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第60話  ~動乱の王都~

 


「戦況分布は?」

「東関所、南関所、西関所の三方から魔物達が進撃してくる運びです……!

 現時点ではまだ持ち堪えているかもしれませんが、いずれも厳しい状況を強いられているでしょう……!」


 ハルマの問いに、ここまで情報を持ち込んでくれたセプトリア兵は手短に、しかしホール内にまだ残る人々に聞こえぬよう、小声でそれを説明する。

 厳密にはまだ、王都内が戦場と化していると、確定しているわけではないようだ。主戦場は、魔物の侵入を阻まんとする関所攻防であろう。

 関所を破られ、王都内を破壊されてから報告に来た、では遅い。速度優先で近況を報告してくれているのである。


 しかし、胸壁と門を構えて魔物達を迎え撃つ関所とて、いつまでももつとは限らない。

 切迫した状況を訴える兵の様子からして、数分前情報ではまだ耐えていた関所の守りが、今はもう既に破られている可能性は見越さねばならない。


「三つの関所で、最も苦しい場所がどこかはわかりますか……!?」

「は……お、恐らくは南の関所と思われます……!

 敵勢の数と勢いが、報告を聞く限りでは最も脅威的で……」

「その次には!?」

「ひ、東か……いえ、西の方がこちらの兵力が薄く、厳しい戦いが予想されます……!」

「完全に狙い澄まされたような状況ですね……!」


 ハルマに先んじて、急ぐ情報を要求したのはシリカである。

 ハルマも驚くほどの剣幕であって、尋ねられた兵士も返答が遅れたほど。

 ここからの対応が、一刻一秒を争う状況となっていることに、武人としてのシリカの判断力は既に火を噴いている。周りが追いつけないほど加速している。


 南の関所から攻めてくる魔物の勢いが最も強く、関所の守りも苦戦している。

 これがシリカにとっては"狙い澄まされたよう"と言える状況なのだが、異国ながら王都の地理を把握し、自然に最速でそう思えるシリカの頭は、回転力がユースらの比ではない。


「ユース、私は西の関所に加勢してくる。

 お前は南の関所へと向かった方がいいだろう。誰を連れて行くかの判断は任せる。

 東と南の関所に、四人で編成を割り振って防衛に回ってくれ」

「っ、はい……!」


 本来ユースが騎士団五人の指揮権を持つ今、ユースが自発的に采配を選んだ方が理想的だが、状況が状況だ。

 ずっとユースを上官として導いてきたシリカ、判断力もその速度もユースよりずっと早く、正解を導き出せる。

 今はシリカもユースに任せて成長を促すことより、窮地に瀕した王都の防衛を優先した行動に出ているのだ。


「武具はありますか」

「はい……! 恐れながら、外の馬車に一様の武器を手配しております……!

 皆様が普段お使いのものとは異なるものですが……」

「感謝します……!」


 必要な情報だけ得ると、突然シリカはその場で自分のスカートの裾を握り、持ち上げて左右に引っ張って引き裂いた。

 上質の舞踏会用のドレスをびりりと破る行動には誰もがぎょっとしたが、裾から膝上辺りまでをスリット状に縦裂きにしたシリカは、割れたスカートを腰回りに巻きつけてぎゅっと縛る。

 細く締まった生脚があらわになり、縛ったスカートが浮こうものなら、人に見せたくなかろうその中も見えかねない姿だ。


 着替えている暇などない。走れる格好に最速で至るための行動。

 外に行けば武器もあると聞き、頂き物を駄目にしてでも今すぐ出陣できる状態に至らんとするシリカの行動には、ハルマも武人としての姿に息を呑まされる。

 こんなこと、女性として余程やりたくない行動であろうはずなのに。


「ハルマ様は恐らく――」

「……ええ、この大講堂の守りに回るのが最善なのでしょう。

 誠に遺憾ですが、現地の防衛戦は皆様に一存させて頂いてもよいでしょうか」

「お任せ下さい、そうあるべきですから……!」


 破いたスカートを結びながらハルマに問いかけ、会話が終了すると同時に結び終えたシリカは、かつかつとつま先で足元を鳴らす。

 走れるかどうかの確認、問題なし。


「じゃあ行ってくる……!

