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第59話  ~波乱の舞踏会~



「ん~っ、おいし~!

 やめられないし止まらない!」

「知らないぞ、太っても」

「覚悟の上です!」


 舞踏会という名目の催しに集まった一同だが、まずは腹ごしらえしながらお喋りでもどうぞ、という雰囲気で幕を開けた。

 まずホールの最前、壇上にナナリーが上がり、集まってくれた面々にご挨拶を手短に済ませ、とりあえずは演奏者も参加者もお料理をどうぞ、の流れを唱え上げた形である。

 周りの反応をうかがうに、ナナリーが開くパーティーというのはだいたいこういう幕開けになるらしい。

 車輪つきテーブルに乗せられた料理が速やかにいくつかもホールへと運びこまれ、最初からこういう段取りであったのは、手際の良さからも明らかである。


「気に入って下さいましたかな?

 早朝から入念に仕込んだ、腕によりをかけた甲斐があればよかったのですが」

「さいっこ~です! わかってます、食べすぎだって! 悔いなし!」


「お連れ様、いっぱい食べますねぇ。

 あの人も騎士様ですか? やっぱり武人の方は、いっぱい召し上がるんでしょうか?」

「いや、あいつは傭兵で……

 でもまあ、戦場で生業やるのは一緒だし、よく食べる方ではありますかね……」


 取って立ち食い、そういう形式の豪勢な料理を食べ歩くアルミナは上機嫌。それだけ美味しいのだ。

 シェフと思しき人物に話しかけられても、絶賛の想いを口にして次々と食べ、普段気にしている体重のことも敢えての忘却、ぱくぱくもぐもぐ大食らい。

 もともとアルミナはよく食べる方。食べた上でよく運動するから、太ったこともあまり無いが。


 そんなユースに付き添うような形、あるいは引っ張り回されるような形でついて歩くユースには、どこぞの貴族の淑女様かと思しき女性が声をかけてくれた。年はユースより少し年上ぐらいだろうか。

 この舞踏会はそもそも、ユースら騎士団の面々の歓迎会という明確な目的を定めているものであるし、参加者もユース達が浮いたり退屈したりしないよう、声をかけるように努め気味になってくれているのである。

