第81話 ~チータVSナナリー~
「気でも触れたか! 騎士団ども!
一体どのような了見でこのような愚に及んだか、申し開きは出来るのじゃろうな!!」
誰も見たことのないようなナナリーの姿がそこにあった。
狼藉者に対して言葉遣いが荒くなり、普段はあった敬称も飛ぶこと自体は、そこまで不自然なことではない。
しかし、女王としての態度として不自然なくとも、周囲が驚くほどには今のナナリーの形相は凄まじい。
「まあまあナナリー様、まずは一度落ち着いて下さいませ。
申し開きと言いますか、これからはっきりさせねばならないこともありますので」
「何を抜かすか……!」
「ほらニトロ、いつまでそうしてる。
もう立てるだろ」
「うぅ……?」
立てる状況になったのに動かなかったニトロが、チータに促されて初めてよろりと立ち上がった。
頭がついていっていない。確かにこの状況は、死から逃れる未来を想像できなかったニトロからして、ちょっと予想外のことが素早く起こり過ぎている。
「まずナナリー様、お尋ねしたいのですが。
これは俗に言う、公開処刑というやつですね?」
「それがどうした……!」
「ちょっと僕が知っている"公開処刑"とは様相が違いましてねぇ。
普通、こうして衆目の前にて処刑を行なう場合、受刑者に最期の弁明の場を設けるものじゃありませんか?
どこでもそうしてますよね?」
さて、どうだろう。
世の中、こんなふうに衆目の前での公開処刑を行なう際、最後に何か言うことはないかと尋ねることは、実は確かに多かったりもする。
公開処刑というものは単なる死刑ではなく、縄目の恥まで晒させる、普通の死刑よりさらに重い刑罰だ。
そんな刑に課せられる者なんていうのは、よほどの極悪人である。
そうした大罪人は、そもそも事前にそれが公開処刑に課せられているのが殆どで、その悪行を公表された悪人が何を語ったとしても、誰にも相手にして貰えない。
命乞いをすれば、あれだけのことをしておいて何だ死ねと言われ。
罪に及んだ自分なりの正義や動機を語れば、反省の色も無しか死ねと言われ。
同情を乞うような演説に及べば、今さら何を抜かすか死ねと言われ。
何を言ってもその人物を悪人認定した世間からは批難の的になり、刑を執行する国や司法に対する支持が上がるという寸法である。
ごく稀に、異様に口の上手い奴や、支持者の多い革命家など、公開処刑の場で口を開かせると良くない人物も実在するが、そうだとわかっている罪人はそもそも公開処刑になどしなければ良い。
「どうもここに集まった衆目の皆様は、ニトロがなぜ死刑にかけられるのも事前に理解していなかった様子。
事前の周知も無く、本来あるべき最期の言葉も無し。
公開処刑を行なうにせよ、少々段取りに疑問を感じるのですが?」
「ここはセプトリア王国じゃ!
貴様の言う"普通"や"あるべき"などで、妾の決定を計られる筋合いは無いわ!」
一方、ナナリーの主張はまあまあ正しい。
チータの祖国でもユースの祖国でも、公開処刑なんてものをやるならば、チータの言うとおりの段取りというものがあるのは常。
その"常識"がセプトリア王国に当てはまるとは限らない。
「セプトリア王国は、公開処刑をする際に、事前にそれを民衆に告知する風習は無いと?
罪人に最期の言葉を聞く風習は無いと?」
「……時と場合による!」
「今回はなぜ聞かれませんか?
数ヶ月前、ハフトの都を襲撃したフラックオース組の幹部、マルティアでしたっけ?