 ユース、急ぐんだぞ!」

「はいっ……!」


 それだけ言うと、シリカはその場を駆けだして、一同の前からあっという間に立ち去ってしまった。

 あの行動力に追いつくはおろか、下された指示がなぜ最善策とシリカに判断されたものなのかも、すぐにはユースにはわからない。

 最も信頼するシリカの判断を信じ、ここからの行動を選ぶだけだ。頭をそう切り替える。


「ユース。南関所から城への方向へと進めば、ちょうどその道中近くにこの場所がある。

 魔物達の目指す場所がどこであれ、そこが最も危機的であるなら、その守りに手を厚くするべきだ」


 判断を早めさせてくれるアドバイスをチータが添えてくれた。

 ユースも数秒考えれば、それに思い至ることは出来るだろう。その時間を短縮してくれる友人の参謀脳は、ユースにとっても心強い。


 最も進軍勢いの強い、南から攻め立ててくる魔物の群れ。

 それが北上して進めば、城への通過点の中にこの舞踏会会場も含まれている。

 シリカが"狙い澄まされたよう"と言ったのはそこなのだ。散分された敵勢の中でも、恐らく最も力を注がれたであろう軍勢が、城と、ナナリーおわすこの会場を両睨み出来る状況とは、あまりに何かが出来過ぎている気がしてならないほど。


「よし……!

 それじゃあ南の関所には俺と――」


 隊長としての決断だ。

 それに殉ずるチータもアルミナもルザニアも、今はもう完全に騎士として、傭兵としての目を宿している。

 舞踏会仕様の着こなしで、武装足らずの状態でも精神には関係ない。


「な、なぁ、ニトロ……」

「……王都のことは、騎士団の皆様に任せましょう。

 ナナリー様のことは、俺達が必ず守り通します」


 不安げなナナリーのそばで、ニトロはぎりりと歯を食いしばる想いだ。

 また、騎士団の力を借りねばならない。真の意味で、自分達の力だけでセプトリア王国が自立できる日とはいつ訪れるのだろう。

 同時に、短い期間に何度も訪れるこの窮地の波に、憤りに近い感情も抱いている。


 革命を起こし、独立し、平穏な時代がセプトリア王国に訪れたはずではなかったのか。

 ニトロの胸には、そうした痛みがずっと響いている。











「やれやれ、手応えに欠けるなぁ」


 いかに今が窮に瀕した状況であったのかは、王都の南部にはっきりと表れている。

 最も数多くの魔物達に押し寄せられ、破られてしまった王都南の関所からは、なだれ込むように魔物達が王都へと侵入していた。

 セプトリア兵達も全力で抗い、胸壁の強みも生かして戦い抜いただけあり、仕留めた魔物の数も多かったはず。

 それでも開門状態となった関所から押し寄せる魔物の総数は、百近くを余すほどの大軍勢だったのだ。


 魔物達を率いる親玉は、神父服を身に纏い、犬の風貌を持つ大きな獣に跨り、手綱を握って微笑んでいる。

 アルバー帝国の隠し玉、魔物使いの異名を持ち、表舞台には出てこないアルバー帝国皇帝の腹心であった彼、リープは魔物が暴れまわる王都内にてご満悦だ。

 警鐘を鳴らすのが早かったセプトリア兵のおかげもあり、真昼の王都内を出歩く者は一切おらず、セプトリアの民を狩ることこそ叶わぬが、建物を殴り壊し、吠えたける魔物達の姿には満足できる。