 年上の綺麗な女性に声をかけられるユースは相変わらずの目泳ぎぶりだが、こういう場にも慣れなきゃと思っているのか、返答などは彼なりに、最大限流暢にやっている。


「ユースユースっ、次あれ行こ! 黒いパスタなんて初めて見るし!」

「本当よく食うなぁ、お前」


「ふふ、気遣う必要はないのかもしれませんね」

「違いありませんな」


 ユースが女性に声をかけられた、それを意識してかせずかは知らぬが、アルミナはユースを引き連れて別の食べ物の場所へと移動する。

 置き去りにされる形のシェフも淑女も、あの二人の世界は邪魔しない方が正解なんだろうな、と自然に

思い至るばかり。

 淑女様、主賓の一人であるユースを退屈はさせまいと声をかけた立場ながら、あんな連れがいるなら気遣いも無用か、と安心して、自分なりに楽しむ方へと去っていった。


「いやはやシリカどの、見違えましたなぁ」

「元よりお美しいとばかり思っていましたが、らしいものを召されればこれほどとは。

 お目にかかれただけでも、この場に招待された我々は幸運ですよ」

「あはは、恐れ入ります……ありがとうございます」


 シリカも男連中に囲まれて持て囃されている。面々は、貴族もいればナナリーの親戚たる王族もあり。

 努めてやらずとも自然と褒められる美貌のシリカなのでやりやすいのだが、皆様やはり主賓の騎士様方には、もてなしの姿勢も厚い。

 身振りも小さく、極めて淑やかに照れて見せるシリカだが、やっぱり女性として綺麗ですよと褒められると嬉しそうだ。

 せっかくだからこうした着飾った機会に、妥当な評価を口にして貰える経験もしておいて損はなかろう。


「むぐむぐ……ルザニアさん、誰と踊るんすか?」

「予定はないんですけど……カナリアさん、どうですか?」

「あたし誘ってどうすんですか。声をかけたい男性探しましょーよ」

「そ、そうは言われましても……私、こういう場で男の人に声をかけるなんて慣れてませんし……」


 案外育ちはいいのか、食べてる量は多くても、意外に上品にお料理を皿に取り、もくもく腹ごしらえをするカナリア。ルザニアもそれと共に行動している形だ。

 ユースほど、異性との接点作りに不慣れ不得意なルザニアではないが、こうした舞踏会の場にて、この後一緒に踊る相手を探すだとか、声をかけるなんてのは難しいだろう。

 それって俗な次元で言えばナンパみたいなものである。ルザニアにはちょっと敷居が高い話。


「まぁ最悪、僕が相手してやってもいいけどな」

「あ、ありがとうございます……多分、お世話になることに……」

「それじゃつまらないからお前も相手探ししろ。

 せっかくの場だ、いつも顔を合わせてる同僚と踊っても仕方ない」

「そ、そうは言われましてもねぇ……」


 だからって、この後いざ踊ろうという時間になってから、ルザニアに相手がおらぬでは可哀想だからと、チータも彼女と一緒に行動している。

 チータも男、可愛いルザニアをリードしながら踊るというのも別に悪い気はしないのだが、それはあくまで最終手段。

 これほどの場に招かれて、身内同士で手を繋いで踊るのでは勿体ないというものだ。

 アルミナやシリカのように、身内に特別な感情を持っているあの辺りなら話は別だが。


「ルザニアさんから声かけりゃ、誰だってほっとかないっすよ~?

 シリカさんもそうっすけど、騎士様には自分のお綺麗さに無自覚になる病でも流行ってんすか?」

「カナリアいいこと言うな、もっと言ってやれ、後でシリカさん辺りにも」

「も、もぉ、二人ともからかわないで下さいよ……」


 照れて赤ら顔になって困るルザニアを眺めるのも楽しめるカナリアだが、これを眺めるだけに留まってはやはり面白みに欠ける。

 素材のいい年上の先輩、いい思い出を作って帰って欲しいというのも後輩の自然な感情だ。


「……あ、そうだ!

 おーい、そこの兵士さん達!」

「んん?」


 閃いたら動くまでが速い。

 ナナリー女王もおわすこの会場、酒もほどほどに兵士も多少混ざっており、その一角にカナリアが声をかけて駆け寄っていく。

 仕事に真面目な兵士の皆様、持ち場も動かずそれを待つのみ。客人一同楽しそうな場、浮かれもせずにせいぜい兵士間で、多少の軽口を叩くに留めるあの勤務姿勢は見事である。


「――というわけでしてぇ」


「おぉ、それじゃレフ、お前行ってこい」

「ええっ!? お、俺、ですか……?」

「元々気のあるような目してたじゃねえか、いい機会だし行ってこいよ」

「せっかくのお誘いだぜ、チャンス活かして来い」


 せっかくの、ですって。どこでも言うことは一緒なんだなぁとカナリアも笑える。

 三名いらっしゃる老若兵士三名、そのうち一人の若い兵を、年上の兵二人が背を押すようにしてカナリアの方へ差し出してきた。

 恐らくユースやカナリアと同い年ぐらいの若い彼は、カナリアに手を引っ張られ、ルザニアの前へと突き出される形に繋がっていく。


「ルザニアさん、お相手連れてきたっすよ~」

「あの、カナリアさん……?

 あ、えっと、レフさんでしたよね、お疲れ様です……」

「ど、どうも……」


 だいたいの兵士、特に若い者とは訓練場で顔見知りになっているルザニアである。

 相手の顔を見てぺこりと挨拶、レフと呼ばれた彼も同様、両者少々しどろもどろ。

 ルザニアは展開の速さに戸惑っているが、どういう事情で連れて来られたのかわかっているレフの方は、元々綺麗な人だと思いつつ、今まで個人的には声をかけられなかった立場としての緊張が顔に出ている。