あれを公開処刑した際には、事前周知も最期の言葉もありましたよね」
チータがそこそこ痛い所を突いてきた。普段から新聞を読んでいれば誰でも知っていること。
その時は、きっちりハフトの都の民衆に、そいつが魔物を率いて街を破壊した主犯であることを報道し、民衆の前で最期の言葉を放つ時間だって、当然与えていたのである。
フラックオース組を壊滅させられた恨みを、最後に声高に吠えたマルティアの姿は、民衆から強い批難を浴び、彼女が処刑されるにあたって一切の同情を買わなかった。
それはすなわち、死刑を執行する国の判断に、大きな支持を得られたということ。
同時に大幹部マルティアが王国に屈して斬首された現実は、それ自体がフラックオース組の完全壊滅を象徴する出来事であり、仮に残党が世に残っていても、それらに復権の目処があり得ないと強く突きつける効果もある。
こうしてしっかり段取りを組んで行なわれた公開処刑には、悪を穿ち、残された黒い目を摘み、さらには国家の正当性を証明し、それに属する市民を安心させる、それだけの効果があるということなのだ。
そういうことをわかっているから、セプトリア王国はそうしたのであって、今回だけそうした重要な段取りが組まれていないのは、客観的な目線から見てもちょっとおかしいのである。
「貴様には関係ない……!
女王たる妾の決断に問答を求めるか!?」
「ま、どうでもいいです。
でもどうせ普段からやってることですし、この場で話を聞いてみてもいいのでは?
なあ、ニトロ?」
ただ、別にチータはこの問答で、ナナリーを言い負かそうというつもりではない。
相手は女王様、権力者だ。はなから口喧嘩で勝負できる相手ではない。
状況に頭がついていっていないニトロに、目を覚ますための時間を稼ぎたかっただけだ。
「ニトロ、お前は本当にナナリー様の暗殺なんてことを企てたのか?」
「そんなわけっ……!」
「とりあえず涙拭け。お前そこそこ男前なのに情けない顔になってるぞ」
暗殺という単語ではっとして、もとの顔色に戻ったニトロだが、チータに指摘されるとぐしぐし涙を拭う。
こんな挙動ひとつ挟むだけでも、頭を整理するために時間は作れるのだ。
「弁明する機会を作ってやったんだぞ。
みんなの前で言ってみろ。僕もユースも、お前がそんなことをする奴だとは思っていない。
だからこそ、女王様に逆らってでもここにいる」
「チータ……」
「さ、言え。お前の思ってること、全部」
別に意味で涙が出そうになるほど嬉しい言葉だったが、感情を揺らめかせる暇もなく、チータに腰を強く叩かれたニトロは、衆目の前へと一歩踏み出す。
怒れるナナリーの顔を見下ろすことが出来るが、幸いにも向こうは言葉を続けて発してこない。
喚いていた数秒前から、今は冷静さを取り戻そうとしているのか、荒い鼻息だけを噴かせている。
「っ……」
広場は静かだ。今ならニトロの言葉が、兵にも民にも広く伝わる。
そんな機会を与えられてなお、ニトロが言葉に詰まるのはなぜか。
言いたいことが喉の奥まで出てきたところで、それは語るのも躊躇するほど特殊な内容だからだ。
果たして信じて貰えるのだろうかと、思わずにはいられない。
「ほら、言え」
「ち、チータ……ユース……」
不安げな顔で二人を振り返るニトロの表情は、ユースもチータも少し予想外だった。
俺はやってない、って叫んで貰うだけでも充分なのに。
それさえやって貰えれば、後はチータが盤面を動かす算段なのである。
ここまでお膳立てしたにも関わらず、己の無実を唱えるのも躊躇うニトロの姿には、チータも少し怪訝な顔が出そうになった。
一方で、この後の展開を予想したナナリーは、少し頭が冷えたのが顔にも表れている。勝算が見えた顔だ。
表情も、感情も、全く揺らがさなかったのはユースだけかもしれない。
「……俺はお前を信じてる。お前が、何を言ったとしたって」
ユースは"真実"など知る由もない。果たして本当にニトロの口から真実が語られたとして、ユースの感性がその非現実的な現実を信じられるか否か。むしろニトロがそれを疑いたくなりそう。
それでも、確たる表情でそう言ってくれた友人の姿に、すがりたい想いも沸いてくる。
ニトロには選択肢があった。
単に、自分の無実のみを語るか。それとも、全部ぶちまけるか。
どちらも賭けで、きっと後者が、より、目の薄い賭けだったのだけど。
「……みんな、聞いてくれ!
