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第82話  ~ルザニアVSオークロード~



「大将! 今の合図は!?」

「……チッ」


 多数の魔物を引き連れた最前列で、馬に跨るベスタが小さく舌打ちした。

 彼に並走するのは、ごろつきじみた風貌の武装した連中であり、それらは前方上空で炸裂した、花火めいた炸裂火炎に戸惑っている。

 ベスタを指揮官とし、それに従う数十名のフラックオース組の残党、加えて魔物多数という軍勢は勢いよく北上し、セプトリア王都の南関所へと進軍していたところである。


 まだまだ王都に辿り着くまでは距離がある。

 少なくとも王都の防衛兵らがこちらに気付き、敵襲の合図を空に打ち上げるような頃合いじゃない。

 素早い進軍からの奇襲で以って、一気に王都の関所をぶち破る手筈だったベスタの思惑は、あまりにも早すぎる敵襲告知の花火により、早くも覆されてしまっているようだ。


「あの魔法、見覚えがあるな……

 話が違うが……奴だとしたら、こうした展開も考えられたことか」

「どうするんすか、大将!

 このまま突っ込んでいいんですかい!?」


 馬を加速させる手綱の動かし方をやめ、徐行させる運びとしたベスタに、そばの配下は焦り気味の声で尋ねてくる。

 奇襲失敗はすでに確定したようなものだ。このままでは、準備万端の関所の守りに、このまま一同全力で突き刺さりに行くことになる。アドバンテージ不足。


「まあ、構わん。行くぞ、王都を攻め落とす」

「行けるんすか……!?」

「誰にものを言っている」


 フラックオース組の構成員らにとっては、奮起を得られるベスタの言葉だ。

 アルバーシティに長く過ごした彼らにとって、すなわちアルバー帝国の猛将ベスタの名は、帝国時代においては最強兵の名としてあまりにも有名。

 奇襲を挫かれたことで弱気の虫が出かけていた彼らにとって、これが味方だと再認識できることは、それだけで百人力の心強さを思い返させて貰える。


「さあ、仇討ちだ!

 失うものなど何もあるまい! 奪われた者達の怒りを、憎き王都に叩きつけろ!」

「……行くぞ、テメエら!

 親分や若頭の弔い合戦だ! 俺達の居場所を奪った王国をぶっ潰せえっ!!」


 ベスタに先んじて、フラックオース組の極道連中は、馬を加速させて最前列に躍り出る。

 帝国時代は幅を利かせ、肩で風を切り歩いていた日々、それを奪うはおろか、親分スマーティオや四人の跡継ぎ候補らまで抹殺した王国を、彼らは決して許してなどいない。

 ベスタや彼が率いる魔物という最高の味方を得た極道は、たとえ殺されようとも復讐の刃を王都の喉元へと届かせる覚悟のもと、ここへ集まり突き進んでいる。

 予想外の開戦前の出来事など、腹をくくった彼らにとっては、一瞬ひるみこそすれ脚を止める理由にはならないようだ。鉄砲玉には慣れている極道どもなのだから。


 魔物や配下の群れに呑まれる位置まで下がったベスタは、都合よく動く駒の動きに満足しつつ、その表情はやや険しい。

 元より命を捨てた戦いに参じているのは覚悟の上。その上で、いかに多くの命を絶やせるかが課題の彼をして、出鼻を挫いてきた何者かの存在には、やはり疎ましさを隠せない。


「ここで巡り会うのも何かの縁なのだろうな……!

 いいだろう、相手をしてやるぞ……! 待っていろ!」


 士気を高めたベスタは手綱をしごき、馬を一気に加速させ始めた。

 敵は見えたのだ。関所を守る、有象無象の名も知らぬ兵のことなど、もはやこの際どうでもいい。

 きっとその戦列に並んでいるであろう、たった一人の男との決着をつけることに、今のベスタは己の使命を感じ取っている。


 舞台は王都の南関所だ。

 アルバー帝国の負の遺産、かの帝国最強と謳われた戦士の推参に、セプトリアの王都は大きな危機を迎えていた。











「来ました! オークの群れです!

