第58話 ~舞踏会の開幕~
セプトリア王都の一角にそびえる国立大講堂は、結婚式にもよく使われる大ホールをも擁する建物であり、外観からしてなかなか大きい。
ここが舞踏会の会場になると聞かされたユースは、ちょっとした機会に下見に訪れてみたのだが、こんな場所で王族様も集って舞踏会だなんて、さぞかし華やかで賑やかになるんだろうなぁと思ったものである。
実際、舞踏会当日に朝早くから会場入りし、仕立てられた一張羅を着て大ホールに足を踏み入れた時は、ユースもやたら緊張したものである。
「な? 案外、そこまで煌びやかでもないだろ」
「なんでお前、そういうのが事前に読めるの?」
いよいよ舞踏会開催まであと10分、という頃合いに、ユースとチータは会場にいた。
てっきりびしっとした正装でも用意されるのかと思っていたユースに反し、彼向けに仕立てられた服は、紺のズボンに革のベルト、白いシャツに茶の蒼の上着、あとは空色のマントのみ。
これはこれで、騎士剣と盾を装備すれば、勇者様に見えそうな格好ではあるのだが、王族様も集われる舞踏会に出席する服装として、ユースには非常に違和感を感じていた。
もっとも、ユースの場合は貴族服だのタキシードだの、いかにも舞踏会向きでありそうな服を着たところで、あまり似合うタイプでもなさそうだが。そういうオーラを培う人生をこれまで歩んでいない。
ならば顔立ちも端正、常に落ち着き払って大人びており、貴族の集う舞踏会にも慣れている風格を持つチータはどうか。
色玉と銀刺繍をあつらえた紺のズボンに、空色生地で肩周りだけ黒、所々に金の刺繍で模様を描く上着という、王宮顧問魔導士を思わせるような出で立ちになっただけ。
付け加えるように与えられた、つばの大きな肌色の三角帽子という、普段着よりも彼が魔導士らしく強調するような全体像である。愛用の杖は持参して右手に。
生地も高級感が漂うし、はっきり普段よりも高級感漂う着こなしとなっており、かつ似合うが、これが王族様や貴族様が集う舞踏会に出席するための服として適切か、と言えば別に。
「僕達騎士団員を歓迎するための舞踏会が、王族貴族のみ集まっての舞踏会と同じものになるわけがない。
仮にそんなもん用意してきたら、セプトリア王国の方がちょっと空気読めてないよ」
「そういうもんか……まあ、確かに想定してたより、緊張せずには済みそうだけどさ」
会場入りしたユースの目の前には、下見したときの空っぽの大ホールではなく、とうに絢爛に用意された舞踏会会場が広がっていた。
余りある大きな空間に、広いスペースを設けつつも、間違いなく余るであろう程の豪勢な料理が、無数のクロス敷きのテーブル上に並べられている。
天井にはこの日のためにあつらえられたシャンデリア、ステンドグラスを模すような壁飾り、高級感漂う雰囲気そのものは既に完成済みだ。
この日、ここへ踏み入った時のユースは、こんな場所に庶民の俺が混じって大丈夫なんだろうかと、一気に緊張したものである。
だが、いよいよ開催が近付くにつれて、他の参加者達も会場に集まってくるわけだが、徐々にユースの認識も変わってくる。
この日この場に集まるのは、貴族階級であらせられる方や、豪商などのお金持ち様ばかり。
ユース達をもてなすために、ナナリーやハルマが招待した信頼できる大人達が集うのであって、来訪者はいずれも紳士的、淑女的なオーラを纏っている。
しかしそれらの方々のお召し物が、思ったほど上流階級的ではない。
端的な言葉で言い表すなら、仮装じみているとさえ言える。
貴族服を普通に着ていらっしゃる貴族様も、いるにはいる。
赤鼻のピエロのような服を着た若者がいるのだが、聞けばそのお方も貴族の御曹司らしい。
行商人じみた一張羅を着ている人が、豪商の一人であるとわかりやすい。でも舞踏会向きかって言えば。
神官服を着た老人がいらっしゃるが、その人は単に信心深い王族の一人であって、好みでその服を着てきただけだと言う。こういう場に似合う、貴族服などはいくらでもお持ちであろうに。