 かつてアルバー帝国を滅ぼした王国を破壊することは、亡国の残存者として、最高の復讐的光景だ。


「諦めるな! じきに増援が来る、最大限持ち堪えろ!」

「後衛、早まるなよ! 前に出るな! 俺達を信じて務めを果たせ!」


「雑魚どもが一丁前に強がるねぇ。いつまで持ち堪えられるかな?」


 王都内に散開した魔物達と交戦するセプトリア兵も、屈強な魔物達には苦戦を強いられている。

 襲いかかってくる魔物達とは、人のように四肢を持ち、しかしそれは人間の大人より太い腕と脚、そして全身が体毛に包まれた、頭は虎の顔を持つ怪力の化け物だ。

 ワータイガーと呼ばれるこの魔物は、本来セプトリア王国には多く生息しない魔物で、持ち前の瞬発力とパワーで人間の脅威となる、強い部類に属する魔物達である。


 南の関所が魔物達によって破られた最たる要因は、まさしく一体でも人間兵数人ぶんの戦力となり得るワータイガーが、多数押し寄せて迫ったことにあると言える。

 関所の防衛戦の中で、セプトリア兵によって討ち取られたワータイガーも、南関所近辺に多数転がっているが、それでもまだ王都内に何匹も突っ込んでくるほどワータイガーの数自体が多い。

 本来あり得ないことだ。異国から遣わせた魔物を使役するリープのような存在がいない限り、この図式は決して成り立たない。


「くそ……! あいつが魔物遣いか……!」


「おっとォ」


 悠々と獣に跨って、物見気分で破壊される王都を眺めていたリープを、建物の屋上から矢を放つセプトリア兵が狙撃する。

 先んじてその殺気に気が付いていたリープは、くんと手綱を操って、腰かけた魔物を走らせて矢を回避する。

 よく手なずけて言うことを聞く乗り物と、自分を狙う気配に敏感な意識がないとこれは成立しない。


「ほらほら、私はここにいるぞ~。

 私を討ち取れば、魔物達の統制を乱すことも夢ではないぞ~?」


 暴れまわるワータイガーに苦戦し、下がらざるを得ないセプトリア兵をおちょくるように大声を発しながら、大犬の魔物に跨るリープは王都内を旋回走行する。

 たまたまリープを奇襲できた射手でも当てられなかった的、多数の射手で狙い澄まさねば射止められまい。

 ワータイガーの群れという波に押されるセプトリア兵は、敵将の姿を視界内に含めていながら、どう足掻いても手を出せない苦境を味わわせられる形だ。


 そもそも、接近戦を得意とする兵が、ワータイガーを突破してリープに迫ってもどうにか出来るだろうか。

 決して小柄ではないリープが上に跨っていても、子牛ほどの大きさの犬の魔物はそれだけ大きく、迫る脅威に対抗する牙も素早さも持ち合わせている。

 ヘビーハウンドと呼ばれる大犬の魔物は、それ単体でもワータイガー以上に力強く素早い魔物であり、リープにとっては最高の乗り物であり側近だ。


「さあ、魔物達よ! 目指すはセプトリア城、あるいはその道中にある国立大講堂だ!

 アルバー帝国を滅亡に追い込んだ、憎き女王に目にものを見せてやれ!」


 魔物達に命令するにあたって人間の言葉は要らない。リープはそれ以外の方法で魔物達を使役する方法をいくらでも持っている。

 敢えて口にしたのは、苦境の中にあるセプトリア兵をぞっとさせるためだ。


 いったいどうして、リープは今日ナナリーが国立大講堂にいることを知っているのか。

 その疑問を解決するか以前に、少なくともこのままリープの進撃を許そうものなら、ナナリー女王にまでその牙が及び得るという現実だけがある。


「っ……右方向! 囲まれるぞ、一度下がれ! そこで改めて布陣を立て直す!」

「一度構えろ! そしてそれ以上は連中を進ませるな!

