第84話 ~シリカVSベスタ~
「獲ったか!? あと何人いる!」
「十頭切ってますね……! 油断はなりませんが……!」
「よーし、畳み掛けろ!
逃げだしたくなるまで撃ち続けるんだ!」
王都南の関所の守りは、万端であったと言っていい。
現にここ、南の関所へと進軍した軍勢の頭数は、よその関所を攻め込んだ軍勢と比べて多い方だ。
そうでありながら、がっちりと布陣を敷いて待ち構えたセプトリア兵らの防衛線は、魔物と暴徒の進軍を食い止め、堅い門を傷一つなく守り通して凌いでいる。
「も、もう駄目だ……! 俺はもう退がるぞ……!」
「馬鹿野郎! フラックオース組の意地はどうした!
ボスの仇も討てずに引き下が……ッ!?」
時が経つにつれ味方の死体が増えていく様に、とうとう心の折れた侵略軍の中から、逃亡を口にする人間も現れた。
フラックオース組の残党である彼は、壊滅させられた組の仇討ちのため臨んだ身であったが、絶望的な戦況を目の前にして、ついに命が惜しくなったと見える。
そんな同胞を叱咤する、また別のフラックオース組の残党であったが、上空から飛来した矢が彼の頭を貫いた。
ただでさえ気持ちで負けていた者が、目の前でそんな光景を目にしたらもう終わりである。
「ひいいっ……! くそぉ、もうやってられるかあっ!
ベスタの大将、あとはお任せしましたぜえっ!」
「逃げろおっ! しんがりは、魔物どもに任せておけえっ!」
胸壁上と地上、散りばめられたセプトリア兵の狙撃兵は、侵略してくる軍勢の中から、最優先で人間ばかりを仕留めてきた。
短銃を持っている可能性がある連中だからだ。予想外の瞬間、方向からの発砲で、命を落とす味方の可能性を減らすことを優先した戦い方である。
露骨なほど人間ばかりが狙われるこの戦場、フラックオース組の連中も差し向けられた殺意に気負けして、さほど時間も経たぬうちから、死か逃亡のいずれかを辿る形で戦場からゼロになる。
「チッ……!
根性無しどもめ、何が極道だ……!」
捨て駒の人間兵などあてにしていなかったベスタは、肝も据えずに戦場に参じた自称極道に対する、純粋な呆れを口にせずにいられない。
自分よりも体の大きなワータイガーに突き進み、殴り飛ばされて大怪我しつつ、それで隙の生じたワータイガーの首を、年上のセプトリア兵が切り落とす場面だってこの戦場にはある。
相手方の方がよほど根性が据わっているではないか。死地であるのは承知にせよ、口だけ達者で無様な味方は見るも聞くも不快。
剣を振り抜くベスタは、自らと対峙する一人の男の武器と金属音を鳴らす。押している。
相手も強い、しかしこちらの方が強い。それは間違いない。
それでも粘って粘って、ベスタという敵最強の駒を自由に動かせないこの男の存在が、かえってベスタをにやりとさせてくれる。
「そろそろ消えろ、潮時だぞ……!」
「お断りですなぁ……!」
ベスタの剣を大鎌で受け、重みにふらついたその人物。
すかさず続けざまのけさ斬りを放つベスタの攻撃を、長い鎌の柄で受けきると同時、後方へと大きく跳んで逃れる逃げ足の速いこと。
あるいは一度崩されかけた姿勢から、正しく退きの一手を叶えられる足さばきが見事とも言える。
一気に追撃の歩を進めたベスタだが、大鎌の主は一振りの得物を発動動作とし、火球をいくつもベスタへ投げつける迎撃だ。
苦もなくそれをかがんでかわし、足元狙いの火球は剣で斬り捨て、肩口狙いの火球は盾ではじき飛ばし。
あっという間に敵を間合いに捉えたベスタの剛剣は、胴真っ二つの横一閃を描く。
構えた鎌の柄で重くそれを受け止め、殴り飛ばされるようにして、あるいは自らそちらへと身を蹴りだして逃れた人物は、戦場の真ん中で低姿勢にブレーキをかけて留まる。
ベスタと敵対するこの男こそ、きっと今この戦場に存在する、セプトリア陣営の兵の中では最も強い。
ベスタの一撃を受けた直後の手は、痺れが走っているであろうはず。
それでも彼に背後から跳びかかっていた一匹のジャッカルは、振り返りざまに大鎌を振るう彼により斬り捨てられた。
もう何分もベスタとの一騎打ちを継続し、ぜぇぜぇと息が上がっている体でありながら、雑魚の介入を未だに全くの苦としない。
「……やってくれたなぁ、ハルマ」
「はっはぁ……!