 こんなものを横から見たチータ辺りは、あぁ面白い組み合わせだなとしか思わないのである。

 一目でわかる、ユースやルザニア系統の真面目な奴だって。したがって、ルザニアとの相性も悪くあるまい。


「よし相手は見つかったな、後は適当にお喋りして仲良くなっておけ」

「えっ、ちょっと、チータさん!?」

「にひひ~、逃がさないっすよ~、ルザニアさんっ♪」

 せっかくオトコ捕まえてきたんすから、気が合うかどうかぐらいは確かめましょうぜ~」


 どうせ上手くカナリア辺りがフォローもするだろうと踏み、チータはその場から離れていく。

 ついでにレフの先輩と思しき二人の兵士様の方へと近寄って行って、あいつルザニアに気があるんでしょと確かめてもおく。


 別にレフに限った話じゃなく、ルザニアのことを訓練場で見た限りでも、いい子だ可愛い子だと評価しているセプトリア兵は多いという話が聞けた。

 薄々そうだろうなとは思っていたことだが、やはり身内がそう評価されていることは、チータにも気分のいい話。身内が褒められると嬉しいのは普通の感情だ。


「どうも、ナナリー様。ご機嫌麗しゅう」

「おお、チータどのか。楽しんでおられるか?」

「ええ、このような場を設けて頂けた事で。

 一方こちらも、ニトロ辺りが仕事に集中し過ぎで楽しめていないんじゃないかと心配しているぐらいで」


 その末、女王様の方へと近付いていって、雑談まで始めてしまう肝の太さは流石。

 相手が幼くても立場が上では下手なことは言えない、そんな上流社会育ち、貴族の生まれであるチータなので、幼い見た目のナナリーを甘く見て軽い態度というわけではない。

 元から彼は、過ち無きよう、こういうことが平然と出来る奴である。


「俺はナナリー様とご一緒ならそれだけで満足だ。

 衛兵として傍に立つことも、わざわざ仕事だとは思ったことはない」

「言うことが違うね、婚約者様は」


「まーそう言うて貰えるのは嬉しいがのう……」

「ナナリー様、口元が」

「むぷっ……ほれコレじゃ。いつまでも子供扱いしおる」


 お食事中ナナリーの口元が汚れているのを見て、すぐさまナプキンを取り出して拭きにかかってくる。

 衛兵でありながら、侍女か乳母のような役目まで果たす辺り、この徹底的な献身ぶりは忠臣の鑑であろう。

 ここまで世話焼きだと、焼かれる方も、ちょっと振り払いたくなる気持ちはチータにもわかるが。


「婚約者じゃし他人でないのはわかっておるが……

 ニトロ最近、主従関係を飛び越して世話焼き過ぎではないかのう?」

「む……そ、そうですか?

 差し出がましければ、お詫び致しますが……」


「ナナリー様、あんまりいじめてやるとこいつ弱って使い物にならなくなりますよ。

 御したい相手にはもう少し、飴も食わせてしつける手管があった方がいいのではないかなと」

「む、チータどのはえらく達観したことを仰られるのう」

「うちのユースもそうやってしつけてきた結果、よく言うこと聞いてくれる友人となりました」

「ありゃ、随分とクセの強い友人関係であったんじゃな」

「僕がこういう性格ですからね。本来なら、ユースとは多くの面で価値観も相反しますし。

 あいつの素直さと人の良さに甘えさせて貰っている部分もありますよ」


 冗談を混ぜながら、拗ね気味のナナリーに怯むニトロに助け舟を出したり、単にナナリーと談笑する会話も繋げたりで、その気になれば饒舌なものである。

 普段は口数も少なくて表面化しないチータの一面だが、この上手さにはニトロも少し驚いている。


「ニトロもナナリー様とお楽しみなら何よりだ。

 この後はお前が、ナナリー様のお相手もするんだろ?」

「そのつもりではあるけど……ナナリー様がお望みなら、っていう前提つきだから」


「むぅ~、なんでそういう所で遠慮がちなのじゃ!

 妾が婚約者を差し置いて、他の殿方と踊るわけないじゃろ!」

「わ、あのあの、すみま……」

「ニトロ減点。ちゃんとやれよ衛兵 兼 婚約者様」


 なんだかんだで仲は良さそうで、だからこそチータも軽い口でつつき回せるというのはある。

 ぷんぷんしたナナリーに押され気味に後ずさるニトロだが、ナナリーも人格者たる主君であるのはチータにも見えているし、きっといい夫婦になるんだろうなと見守るばかり。見ているだけで楽しい。


「えーと、そうだ、ナナリー様、そろそろ舞踏会を開幕されては?