そこにいるナナリー様は、ナナリー様じゃない!
アルバー帝国の亡き国王、皇帝ベリリアルが乗り移ったナナリー様なんだ!
俺はそれに嵌められて、無実の罪を着せられて処刑されそうになったんだあっ!!」
握り締めた両拳を腰の横、身を乗り出さん勢いで、ニトロは知るままの真実を大声で叫んだ。
決して長くないその叫びを言い切るだけでも勇気が必要で、ここまでの疲れもあってなのか、ニトロは息を乱し気味。
それほどの力強い叫びは、聞く側が一切の言葉を失うほど、切実なものであったのも事実である。
だが、広場の空気は決して良いものではなかった。
ざわめきが起こるべき内容ながら、そこにあったのは静寂を通り越した沈黙。
ニトロも自覚しただろう。白い目でニトロ達を見上げる者すらいるこの空気、やはりこれは間違いだったかと、早くもニトロは強い後悔の念を抱き始めている。
「ぷっ、くっ……あはっ、あはははっ……!
言うに事欠いて、出てきた言葉がそれか……!」
ナナリー、あるいはベリリアルが、途中から積極的な沈黙に切り替えたのは、この展開が予想できたからだ。
突拍子もない発言は、そうそう簡単に信憑性を得られるものではない。
いかにニトロが誠実な人物で、日頃から信用を得てきた人物と言っても限度がある。
ベリリアルはこの場で、ニトロから"真相"が語られようと、それはことを都合よく運ぶための要素にしかならぬと読めたのだ。
「皆の者、聞いたか!
この者は今なお己の罪を省みず、あまつさえ妄言を吐いて罪逃れをしようとするような男じゃ!
かの騎士団の者はこの刑に正当性があるかと尋ねたが、答えは皆の目にもよぉくわかったであろう!」
この状況を利用しない手はない。
民衆の思考を、一気に自分を支持する方向へと引っ張ろうとする。
事実、このナナリーの発言によって、沈黙に包まれていた広場にどよめきが起き、細かく聞けばナナリーに同意するような発言が目立つほど。
ニトロは嘘つき。そんな空気が出来上がるのは実に早い。
「ゆ、ユース……チータ……」
また泣きそうな目になってしまったニトロが振り返り、今にも謝罪の言葉を述べそうな唇が震えている。
せっかく助けに来てくれたのに、台無しにしてしまったとでも思っているのだろうか。
ごめん、の一言すら吐けないほど悔恨に満ちた顔と向き合うユースは、未だに表情を動かさない。
その横でチータは、彼にしては珍しく、手の甲で口元を隠して笑っている。
「ユース、どうだ? これ、信じられるか?」
「…………」
諦観の笑いではない。どこか余裕を感じられる笑いですらある。
そうとはニトロにはわからないが、ユースになら伝わっている。
こんな時にからかうような声で聞いてくる時点で、そうだとユースにはわかるのだ。
「……ニトロがそう言うなら、そうなんだろ」
「お前はマジで言ってるのか」
「ニトロはナナリー様を暗殺したりしないし、ナナリー様だってそう言うニトロのことを信じずに、
処刑したりなんかする人じゃなかっただろ……!」
「お、やるな。そうだな、絶対そうだな」
案外わかってるじゃないか、と、ユースを見くびっていた自分をチータは反省する。
てっきりこんなこと、流石のユースでもすぐには信じられないと想定したのだが、その理屈で言うならニトロの言うことは真実味を帯びるのだ。
確かにユースの言うとおり。ナナリーとニトロ、両名の人格をちゃんと正しく見極めていればいるほどに、よほどおかしなことが無い限りはこの状況自体が成り立っていない。
その"よほどおかしなこと"に、かえって奇妙なほど、ニトロの主張は噛み合っているのだ。出来すぎだと思うほどにである。
「じゃ、こっちのプランでいきますかね~……
これはこれで面白そうだな~……」
「さて、ユースどの、ニトロどの……!