 決死の覚悟を今ここに刻め!」


 窮迫すればするほどに、万全なる構えを固めようとするセプトリア兵は優秀だ。

 同時にそれは、リープの言葉に強い恐れを抱いた証拠。

 ゆえに今のセプトリア兵の動きと発言は、リープにとって満足できる反応だ。


「さぁて……厄介な騎士団どもはいつ姿を現すかな?」


 先を見据えた目と口で、リープは仮面を貼り付けたような笑顔を崩さない。

 何が起こっても想定範囲内だという自信に溢れている。

 王都そのものを滅ぼさんばかりの軍勢を率いながら、仮に大敵である騎士団にそれを阻まれたとしても、それはそれで構わないとさえ思っていそうな余裕を表している。


 まだまだ王都を襲う、セプトリア王国を覆う悪夢は始まったばかり。

 リープの胸の内には、そんな言葉がずっと渦巻いている。











「もう、無理です……! もはや門は限界です!」

「やむを得ん……!

 開門、構え! 魔物どもを迎え撃てえっ!」


 とりわけ早く破られた南の関所とは異なり、西の関所はよく持ち堪えた方である。

 だが、押し寄せる魔物にがつがつと殴られ、へこみ、閂の曲がり始めたその門に、耐える力は残っていない。

 胸壁上から魔物を狙い撃つ射手の攻撃にも、もはや魔物が門を打ち破ることを抑制する勢いが残っていない。

 それだけ残存している魔物の数が多すぎる。


 指示と同時に門の大型閂に、内から多数の銃弾が撃ち込まれて深い損傷を与える。

 既にひしゃげた閂を破壊して、開門を強制する。

 それによって、魔物の群れの突撃が、向こうからの凄まじいパワーとなり、大きな門をばこんと開くのだ。


 その瞬間に、魔物達に向けて一斉に放たれる矢は、大小さまざまな魔物へと一気に襲い掛かった。

 目を射抜き、膝を撃ち、額をぶち抜き絶命させた魔物もこれで多数生じた。突然の開門と同時の一斉放射が、ひとまず大きな功を奏している。


 さあ、ここからだ。

 生き残った魔物達は、開いた門の向こう側にも山ほどいて、それが一気に押し寄せる。


「でかい図体にびびるなよ!

 陣形を崩すな、大きな魔物は囲い込んで崩せ!」

「狙撃手、前へ出ろ! 必ず持ち堪える!

 先手を渡すな、一気に畳み掛けろ!」


 声を発するのは前衛の兵、後衛の兵は弓や銃を構え、味方の軍勢の間から向こう側の魔物達を見定める。

 狼の姿をした魔物ジャッカル。

 素早く地を這い、矢や銃弾の狙い目にされず、接近してくる蛇の魔物ヴァイパー。

 そして少数ながら混ざるワータイガー。

 けだものの姿をした魔物達の軍勢だが、個々の能力はさほど高くなく、これだけの軍勢なら差し当たってセプトリア兵も苦戦しない。ワータイガーだけが要注意対象と言える程度か。


 問題は、関所の門を破った要である、怪力大柄の魔物である。

 たった四体だが、その存在感といったら他の比ではない。雄牛の頭を持ち、人間離れした太すぎる腕と脚、背丈も大人を上回るワータイガーより一回り大きく、その両手で大斧を握り締めている。

 ミノタウロスの名で知られるこの怪物は、はじめ敵軍に五体混ざり、凄まじいまでのパワーと斧で、関所の門を殴り続けていた。その結果、開門を迫られたのがつい先程の話。

 運よく射手の手により一体は仕留められたようだが、この化け物が四体を関所を抜けてきた事実には、セプトリア兵も優勢の想いなど抱けない。


「まずは足元を射抜け! 素早く駆け回らせては勝ち目が無い!」

「他の魔物はなんとか仕上げる! 狙撃陣、まずはミノタウロスの行動力を優先して削げ!」


 少数とはいえワータイガーに手こずり、ジャッカルやヴァイパーへの抗戦も強いられるセプトリア兵に、あまりにこの苦境は耐え難い。

 なんとかジャッカルやヴァイパーのような小粒の魔物を切り伏せ、敵の数を減らすことは出来ているが、その数が多く終わりはまだまだ先。

 定石の一つ、小粒の魔物を一掃してから大物狩り、という手段を取りたいこの状況下、ワータイガーやミノタウロスに手傷を負わせられないまま、蛇や狼に噛まれて傷つく兵の数も増えていく。

 ミノタウロスやワータイガーは、大柄ながらも素早いのだ。飛来した矢や銃弾を後退してかわすこともあれば、ミノタウロスはそれを斧で防いで後退すらしないこともある。


 状況はなかなか前進しない。

 傷つく兵の数に比例して、後退させられるセプトリア兵の動きに勢いづき、魔物の群れは王都の奥へと一気に押し寄せんとする。


「く……! 増援は見込めそうか……!?」

「無理でしょうね……!

