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第79話  ~王国への挑戦~



 肉体と、精神と、霊魂。

 生物が生存するために必要な、命の三大要素と呼ばれるものだ。

 その中でも、霊魂というものは人々にとって馴染みが薄く、その役割ゆえに普段は人に意識すらされない傾向にある。

 しかし、それが無いと人は、生物は、望むように生きることはおろか、生存することすら出来なくなる。


 "霊魂"の役割は、その生物の"肉体"と"精神"を繋ぐことである。


 たとえば一人の人間が、右手を上げる行為ひとつ取ってもそう。

 右手を上げたいと願った"精神"の主張を。

 精神と肉体を繋ぐことが役割である"霊魂"が肉体へと伝え。

 そしてそれを受け取った"肉体"が右手を上げる。

 霊魂は、精神が望んだ行動を、肉体に表す役目を果たしている。


 また、生物には生存本能という、無意識の"精神"がある。

 生きていくためには心臓が動いていなければならない生物は、精神と肉体を繋ぐことが役割である"霊魂"により、無意識の"精神"が心臓の鼓動を望むことを、"肉体"に伝えている。

 それによって、はじめて鼓動が成り立つのだ。

 仮に霊魂がそこにあらねば、生物は生きていくための肉体の、当然のはたらきすら成立させられない。


 果たしてその"霊魂"が、何らかの力で、満足なはたらきを為すことが出来なくなったらどうなるか。

 まず、思うとおりに体を動かすことがなる。

 精神が訴える主張を、霊魂が伝えられないため、肉体が聞き入れなくなるからだ。


 そして、もしも、そんな人物の中に、もう一つの"霊魂"と"精神"が存在していたらどうなるか。

 そんな"もしも"を実際に孕んでしまったのが、セプトリア王国の女王様である。






「はぁ……はぁ……」


 真っ黒な空間だ。


 果てなく続くとさえ思えるような闇の中、その奥のいずこかから伸びている、真っ黒な触手のようなものが、一糸纏わぬ姿のナナリーを縛り付けている。

 彼女の両の手首に、両足首に、そして胴に、胸に、さらには首に巻きついた触手のようなそれは、柔らかいナナリーの肌に深く食い込むように締め上げて、虚無の空間下でナナリーを、十字磔のような姿に拘束している。


 内なる精神世界にて、こうして捕えられた"ナナリーの霊魂"は、もはや得体の知れぬこの黒い触手から、己の力で脱出することが出来ない。

 何日も、何日も、両手を引こうとし、脚を曲げようとし、腰をくねらせ、あがき、もがいても、彼女の魂を捕える黒い触手はぴんと張ったままで、彼女を全く自由にさせようとしない。