今度はそちらの申し開きを聞かせて貰おうか!
妾の断じた処刑をこのような形で遮ったこと、どう言い訳してくれるのであろうな……!?」
敬称が復活した。弁論の勝利を確信して、余裕が出てきたのだろう。
笑っていた顔を一変、鋭い目つきで睨みつけてくるナナリーだが、勝ちを意識したその目はどこか笑みすら含むものであり、それは騎士団を言い負かしたベリリアルの、征服感の表れだ。
ナナリーがそう言う直前、ぽつりとチータが、楽しそうに小声で呟いていたことなんて、ナナリーの耳には届いていないらしい。
「ナナリー様――ああ、ここからはベリリアルとでも呼んだ方がいいですかね?
かつては男の皇帝でありながら、今じゃ随分女王様口調が馴染んでらっしゃるようですが」
「はッ、そんな妄言をまだ言い張るか?
特に言いたいことが無いなら……」
「言い張ってるのは僕でもユースでもないですよ」
ナナリーの方を向き直っていたニトロは、チータの言葉に振り向かない。
言い張ってるのはニトロだけ、僕には関係ありません、とも聞こえた。
ニトロはもう、それでいいと思った。二人が無関係、自分に騙された側として見逃されるなら、それもいいとすら思えてきた。絶望して後ろ向きになると、人間ネガティブになりがちで良くない。
「ニトロでもないですよ」
敢えて間を置いてからそう言い放ったチータに、ほんの僅かだけニトロもナナリーも時が止まった。
ただ、意図の見えない発言に反応しきれなかったに留まるのみ。
ナナリーはもう、妄言を踏み潰し、ユース達をも捕える青写真をも描いている。
「もうよい、下らぬ。
兵士一同! あの三人を捕え……」
「賢者エルアーティ様ですよ」
ぴた、とナナリーの号令が止まった。
この国で一番偉いナナリーに、名を聞いて恐れる相手など国内にはいない。
だが、その名前だけは異国の人物ながら、決して軽視できないものである。
「実は我々、先日セプトリア王国を訪れたエルアーティ様から書状を預かっていましてね。
これがまぁ……いや、すみません、笑うところじゃないんですがねぇ……」
ごそごそ懐から、封筒のようなものを取り出したチータが、それを広げて露骨なほど笑って見せる。
あれは、追い詰められた人間の、苦し紛れの笑いではない。そうしたチータの態度も合わせて、ナナリーがチータ達を見る目はやや凍っている。
「読み上げてみていいですか?」
「…………」
嫌な名前だ。天下の大魔法使い様だ。性格があまりよろしくないことでも有名。
なんとなく、それがベリリアルの敵側に回っていそうなチータの態度、返答も慎重になる。
聞くに値せぬ、と封殺したい想いも沸くが、その名を出されてはそれも悪手になりかねない。
「……読んでみよ」
「はい、それでは本文そのまま読み上げますね」
チータは封筒から取り出した手紙を、目の前に広げた。
ナナリーが妙な行動を起こさないよう、手紙とナナリーをやや同時に見られる広げ方と角度だ。
「『拝啓、エレム王国騎士団14分隊様。あと私の可愛いユース。
魔法使いダニームの賢者として、あるいは私の知己として、あなた達に依頼。
セプトリア王国王女、ナナリー=アルクトス=ルビー=セプトリア。
数年ぶりに顔を合わせたけれど、どこか様子がおかしい。
あくまで友人として会いに来たという名目だし、長期観察する猶予はないけれど、しばらく様子を見たいという衝動に駆られた程度には、今の』…‥こほん、失礼。
『今のナナ姫は態度が不自然。
まるで私の知っている彼女ではないみたい。
久しぶりゆえに人が多少変わった、と、楽観的に解釈するには、あらゆる言動が、あの子、らしく、ない。
どうもあなた達はナナ姫とは親しくやっているようだし、さりげなくあの子のことは観察しておいて欲しい。
そして、私の直感が正しく、あの子が不自然な振る舞いに踏み出すようなことあらば、私に一言伝えて欲しい。
私が改めてそちらに伺い、真実のほどを確かめましょう。
これは、エルアーティ=ネマ=サイガームとして、あなた達に対する正式な依頼として成立する。