 勢いよくこちら、王都へと向かってきています!」

「ご苦労だった……!

 騎士団様の読みは的中ということか……!」


 一方、西の関所。

 五分後には始まるであろう抗戦に向けて、数多くの兵が集い、既に臨戦態勢が整っていた。

 白馬に乗って北西方向から駆けてきた哨戒兵の報告を受け、この関所の指揮官格を務める老兵はうなずいて、そばにいる一人の女騎士を一瞥する。


「よくぞ読みを利かせて下さいましたな……!

 このように万全の構えで陣を作れたのも、貴女達のおかげですぞ……!」

「あとでシリカさんに言ってあげて下さい……!

 すべて、あの人が読みきってくれてのことですから!」


 自分に向けられた感謝の言葉を、言うべき相手は他にいると、ルザニアはきっぱりと切り捨てた。

 ここに自分がいるのだって、西の関所を守るようにと、シリカに命じられたからに過ぎないのだから。


 騎士団に籍を置いて長いあの先輩は、戦に関わる思考能力が飛び抜けて発達している。

 セプトリア王国に移ってきて数ヶ月、何らかの節目には必ずと言っていいほど、よりによってのタイミングで魔物達が押し寄せてきたものだ。

 王都の兵、誰もがニトロの公開処刑とやらに意識を奪われる今日、こんな時こそ関所の危機であると断じ、それを言い広めた彼女の功績はとてつもなく大きい。


 兵の多くを中央広場に取られ、普段よりも手薄のこの関所、情報も無く普通の守りで魔物達を迎え撃っていたら危なかったところだ。

 事前の情報があったからこそ、今ここ西の関所の守りは、兵力なりに万全の布陣を構え、さらにはルザニアという心強い味方まで得て、魔物達を力強く迎え撃てる状況にある。


「それに、ほら……!」

「む……!?

 あれは……狙撃手、待て! 撃つな!」


 哨戒兵らもすべて帰り着き、迫る者はすべて敵という状況下、西の遠方から馬に乗って駆けてくる一つの影。

 気の張った射手や銃士、敵らしくないあれを狙撃し得ないかと、念のため声を発した指揮官の心配は杞憂で、飛び道具に晒されぬ中その馬はこちらへと駆けてくる。

 体力のありそうな大きな黒い馬体、それに反してその上にいるのが、とても敵意など感じられそうにもない少女だったのだから、兵らも少々驚かせられる。


「カナリアさん!」

「ういっす! 微力ながら、助太刀に参じましたよー!」


「ルザニアどの?」

「大丈夫です! 私達の、心強い味方です!」


 素早く断言するルザニアだが、彼女の顔は予想外の救援に、驚きと喜びを併せ持つ表情だ。

 こんなところで再会するなんて予想していたわけではない。他の兵よりいち早く良い目で、カナリアの接近に気付いたあの瞬間も、それにほら、の二言が弾んでいたぐらい。


 そんなルザニアのそばに馬を止め、ひょいと身軽に飛び降りて、武具を装備した拳をばつんと打ち鳴らしたカナリアは、素早く関所に背を向けた。

 この姿勢は、自分が関所に仇為す者ではないと示すと同時、迫り来る敵を迎え撃つ一兵にならんとすることを表明する、そんな体勢である。


「カナリアさん、あのっ……!」

「言いたいことはわかるっすよ……!

 大丈夫っす! あの人は、別んとこで王都を守るために動いてくれてますから!」


 すべて伝わった。

 カナリアの存在から連想したもう一人の誰かは、ここではないどこかで、やはり味方としていてくれている。

 鞘から抜いた剣を構えるルザニアが、開戦前にはあっと吐いた息には、たとえようもない心強さを得た戦士の息遣いが表れている。


「今はこのピンチを切り抜けましょ!