お褒めに預かり光栄ですよ……!」
魔物の吠え声とセプトリア兵の怒号が激しく飛び交う戦場の真ん中、二人の男は息を挟んで笑い合っていた。
一度剣を肩に置き、まさかり担ぎのような形を取り、対話を懐かしむように笑うベスタ。
息切れが激しくも、かつて帝国に属していた時の、話がわかる年上の前専用の態度を作るハルマ。
アルバー帝国の帝国兵の中でも極めて数少ない、ハルマが多少の敬意を払えた男なのだ。
好きな奴ではないし、尊敬もしきってはいない。
だが、強いと認めた相手に対し、してやったりのこの状況、どうですかやるもんでしょうと誇らしく笑っても見せたい。
「見よ、この戦況。
この勝利はお前のものだ。今やセプトリアに仕える忠臣として、上手くやってみせたものだな」
「ええ、帝国にいたあの頃より、ずっと前向きに臨めていますとも……!
人材を伸ばすのはやはり良き職場、腐ったあの職場では私は勿体なかったと! たっはー!」
「ははは、違いない!
帰化を決断した貴様の英断、あの日は年下ながらに感服させられたものだ!」
大袈裟に笑い、今やセプトリア王国に仕える己を誇るハルマを、ベスタも巣立った部下を喜ぶ笑いで受け入れた。
周りを見渡してみよ。大局決せし。
戦える魔物達の数はセプトリア兵の数を大きく下回り、全滅はもう数分後に確約されている。
一方で継戦可能なセプトリア兵が多く、命を落としたセプトリア陣営の兵がまるで見当たらないのは、ベスタという最強の敵将を、ずっと一人で抑えていた勇敢なる者の功績だ。
確かにそのとおり、まさにこの勝利の立役者は誰か。
南方からの敵襲を王都にいち早く王都に伝え、現地戦闘員としてもこの上ないはたらきを見せたハルマの存在は、戦局を大きく左右させたのである。
彼がもしもいなかったならば、あと何十人のセプトリア兵が既に死んでいたのかわからないのだ。
「……せめて裏切り者の貴様の首を、亡きアルバー帝国に捧げねば立つ瀬もない」
「大人びた判断を願いたいものですがねぇ……!
長生きするため、引き下がるという選択肢は?」
「貴様は俺の性格もよく知っておろう?」
「確かにね……!
貴方には、もっと人間らしさが欲しかった!」
ベスタは再び剣を構え、一歩ハルマとの距離を詰めてくる。ハルマも同様、強く武器を構えて腰を落とす。
ハルマは覚悟しているのだ。ベスタは自分よりも強い。そして、この戦場にいるどのセプトリア兵よりも。
魔物達の完全掃伐が完遂すれば、ベスタを兵士達の総叩きで仕留めることも可能だろう。それまで耐え切る、それが己に叶えられる最善にして使命。
たとえその結果、命を失うことになろうともだ。
祖国も捨てた、地位も捨てた、今の彼にとって捨てて困るものなど一つもない。
失くしたくないものがあるとすれば、祖国を守るためなら命を懸けて魔物達にも挑む、老若問わず勇敢なるセプトリア王国の仲間達のみ。
「ハルマ様……!」
「近付くなかれ!