 もう腹ごなしは充分であらせましょ?」

「話を逸らしおる」

「すみません、その件は後ほど改めてお詫びしますので……

 でもそろそろ、そんな頃合いでしょう?」


「まあ、そうじゃのう。それでは、そろそろ――

 あ、チータどのは、もうお相手を見つけておられるので?」

「僕のことはお構いなく。どちらかと言えば、僕は観る側に回りたいんですよ。

 踊るのは嫌いでもないですが、舞踏会初参加の身内が楽しんでいるかを傍から見たい気持ちの方が強いので」

「ふむ……そういう楽しみ方もあられるか。

 ユースどのやアルミナどの、シリカどのやルザニアどのには、相手はもう見つかっておりそうですかの?」

「……まあ、大丈夫だと思いますよ。見る限りでは」


 思うところが少しあったのか、返答までに一瞬だけ間が空いた。

 違和感を相手に覚えさせるほどの間ではなかったが、この後がどうなるかをだいたい予想しているチータにとっては、ちょっと気がかりなこともあるようだ。


「今から始めて下さっても大丈夫だと思いますよ。

 楽しみですし、腹ごなしが済んだら開幕宣言を何卒よろしくお願いします」

「うむ、わかった。それでは、後ほどな」


 二人に一礼して、チータはナナリーの前を離れていく。


 ルザニアの元へ戻るでもなく、彼が向かう先はアルミナとユースの方。

 楽しそうに場を巡る二人の姿を一目見ると、次は別の方向へと歩いていく。


 大人達にまだ囲まれているシリカの様子を一度見る。

 自分の視線に気付かれたか、一瞬シリカと目が合ったが、すぐに向こうが目を逸らすようなふり。

 それを見てチータは、あーあと溜め息をつくのである。


 この場はユースら五人をもてなす場、騎士団様の歓迎会。

 来賓した者達はみな、五人が楽しめるように気を回してくれている。チータに声をかけてくれる者だっている。

 みんな善意でやってくれているし、その温かい場の雰囲気は、感謝こそすれというやつだ。


 だから、空気の読みきれていない大人がいたって、チータは責める気になれない。

 身内に実は、困っている人が約一名いるが、その人はそうした悩みを隠すのが上手すぎる。本当、上手にやっている。

 見抜けるのは身内だけ、それも恐らくチータだけだ。

 特別肩入れする(・・・・・・・)つもりは無いが(・・・・・・・)、何だか見ていて歯がゆくもなる。


 あの人、ちゃんとこの後楽しめるのかなって、チータはとある先輩のことを少し心配していた。











 時を経て数分後、ナナリーの改めてのご挨拶ののち、舞踏会が幕を開けた。

 一度食べ物を隅にどけ、広くスペースを得たホールを、壇上とそうでない場所まで広く活かし、ペアとなった男女が踊るスペースを確保する。

 あとは、楽団が演奏を始めればスタートだ。手をつないだ男と女が足取りを通じ合わせる舞踏会は、優雅な空気が醸し出される中で幕を開けた。


 ステージ上で、男女ペアになって踊る面々、身内を見上げる形のチータ。

 お誘いはあったのだが、全て断っての観覧だ。接待しようと近付いてくれる人々の気遣いを、無碍にすることには抵抗もあったチータだが、それでも押し切りたいだけの理由がある。


「だ、大丈夫でしょうか……? 私、足を引っ張ってませんか……?」

「べ、別に大じょ……俺もそんなに、慣れてるわけじゃないし……」


 ルザニアが、レフという名の年の近い兵士と踊っている姿は、ぎこちなく初々しい。

 気遣いたがりのルザニアだから、自分のステップが相手に迷惑をかけていないか気にしているようだが、生憎相手も舞踏会慣れなどしていないようだし、下手者同士でぎくしゃく踊っているだけだ。