私の与り知らぬ所で間違いが起こらぬよう、あなた達の現地における有能なはたらきを期待するわ。
追伸、ユース愛してる』」
淡々と、ゆっくりと読み上げるチータの言葉の端々に、ユースがちらちら嫌そうな顔を見せたが、嫌な顔をしているのはナナリーもそうだ。
魔法都市ダニームの賢者エルアーティというのは、肩書きから想像できるような、単なる偉大な魔法使いというのみに留まらない。
ダニームという都市を中心に、そこを王都とでも例えられよう大きな領土を持つ、一国相当の大きな人間社会のお偉い様なのだ。
しかも魔法都市ダニームというのは、古くからセプトリア王国にとっては、大いにお世話になっている国であり、エルアーティはそこにおいて、元老院の一角と形容しても過言ない。
すなわち、聞いてしまった以上は簡単に無視できないのだ。
しかもベリリアルにとって最悪なことに、ナナリーという人格はエルアーティにひどく懐いている。
エルアーティから頂いた自分絡みの書状を軽視するなんて、"ナナリーとして"不自然極まりない。
「さて、ナナリー様。どうされますか?
どうもエルアーティ様は、最近のナナリー様に対して疑念を抱いておられるご様子です。
それに加えてニトロからこのような告発があったこと、あまりにも噛み合い過ぎの出来すぎ」
「…………」
「念のためお尋ねしますが、あなたはナナリー様ですよね?
ナナリー様が乗り移ったベリリアル皇帝、だなんてことはないと主張されますよね?」
「当然であろうが!!」
「はい、わかりました」
声を荒げるナナリーから、ベリリアルから、先ほどまでの余裕が消え失せている。
あと一押しというところまで来た手応えがチータにある。
次の出題を以って詰みである。
「あなたがナナリー様の肉体を奪ったベリリアル皇帝であるという仮説。
それは妄言で、あなたがナナリー様に他ならぬという主張。
その両方が有力視される限り、今のあなたに人の命を左右する処刑への決定権は無いものと僕は思います。
つきましては、あなたがベリリアル皇帝に肉体を乗っ取られたものではないということを、証明する機会が必要かと思われます」
「…………」
「エルアーティ様をお呼び致しましょう。
ミサひとつ挟めば証明することは簡単……」
「カイザー!!」
チェックメイトを意識したナナリーの、ベリリアルの行動は早かった。ミサという単語が出た時点で終わりだ。
腹心の名を口にして、勢いよく地面に掌を叩きつけたナナリーは、自分を中心に強烈な爆風を起こす魔法を発動させた。
それによって、ナナリーを取り巻いていたセプトリア兵は吹き飛ばされ、突然のことに広場の衆人から悲鳴が上がる。
「ユース、構えろ!」
舞い上がる砂煙、断頭台にも届く強い風。
髪をはためかせるチータは既に杖を構えていたが、ユースは既に動いていた。
砂煙がまき起こり、決して視界の良くない中、木剣を手にして踏み出したユースは、チータの側面方向から凄まじい速度で接近していた何かを見受け、自分の体をチータとそいつの間に割り込ませる。
ばきん、と鈍い音がして、その何者かはユースから離れた。
その男が手にしている短刀は、チータの喉元を狙ったものだったのだが、間に割り込んだユースの首元に狙いを変えており、それをユースが打ち返した形である。
一度離れ、断頭台から降りた位置に着地したその男は、ひゅっと一跳びで断頭台の乗せ場へと上がってくる。
「ユース、そっちは任せたぞ!」
「ああ!」
「ニトロ、来い!」
「えっ、あっ……!」
大きな体躯に二つの短刀。
いかにも近接戦闘を得意としそうな、口元を血じみた色のマフラーで隠した男を見て、チータが逃げの一手を打つのは早い。
ニトロを引き連れて断頭台から降り、ナナリーの方へと接近する。
広場の中心、取り巻きを自ら吹き飛ばしたナナリーは、砂埃まみれのドレス姿で立っていた。
その目の色は、先のニトロの告発に真実味を帯びさせるほど、邪まで赤黒い悪意に満ちている。
「お認めになられるんですね?」
「フン! あの小賢しい賢者に割れていたなら潮時じゃろうな!
