


「ほんとに? ほんとに私、女らしいって思う?」

「それは別に普段から……

 ま、前に言っただろ、普段はそういうふうに意識しないようにしてるだけだって……

 お前はいつだって、女の子らしいってば……痛っ!?」


 なんとか言葉を間違えないよう、気をつけて話すユースの二の腕に、いきなりアルミナの猫パンチが刺さる。

 うわ何かやらかしたかな、と、腕を押さえて焦るユースだが、慌てて振り返って見たアルミナの表情は、断じて嫌なことを言われて怒っている顔ではない。

 これは、胸に染み入る言葉を貰って、朱に染めた顔をうつむかせ、幸せを噛み締める乙女の表情だ。


「……そうだよ。

 そう言って欲しかったから、ほどいたんだよ」


 元気いっぱいの語らい声が常のアルミナが、居候のようにしおらしく細い声で、しかしはっきりとユースに聞こえるよう返事した。

 上目遣いでユースを見上げ、微笑まずにいられない口元を曲げた人差し指で隠すアルミナ。

 間近で眼差しを頂くユースの目には、間違いなく今までで、最も女の子の顔をしたアルミナがいる。


「……さっきの答え、だよ。

 あんな、隣に人がいる屋台で、こんなこと言えるわけなかったじゃん……」


 へへへ、と笑うアルミナに見上げられ、言葉を失ったユースの胸の奥がばくんばくん跳ね始める。

 この至近距離で、女の顔になった彼女と向き合えば、ユースもその艶かしいほどのアルミナの表情から目を逸らせなくなり、凍ったように体を動かせない。


 知ってる、ずっと知ってる、アルミナって可愛い女性だって。でも、ここまでとは。

 ベンチに置いた手の指先ひとつすら動かせないユースの目の前では、アルミナだけが自由に動く体で、自分の胸に掌を当てている。


「や、やっぱさ? 私、あんたのこと魅力的な男性だとは思ってるんだ……

 だからその、ほら、口にするのは恥ずかしいけどさ……

 あ、あんたに、女性として見てもらえると……こう、胸がいい感じに、ね?」


 口にしながら、一生懸命浮かべる笑顔が、どんどん真っ赤になっていくアルミナには、ユースの心音もアルミナのそれと同じだけ高まっていく。

 自らの鼓動を確かめるかのように、胸に掌を当てていたアルミナだが、次第にそれは自分の胸を握るような手の形になり、それは加速した心音に、心地よい息苦しさを感じた反射行動だ。


「……褒められたら嬉しいだろっ。どうだっ」

「あ……え、えぇと……あのっ……」

「魅力的な男の人だって、たくさん見てきたアルミナお姉さんだぞっ。

 その私が、あんたを、み……っ、魅力的な男だって言ってるんだぞ?

 今の気持ちを一言で言ってみろっ」


 無理に茶化すような言葉を紡ぎ始めたアルミナが、何やら余裕をなくしてきているのは見るも明らかだ。顔色がどんどん凄いことになっている。

 息も詰まるような胸の騒ぎに生唾を呑み込んだユースは、口の中に溜まりっぱなしになっている息を、小さく開いた口からゆるやかに溢れさせる。

 溜め息のように強く全部吐き出せるはずの空気を、眼前のアルミナの顔に吹きかけないよう静かに溢れる形で吐き出したユースは、唇だって僅かに震えそうだ。


「いや、うん……う、嬉しい、よ……そりゃ……

 俺、そんなこと言われたこと、なかったしさ……」

「わ、わかったかっ!

 私だって銃士として褒められるより、可愛い女の子だねって言われた方が嬉しいんだからねっ……!」


 そう言ってアルミナは、ユースの胸を叩くような撫でるような、振り抜く手で服をかするような動きを見せ、少し背を引いてユースから距離を稼ぐ。痛い叩きはしていない。

 そうして一度うつむくと、自分を苦しめていたものを体から追い出すように、はあ~っと長い息を吐く。


 今のユースにならわかる。どきどきして、苦しくて、一度大きく息を吐き出したい、この気持ち。

 自分と向き合っているアルミナが、そんな感情を自分に抱いているんだと、今の自分と照らし合わせるなら答えだって見えてくるはずだ。


「……ユース」

「っ……な、なに?」


 一度大きく顎を引いて、ユースからも見えにくい角度で目を閉じたアルミナは、ふいと顔を上げてユースを真っ直ぐ見つめてきた。

 涙を溜めているわけでもないのに揺れている瞳、紅い顔、震えそうな口元を縛っている力強い唇。

 花も恥じらう乙女のような顔から一点、急激に、一世一代の決意を固めたかのような表情となったアルミナには、ユースも気圧されそうな心地を覚える。


 二人の胸の真ん中で、どくんどくんと弾む音が、全く同じリズムを刻んでいる。

 とても早く、とても強く。アルミナの決意がかった表情と態度が、二人の在するこの小空間を、始まる間近の男女の胸を打つ、強力な磁場を作り上げている。


「わ……っ、私ね……その……」


 はっきりと、震えるような声。

 喉の奥から何かを絞り出すようなアルミナの前、ユースは微動だにすることが出来なかった。

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