 格好なんかつくわけがない。逆に言えば、相手に迷惑をかけるだとか、そういう次元にも至っていない。


 そんな二人のそばにはナナリーとニトロがいて、足並み揃えて音楽に合わせ、手馴れた踊りを披露している。

 ルザニアとレフに目配せし、こうだよと手本を見せてくれるニトロの心遣いは二人の支えになり、不慣れながらルザニアらが何とか楽しめているのもそのおかげ。

 チータ目線では、あんなに身長差のある相手と手を繋ぎ、上手に踊っているニトロもたいしたものだと

思ったりもするのだが。


「ルザニアどの~、楽しんでおられるか?」

「はっ、はいっ……! 何とか……えぇ……」


「頑張ってリードしてやるんだぞ、レフ?」

「はい、頑張ります……!」


 楽しまなきゃ、頑張らなきゃ、のルザニアとレフなので、今はいっぱいいっぱいだろうけど、終わる頃にはいい思い出になっているだろう。

 可愛いルザニアと手を繋ぎ、頬を染めている同世代の男を眺めるチータは、うちの後輩は可愛いだろうと、どこか自慢げな想いにすら駆られる。

 見ていて楽しい。舞踏会は踊るだけではない、鑑賞するのもまた嗜みだ。


 他にも色々見るべき所、具体的には他の身内のことも視界内に入れていたチータだが、ふとその端の方に興味深い姿が映る。

 意外や意外、誘ってくれる相手など引く手あまたであろうお嬢様が、一人で踊らずに壇上を見上げている。


「おや、お一人ですか。意外ですね」

「……目当ての方が、先に相手を見つけてしまいましたの」


 ニトロの妹、イリスは物憂げな表情で壇上の一角を見上げていた。

 これに気付いて声もかけぬではどうかと思ったので、チータは歩み寄って話しかけてみる。

 返答は予想できたものであったが、それはさておいて。


「よろしければ、次の一曲の際にはご一緒にどうですか?」

「……お気持ちは心より有難いのですが、今日だけはそんな気分になれませんの。

 申し訳ありませんが、他をあたって頂けませんか」


 確認の意味で、チータはその気も無いのに誘ってみた。

 やっぱりそうだ。見た目にも麗しく、誘えば誰にも断られない、むしろ声をかけられる側であろう彼女のことだ。一人でいるのは自然に浮いた結果ではあるまい。


 どうしても、一緒に踊りたい相手がいたのだろう。

 自分でなく、他の女性を選んで壇上で踊っている想い人を見上げたまま、寂しげな目を浮かべるイリスの横顔には、さすがにこれは可哀想じゃないかとチータも思う。


「……よかったんすか、ハルマ様。あたしで……」

「いいんだよ。すまないな、嫌な役目を任せてしまって」


 イリスの目線の先、敢えて彼女から距離を取った場所で、ハルマはカナリアと踊っていた。

 イリスの視線が気になるカナリアが、ステップを踏みながら小声でハルマに問いかけるが、返ってくる声もまた冷淡で感情味がない。

 ハルマに片思いするイリスのことも、それを突っぱねるハルマのことも知っているチータだが、こんな場ですら徹底的にイリスから距離を取るハルマには、そこまで脈がないのかと思うばかり。


 それをまざまざと見せられるイリスなんて、もっと痛烈にそれを感じさせられているだろう。

 ドレスのスカートをぎゅっと握り、悔しさより悲しさを目に溜めて、泣かないように堪えているイリスの姿を見ていると、今のハルマは相当な罪作りとチータには感じられてならない。