 抵抗すればするほどに、きつく締め上げてくる触手に苦しめられ、そんな環境に何日も置かれ続けているナナリーの霊魂は、もはや回復しない疲弊の中で力を失いきっている。


「やあやあ、ナナリー女王様。

 ご機嫌うるわしゅう」

「…………!」


 そんな闇の空間に、もう一つの存在がゆらりと現れた。

 何もない真っ暗な、あるいは真っ黒な空間から、ぼんやりと浮遊感ある現れ方をしたそれもまた、ナナリーと全く同じ姿をした霊魂。

 水の中にいるように髪先を宙にふわりと浮かせ、ナナリーの霊魂の前に現れたそれは、血色のいい顔色で上機嫌、縛られたナナリーの顔色の悪さとは対照的だ。


「どうじゃ? この姿は。

 そなたの魂の代わりを果たせるこのカタチになるまで、随分時間がかかったわ。

 数年越しの力作、とくとご覧あらせられよ♪」

「ベリリ、アル……!」


 拘束されたナナリーの霊魂は、顔を上げるのもようやくという重さで前を向き、苦しげな声を途切れ気味に発する。

 ベリリアルと呼ばれた、ナナリーと瓜二つの形をした霊魂は、ドレスはおろか衣服も纏わぬ姿でくるりと回り、完成した今の姿をナナリーに見せつける。

 幼い裸体に突き出たものは無いが、長い髪は尾を引くようにたなびき、無重力を思わせるこの空間で妖しく躍動する。


「くふふふ、やはり学は生きておるうちに修めておくものじゃ。

 霊魂と、精神と肉体。生前に学んだ学問が、死してなおこのような形で活きるとはのう」


 ナナリーという人物は、彼女の肉体と、精神と、霊魂によって、この世に生を受け、生きてきた。

 今、ナナリーの霊魂は、ベリリアルの魂が操る黒い触手のようなもの、言わばベリリアルの霊魂が発現させた魔法の賜物のようなもので、自由を完全に奪われてしまっている。

 ナナリーの精神が望むことは、彼女の霊魂によって肉体には伝えられず、ゆえにナナリーの肉体は彼女の意のままには動かせない状態にある。


 今のナナリーの肉体を動かしているのは、ナナリーの霊魂に成り代わった、ベリリアルの霊魂と精神だ。

 ベリリアルの霊魂は、長い時間をかけ、ナナリーの肉体を操る霊魂としての形をようやく作り上げたことを見せびらかし、その姿はナナリーの霊魂に強い無念を抱かせる。

 今やナナリーは一切の抵抗も許されず、己の肉体や発言を、すべてベリリアルの意のままにされている。


「改めて聞こう。

 どうかな、今の心地は」

「はぐ……っ!?」


 黒い触手を操るベリリアルは、ナナリーの霊魂を縛り付けるそれをびしりと張り、彼女の霊魂の形を強く引く。

 両手と両脚を後方に引き、胴と胸を前に引くことで、みしみしと背骨が軋むような弓なりの形を強要する。

 肉体をそんな形に締め上げられる痛みとは厳密には違うものの、霊魂をそのように弄ばれることは、ナナリーの霊魂に強い負担と苦痛を与え、口を開いたナナリーがかすれた息を吐く姿になる。


「かつて貴様の国を苦しめ、ようやく討ち果たしたと思っていた者に、貴様はまたも苦しめられる。

 聞くまでもなく、その姿から感じられる苦しみこそが、妾の怨念を少しずつ晴らしてくれる」

「あっ、あ゛っ……ああっ、がっ……!」


 それに飽き足らず、ベリリアルはナナリーの喉元を右手で掴み、力強く締め上げてくる。

 ナナリーは苦しみに耐えかねて両手両脚をばたつかせようとし、腰をひねろうとも首を振ろうともするが、彼女の魂を強く拘束する黒い触手はナナリーを開放しない。

 ぐっ、ぐっ、と彼女の体が苦しげにびくつく程度で、締め上げられたままの彼女の体勢は何も変わらない。


「貴様のすべてはもう妾のものじゃ。

 この国も、その未来も、そこに存在するすべてすらも。

 妾が女王である限り、すべては我が意のままに動くのじゃからな」

「かふっ、けはっ……! はっ……はぅっ……」


 手を放し、ふわりと少し下がるベリリアルは、触手の張りを少し弱める。

 改めて十字磔の姿に戻されたナナリーは、がくりと首の力を失って、弱った呼吸を繰り返す姿となる。

 ベリリアルの言葉に耳を塞ぐことすら叶わない彼女には、絶望的なベリリアルの宣告が、胸に深く突き刺さる。


「機は熟した。

 貴様も目を通して、リープに差し出した妾の手紙は読んでおったじゃろう?