 さあ、そろそろ来るっすよ!」

「はいっ!」


「全隊、構え! "敵はオーク"と覚えられし!

 全力で迎え撃つとともに、"相応のもてなし"で応じてみせよ!」


 作戦の深い部分までをも含んだ指揮官の号令に、関所の兵らは大いなる叫び声で応えた。

 関所の内の民間人が驚くほどの大合唱だ。

 そしてそれは、王都を守る兵士達のそれであることが周知のものである以上、守られる側の人々にとって、なんとも心強い大号令である。

 それが関所を守る兵士達の生き様だ。一兵一兵は、エレム王国騎士団の高名なる武人らには遠く及ばずとも、彼らなりにその腕を高めてきた兵士達のその姿は、ルザニアも共に戦えることが嬉しくなる。

 意志を同じくする者達の魂は、そばにあってくれるだけでなんと頼もしいのだろう。


 彼方より迫り来るオークの影を目で確かめ、武人の眼差しを強く宿したルザニアの精神は、これ以上は高まりようもないほど燃え上がっていた。

 その最高潮まで彼女の心を引き上げてくれたのは、シリカでもユースでもアルミナでもチータでもない。

 個々がルザニアにも劣るからこそ、セプトリア兵の真骨頂は結束力だ。そんな大人達こそが、たった四人の身内にも負けないほど、ルザニアにとっては心強かった。











「むぅ……そこの連中は一度下がれ。

 貴様らは進軍だ、そこの連中も進め」


 王都の東では、既に関所にて戦いは始まっていた。

 高い胸壁、その上から矢を放つ者たち、そして門前を守る無数の兵に、襲い掛かるは無数の魔物。

 図式を簡単に述べるなら、魔物の軍勢が王都の関所に攻めがかり、セプトリア兵らが構えた砦とともに魔物達を迎撃している状況だ。


 その後方、大きな体躯の愛犬リペーズに跨って、敵軍の矢や銃弾が届かない距離。

 せわしなく動き回り、率いた魔物達に指示を下すリープの声色は渋いものだ。

 くせになっている仮面めいた笑顔は貼り付いたままだが、戦況が彼にとって思わしくない運びなのは、重い声からも明らかである。


「騎士団め、読みを当ててきたか……!

 この日をおいて他にはなかったとはいえ、よくもまあ、こう人を割けたものだ……!」


 リープ達の作戦は失敗と言っていい。

 ナナリーの肉体を乗っ取ったベリリアルによる、中央広場での公開処刑。

 そこに兵力をかなり引っ張らせ、各関所の守りを僅かにでも手薄にし、それを奇襲して一気に王都へと攻め込む作戦だったはずなのに。

 まるで自分達の奇襲はあらかじめ知られていたかのように、東の関所の守りは万全で、充分に駒を揃えて臨んだはずのこの戦況、望んだほどの侵攻状況は実を結んでいない。


 実際、この関所を守るセプトリア兵の数は減らされているはずだ。

 関所の前にて魔物達を迎え撃つ兵士の数は少なく、胸壁から飛んでくる矢や銃弾の数も少ない。

 それを補ってリープの率いる魔物達を、ずばずば斬り捨て王都側に貢献している、やたら脚の速い金髪の騎士。

 リープにとっての最大のイレギュラーは、まさにあれだと言っていい。


「北方、抑えました! 後は引き付けて射抜くだけで片付くでしょう!

 正面連中の撃退に移ります! 支援は不要、他に回して頂ければ結構です!」

「全隊、中央狙撃を引き気味に! 他に回せ!

 近距離の支援兵のみシリカどのに従え!」


「チッ、どうにもならんな……!