アルバー帝国最強の武人に、貴殿らいかに束になろうと足手まとい!」
そばで魔物達と戦っていた兵の一人が、案じる言葉を叫んでも聞き入れない。
助力を得たって、ハルマを仕留めることのみを最終目標に定めたベスタから、ハルマの命は助かるまい。
魔物達の掃伐効率が下がるだけだ。魔物を完全殲滅してから、残った総力でベスタを討ち取りにかかった方が、絶対確実に死者の数は"最小限"。
戦場なんて酔った者勝ちだ。昂ぶりと勢いに乗らずして、死兵になど進んでなれるものか。
格好つけがましい言葉を高らかに唱えるハルマは、息切れしつつも余裕を演じ、それだけ出来る今の自分なら、思ったよりも一秒以上長くベスタ相手に粘れるはずだと信じている。
「さあ! 始めましょうか、ベスタどの!
かつての指南の恩返しに、大金星はこの上ない見世物となりましょう!」
「言ったな、若造! 見せてみよ!」
格下を認め、ただでは負けぬ意志を吠える、そんな若者にはっきり笑ったベスタは、今日一番の速度でハルマへ急接近だ。
喉元を単調に狙う剣の一振りすら、今の疲弊したハルマには脅威的な速度。
後ろに退がってかわすのはいいが、回避したハルマの胸元めがけ、突きの連続攻撃を放ってくるベスタの方が早い。反撃に出る暇もない。
横一線の大鎌の柄を振り下ろし、ベスタの剣先を殴りつけて叩き、逃げず凌いだハルマも勝負手に出ている。
さらに素早く回した鎌で、ベスタの首を落とすフルスイングを放つが、事も無げに盾ではじきかえすベスタにより、ハルマは武器に引っ張られて体勢を乱される。
続いて差し向けられるのは振り上げの斬撃、思いっきりかがんで顎から顔を割られる一撃をかわすハルマ。
縮めた脚を活かして大きく側面跳び、ベスタの間合いの外まで逃げた瞬間に鎌を振るい、相手の体よりも大きな火球を投げつける魔法の発動だ。
やや意外性のある角度からの大技ながらも、ベスタは身をひねりながらそれを盾で殴り上げるのみ。ベスタも敵の魔法に対する対抗策は持っている。
飛び道具を凌いだらすぐさま前に出るベスタは、あっという間に息切れしたハルマを間合いに含め、両手持ちに切り替えた剣を大きく振り上げている。
「神よ、あと僅か……!!」
残り少ない魔力をかき集めたハルマは、それを鎌に一気に凝縮し、頭上に構える形で受けの体勢を作った。
剛腕と知るベスタの強撃振り下ろしを、ハルマの腕力が真っ向からガード出来る見込みは無いはずなのに。
「ぬぅ……っ!?」
がきんと凄まじい音を立て、ベスタの剣とハルマの鎌が激突した瞬間のことだ。
まるでその火花が火薬に火をつけたかの如く、衝突点を中心に発生する大爆発。
すんでのところで気配を感じたベスタは後方に逃れかけていたが、爆風と熱はベスタを焼きながら吹き飛ばす形になる。
「ハルマ様……!?」
「ハルマ様あっ!!」
今の一幕を目にしていた、胸壁上部などから戦況を見守る兵士達には、あまりにもぞっとする光景だ。
まるでハルマが自らを火薬にたとえ、自爆してでもベスタを討とうとしたかのような光景。
生じた土煙が晴れたその先に、跡形も無くなったハルマあるいは、バラバラになった彼の姿が想像されている。
「……フン!
長らくあいつの同僚をやってきた連中にしては、あいつの性格をわかっておらんのだな……!」
「っ……ベスタどの、光栄、です……!