「純真ですね、イリス様は」

「……諦められません。他の人なんて、絶対にあの人ほど好きになれないんです。

 今は拒絶されたって……必ずいつか、私に振り向かせてみせます」


 静かだが、強くて揺るがぬ声を返され、チータは別の意味で溜め息が出そうになった。

 知ってる、本気で恋した女の子ってこれだけ意志力があるんだって。

 これが足りない身内がいるから、チータはその人に対して、少しはイリスを見習えばいいのにと思うのだ。


「その意志力の強さを、うちの先輩にも分けてあげたいぐらいですよ」

「先輩、ですか? チータ様の先輩といえば、シリカ様?」

「そうそう。まったく、何やってるんだか」


 はぁ、と溜め息をつくチータが横目で見届ける向こうでは、シリカがとある貴族と手を繋いで踊っている。

 ええ、わかっていますとも。色々考え抜いた末の行動なのはわかってますけどね、と。

 それでも貴女、敢えて突っ込むなら、貴女はそれでいいんですかとチータは問いたい。


「……下世話な話になりますが、シリカ様はユース様のことを」

「誰の目にもわかるぐらい明らかですよね。

 ユースを誘うぐらいの気概を見せなきゃ、あのライバルに先んじられないのはわかってるでしょうにね」


 シリカは上手に踊っている。舞踏会慣れした貴族様と共に、全く相手のリードを必要とせずに。

 表情にも余裕があり、相手の目を見て、言葉なくコミュニケーションを取り、息を合わせている。

 あの美貌を間近に見て、大人の会話を舞踏に表す貴族様にとっては、さぞかしいい思い出になるだろう。

 シリカを接待するつもりで声をかけ、ステージ上に誘った男の方が、良い思い出を得られるとはこれ如何に。


「……誰のために練習したんだよ、馬鹿らしい」


「え? チータさん、あまりよく聞こえ……」

「ああ、結構です。独り言ですので」


 舞踏会に招待されたと知ってから、毎夜シリカが一人で自室にて、こっそり練習していたことをチータだけが知っているのだ。

 誰と手を繋いで踊ることをイメージトレーニングしていたのだろう。貴族様相手のはずがないのだ。

 その練習の成果を、いざこうした場に至っては、あの人はこんな形でしか活かせない。そういう性格を

している。


 チータはシリカの想い人の方を見る。

 相手はあいつだ。やっぱり、絶対に手放さなかった。

 仮にシリカに取られそうになっても、譲るつもりはなかったであろう彼女は、むしろライバルが土俵にも上がってこなかったことに、拍子抜けすらしていてもおかしくない。


「っとと……何よユース、意外にウマいじゃん」

「上手くは出来てないよ……なんかもう必死だわ……」

「私のステップと比べたらリズム刻めてるし上手だよぉ。

 くそぅ、ついてってやるぞ、わざわざ私に合わせようとなんかしなくていいからね」

「無理すんなよ、俺も別に正解やってるわけじゃ……」

「あんた基準でいいのっ、私が合わせたい」


 普段どおりの流暢な会話を音楽の中でも交わし、目を近しく合わせて仲良く踊る姿、単体で見るならチータも微笑ましく思う。

 本音を言えばそこに行きたかったであろう、シリカを思うと少し首をかしげたくなるが、それは行動しなかった方が悪いのだ。別にチータはどちらにも肩入れしていない。

 アルミナの胸の谷間に目がいかないよう、繋いだ手やアルミナの顔に目線を逃がし、楽しそうな女の子の顔のアルミナの姿に、ちょっと顔を赤くするユースの姿を見るだけで、まあまあそこそこ楽しめる。


「……やっぱり、アルミナ様の方が積極的なんですね。

 私もあの人ほど前向きに動いていれば……」

「比較するならあれは対抗馬が弱すぎるとも言うんですよ。

 先輩でいようとし過ぎなんですよ、シリカさんは。だから出遅れはおろか、レースにも並べない」


「…………なんとなく、わかるかもしれません」

「イリス様はお優しいですね、シリカさんを単なる意気地なしとは見ないんですか」

「人の上に立つ方は、自分のやりたいようにばかりは動けませんから……

 お兄様やハルマ様、ナナリー様を見ていて、私にもわかるつもりでいます」

「そうですね」


 シリカは決して、ユースを誘うことに勇気が持てなかったわけではないのだろう。

 可能性は否定しきれないが、ユースと踊ることをずっとイメージして、自主練していたシリカのことを知っているチータをして、ただそれだけでユースに一切接点を作らなかったとは思えない。