 時間稼ぎに移るか……! 貴様ら下がれ! そちらの連中はまとめて前進!」


 たまにいるのだ。大多数と大多数がぶつかり合う戦場でありながら、たった一人で戦況の流れを自陣営の方へと引き寄せる化け物が。

 衰え知らずの豪脚で戦場を駆け抜け、次々に魔物達を切り捨てて無力化するシリカのせいで、リープ陣営の魔物達はまともに連携も取れない。

 統合性を持たない魔物の群れに、リープという指揮官がいることでその難点もクリアできるはずなのに、あんな反則が一人相手にいるだけで、そんなアドバンテージすら失われてしまう。


 開戦からものの数分で、リープの率いた魔物達の総数は、3分の2を切るのではないかという所に届いている。

 リープという指揮官がいなければ、今頃とっくに魔物の数は半分以下だっただろう。

 これでも彼は、無力化されるまでの時間を長く保つために、上手く指揮している方だ。


「元より陽動目的だっただけに、こちらにあの騎士が回ってくれたのは良い傾向だが……

 それにしても連中、中央広場の方は放置したとでもいうのか? まさかだが……」


 リープはここ、東の関所を攻め込む軍勢に、あまり多くの魔物を引き連れてきていない。

 東の関所は先日の侵攻において、他とは違って唯一突破できなかった場所だ。アルミナとルザニアが大暴れした挙句、後からシリカまで増援に駆けつけた関所である。

 傷跡のない砦を限られた兵力で突破するのは不可能とし、こちらから攻め込む魔物が存在するという事実だけ作り、ここの兵が他の関所に回されたりしないよう、押さえを利かせることがリープの仕事である。


 要は引き付けるだけ引き付けて撤退、そんな安全な役割を担う形の、リープの狡猾さが滲み出た作戦だ。

 加えてその作戦内容ゆえ、こちらにあの女騎士という有力兵が来た、つまりあれがよそに回らない戦況になったのは、リープにとって望ましい展開である。

 引っかかるのは、こんな所にシリカを回してくる知恵があるなら、他にはどのように采配しているのだろうと想像しづらい点。


「ベスタの南側にも騎士団の誰かが回っているのか?

 しかし、頭数が……騎士団どもめ、どういう割り振りをしているのだ?」


 騎士団連中はたった五人である。あとの四人はどこにいる?

 中央広場のニトロ処刑に、駒を使わなかったということなのだろうか。いやいやまさか、いかにも正義感に満ちた連中、あれを無視するはずがあるまい。

 しかし一方、他の関所に人数は割いていない? 一番手堅いこちらの関所に、強いシリカを回しておきながら?

 東の関所の運びしか見えないリープにとって、騎士団の動きはあまりに不可解だ。


 騎士団五名を王都に散らしたシリカと、侵略軍勢の頭脳リープ。

 両者の知恵比べは今まさにぶつかり合っている。

 王都に攻め込み罪無き人々を一人でも多く殺したいリープと、民はもちろん、兵も最小限の被害で済むように采配を練り上げたシリカ、いずれの思惑が上回るかはまだわからない。


「ええい、仕方あるまい……!

 こうなれば、僅かでも長くこの場を引っ張らねばな……!」


「南東の魔物を一気に! 数を減らしさえすればこちらのものです!

 時間との勝負です! さあ、皆様!」


 魔物達に指示を下すリープと、早期決着を促すかの如く、駆け回りながらも吠えるシリカ。

 この戦場のみにおいての勝敗は、はじめから決まっているのだ。

 あとはいかに早く勝負がつくか。シリカが口にしたとおりである。











「すいません、遅れ馳せです!

 状況どうなってます!?」

「アルミナどの……!?」


「えっ、あれオークですか!?