今でも、忘れてくれてはおらぬのですねぇ……!」
青ざめるセプトリア兵の空気など、ハルマをよく知るベスタからすれば片腹痛い。
自爆なんて好む奴なものか。葬儀を重んじる奴だったのだ。いけ好かぬ帝国時代の同僚の葬儀にさえ、ちゃんと顔を出して花を供えていた奴が、己の死体を失くす死を好むわけがない。
そもそも一秒でも長く時間を稼ごうと決意したあいつが、自分の制限時間を自分で切るはずがないのである。
だが、煙が晴れたその先のハルマは、もはや死んだも同然の姿。
爆熱と風こそ、至近距離のそれながらきっちりと自分の魔力で緩和しているが、爆発ぶんと自己防衛ぶんに魔力を二重に使い、凌ぎきれなかった熱に体を焼かれた姿は痛々しい。
体に火傷、服に焦げ跡、朽ちた髪の先端は炭。著しい魔力の消費は継戦能力の大きな低下。
今すぐ撤退ならともかく、まだベスタはほぼ無傷で目の前にいるのに、これでは。
「私はきっちり、この国に骨を埋めて頂きたいんですよ……!
それほどまでに、私はセプトリア王国を愛せた! 故郷よりも!」
「いい覚悟だ……! 叶えてやる!
かつての上官から、貴様に渡せる最後のはなむけだ!」
「焦りなさんな……! まだ早い!」
ハルマの後方では、彼の名を呼ぶ兵士達の姿がある。
もうやめてくれ、と言わんばかりにだ。ハルマは振り向かない。まだ粘る。
駆け迫ってきたベスタと己の間に、爆発を起こす魔法を顕現させ、互いの距離を無理に稼ごうとする。
加速の利くベスタとハルマの距離は既に近く、その間での爆発ともなれば、爆心地とハルマの距離だって知れているというのに。
どかんと爆発音が響き渡り、ベスタが駆け足を止めて盾を構える前方、己の生じさせた爆発によって力なく吹き飛ばされる、無様とも呼べようハルマの姿があった。
地を蹴って逃げようとはした。近い爆発ゆえに爆風と熱の方が強い。
またも全身を焼かれてダメージを深くしたハルマは、大き過ぎる放物線を描いて、戦場の片隅へと時間をかけて落下していく。
正直、もう無理。体が動きそうにもない。受け身も取れそうにない。
地面に叩きつけられて全身の骨を砕き、あとは屠られるのみとの想像もついた。
せめて片手が動くなら、ベスタに飛び道具の一つでもぶちかましてやろうという想定だけ固め、長い空中時間の中でハルマは地上に目を向ける。
即死だけは免れようと、本当にその一念のみを心がけてだ。
自らの落下予測地点に向け、誰かが凄まじい速度で駆け迫っていることなんて、視野の狭くなったハルマには全く見えなかった。
落下点近くにいた、二匹ジャッカルだけが見えていたのみ。
それが自分が地面に近付いたその頃、駆け迫ってきた誰かが魔物二匹を瞬時に斬り捨てた、そんな光景に目を見開いた程度である。
「ハルマ、どのっ……!」
「ぬわ……!?」
目にも留まらぬ速度でハルマの落下地点に滑り込んだ誰かは、騎士剣を握ったままの片手を合わせた両腕で、がっつりとハルマをキャッチしてみせた。
そのままお姫様抱っこに落ち着くようなほど、ぴったりハルマの背中を両腕で受け止めて。
人一人ぶんの体重が高所から落ちてきた重みは流石に堪えたか、かなり腰を下げて苦しげな声を発してのキャッチだったが、それでもハルマの背中は地面に叩きつけられずに済んだ。
こんなもの、よっぽどの怪力様でなければ出来ない芸当である。
しかもそれをやってのけたのが、女性だっていうんだから世の中よくわからない。
「し、シリカどの……!?」
「ふうっ……!
どうにか、お命だけは守れたような気がします……!
――誰か来られますか!?」
女のシリカにお姫様抱っこされたままの状態で、ハルマはダメージも忘れたかのような顔でびっくりだ。
近場のセプトリア兵を呼びつけがシリカが、友軍の前で傷だらけのハルマを地面に降ろし、数名でハルマを囲うような形を促して保護させる。
促したと言ってもシリカが命令したわけではなく、兵士達はほぼ自発的な動きだ。みんな、もっと前からこうしたかったに違いない。
「あ、あの、シリカどの!?