 なんとか我々で食い止めるしかありません!」


 南部のセプトリア兵も口にしていた"増援"という言葉だが、それは本来期待しづらいもの。

 増援があるとすれば、王都中央部や北部に位置する兵をこちらに回してくれるということであり、そうなればそこは手薄になる。

 北部の関所や、肝心要の城の守りが薄くなり得るということだ。いつ、どんなタイミングで状況が急変するかわからない現状で、その兵をこちらに回してくれることを期待していいのだろうか。


 王都南部の兵は増援見込みありと味方を勇気付け、こちら西部の兵はそれは見込めないと現実的な目線で受け止め、現状に立ち向かう力の源とする。

 薄い希望にすがって力を振り絞るか、無いと割り切って絶望に抗いながら決死の精神を発するか、その違い。

 正解などない。いずれの防衛線も死ぬほど苦しい。


「――ここが勝負所だ! 総軍、セプトリア兵の底力を見せろ!

 決して魔物達に我々の王都をこれ以上……」


 漠然とした言葉で味方を勇気付けるしかないのが、この防衛線を指揮する老兵の苦しいところ。

 勝てない戦ではない、だが――戦人として、戦後のことまで意識にある古兵にとって、いかにこの戦いが苦しいものであるかは、戦後含めてを経験してみないとわかりにくい。


 だが、その老兵の言葉は半ばに遮られた。

 彼の横を、風のように駆け抜けていった一つの影は、彼の言葉を止めてしまうほどの風を生み出したからだ。

 銃弾でも顔の横を通り過ぎて言ったかという感覚に、老兵が言葉を止めてしまったその前方、美しいドレスで上半身を包んだ誰かが、騎士剣を振り抜いて後ろ姿を見せている。


 彼女を後方から離れて見ただけの兵士達にとってすら、突然参じたこの存在は衝撃的だ。

 セプトリア兵の層を一気に追い抜いて、敵陣真っ只中に飛び込んでいったかと思えば、いきなり現れた彼女に戸惑いかけたジャッカルの首を一太刀にて切り落とす。

 全く止まらず駆け抜ける脚でヴァイパーに迫り、一度振り抜いた剣で二匹の蛇の頭を切断。

 さらには自分のことをしっかり視認したワータイガーにも、真正面から駆け寄って、迎撃するように殴り抜いてくるワータイガーの拳をかがんでくぐると、その脇を通過する中での騎士剣で胴を真っ二つに。


 さらに彼女が向かう先はミノタウロス。

 通り道にいたジャッカルをついで程度に切り伏せ、真正面から単身ミノタウロスに立ち向かう姿は、人として無謀なものとさえ見える。

 自身に迫るシリカへの目測を誤らず、斧を大振りのスイングで放ってくるミノタウロスに対し、シリカはさらに地を蹴り急加速。ミノタウロスの斧ではなく、柄を握るその手がシリカに当たるんじゃないかというほど、間合いを狂わせ敵の懐へと入っていく。


 ぐんと頭を後方に引き、自分の目の前上方すれすれを、ミノタウロスの斧握りの拳が通過していく結果を導く彼女は、そのまま伸ばした左脚と深く曲げた右脚、そして二つの踵でミノタウロスの股下を低姿勢でくぐる。

 目の前からシリカが消えたミノタウロスが、彼女を探そうとしたってもう遅い。

 巨大な魔物の後方に回り、すぐに立ち上がると同時に剣を振り抜いたシリカの行動は、ミノタウロスの体の上下を、腹を境目に真っ二つに斬り分けてしまっている。

 いったい何が起こったのか、どこから何をされたのかもわからぬまま、浮いた上半身が傾いて地面に倒れるミノタウロスの向こう側、地を蹴って立ち位置を改めたドレス姿の彼女が、戦況を見渡している。


「決して退いてはなりません!