 ユースに声をかけたがアルミナに負けて退いた、ではなく、ユースに近付きすらしなかったのだ。意気地なしと片付けるにはアクションが無さ過ぎる、あまりにも。


 これは舞踏会であり、騎士団の歓迎会。

 数多くの人が、シリカ達に気を遣ってくれる。声をかけてくれる。舞踏の相手に誘ってくれる。

 シリカはそんな時、自分の意志を殺してしまう性格だ。声をかけてくれる人の優しさを退けて、私には心に決めた相手がいるんです、と立ち去ることが出来ない。

 そこで我を通せるか否かが行動力の差、意志力の差とも言えるのだが。現にアルミナは途中でお誘いの声もかけられたであろうに、きっちりユースを確保してあの場所を獲得している。


 この日の勝負はアルミナの勝ちでシリカの負け、それが実状。

 一方で、そもそも勝負が成立していないこの実態は、チータにしてみれば一年後の決着風景も見えている気がしてならず、どうも釈然としないのである。

 ワンサイドゲームは見ていてつまらないのだ。見世物ではないのだが、身内目線で嫌でも三角戦争が視界内に入るチータとしては、見せ付けられて退屈という心地になるのも無理はない。


「……まあ、アルミナには今のシリカさんと同じことはやりきれないでしょうし、場の空気全体を考えればシリカさんの辛抱は美徳なんでしょうけどね」

「…………」

「僕は支持しませんね。人間は、理よりも我で動いた時の方がやはり美しい」


 チータの言葉は、あれだけのものをハルマに見せられても諦めない、イリスに対するエールの意味も含まれている。

 同時にそれは、決して気持ちではアルミナにも負けていないであろうはずなのに、余計なことばかり考えて我を蔑ろにする、賢しい先輩に対する皮肉でもある。


 どっちにしたって恋なんて残酷なものだ。

 ユースと結ばれる女性は一人しかおらず、片方の恋が実ればもう片方ははっきりと失恋する。

 だからこそ、その泣く側に回らないよう、がむしゃらに駆け抜ける姿でいてくれた方が、見ている方も気分がいいのにと、手前勝手ながら思うのがチータの私見である。


 でも、そういうシリカの優しい手に引かれ、ユースもアルミナもあんな奴に育ってきて、胸を張れる強さを手にしてきているのだ。

 それを知っている身内のチータだから、ああしたシリカの価値観を、根底から否定するのも難しい。

 ああいう人だからこそ、上手くいってきたことだって沢山あるのだ。でなきゃユースとアルミナを、ほぼ毎日滅多打ちにしごき上げてきた、厳しい厳しいあの人が、あんなに二人に愛される先輩になっているものか。


「儘なりませんねぇ」

「……ええ、本当に」


 世の中、馬鹿な奴はいっぱいいる。

 その馬鹿の根拠を知れば知るほど、頭ごなしにそれを否定するのが難しくなることもある。


 それが身内病というやつだ。

 第三者目線ならば、シリカのことを逃げた弱虫とでも罵倒できそうなシチュエーション下、そうは思わぬ自分をチータは、すっかり馴染んでしまったんだなと自覚しているのである。






「……む? ちょっとすまん、カナリア」

「あれ? どうしたんです?」


 チータとイリス目線では色々見えつつも、場全体では優雅に楽しく進行していた舞踏会の中、ふとハルマが動いた。

 音楽も奏でられている中で、繋いでいたカナリアとの手も離し、ステージ上から降りてある方向へと、足早に進んでいく。

 急なハルマの行動を目で追ってしまう者もいれば、気付かず舞踏を続ける者もいる。


 こういう姿を、シリカもユースもアルミナもチータもルザニアも見逃さないから、騎士団五名みんな目ざとい。

 とりあえずチータ以外の四名、音楽は鳴っているし相手もいるので踊りは続けるが。


「……追って情報は回します。準備は出来ていますので、出来ればただちに」

「うむ、わかった。出来ればどころの騒ぎではないな」


 ハルマが向かった先には、一人のセプトリア兵。

 別段おかしな存在ではない。女王様もいるこの場所なので、警備の兵は建物内に配置されている。ホール内とて例外ではない。

 とはいえ、ダンスを放り出してまでの行動ということに、多少の不審を感じた者もいるだろう。

 それは間違っていない。


「むぅ……」

「ハルマ様、どうしたんすか?」

「いや、なに……まあ、上手にやらねばな」


 数秒一人ごちて何やら考えているハルマに、ステージ上から降りて近付くカナリアが問いかける。

 チータとイリスもハルマに近付いている。


 しかし、少し考えて行動の結論を出したのか、二人が近寄る前にハルマは顔を上げ、ステージの方を向く。

 そのまま、パン、パンと大きな音を立てて手を叩くのだ。


「えー、失礼! お楽しみのところ申し訳ないが、ここで唐突ながら皆様に報告がある!