 この日、セプトリア王国は崩壊への第一歩を踏み出す。多くの血を贄に捧げてな」

「う……うぅ……」


「カドテットを操るリープと疎通が取れたことは、多くの話を妾に都合よく進めてくれた。

 数日前にカドテットに文を渡したところを、ニトロめに見られそうになった時は焦ったがな。

 ま、あの程度のことが露呈した程度では、まさかそうそうこのような真実には辿りつけんじゃろうがのう」


「カド、テット……?」

「ああ、貴様は知らなんだか。

 リープの操る、雉の姿をしたあの魔物のことじゃ。()に覚えはあるじゃろう?」


 ナナリーは霊魂がこのように拘束された中でも、ナナリーの肉体の瞳に映る光景を認識している。

 ナナリーの肉体を操るベリリアルが、雉の魔物に文を結びつけ、飛び立たせる姿も何度か見てきたのだ。


 カドテットと呼ばれた鳥の魔物は、魔物を操るリープの腹心の一体だ。

 ナナリーの肉体を乗っ取ったベリリアルは、それを介して何度もリープと疎通を叶え、多くの情報を連中に受け渡ししてきたのである。


 女王様がお忍びでフーリオ山地に行ったことも。

 魔法都市ダニームに向かう際、女王様がハフトの都を通過することも。

 舞踏会の日程や時間、場所やその日の兵士達の配置さえも。


 本来ナナリーしか知らぬはずの数多くの情報は、そうしてリープをはじめとした、セプトリア王国に仇為す者達に漏洩されてきたのだ。

 あらゆる面で、リープやその仲間達が、先手を取った行動を取ってこられた理由と真相は、今のところベリリアルとリープ達、ナナリーしか知らぬ事実である。


 先日の夜、ニトロがナナリーを探して屋上に行った時など、まさにその瞬間であったのだ。

 ニトロにとっては不幸なことに、ベリリアルにとっては幸運なことに、手紙は既に飛び立った後であり、それによって何かが露呈することはなかったのだ。

 それでもまさかそれが見られていたらと、焦りも見せた振り返りを見せたナナリーだったが、それによって何かを察せというのもニトロには酷な話だろう。


「昨晩、妾がリープに送りつけた手紙の内容は見たであろう?

 これから王都で何が起こるか、あらかじめ貴様に見せてやったのも嗜みじゃ。

 それがやがて現実のものとなる光景を目にする貴様は、いったいどんな顔をするのであろうなぁ?」

「ううぅ……」


 ナナリーの霊魂は、ベリリアルに乗っ取られた肉体を介して、外界の様相もすべて見せつけられる形だ。

 どのような陰惨で、残酷で、悲劇的な出来事が起こっても、ナナリーはベリリアルがそれをナナリーの目で見る限り、彼女は目を逸らすことすら出来ない。

 そしてベリリアルは、悲劇を既に予告している。半日も満たぬ間に、それは起こるのだと。


「まずはニトロの処刑から始まるのう。

 その後、王都にて何が起こるのかは手紙に示したとおりじゃ。

 さらに妾はその後、ニトロの首を牢獄のイリスの前に見せ示す。

 はてさて、その時イリスはどんな顔を……」


「た…………たの、む……」

「ん?」


 顔を上げる力もないナナリーが、絞り出すような声を発することに、上機嫌で語らっていたベリリアルは言葉を一度切る。

 面白いものが聞けそうだとにやつくベリリアルは、ナナリーの言葉の続きを待つように沈黙する。


「もう、やめてくれ……これ以上、セプトリア王国を……みんな、を……」

「やめてくれ?

 んんんん? それが人にものを頼む態度かのう?

 妾は女王様じゃぞ? 言葉を選べんか?」


 女王の姿に成り代わったベリリアルは、ナナリーの前髪を掴んで顔を上げさせる。

 幼くも、女王として家臣らに、意志力に満ちた目を見せてくることも多かったナナリーの目は今、涙でいっぱいになっている。

 年相応に折れた精神と、見た目相応にぐずついた涙目で、ただの少女と化したナナリーの泣き顔を前にしたベリリアルは、優越感に満ちた笑みを浮かべている。


「おねがい、します……もう、許して……

 みんなを、これ以上っ……」


 震える唇で、忌むべき相手に涙を流して訴えるナナリーの姿が、彼女を恨むベリリアルにはたまらない。

 か弱き懇願を前にして、ベリリアルが返す表情とは、弱者を哀れむ表情とはまったくの正反対、屈辱にまみれた泣き顔を多幸感で見下す、悪辣な皇帝の笑みそのものだ。


「くふふふふふ……!

 そうかそうか、もうやめて欲しいと言うのじゃな……!?

 貴様にとっては憎むべき敵に、無様に懇願してでもやめて欲しいと言うのじゃな……!?」

「ど、どうか……どうか……」


「あーははははははは!!

 聞けぬのう! お断りじゃのう!

 貴様の言い分など一切聞きつけぬ! こちら側の望みを一方的に叶えるのみ!

 ニトロは死ぬ! 民も死ぬ! 王都も滅びる! セプトリア王国は荒廃の一途を辿る!」

「う、ううぅ……うう~っ……」

「定められた未来はそれのみじゃ! 他に無い!