こうなれば貴様らやニトロ、王都の民を道連れにするだけでよい! それで満足して世を去ろう!」
「貴様……!」
「くははは! ヘンリーの息子め! 生きて帰れると思うなよ!」
さあ、これが本性だ。
民衆は危険な気配にこの場を離れ、セプトリア兵の多くは、予測不可能だった爆撃に吹き飛ばされて、今や殆どが負傷の身。
そして立っているセプトリア兵らも、たとえどう判断力があったとしても、ナナリーの姿をしたこれに対して手は出せまい。
そもそもがやや広いこの中央広場、ここで状況に合わせて動ける状態にあるのは、チータとニトロ、そしてナナリーのみと言っていい。
そして、断頭台を乗せた荷台の上もそう。
狭いその場はバトルフィールドになり得ないが、断頭台を中間障害物に挟み、睨み合うユースとカイザーは、互いを実力者であると一目で認め合い、討つべき敵だとも認識し合う。
双方、相手の全容を一度よく確かめることに目を使い、初手にも思考を割くがゆえ、この荷台から降りるタイミングにすら一考の価値を見出している。
開戦の合図はすぐに訪れた。それは、離れた場所から生じたきっかけだ。
「ん……!?」
「お、始まったな」
遥か南の空の彼方にて、ずどんという大きな音が鳴り、それはユース達の耳にも小さくながら響いた。
ふとその方角を視界に含めたユースの目には、南の空高くにて、青空でもはっきり視認できるような赤すぎる花火のような爆発が発生していた。
その下には黒い狼煙のようなものが尾を引いており、誰かがはっきりと意図を以って打ち上げた、遠き場所へと何かを伝えるための信号であるのが明らかだ。
それに一瞬意識を取られたユースの姿を、カイザーは隙として見逃さなかった。
二人の間にあった断頭台という障害物をかわし、つまり直線軌道でもないのに矢のような速度で迫ったカイザーは、的確にユースの首元に短刀を差し向けてきた。
右手の短刀を木剣で叩き上げたユースだが、同時に後方へ飛んだユースの動きが、続く左手の短刀を振るうカイザーの攻撃をかわし、血を流さずして荷台から広場の地面へと着地していく。
右手に痺れを得ながらも、間髪入れずの連続攻撃だったはず。
それでもユースを仕留められなかったことに、カイザーはマフラーの奥で小さく舌打ちし、ユースに続いて荷台から降りてくる。
改めて睨み合う二人は既に覇気を纏い、すでに衆人が近寄れぬ空気を発している。
手を繋いでいた子供を抱きかかえ、走ってこの場から逃げていく母親の行動は正しい。
「……強いな」
「…………」
褒められたって何も嬉しくない。ユースは何も返さない。
お前もな、って言ってやってもいいところだ。だが、罪無きニトロを処刑せんとしたナナリーに加担する、悪の手先と断ぜるこの男には、一抹の賞賛の言葉すら向けたくない。
実力者には無条件で敬意が払われるべきか否か。それは時と場合による。
「排除する……!」
「かかって来い!」
二人は同時に石畳を蹴り、木剣と短刀の切っ先を、互いの急所に狙い澄ましている。
この国を訪れて以来、ユースにとっては最強の敵。はっきりそう認識したユースの瞳を見据えたカイザーも、今はその眼から悪意を消し、純なる熟達の戦闘傭兵としての魂を代わりに宿していた。
「なあニトロ。
あれは襲撃者警報の爆弾狼煙だよな?」
「そうだ……!」
「くふふふ、今さら貴様らがそれを知ったところで遅いわ……!