 なんであんなのが!?」


 西の関所に心強い救援が駆けつけた。一人で何匹も魔物を屠れる狙撃手だ。

 胸壁内側の階段を駆け上がり、戦場を見下ろせる場所へと辿り着いたアルミナは、既に汗だくで息もやや上がっている。

 豊富なスタミナを以ってしても息が上がる、それほどの激走で中央広場からここまで辿り着いたアルミナは、ややおとなしくなった後の戦場が見下ろして驚いた。


 恐らくルザニアを中心に、魔物達の侵攻は上手に防ぎおおしてきたのだろう。

 関所の門の外で戦うセプトリア兵の数も減っているが、動いている魔物の方がずっと少ない。今もルザニアが魔物の一体を切り伏せたところ。


 問題は、王都を攻め込んでいるのがオークという魔物という点だ。

 復讐という概念を持つオークは、報復を恐れる理念を持つがゆえ、こうした砦めいた守りが大きくそびえる人里、王都のような場所を侵攻するような魔物でないはずなのに。

 あれがあんな風に、自分達の命を張ってでも人類に立ち向かう時というのは、身内を人間に殺された場合のみと言っていい。それは広く知られるところだから、不用意にオークを狩る人間だって普通はいまい。


「動機はわかりませんが、空のあれは気になるところです……!

 普通ではない事情もあるのでしょうな……!」

「んっ、ん、はーはーなるほど……!

 なんか扇動の匂いがしますねぇ……!」


 オーク達の上空、胸壁から見て離れた前方を旋回飛行する、彩りのいい羽色をした雉の姿。

 加えてオーク達の後方を駆け、何やら指示するような手振りをする猿。

 特にこの猿が見覚えのある奴で、フーリオ山地でアルミナらを襲撃したエビルアープに酷似している。


 とりあえず牽制気味に、空の雉へと銃弾を放っておくアルミナだが、向こうもこちらには気付いているのか、銃口を向けられた瞬間から下降を始め、発砲されたアルミナの弾は空を切る。

 それはそれでいい。それでも戦場上空を離れない以上、やはりあれは野鳥の類ではない。

 オーク達をいかにも扇動している猿と同じく、オーク達が人里を攻め込んでいる一因を担っているのだろう。


「このフィールドではどうですか?

 オーク、何体かやっちゃいました?」

「最小限に抑えているつもりですが……」

「了解です! じゃあ私もその方向でいってきます!」


 さすが話のわかるセプトリア兵様、その尽力を無駄にはしない――そう決め込んだアルミナは一気に階段を駆け下りて、胸壁下部の門外突出口へと一直線。

 開けて下さい、と一声張り上げたアルミナに驚かされた兵士をよそに、一気に関所の外へと躍り出る。

 戦場に飛び込んで早速銃弾を二発放ったアルミナは、オーク二体の太ももを撃ち抜き、駆けていたそれを転ばせて戦闘不能に近づける。


「ルザニアちゃん!

 カナリアちゃんも!」


「アルミナさん……!」

「ういっす姐さん! 一緒に戦わせて貰って……ますっ!」


 まずはルザニアの方へと駆け寄っていくアルミナだが、向かう先にカナリアの姿があることには驚きだ。

 カナリアは振り返らない。真正面から駆け迫ってくるオークと向き合ったままだ。

 彼女の危機を感じたアルミナは、そのオーク銃口を向けたのだが、なんとカナリアが自らオークの方へと踏み出して接近するので、引き金を引けずにその一対一を目の前で傍観する形になってしまう。


 石の斧を振り下ろしてきたオークの攻撃を、最小限の身のひねりでかわしたカナリアは、斧を握ったオークの手首に片手を添える。

 同時にもう片方の裏拳でオークの首元を殴りつけ、まず一撃入れるダメージを。

 さらには怯んだオークの首元と手首を掴み、自らの腰の側面をオークの腰横に滑り込ませ、大きく身をひねると同時に脚を振り上げるのだ。

 払い腰の形でオークを豪快にすっ転ばせたカナリアは、背中から地面に叩きつけられたオークが息を吐く中、すかさずその脇腹に中跳びからの膝を叩き落とし、ごばっと唾液を吐き出させる。