極めつけは、どこぞのお金持ちの一人娘と思しき少女が、顔だけ見せる猫のぬいぐるみを着て、しゃきっとした服を着た両親と一緒に会場を歩いていたりするのである。
「……仮装パーティー、ってわけじゃないんだよな?」
「そうとは厳密に定義したわけじゃなく、しかし参加者各々が好みの服で来訪し、それらの個性のごった煮感を楽しむ舞踏会、ってところだろうな。明らかにウケ狙いの人もいるし。
僕達の故郷ルオスでも、こういうのはたまにあったよ。貴族同士のたまにの嗜みでな」
「ふーん……舞踏会って言っても色々あるんだなぁ」
てっきり自分のような田舎者には場違いな空間に招かれたと思っていたユースだが、目の前の現実や、チータの解説を聞くにつれて、肩の力もやや抜けてくる。
粗相や失態は見せたくない、という騎士意識はどうしても残るが、環境そのものに気後れする心境ではなくなったことが、ユースのいくらかのリラックスに繋がっている。
「ごきげんよう」
「あ、ハルマ様」
「この度はご来場頂き誠にありがとうございます。
お二人とも、手前味噌ですがよくお似合いですよ」
「こちらこそ、こんな素敵なお召し物をありがとうございます。
サイズもぴったりだし、すごく腕のいい人に任せてくれたんだなあって、今朝チータとも話してたんですよ」
そろそろ人も集いきって、がやがやとしたパーティー会場で待つユース達の元へ、奥手から出てきたハルマが挨拶する。
手前味噌というのは、ユース達の召し物を手配した側としての発言だろう。
それに対するユースの受け答えも流暢で、いくらか前、異国のお偉い様の前ではあがりがちだった頃と比べると、随分上手に言葉も間違えずに話せるようになったものである。
ハルマが親しみやすいという側面もあるのだろうけれど。
「シリカさんやアルミナとルザニアは、奥で着付けてるんでしたっけ」
「もう終わってるんですけどね。
いやー、これがまた……申し訳ないんですけど、笑ってしまいましたよ」
「笑った、ですか?」
「まあ何故なのかは見てからのお楽し……あ、来ましたよ、まず二人」
「どもっす! ユースさん、チータさんっ!」
「お疲れ様です、お二人とも。
えーと、あの……に、似合います?」
あら可愛い。ハルマと語らっていた矢先のユース達のもとへ、カナリアとルザニアが姿を見せた。
カナリアは自前なのか、あるいは招待主のハルマにあつらえて貰ったのか、ひだの多い民族衣装のような長いスカート、それも上から赤、緑、白の三段染めものを、腰からふくらはぎまで届かせている。
スカートはオレンジの長帯で、へそがちらつく高さにて縛られている。腰より少し上の位置で縛ってあるのは、歩いたり踊ったりするにあたって丈が長いとつまづくかもしれないので、スカートそのものを上げて裾を詰めている形。
ブラウス状の襟をした上の服は、胸周りを隠してカナリアの腕やお腹を隠さない。飾りなしでは味気ないのか、両手首には銀色のブレスレット。
上半身は少し露出多めとした、変わった趣を醸し出す踊り子衣装と言ったところだろうか。
その隣で肩を狭め、おずおずと尋ねてくるルザニアは、初めて見るような服を纏って不安げだ。果たしてこれが自分に似合うのか、初めてすぎてわからないという顔。
ダンサー仕様のローヒールサンダル履きなのはカナリアと変わらないが、まずそのサンダルの鼻緒が麻を用いた特殊な趣。
白いニーソックスを履き、太ももをちらつかせる短いスカートはオレンジ色で、上は首元から裾までが赤からオレンジへのグラデーションに染められた着物のような服だ。
左脇には、桜色の花模様が少し模様付けされている。袖は本来、肘下まで届くようだが、たすきをかけて袖が振らぬよう固定されているようだ。
普段結ばれていない彼女の長い髪は、つむじの後ろで上手に結われ、かんざし一本挿して留められている。
舞踏会での踊り手として、適切な衣装か否かはさておいて、動きやすさは残したままに、国内では特別に作らない限りお目にかかれない、一風変わった可愛らしい風情を持つ着である。
「似合うよ、ルザニアもカナリアも。
めちゃくちゃ可愛くてびっくりした」
「そ、そうですか……?