 貴様は見届け、ただただ苦しめ! 妾の生が続く限り、いつまでも、いつまでもな!!」


 赤い舌を出して大笑いするベリリアルの、自分と同じ顔をした霊魂を、ナナリーは間近でまざまざと見せつけられる。

 ナナリーにとって、最も避けたい未来ばかりを叶える、悪の権現が目の前にいる。

 それに抗う手段の一つすら、今のナナリーには与えられていないのだ。


 悪意ある要求に肉体を従わせられ、最悪の未来を紡ぐべく動いていく時世を、眺めることしか出来ず、目を逸らすことすら出来ぬ拷問。

 今やナナリーの霊魂の境遇とは、暗き牢獄に幽閉されているイリスに勝って残酷だ。


「さあて、間もなく公開処刑に向けての進軍じゃ……!

 ニトロを冥界に見送る心の準備でもしておくのじゃな……!」

「いや……いや……!

 頼む、どうか……それだけはあっ……!」

「それが良いのじゃ! 貴様を苦しめるにあたってはなあっ!

 あーはははははは!!」


 今やもう、二時間もすれば正午を迎えるという時間帯。

 ニトロの処刑の準備はとうに済み、市中を引き回す構えが城門前に完成しているのだ。

 満ちる時を前にして、婚約者が死を迎える間際になってなお、無抵抗のナナリーの魂は、現世から隔絶されて最も近い位置で、身動きひとつ取れずにいる。


 何粒の涙も、今のナナリーを救わない。

 極悪の未来がさらなる涙をナナリーに強いる上、その後も絶望を彼女に与え続ける確信を持つベリリアルは、絶えず高笑いを上げていっそうナナリーを追い詰める一方だった。






「ナナリー様……」

「…………」


 自室から出てきたナナリーを、案じて待っていた女中は心配そうな目で見送る。

 明らかに、寝不足がたたっている顔つきだったからだ。

 普段は景気よく、召使いの召使いにすら元気に挨拶するナナリーが、重い面持ちで歩いていく姿には、まさか彼女の内面がナナリーではないと知らぬ側からして、心配にもなろうというものである。


 寝不足顔のナナリー。

 その真相が、今日のこの日が楽しみで眠れなかっただけだとは、想像にすら及ぶまい。


「ナナリー様、大丈夫かしら……

 婚約者のニトロ様を処刑だなんて……」

「おいたわしや、とも思うのだけど……本当にそれが、正しいことなのかしら……」

「…………」


 ナナリーが、これから何に動くのかも、城で過ごす者達には周知のことである。

 婚約者を罪人と断じ、自ら処刑に動こうという女王様の姿には、誰もが心から複雑だろう。

 愛した人をその手で殺す女性への哀れみや、ニトロが罪人とされていることが信じられぬ想い、総じて今日の公開処刑なるものが、果たして王国史における正解なのかを多くの人が疑っている。