 打撃、投げ、さらに一撃と、もうこのオークはすぐに立ち上がれないだろう。

 あっという間にオーク一匹を無力化したカナリアが、素早くアルミナのそばへと駆けてきて、ルザニアともども三人の陣形を作るのだ。

 カナリアがこんな場所にいること自体にも驚かされたアルミナだったが、ここまで出来る子だったとは予想の外であり、思わずアルミナも増す余裕に対する笑みが浮く。


「やるじゃん、カナリアちゃん……!」

「あんま買いかぶらないで下さいね、もうヘトヘトなんで……!

 息ひとつ乱してないルザニア姐さんには、遠く及ばないっすから……!」


 カナリアの声はかすれているし、肩を上下させているのも明らか。

 本当にここまで、よく奮闘してくれていたのだろう。

 切り傷のない、すなわち格闘少女に打ちのめされて立てなくなったオークの姿が散見することに、遅れ参じたアルミナにも、いかに彼女が"殺生なく"ここまで立ち回ってくれたか、本当によくわかるというものだ。


「ムグゥ……!」


「ボスいるね、ルザニアちゃん……!

 そろそろ来るんじゃない……!?」

「そう、ですね……」


 戦場いっぱいの光景は上から目にしたアルミナだが、概ね大勢は決したと言える図式である。

 倒れたオークの数が、継戦しているオークの数よりずっと多く、一方こちらはまだまだ兵力に余裕がある。

 ルザニアの参戦による影響も小さくなかっただろうし、そもそもセプトリア兵の活躍も目覚ましく、恐らく後は無難に戦うだけでも魔物達の鎮圧は可能な図式に落ち着いている。


 気がかりなのは、オークの軍勢のやや後方から大鹿の杖を振るい、魔法による支援狙撃や指揮に徹していた、一風変わった装飾をあつらえたオークだ。

 葉を編んだ冠を頭に乗せ、胸の前には首飾りのように獣の頭蓋骨をぶら下げたあの風貌。

 群れで唯一の着飾りにして、他のオークとは一線を画す立場にあるあれが、オーク達の首領格にあたる存在であることは容易に想像がつく。


 殆どのオークが無力化された今、そいつがいよいよ最前列まで歩を進めてきているのだ。

 しかもその眼ははっきりとルザニアに――この戦場で、最も多くのオークを無力化してきた実力者に向き、これを打ち倒すには自分しかいないと決意を固めた色に染まっている。


「……アルミナさん。カナリアさんも。

 お願いが、あるんです」


 騎士剣を構えたルザニアは、ゆっくりとこちらへと歩み進んでくるオークを見据えている。

 オークロードと称するに値するそいつは、確かにルザニアの方へと進みつつ、周囲のオーク達に手振りとともに鼻息を鳴らし、徹底交戦と陣形の指示を下している。

 あれがルザニアに近しく正面対峙するまで、あと十数秒の猶予がある。


「私一人に、やらせて下さい」

「えっ……!?」

「お願いします、ここだけは……!

 私が、やりたいんです……!」


 きっと強敵間違いなしのオークロードに対し、三人がかりで全力で臨むつもりだったアルミナとカナリアには、あまりに予想外かつ不合理な提案だった。

 ぎゅっと騎士剣の柄を握ったルザニアが二歩前に出て、オークロードとの距離を少し縮めた時、それを見受けたオークロードは周りに指示を下す目をやめ、はっきりルザニアだけを睨み付ける形とする。


「一生のお願いですから……!