数多くの兵をこの公開処刑に割かせ、手薄になった関所の守り!
あとは妾の配下が攻め落とし、王都に火を放ち、罪無き者達を引き裂く宴の始まりじゃ!」
始まったな、とチータが口にしたとおり、大袈裟なほどの公開処刑が行なわれるこの日、やはり普通でない出来事は重なるようにして起こった。
今までもそうだった。よりにもよってなぜこんな時に、が、山ほどと言っていいほどあり過ぎた。
ニトロの処刑に合わせたこの日、大きな災厄を王都に招かんとしていたベリリアルの高笑いを、チータは予想外の驚愕顔では迎えない。
「つまり貴方は、僕やユース、ニトロをこの場でその手で葬り、セプトリア王都までをも崩壊に導こうとしていると」
「正体が割れぬなら、そ知らぬ顔で絶望する演技でもしようと思っておったところじゃがな……!
こうなった以上、遠慮なく笑えるという意味では気分も良いものじゃ! くはははは!」
「なるほどねぇ。面白くなって参りました」
予想通りでした、とは、わざわざチータもはっきり言わない。
別にこの場で意地を張ってもしょうがない。最後に勝れば、それでいいのだ。
ひとまず、まだ想定外のことは起こっていないことに余裕を感じ、一方でカイザーとやらにユースという兵力を取られたことは軽視せず、チータは杖を構えてみせる。
断頭台の乗せられた荷台を挟み、ユースとカイザーは向こう側だ。
1対1と、2対1に分断されたこの形は、良くもあり悪くもある。
「とりあえず、かかって来て下さい。
言っておきますが、こちらも黙って殺されてあげるつもりはありませんよ」
「ほざいたな、若造が!
足掻けるだけ足掻いて、苦しんで死んでいくがよいわ!」
両手を広げて魔力を練り上げるナナリーの姿は、大気が歪むほどの威圧感を放っている。
元より魔法使いとしての才覚には秀でていたナナリーだ。それが今は悪の皇帝の意思のまま、殺意を露にした魔法を叶えようというのだから、脅威的な魔法使いと見て間違いない。
感じ取れるナナリーの魔力から才を認識するチータは、ハフトの都で戦った、名前も忘れた傲慢魔導士とはレベルが違うと理解して、無表情が常であった口の端を上げている。
思わぬところで大魔法使いとの対面ではないか。
得がたい経験を愛する好奇心の塊、魔導士として、なんと恵まれた展開か。
「ニトロ、上手に立ち回れよ。
ある程度は、守ってやるけどな」
「あ、ああ……!」
「風円刃!」
両掌の上に円盤状の風の凝縮体を作ったナナリーが、それをチータ達に投げつけてきた。
かわして左右に跳んだチータとニトロ、二人を捕えられなかった円盤状の風の塊は、果ては建物の石壁に激突し、がきんと浅くながら割れ傷を刻む。
人体なら切り落とせる切断力を持っている攻撃だ。殺意に満ちている。
「さあ、妾をどうこう出来るならやってみせよ!
女王ナナリーの命が惜しくなければな!」
余裕のある大声を放つベリリアルの声が、セプトリア王都の中央広場に響き渡る。
王国の中心にて正体を現した悪の権現の姿に、武器も持たずに丸腰で手出しも出来ぬニトロは、ただただ乗っ取られた主君の全容を悔しい目で睨み付けることしか出来なかった。