 ここを譲れば、流れる血は力無き人々にまで及びます!

 愛国の勇士様、悪しき軍勢になど屈せず最後まで戦われし!」


 声高に唱える、破いたスカートを腰の周りで縛るドレス姿の騎士、シリカの声は一瞬静寂した戦場にてよく響いた。

 敵も味方も呆気に取られるほどの、たった一瞬で強兵弱卒数体を仕留める奮迅ぶり。

 大駒ミノタウロスが鮮烈に仕留められたことに絶句した魔物達もそうだが、あまりの強さを目にした兵士達も、それが人間で味方だとわかってなお息を呑み時間が止まっていた。


「さあ! 参りましょう!」


「――総軍、前進! シリカ様に続けえっ!」


 たった一人で敵に恐怖心を植え付け、味方が雄叫びをあげるほどの奮起を促すこのパフォーマンスは、きっとユース達四人には出来ない。

 羞恥心の強い処女である彼女、ミノタウロスの股下をくぐる際に、縛り付けたスカートが浮いて中身が周りに見えたであろう瞬間もあったのだ。

 それをも努めて意に介さず、友軍の奮起に力を尽くしたシリカの意志強さもまた、力強い号令という形となって味方を勇気付ける源泉である。


 王都西部の戦いは、ここからさらに熾烈を極めることとなる。

 主にここにおいてのみだが、魔物達側にとっての話だ。











「よかった、間に合ってる……!」

「門は破られてないみたいですね……!」


「アルミナどの!? ルザニアど……」

「加勢に来ました、まずは状況把握します!」


 王都東の関所、門より手前で構えている兵士達の間を縫い、アルミナとルザニアは胸壁の階段を駆け上がる。

 関所の胸壁は、門の脇の壁面上部に、格子状の向こうを覗ける窓口がある。

 壁と門に阻まれて向こう側が見えないこの状況で、あちら側の様子を見るにはそこが使われる。


 ただしアルミナとルザニアはその窓を通過し、胸壁上部まで一直線。

 射手や銃士が胸壁最上段から敵を狙撃する、見晴らしのいい場所からより俯瞰的に戦場を見渡すため。

 特にアルミナは、この後そこがメインポジションとなるため、間違いなく目指し所がそこでいい。


「うわぁ、ひどいなコレ……!」

「なんて数……!」


 高所から見下ろした、関所の向こう側の大地は、嫌な光景になっている。

 人と魔物の激戦区、ワータイガーを筆頭にジャッカルと、高い場所からは少し目視しづらいが小さく地を這うヴァイパー。

 そして目を引くのは、人型ながらも人間よりもずっと大きな体ででっぷりと太った腹、そして棍棒を振り回す魔物オーガの存在だ。

 大きくて目立つというのもあるが、ワータイガーに並んで人間と比較しづらい怪力の持ち主で、その棍棒のフルスイングで頭を殴られようものなら、人間なんて即死級のパワーを持っている。