あんまりにも素敵な服を頂いたもので、これで似合わなかったらどうしようって怖かったんですよ……」
「可愛いって言って貰えると、やっぱあたしでも嬉しくなるっすからねぇ。
ユースさんも、女心がわかってきたっすか?」
顔を赤くしてうつむき気味、だけど嬉しそうに微笑むルザニアと、いつだかユースにデリカシーの無いことを言われたことを種に、ユースに勘弁しての顔をさせるカナリアのいたずら笑顔は対照的だ。
女性に免疫のないユースだし、実際初めてこの姿の二人を目の前にした瞬間は、うわ、と目を見開くぐらいにインパクトはあった。
もとが可愛い二人だし、ちゃんとこうして上等な着飾りを上乗せすれば、ユースみたいな女慣れしていない男には、驚かせるほどの魅力と輝きが放てるのだ。
実はユースも何気なく自然に答えたように見せかけて、けっこう頑張って声を発した方である。
今日のお召し物を着た女性陣に、似合ってますかと聞かれることは想定してきたし、可愛い・綺麗・似合ってるの模範的回答は、あらかじめ用意済み。
言葉自体はお世辞でなく自然に出たが、あらかじめ用意してあったことで、言葉に詰まることなくすっと言えたのも事実だろう。やはり何事も、準備というものを良くしておくべきである。
「いよっ♪」
「ん……わ、アルミナ?」
「へへー、ルザニアちゃんやカナリアちゃんも可愛いけど、私も負けてはいられないぞー。どうだっ」
ちょっとルザニアとカナリアに見とれかけていたユースの肩を、後ろから叩いて声を発する身内が一名。
振り返ってみれば目の前にアルミナの顔があり、振り向いてくれたことを見受けたアルミナは数歩退がって、自分の全体像がユースに見やすい位置取りを取る。
どうだ、と言いながらその場でくるんと一度回って見せたアルミナだが、ユースはすぐに答えが出なかった。
アルミナの衣装は、白くてもこっとしたズボンをへその下低めに履き、もう少しずり下げればショーツまで見えてしまうんじゃないかというぐらい高さを攻めている。
しかし下半身は足首しか見えない一方、上はかなり露出が多い。
桃色のチューブトップ状の上の着は、採寸で計ったアルミナのバストをぎちっと締め、何気にそこそこある彼女の胸は、苦しげに二つの頭をはみ出させている。
胸の下部はハーフカップ型の形状できっちり覆っているが、それも胸より下は一切隠さず、ズボンの上が上述のとおりかなり低く設定されていることもあり、お腹の露出面積は最大限だ。
他にはせいぜい、二の腕と手首に飾られた金飾の腕輪のみ。上に着ているものの面積が小さすぎる。
谷間すら主張する胸元や、くびれの利いたウエストが極めて扇情的な形で表されており、ユースのような子にとっては、目のやり場にすら困る姿であろう。
「……髪型、変えたんだ」
「あれ、まずそこから? 衣装へのコメントは?」
しかし衣装よりもまずユースの目を惹いたのは、イメージチェンジしたアルミナの髪型だ。
亜麻色の髪をポニーテールに纏めていた親友が、時間一杯まで丁寧に櫛で梳かした髪を今日は結ばず、さらりと腰まで届きそうなほどまで下ろしている。
普段は結んで纏めることで、尺が短くなっているアルミナの髪だが、開放して下げればこんなに長かったのだ。
今まで何でも知っているようで知らなかった、長い髪の親友の姿には、最近女性として意識するようになったことも相まって、ユースの胸も弾んでくる。
「な、なんだろうな……上手く言うの、難しいけどさ……」
「……うん」
「可愛いってのもあるけど……なんか、想像以上に綺麗だなって思った……」
ちょっと直視するのが難しくなってしまい、ユースは顔を逸らし気味。頬は赤みを増している。