 すまないが演奏団、一度音楽を止めて貰えるか!」


 一同、場全体の目線がハルマの方向へと注がれる。

 音楽が止まり、代わりに生じるのはどよめきだ。

 敢えてここで、騒ぎ声が生じるのを制するための如く、ハルマはもう一度だけパチンと手を叩く。


「舞踏会の途中ではあるが、今回我々セプトリア王国は、来賓者の皆様に何としても披露したい、特別な催し物を用意している!

 その下準備が完成し、いよいよ皆様の前にお披露目することが出来る状態に整った!

 舞踏会は後ほど再開するとして、今は一度こちらの用意するものをご覧頂きたい!」


 不自然。サプライズでもあるのか、と少しわくわくする子供もいるようだが、一部の大人は不自然すぎる段取りに首をかしげている。ユースとアルミナとルザニアもそう。

 チータは違う、シリカも違う。軽く鳥肌を立てている。


「こんな時に……」


 シリカは目の前に人がいるから顔にも声にも出さなかったが、チータは舌打ち寸前だ。

 ハルマが言っていることの意味がわかれば、腹も立つ。


「ここでは少々狭いので、そうだな……"段取りのわかる者はみなを誘導(・・・・・)"して貰えるか!

 ご来場頂きました皆様、ひとまず()に従って移動して貰えれば有難い!」


 セプトリア兵の皆様は察しが良い。

 ホール内に散って配されていた、兵の皆様が速やかに動き、近場の非武人の来賓者を誘導し始めた。

 ハルマが合言葉に近いメッセージを口にしているとはいえ、この行動の速さは仕事の出来る大人達のそれだ。


「……ニトロ、何じゃこれは。

 妾も聞いておらんのじゃが……」

「……緊急事態でしょう。

 パニックを避けるために、核心に触れないよう誘導して下さっているようです」


 ナナリーの小声の問いに、ニトロはさらに小さな耳打ち声で答えを示した。

 何人もいる来賓者、勘のいい方々は察しているかもしれないが、殆どはハルマの煙にまく言い方のせいで、確信を持てずに兵に誘導されて移動するばかり。

 戸惑う顔を浮かべる者が大半だが、今何が起こっているかを大声で知らせようものなら、混乱して足並みを乱す者が現れ得る状況であるがゆえ、ハルマの語り口は大きな効果をもたらしている。


 さあ、いったい真に何が起こっているというのか。

 兵が人々を誘導していく中、明らかに誘導対象に選ばれていないユース達五人は、自発的にハルマの方へと歩み寄っていく。

 ここで騎士団五名がハルマの方へ"駆け寄らない"というのも、衆人に緊急性を察しきらせない効果として高い。

 シリカとチータのみならず、意外なほど他の三人も行動が慎重だ。


「……ユースどの。

 差し出がましいことなのですが、お力をお貸し頂けますか」

「……今、何が」


「魔物達による王都への急襲です。

 今、外は警鐘が鳴り響く戦火の中にあるようです」


 ユースが問い、顔を彼に近づけたハルマがそう口にした瞬間が、ちょうどニトロに手を引かれたナナリーがハルマに近付いた時。

 ナナリーがさあっと顔を青ざめる中、騎士団五名とハルマとカナリア、そしてニトロの眼差しは、戦場の中に身を置いてきた者達の目へと変わっていく。


 なぜ、よりにもよってこんな時に。まるで、狙い澄ましたかのように。

 そんな疑問も今は沸かぬほど、王都が逼迫しているというこの情報は衝撃的だった。

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