 そして、たとえ如何なる疑問を持ったとしても、女王様に口答えすることは出来ず、その不信感はゆっくりと膨らんでいく。


 ベリリアルにとっては正解で、ナナリーにとっては、セプトリア王国にとっては正解の道筋だ。

 ひそひそとナナリーを見送る面々のそばを素通りしながら、沈痛な面持ちを演じるベリリアルは、笑いを堪えて悲劇の女王を気取っている。


 歩きながら拳がわなわな震えていたのも、高笑いを耐えるため、その手に力を入っていただけだ。

 周りにそれは、どう映るのか。真相に辿り着ける者など誰もいない。











「早かったな、ユース」

「のんびりしてられるわけないだろ」

「それもそうだ」


 セプトリア王国の一角、公園の噴水前にて腰かけて、遊ぶ子供達を眺めていたチータのもとへ、ユースが小走りで近付いてくる。

 今はおおよそ、正午よりも一時間近く前の時間帯。

 普段どおりの生活を装うユースは、兵士達が集まる訓練場へと一度赴き、適度に汗を流してから、ここでチータと待ち合わせる形を取っていた。


「訓練場では、何かニトロについて聞かされたか?」

「何も。むしろ逆に、なのかもな」

「なるほど。兵士様らなりに、お前には気を遣ってくれているつもりなんだろう」


 ニトロが今日、民衆の前で処刑されることを知っているセプトリア兵は、敢えてそのことをユース達には伝えてくれなかった。

 話したところで、兵士達の価値観からすれば、誰もナナリーの決定を覆すことなんて出来ないのだ。

 友人が処刑されると知る、処刑の場にも顔を出す、だけど何も出来ない――そんな想いをユースがするぐらいならならいっそ、敢えて黙っておくのも選択肢とされたのだろう。

 少なくともユースは、ニトロの死を知るまでの間は日々を穏やかに過ごし続けられるはずだから。


 まさかユース達がはじめからニトロの処刑予定を知っていて、あまつさえそれを邪魔しようとまで企てているとは、兵士達も思うまい。


「それじゃあ、行くか。

 シリカさんもアルミナもルザニアも、もう持ち場にはついているだろう。

 妙な気まぐれで処刑を早められても困るし、早めに行動しておいた方が良さそうだ」

「ああ」


 杖を握るチータ。現地では荒事にも臨める格好だ。

 そして木剣を腰に下げたユース。現地では荒事にも臨める格好だ。

 きっと、穏便には済むまい。これから二人は、セプトリア王国そのものを敵に回しかねない、誇張抜きの"戦い"の場に身を参じることになる。


 平穏なる時が流れる王都の風景を歩く騎士と傭兵は、まるでここが魔物ひしめく山岳地帯へと向かう途中の、獣道を歩いているかのような錯覚を覚えそう。

 子供達がはしゃぐ声や、昼間の小鳥のさえずりも、今は二人の耳に入らない。

 あるいは入るも、このような平和な王都にて、この日友人が命を失わようとしているなど、ユースにしてみれば今でも信じられない想いである。


「……なあ、チータ」

「ん?」


「頼りに、してる。力、貸してくれよな」

「…………ま、いつもどおりに」


 絶対に、何としても、ニトロを助けたい。

 ユースの言葉からそんな強い意志を感じつつ、チータは透かし気味に応えておく。

 素直に熱い言葉を返してやってもいいのだが、普段からこういう付き合い方をユースと続けてきた以上、こんな時だけそんな自分を出すのも、なんだかチータもやりづらかったりする。


「そうだな、いつもどおり上手くいくよ。

 僕とお前が手を組んで、致命的に失敗したことなんて、これまで一度もなかったからな」

「……そっか。うん」


 ユースに励みを利かせる言葉なら、自分なりのそれをしっかり作って発するのがチータのやり方だ。

 それこそがユースにとっては、いつもの頼もしい戦友が、そばにいてくれていることを再認識しやすくなる魔法のようなもの。

 絶対に失敗できない戦いに臨む前、少なからずユースは緊張感を顔に出してしまうタイプだが、チータの言葉で少しだけ笑って、チータの顔を見て確かめる程度には、少しは肩の力もほぐれたか。


「またつまらぬ奴を励ましてしまった」

「うるさいよ」


 相も変わらず無表情、声は冷淡、言ってることもいちいちトゲあり。

 そんなチータとの会話に和みを得てしまうほどには、ユースは強くチータのことを常々信頼してやまない。


「……やれやれ」


 そんなに懐かれてしまっては、応えて結果を出してやらねばならないではないか。

 チータはユースのこういう所が苦手である。いよいよとなればなるほどに、裏切れないし、見放せない。

 良くも悪くも、物事なんでもマイペースに進めたいチータをして、調子が狂ってしょうがないのである。


 きっと潔白であろうニトロの救出。

 これまでも負けられない戦いを数多く踏んできたユース達だが、この戦いもまたいっそう特別なものだ。

 自分達のその手には、異国にてのぶつかり合いを経て、強い親しみを持ち合えた友人の命がかかっている。

 腰に下げた木剣の柄を、歩く中でぎゅっぎゅっと握るユースの掌は、決意を滲ませたかのように汗ばんでいる。


 そこに相対するはナナリー王女。そしてそれは、セプトリア王国そのものと言っても過言ではない。

 一国を相手取る、たった五人の騎士団による戦いは、日中静かに幕を開けていた。

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