いつこちらに……」
「今しがた! 遅れ参じて申し訳ありません!」
「あ、あ~……あぁもう、いいか……」
兵士達にハルマを預けたシリカは、ハルマに背を向けずいずいと戦場へと歩いていった。
他にも彼女に聞きたいこと、知りたいことが山ほどあったハルマだが、完全に武人脳になったシリカには、彼とてその背中に余計な口が利けなくなる。
あの覇気は凄い。若き兵士に背を預け、見送るのみのハルマが思わず苦笑したのは、あの背中を見てあれが敵でなくて良かったと思ってしまえるから。
強い強いベスタと対峙した直後だというのに、あるいはだからこそか、頼もしい味方の推参には体の力が抜けるほどほっとする。
「ハルマ様……!」
「ま、待て待て……見届けさせてくれ……
異国の騎士様が尽力して下さる中、早引きなんて出来るものではあるまい?」
関所の門の内側に退がるよう懇願する勢いの若い兵に、大丈夫だからとハルマは笑って応じた。
見届けたいものが2つあるのだ。
強き騎士様の戦いぶり、そしてかつての上官が強者と対峙した時のその姿。
複雑な想いでシリカの背を見つめるハルマをよそに、ゆっくりとした彼女の接近に合わせて歩を進めるベスタもまた、初めて向き合う強者の姿に身震いする。
こいつは強い、絶対に強い。
武を極めんとした男として、戦場でこれと相見えた事実だけでも、ベスタの胸には妙な嬉しさが込み上げてくる。
「……貴様がセプトリア王国に与する、エレム王国の騎士様か」
「確かに」
両者の距離が充分にある状態で、二人は一度立ち止まって睨み合う。
シリカが立ち止まるに際して、二匹のジャッカルと一匹のワータイガーがシリカに飛びかかっていた。
それを、殆ど胸をベスタに向けたまま、軽々しく、目にも留まらぬ速さで騎士剣を数度振るったシリカにより、飛びかかった魔物達はシリカに触れることも出来ない。
体を切断され、二つ以上に分かれてシリカ周囲に乱れ飛ぶ魔物達は、何が起こったのかもわからぬまま斃れ、何事もなかったかのようにベスタを睨み付けるシリカの姿だけが残る。
もはや魔剣がひとりでに動いて、命を屠ったかのような光景とも。
シリカは美しければ美しいほどに、その美貌とかけ離れた剣の力量が、目にしたものをいっそう震え上がらせる。
「――旧アルバー帝国軍曹、ベスタ=オリンピス!
騎士どの、名乗られたし!」
剣と盾を構えて大きく吠えたベスタの前、シリカはすぐには動かない。
彼女もユースと同じ考え方を持つ騎士だ。名乗るに値しない相手には、騎士の称号を合わせて己の名を語りたがらない性格をしている。
悪意と共に王都を攻め込む軍勢の長、ベスタに対して名乗ることには、少々の抵抗があったのも事実。
「……騎士、シリカ=ガーネット!
亡国の悪しき遺産どの、ご覚悟召されよ!」
「感謝する……!」
だから、本来あるべき"エレム王国騎士団、聖騎士シリカ=ガーネット"という名乗りはしなかった。
それでも、騎士であることは口にして、求められたことに応じる程度には、シリカもベスタから感じる武人の気質は感じ取った。もっと違う形での初対面なら、敬意も払えたであろう程度には。
見下げ果てられ、名乗ることさえ拒否されても致し方なしと覚悟を決めていたベスタにとっては、せめて名乗りに応じて貰えただけでも、心から感謝するに値することである。
そうだと考えられる程度には、ベスタも武人の魂を持っているのだ。
彼の生まれがアルバー帝国でなかったなら、もっと違う彼の姿があったのではないだろうか。
騎士剣を構えるシリカの表情に揺らぎは無いが、内心でこの運命を憎らしく思う心情はある。
「女に敗れるほど落ちぶれてはおらぬ!