油断すると男の本能から、アルミナの胸元に目が行ってしまいそうで、努めてそこから目線をはずすのに、いちいち意識が要るのである。
「想像以上にってどういうこと~? がさつな私がこんなに綺麗になるとは思わなかったってか~?」
「そういうわけじゃ……うわ、わわ……」
「……へへ、あんたにしては気の利いたこと言うじゃん。
私の女心には、けっこう百点に近い答えだったぞ?」
近付いて、ずいっと前かがみに顔を突き出してきて、至近距離でアルミナがユースの顔を、少し下から見上げてくるような姿勢になった。
アルミナを直視していなかった隙に接近を許してしまったユースは、振り返った瞬間、朱色の頬で歯を見せて微笑むアルミナを間近で見てしまう。
思わず後ずさる。押し出されるほど可愛くて、圧倒されるほど魅力的な女性の笑み。
それに際し、少し前かがみになっているアルミナの胸の谷間が、ユースの視界の真ん中近くにばちんと入ってきて、それがユースの顔を、ぼっと火染めにさせる。
「ちょっとはわかったか。
あんた忘れてたかもしれないけど、私だって女なんだぞ~?」
「う、うるさいなぁ……
別に忘れてないよ、お前は女の子としてもすげえ魅力的だって、前に言っただろ……」
ユースに可愛いって言ってもらえたのが嬉しくて、その場でぴょんぴょん飛び跳ねたい衝動すらあるのか、しかしそれを必死で耐えるアルミナの肩が震えている。
対するユースは、公衆の面前でこっ恥ずかしいことを口にしたことにはっとして、ばしんと手で口を塞いで頭から煙を噴き出した。
ハルマもぶふっと笑ってしまった。これでまだ付き合ってもいない二人だっていうんだから茶番か何かかと。
「バカップルどもが」
ぽそっと小声で呟いたチータの声を、そばにいたカナリアとルザニアだけが耳にして、前者は苦笑い、後者はうっとりとした目で、ユースとアルミナの初々しい姿を眺めている。
本当、お似合いの二人だなあって。初めて見た時から付き合っていると誤解させられた二人ではあるけれど、ユースにはアルミナ、アルミナにはユースと、この二人に今後これ以上に相性のいい異性が現れるのだろうかと、そう思ってしまうぐらいお似合いの二人である。
「ところでユース、シリカさんはもう見た?」
「まだだけど……」
「見たらびっくりするわよ。私、ヘンな笑い出たもん」
「え、何、お前も笑ったの?」
「も、って何?」
「ハルマ様も、なんか見て笑ったらしいけど」
「あれは笑うでしょ、ねぇアルミナどの」
「笑いますよねぇ。ヤバすぎ、ちょっと我が目を疑った」
「……カナリアとルザニアは?」
「まーあたしは笑うことはなかったっすけど……笑っちゃうって気持ちはちょっとわかんないでもないっす。
あたしは正直、絶句して時間止められた気すらしたっすよ」
「笑うって、みんな何が面白かったのか私には全然わからないですよ。
というか、何でしょう……もう、驚くしかないっていうか、それ以外ないと思うんですけど」
「????」
回答者の人数分のクエスチョンマークを頭の上に浮かべ、ユースは首をかしげるばかりである。
ちらりとチータの方を見て、これはどういう暗号? という顔をするユースに、チータは鼻で笑う仕草。
「僕はもうだいたい予想がついた。かなり期待できる」
「わかるでしょ、チータ。マジでヤバいよ、シリカさん」
「えー、何この置いてけぼり感……」
「なぁに、今に来られ……おぉ、あれだあれだ。絶対そうだ」
ハルマがユースに、見てからのお楽しみもすぐですよ、と示唆しかけたところ、首を回したハルマの目には、特異点が見つかった。
人だかりが出来ている。そうなるだろうなと予想していたハルマなので、確信を持ってそちらへと向かう。