 どうかよろしく、お願いします……!」

「ルザニアちゃん!?」


 さらに五歩、オークロードの方へと足早に接近したルザニアにより、三人で作った陣形は目に見えて崩れ、孤立気味のルザニアがオークロードと一対一で向き合う図式となる。

 オークロードも一度立ち止まり、杖を構えてルザニアとの臨戦体勢を作り上げる。

 そこにははっきりと一対一を思わせる空気が昇り立ち、ルザニアの言葉が望んだままの状況が出来上がる。


「あ、アルミナさん、どうします……!?」

「……カナリアちゃん、他のオークがルザニアちゃんの邪魔をしようとしたらそいつぶっ飛ばして。

 私は、あいつをぶち抜いてくるから……!」


 オークの長と一対一なんて、心配に決まっている。

 それでもルザニアがあんなに強く望んだことだ。意図があるとアルミナは信じた。

 カナリアに、ルザニアとオークロードの一騎打ちを強調する指示だけ下し、ルザニアから離れる方へと駆けていく彼女は、もう一体の首領格と思しき魔物を射程圏内に捉えていく。


 向こうも気付いているようだ。

 距離を近づけてきたアルミナに振り返ると、ややこちらへと距離を近づけてきて、まず一発発砲したアルミナの銃弾を跳んでかわすと、パフォーマンスの見せ高を誇るように、にたぁと猿の口を吊り上げる。


「あんたの相手は私がしてあげる……!

 何匹でも配下引き連れてかかってきなさい!」


 猿の魔物エビルアープ――リープの使い魔ラポーダをはっきり見据えたままそう力強く発したアルミナが、上天に向けて一発発砲する。

 魔物にも伝わる宣戦布告だ。瞬発力に秀でるラポーダにすれば、ややアルミナから離れたあの場所からでも、彼女に対して攻めが成立し得る距離感のはず。

 薄ら笑いを消し、がるると牙を見せて両手を地面に添えるラポーダが、今にも跳びかかってきそうな姿勢こそ、アルミナとラポーダの対決様相を物語る一幕だ。


 その戦いが今にも始まらんというその時、少し離れた場所にて向き合うルザニアとオークロード。

 片や気高き炎を目を宿した、高潔なる騎士の卵の眼差し。

 片や憎しみに燃え、たとえ手足をもがれようとも人類を屠らんとする凶暴な瞳。

 オークロードの目に宿るのは、一般的な魔物の目に宿る、生きるためには敵を殺さねばという獰猛性とは、全く異なる感情的な色が濃い。


「……私達だって、守るべきものがあるんです」

「バフゥッ……バフゥッ……!」


 荒っぽい鼻息だけを繰り返すオークロードに、まして人間の言葉が通じているはずもあるまい。

 そんな相手に、魔物に対し、思わずルザニアが一言発したのは何故なのか。

 復讐という概念を知ると言われるオークが、あのような感情をむき出しにして劣勢も顧みず、命尽きるまで戦い続けんとするその姿を感受したルザニアには、まるで相手が人間のようにも感じられたのだ。


 膝を撃ち抜かれたオークが、肋骨を折られたオークが、倒れてもまだ立ち上がろうとして、逃げるのではなく戦う方向へと動こうとするこの戦場、魔物達との戦場の光景としては異常である。

 この戦場へ参じたばかりのアルミナには察せず、戦うだけで必死だったカナリアには気付く余裕の無い、オーク達の感情のうねりを悟っているルザニアだ。


 だから彼女は、オーク達の首領に一対一で臨みたかった。彼女の思う騎士像は、きっとそうなのだ。

 復讐に燃える感情を持ち、ゆえに報復も恐れるはずのオーク達が、王都に攻め込んできた異常事態。

 そこにある不可解な動機と、だからこそ理不尽に在るはずの動機を想像したルザニアは、オーク達に指示を下せる親玉に、薄い希望を懸けてでも訴えたい魂がある。


「……行きます!」

「ブガアッ!」


 腰を落とし、柄を潰す勢いで握るルザニア。鼻息混じりに吠えるオークロード。

 多くのセプトリア兵が、真正面からでは目にも留められない速度で急発進するルザニアを、オークロードの眼ははっきり捉え、杖で迎え撃つ構えを取っていた。

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