行くぞ! エレム王国騎士団!」
「参る……!」
悪の皇帝に従う蛮族、悪党は最後まで悪党らしく。
自覚を強調するかのように侮蔑的な言葉を吐くベスタと、シリカが一気に駆け詰め合った。
影を置き去りにする勢いで互いを間合いに含んだ二人が振り抜いた剣。
シリカの剣は身を傾けたベスタの耳と側頭部をかすめ、ベスタの剣は引いたシリカの脚の残像を通過する。
そしてベスタが、頭をかすめた剣の熱さに汗を噴く中、既に体を回したシリカの剣は、返す刃でベスタへと差し迫っている。
ベスタの構えた盾がシリカの剣を受け止め、それに押し出される形でベスタは後退だ。
激突音は凄まじく、硬い盾からの反動を柄に受けるシリカの手も痺れ、シリカの剛剣と盾越しに腕を打たれたベスタも苦い顔。
一度距離を取って留まった二人は、互いの魔法の実在に一瞬の思考時間を設ける。
詠唱など無くとも、シリカの剣は万物を切断する勇断の太刀の魔力を纏っている。
盾なんてすかっと切り裂けるのだ。出来ないのは、ベスタの盾が魔力を得ているから。ハルマの魔法も凌いだ盾なのだから当然だ。
きっとその魔法とは、ユースの英雄の双腕とよく似ている。
緩衝を伴う魔力も含まれており、一方そのはずなのに腕が痺れる事実には、ベスタもシリカの剣の魔力を重んじる。
最強の剣を、最強の盾を、生み出す魔法の使い手同士の戦いだ。
それが相殺し合って、互いの武具を対等にするのであれば、残るは腕の競い合いのみ。
全く同時にそう確信し合った両者は、鋭い眼を開いて地を蹴って、決戦の衝突へと踏み込んでいく。
示し合わせたように剣の振り下ろしを選んだ二人は、互いに頭を割り合う軌道で武器を振り下ろしている。
かわせるぎりぎりまで引き付けて身をひねった両者は、肩のすぐ横を振り下ろされていく敵の剣を見送り合い、間合いは互いに至近距離。
先に攻めの手を打ち出したのはシリカ、薙ぐ一撃とけさ斬り、素早いその二連撃は、かわされ、そして二発目を盾ではじかれるに至る。
続けざまにベスタの剣がシリカの喉下を突き狙うが、後方に跳んだシリカは跳躍をかなり高くとり、ふわりと浮いた彼女の体は、美しさすら漂う後方宙返りののち着地する。
浮遊感が先立つ空中から、着地の瞬間に弾丸のような速度でベスタに接近するシリカのスピードは今日最速だ。
意図された緩から急の急変は、シリカのスピードをベスタにより速く感じさせ、接近したシリカの振り抜いた剣を盾で防ぐ以外の行動を許さない。
たったこの一瞬の"強いられた"事実のみだけで、劣勢を認めて手を打つベスタも素早い。
防ぐには防いだ、しかし横に殴り返したシリカの剣が、体をひねったシリカにより即座にまた襲いかかってくる光景を、選んだ行動で対処する強攻策に移る。
「かあっ!」
敢えて前のめりに間合いを過剰に詰めたベスタと、敵の胴を真っ二つにする横一線の剣を振り抜こうとしたシリカ。
ベスタが気合と共に盾を振り上げ、シリカの剣の中ほどを思いっきり殴り上げたのだ。
剣の、より手元に近い位置を強く殴り上げられたシリカは、剣を手放さずに握り堪えるだけでも労するほど、両手を振り上げ胸元をがら空きにさせるほど体勢が上ずる。
はっきりと隙が出来た。一瞬の間も置かずにベスタが振り抜いた剣は、カウンターに近い形でシリカの体を、胴から上下に真っ二つにする軌道を描いていた。
だが、両腕を振り上げさせられた勢いすら加速の種にして、剣を握った両拳を頭の後方へと持っていく勢い、さらに身をひねって腰を曲げるシリカは、両手を振り上げた勢いで回ってしゃがむ勢いだ。