「ほらほら、まずは道を開けろ。
主賓を歓迎するのは結構だが、まずは身内にそのお姿をご披露されるのを先んじるのが筋だ」
人だかりに声をかけるハルマの口から出た言葉、主賓。
それはユース達五人、騎士団五名のことを指す言葉であり、人だかりに囲まれていた主賓様は、ハルマに言われて散った人々をカーテンに例えられよう形で、ユース達の前に姿を見せる。
まだユース達からは数歩分の距離があるその場所。
だがその存在感は、距離感を超越して一発でユースの目線を引き寄せた。
「あ、あははは……なんか、やっぱり気恥ずかしいよ、こんなお召し物……」
とうに先程の人だかりにさんざん賞賛されたのか、とっくに照れ色になっていた顔を、ユースの前まで歩いてきてさらに赤くするシリカ。
顔だけ見たら、しおらしい時のこの人なのだが、着ているものがいつもと違い過ぎて別人像である。
乳白色のそのドレスは、どこぞの国のお姫様が着るものとして、あまりに完璧な全容だ。
鎖骨こそ見せど、フリルのついた襟元から手首まで袖は伸び、二の腕半ばから二段のフリル袖を広げ気味に構える上半身だけでも、その比喩に適したものとして完成度は高い。
細身の彼女の腕だって、二の腕半ばまではぴっちりとその細さを際立たせる仕上がりで、袖から出た彼女の細い指先が、スリムな彼女の肌を晒さずして、そうだとはっきり表現させている。
腰から下のスカートも、下に行けば行くほど広がる大きなもので、腰周りのくびれを強調するとともに、ひだを三段の金色刺繍で整えつつ、床に擦らぬ長さに纏められている。
髪も今日は編みこんで後方に括り纏め、普段よりもその小顔が目立つように整えられている始末。
極めつけは銀色のティアラである。こういうものは、気品の足りぬものが身につけてもお洒落の一環にしかならないものだが、何一つ不自然なく今のシリカには馴染んでいる。
しゃなりしゃなりと歩み寄ってくるシリカを前にして、ユースは思わず一度目をこすったものだ。
この人は騎士じゃない。顔だけ自分が知っている人によく似た、別階級の世界の誰かさんとしか思えない。
「さあユース、どこがダメか教えてあげなさい」
美人を前にした時は顔を赤くするのがユースみたいな奴なのだが、それすら通り越して顔色も普通、初めて見る絵画でも前にしたかのように呆け顔になってしまっている。
そんなユースを横から肘でつつき、敢えてのフリをかましてくるアルミナによって、ユースもようやく目が覚める。目が覚めた、というのは誇張抜きで本当にそうだ。
「だ、だめ……?
いや…………っ、な、無いだろ、ダメなとこなんて……」
「い、言ってくれてもいいんだぞ……?
なんか、私にはこんなのは……ひゃわっ!?」
「そういうとこですよー!
こーんな綺麗なのに卑屈になっちゃってー!」
自信からっきしの苦笑い全開のシリカに、アルミナが横から抱きついた。
決して衣装に負けない顔と体、足運びも立ち振る舞いも完璧、シリカの素性を知らない者に今の彼女を見せて、どこぞの国のお姫様だと言っても全く疑われないであろう完成度。
これで、自分にはこんなの似合わないだとか、卑下した想いであるのは確かに駄目である。鏡を見て来いと。
シリカにしてみれば、騎士一筋で生きてきたこれまでを思えば、あまりに異次元の召し物であるのも確かではあるし、こんなものが私に似合うのかと考えてしまうのも、致し方ない方ではあるが。
「ほらユース、似合ってる? 似合ってない?」
「や、あの……めっちゃめちゃ似合ってます、ビックリしました、マジで……」
「ん、んむ……ほ、本気でそう言ってるか?
お前、優しいとこあるし……」
「本気ですってば……!