 パワーとスピードを併せ持つワータイガー、速度はそれに劣っても力では勝るオーガ。

 これらが多数混ざる魔物の群れは、ジャッカルとヴァイパーを小兵として関所を攻め立てている。

 そしてアルミナとルザニアがごくりと生唾を飲み込むほど、その数は多い。

 よくセプトリア兵の皆様は、これを相手に持ち堪えているものだと思う。


「ルザニアちゃん、行ける……!?」

「やります……!」


 あの激戦区に飛び込むことを、本来躊躇して自然なぐらいなのが19歳。

 迷い無くうなずいたルザニアは胸壁の階段を駆け下り、胸壁下部の突入口へと接近だ。

 そこは関所の向こう側へと兵が出撃する出口であり、一方通行の鬼門である。


「開けて下さい、私も行きます!」

「る、ルザニアどの……」

「やらせて下さい!」


 19歳の彼女が、あの危険地帯に飛び込んでいくことを恐れた兵も、力強い声に負け、彼女もまた気高き武人と認識を改める。

 胸壁上部の射手指揮官に、紐を引いて鳴子を鳴らして呼びかけ、見下ろされれば身振り手振りで伝言。

 うなずいた指揮官の反応で、今ここを開けてもすぐ閉じれば敵は入って来ない、という情報を得た兵士の手が、小さな出入り口であるその扉の閂を抜く。個兵出撃の開門だ。


「御武運を……!」


 出ればすぐ飛び降りるぐらいの高さ、戦場へと飛び込んだルザニアが着地すると同時、少し高所気味に作られた小さな出口は閉じられた。もう後戻りは出来ない。

 何人もの兵が入り乱れ、無数の魔物達と抗戦する戦場に参戦したルザニアは、普段自分が使っている剣とは違う騎士剣を手に、駆けだし参戦の目を光らせた。






「一発勝負……!」


 胸壁上部から銃を握ったアルミナは、慎重にその銃口を構えていた。

 乱戦模様の戦場だが、一点よく見れば明らかに要注意対象がいる。

 周りのセプトリア兵は気付いていないのかもしれないが、今ここに来たばかりのアルミナだからこそ、別の視点を持って気付けるということもあろう。


 魔物の群れに囲まれて安全地帯、参戦もせずに周りに指示を出すかの如く、吠えるように口を動かしたり、ある方向を指差したりする、猿の姿をした魔物がいるのだ。

 アルミナの直感が、あれを仕留めることが魔物の統制に影響を及ぼすと訴える。

 銃を握る手に力を込め、こちらを見上げぬ猿に気付かれていない今、一発でその頭を撃ち抜くべく狙い澄ます。


 引き金を引いたアルミナの銃弾が、大きな銃声とともに放たれた。

 だが、発射点から大きく離れた狙撃点までの道のりを、銃弾はアルミナの望むとおりには駆けなかった。

 猿のすぐそばにいたジャッカルの頭をぶち抜き、一体の魔物を仕留める結果こそ導きはしたものの、肝心要の一番仕留めたかった相手には当たっていない。


「あーもうっ、私のバカ……!」


 アルミナが手にしている銃は、普段彼女が使っている銃ではない。

 舞踏会に招かれた彼女が自前の銃を持っているはずがなく、用意して貰っていたセプトリア王国製の銃を手に、ここまで急いで来たのである。

 武器が違えば弾道も変わる。どんなに腕利きの狙撃手であろうとも、まして遠距離射撃で普段と同じ弾道を導き出すのは難しい。


 それでも惜しい場所に弾を届けたアルミナの手腕は確かだが、遠距離狙撃された事実を知った猿の姿の魔物――エビルアープがこちらを見上げる動きも見えた。

 向こうのこちらへの警戒が薄い、最初の一発が最後のチャンスだったのだ。

 こちらを見上げたまま、すすっと後退するエビルアープの動きを見るに、もうあいつを狙撃することは出来そうにない。今後上手く狙えても、警戒されている以上かわされるだろう。

 恐らく雪山で遭遇したあいつと同じ奴であることは、冷や汗こそかきつつも、にやぁと笑ったその表情からアルミナにもわかった。本当、憎らしい。


「しょうがない……! 割り切って支援狙撃といきましょうか!」


 腕の立つ狙撃手の胸壁上部陣に、アルミナが混ざった。

 地上にて魔物達に立ち向かうルザニアと合わせ、この心強さが表面化するまで時間はかからない。

 たった二兵の増強でも、時と場合によってはそれが大きなプラスになることもある。


 関所を破らせずに持ち堪えた、東関所の防衛兵の努力は今、劣勢にあらぬ中で強い味方を得るという状況を獲得した。

 この後アルミナとルザニアが、いかにこの戦いに貢献しようとも、ここまで粘り腰を見せた兵士達の尽力を、忘れてはならない。それが必ず、結果にも表れる。

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