この接死の状況下、敵に自ら背を向ける動きで腰を落としたシリカが、そんな中で振り上げた右脚の踵で、これ以上ないほど的確にベスタの手首を下から叩き上げるのだ。
攻撃のさなか、予想だにしない角度から手元を殴り上げられたベスタの握力は耐えようもなく、ベスタの剣は彼の手を離れて上空へと飛んでいく。
一回転したシリカはその中で、既に騎士剣を両手で握っている。
一方、予想外の展開に本来なら頭が真っ白になりそうな所、迫る危機への直感から既に魔力を盾に集めているベスタも早い。
低姿勢からベスタを見上げるシリカと、閉じかけた片目と共にそれを睨み合うベスタの目が一瞬かち合った。
「はあっ!!」
全身全霊の一振りだ。きっと、かつて、シリカが過去最強の魔物と戦った時と同じぐらいの、強い精神力を具現化した魔力のほとばしり。
それは、半ば敗北を悟りかけつつも諦めぬ、とした執念で、盾に己を守る魔力をかき集めたベスタのそれを大きく上回っている。
敵の腰元から肩までを斜めに切り裂く剣の軌道を描こうとしたシリカと、その位置に盾を構えたベスタの、剣と盾が接触した瞬間は確かにあったはず。
時は止まらず、騎士剣は絶えず。まるでそこに障害物があったことすら忘れたかのように振り抜かれた剣は、ベスタの盾を、腕を、そして体をざんと切り裂き、その全容を斜め一筋に両断してしまった。
騎士剣を止めた手応えもなく、下半身から離れた頭を含む上半身が宙に浮いたその瞬間、ベスタは痛みより早く敗北を悟らされたものである。
剣を奪われ、盾を破られ、肩から地面に落ちていって倒れる敗北の味。
完膚なきまでに敗れたベスタが空を見上げる中、彼の上半身に遅れてベスタの剣が、高い高い上天から地面へと落ちて金属音を鳴らした。
それはまるで、戦いの終わりを告げる鐘の音のように。
「見事……ッ!」
げは、と血を吐いて眼を剥くベスタの、最期の言葉はそれだった。
やがて冷たくなる亡骸を、離れた位置から見届けたシリカは、ひゅんと騎士剣を一振りした後、その切っ先を天高く掲げる。
大きな勝利を示すことは、友軍に対する最高の光景だと知っているからだ。
「さあ! セプトリア兵の皆様!
残るは僅か! 完全勝利は目の前です!」
高らかに唱えたシリカの声に呼応するように、歓喜と奮起の歓声を上げるセプトリア兵。
ここからさらにシリカが戦陣に加わる状況、ベスタという親玉を失った魔物達に勝ち目は無い。
圧倒的な士気と味方を得たセプトリアの陣営が、さほど時間をかけずに魔物達を完全掃伐していく光景が、この後は実に順調に続いていったものである。
死を迎える前、完全に意識を失う前、この世から去るその直前。
前向きな正義を掲げ、勝利へ向かって一丸となって吠えるセプトリア兵の歓声を耳にしていたベスタが、闇の意識の中で描いた一つの悔い。
誰に見せても恥ずかしくない、団結力と意志の統合力を持つセプトリア王国の生き様は、ベスタの耳に届くこの僅かな情報のみを以ってしても、充分に伝わるものである。
腐り果てた帝国を見限って去ったハルマと、そこに留まることを選んだベスタ。
運命の分かれ道とは、きっとそこにあったのだ。
死の間際、最後の最期にようやくそれに気付けたベスタの胸中は、きっと誰にも知られることはない。
だが、死体と化した元上官の姿を、力強く戦場を駆ける騎士様をも見ず、ずっと見つめていたハルマ。
彼にだけならば、もしかすると、あるいは。
二人は、同郷だったのだから。この二人にしかわからない世界だって、きっとあったはずだったのだから。