あ、あのあの、失礼な言い方かもしれないけど……普段見てるシリカさんとは違うけれど……」
やっと顔が赤くなってきた。
自分以外の女性を見てユースが顔を赤くするなんて、アルミナからすれば本来面白くなさそうなことだが、今のアルミナはそんなユースを見てにんまりにんまり。
対シリカに関してのみは徹底的に許す方針である。だってアルミナもシリカのことは大好き。
「い、いつもより、その……ずうっと綺麗だから、びっくりしたんですってば……」
「凄いっすよね、着付けの時から見てたけど……」
「ホントですよ、近寄り難くすらありますもん……」
完全に圧倒され、腰すら引け気味のユースだが、その気持ちは、そばでユースとシリカの様子を見ているカナリアとルザニアにもわかるらしい。
例えば庶民が、目の前にいきなりお姫様や王女様が現れたらどうか。声をかけるのはおろか、お近付きになることすら畏れ多くならないか。ナナリーみたいな見た目と気風が超特殊な女王様は別として。
今のシリカがそうである。ルザニアなんて、ここにいるのは毎晩一緒にご飯を食べているあの先輩だって、わかっているのにこの心地。
ユースがこうなってしまうのもうなずける。彼も庶民、むしろ田舎者寄り。
「……本当だな?」
「嘘なんか言いませんよっ……!」
「……………………わかった、信じる」
目を細め、頬を指先でかき、自分に抱きつくアルミナの頭を撫でながらうつむき、幸せそうな笑みを浮かべるシリカの姿が、ユースの胸にはかなりの打撃を加えてきた。
ルザニアとカナリアは可愛い、アルミナは綺麗、シリカは美しい。
どれがユースのつぼに一番利くのかは本人のみぞ知るところだが、心臓が爆打つほどインパクトが大きかったのは最後の一人である。
「ほらー、だから言ったでしょ?
ユースも絶対褒めてくれるって、だから自信持って見せてあげましょーって」
「……うん。着てみて、よかった」
「綺麗ですよー、シリカさん!
本当に、絵本の中から出てきたお姫様みたい!」
「アルミナも、よく似合ってるよ。
私がお姫様だったら、お前は童話で主役を張れる妖精みたいだ」
「へへ、そうですか? そんな褒め方されたの初めて♪」
抱きつくのをやめてシリカと向き合い、綺麗なものは綺麗だって惜しみない賞賛を向けるアルミナ。
そんな彼女の笑顔の可愛らしさに、単に後輩として愛でる言葉としてではなく、一人の女性としての魅力を口にせずにいられないシリカ。
褒めて貰えて嬉しくて、その場でくるんと一回転したアルミナは、ぴたりと止まってハルマの方を向く。
「ハルマ様っ! ご招待してくれてありがとうございます!
私もう、今の時点でめっちゃめちゃ楽しいです!」
「まだ始まってもいませんよ。ねぇ、シリカどの?」
「……いいえ、私からもお礼を言わせて下さい。
こんな機会を与えて貰えて、本当に幸せです」
ユースに褒められたからか、そりゃ幸せでしょうな、と、ハルマは笑うのを堪えるのに必死。
花のように美しく一礼するシリカの姿を見て、騎士としての彼女の姿を知り、かつその気品に満ちた風格に圧倒されないハルマとしては、そもそも笑ってしまいそうなのである。
着付けの時に、一足早くシリカのこの姿を見ていたアルミナもそう。
戦場時のシリカとギャップが大きすぎて、呑まれさえしなければ一周回って笑いすら込み上げるのだ。
ひっそりと笑いを堪えているチータが、今まさにそんな心境である。言うまでもないが、馬鹿にする類の笑いではない。
始まる前からもう既に、おめかしした姿を想い人に褒めてもらえただけで、シリカとアルミナはお腹いっぱいだ。
これから楽しいパーティーが幕を開けるっていうんだから、今日が一生ものの楽しい一日になるのはもう、今の時点で約束されたようなものである。
シリカとアルミナに挟まれて、目のやり場に困りすぎてきょどきょどしているユースの姿も合わせて、この場を整えたハルマにすれば、既に手応えは充分といったところ。
「すけべ。あんたさっきから、私の胸見て目ぇ逸らしての繰り返しでしょ」
「う、うるさいなあっ!
お前の格好見て目を奪われない方がどうかしてるよっ!」
ナナリーが皆の前に姿を店、開幕の挨拶の時を迎えるまであと数秒。
その短い時間で、普段と変わらぬ仲睦まじき掛け合いをするユースとアルミナを、そばでシリカが微笑ましく見守っている。
間もなくナナリーが、この場に集まった一同の前に姿を見せ、開幕の宣言をするだろう。
それを待つハルマは、戦いの日々からかけ離れた表情の騎士団員達を見て、すべてが上手く運んでいると確信した微笑みを浮かべていた。




