第55話 ~騎士団VSオークの群れ~
交戦対象として見た場合の、オークという魔物の特徴は以下のとおり。
体が大きい。
高い背丈、太い四肢、でっぷりと肥えた腹からもわかりやすく体重は重い。
そうした体で不自由なく生きている姿からもわかるとおり、全身は筋力に満ちており、腕力はもちろん脚力も強い。走ればそれなりに速く、図太い体だからって動きが遅いと思ったら大きな間違い。
その突進力や強い腕力も相まって、対人間においてなら、オークの攻撃力は充分な決定力、致死性を持つ。
知能は低くない。
人間ほど多くのことを為す知恵があるとは称しにくいが、自分達で武器を作って使いこなす知恵はある。
石や牙や骨を削り、蔦を編んで結び具にし、斧でも棍棒でも弓でも矢でも作れる。
魔法を使うオークも決して珍しくなく、こと自分達の命を守るための戦闘手段への知恵の活かしようは特筆に値するもので、その頭脳は侮れない。
同属同士の疎通能力は高い。
豚鼻を鳴らしての声は、恐らく人間で言うところの言葉相応にコミュニケーションの手段となるようで、オークの群れとの戦闘時には、豚鼻声を高頻度で耳にする。
弓を扱うオークに合図をかけ、一斉射撃を要求する仕草を見せるオークがいたり、あるいは示し合わせたように固定対象へと一斉攻撃をかけるオークがいたりと、戦場でもその連携力に活かされている。
欠点を挙げるとするならば、大きな体は突進力こそあれど、少し小回りが利きづらく、突撃するような走りから急な方向転換など、精密な動きがしづらいことなど。
筋肉と脂肪のつき過ぎ、加えて関節が柔軟でないことなどもその一因らしい。
また、体が重いので長期戦向きの持久力には恵まれておらず、戦いが長引くと息切れしやすいという面もある。
そうした自分達の欠点をわかっているのか、徒党を組むことでの総攻撃による短期決戦を狙ったり、飛び道具を用いて後衛の体力を温存したりと、本能からなのかの戦術を組む傾向も強い。
総じて、身体能力は人間よりも上回りがちで、戦闘に活かす知恵はそこそこに持ち合わせ、連携力もある。
乱暴なだけの野盗集団などと比較すれば、間違いなくオークの方が脅威的だろう。
さて、このような魔物の群れにどう立ち向かうべきか。
頼りは人類史が残してくれた、オークという魔物の特徴、上述の知識。
そして何より、有事の際に役立てるために培ってきた、己が腕こそ最大の武器である。
石斧や石槍を振り回して攻撃してくるオーク達だが、とにかくすばしっこい人間が二人いる。
走りながら斧のスイングをかがんでかわし、額めがけて突き出される槍を騎士剣ではじき上げ、振り下ろされる棍棒をサイドステップでかわすと同時、振り抜く武器でオークの脇腹に傷を残していくユースだ。
ここまで彼は、盾も使わず、身のこなしだけですべての攻撃をかわし続け、駆け抜ける中でオークの体に小さな傷を残し、怒るオークの狙いを自分に集めている。
彼に群がるオークの数は増え、つまり偏り、他の味方に迫るオークの数は減る。
こんなことをユースはもう、息も切らさず数分間続けている。
「ちょっともー! 増え過ぎだってばさー!」
アルミナに迫り来るオークもいる。
接近戦の出来ない彼女は逃げ回ることしか出来ないが、元から戦場では敵から離れなくてはならない立場に慣れていて、その逃げ足の速さと言ったら無い。
瞬発力も持久力もユースに並ぶほどのもので、今しがた横から突き出された槍を、思いっきり前に飛び込むように跳んで地面をごろごろごろ。
その中で、自分に槍先を差し向けてきたオークのふくらはぎに銃口を向け、引き金を引いて発砲だ。
地面を転がりながらでも、どんな体勢からでもアルミナの狙いは正確だ。ふくらはぎを少し深めに抉る銃弾を受けたオークは、重い体重を支える柱の一本から力を失って、つんのめり気味に膝をつく。もう走れまい。
「開門、地点沈下」
遠方に弓を構えたオークが放ってきた弓が、自分の側頭部めがけて飛んできたことに、チータは宙に岩石の小さな壁を作ってはじき返す。この魔法は詠唱なく叶えられている。
彼が口にした魔法の詠唱は、自分に向かって駆け迫ってくるオークの足元を、ぼこんと落とし穴のように小さく窪ませる魔法だ。
全力で駆けていた中で、踏み込んだある一点が突然沈下すれば、二足歩行の生物はひどいつまづき方をする。
罠に足を取られたかのように前のめりに崩れるオークは、膝を地面に打ち付けて豚鼻でも地面にキス、大きな体での転倒によりすぐに立てないほどのダメージを受けた。
見た目は間抜けそうに見える転倒も、捻挫までさせられたオークにとっては冗談じゃないほどきつい。
「ルザニアはまだ危なっかしいな。目が離せない」
「くっ、うっ……!」
戦場を視野広く見渡すチータだが、特に彼はルザニアに目を配っている。
ユースと同じように、迫るオークの攻撃をかわし続けるルザニアは機敏だが、ユースと比べると回避の余裕、敵の武器とかわした彼女の距離が一枚ぶんほど近い。
客観的に見れば、ルザニアも充分な余しを作っての回避が出来ていて安定性もあるが、動く範囲が小さく、逃げ場をすぐに見つけるセンスにはまだ欠ける。
敵の攻撃をかわしながら縦横無尽に駆け回り、敵を引きつけているユース、追うオークの体力の消耗をも誘うユースと比べると、疾走範囲も少々狭い。
「仕方ないな。開門、岩石魔法」
ルザニアの側面方向から駆け迫っていたオークの眼前に、地面から突然隆起して立ちそびえた太い岩石の柱。
チータが魔法で生じさせたそれは、猪突猛進で止まれぬオークが自分からぶつかりに行く結果を導いて、鼻を押さえて後ずさり悶えるオークは、ルザニアへと攻め駆けることが出来ない。
一体こうして動きを封じてやれば、何匹ものオークに襲いかかられる彼女からすれば相当楽になる。
「ルザニア、きついか……!?」
「大丈夫です……!」
駆け回ってきたユースがルザニアの方へと前から駆けてきて、一声を発すると同時にルザニアとすれ違う。
ルザニアを後方から追いかけていたオークへと跳び、盾を構えてオークの鼻っ柱へと突撃だ。
追う側から突然迎撃される側にされたオークは対応出来ず、跳び膝蹴りでもくらわされるかのように、ユースの盾と彼の体重を顔面に受け、後方へとダウンする形にされてしまう。
ユースを後方から追っていた数体のオークと、ルザニアが正面向き合って駆け合う形に一瞬なりかけたが、小回りの利くルザニアの脚はあっさりと方向転換し、息の上がり始めたオークからあっさり逃げ延びる。
不殺生を前提としているユース達は、敵を失神させたり、脚を撃ち抜いたり、つまづかせたり、あるいは引き付け持久戦に持ち込むことで体力を奪い、無力化することに重きを置いている。
ユースもチータもアルミナもルザニアも、その武器で相手の命を奪おうと思ったら、いくらでもそれが出来るタイミングはあった。喉を切り裂けばいい、火球を放って焼けばいい、頭を撃ち抜けばいい、それで済む。
この、諸事情からくる不殺生のルールのおかげで、死体に変わるオークがいないから、迫る敵の数は四人の力量から思えば減りも遅い。
反撃さえ出来れば敵も減るのに、それが出来ないからルザニアも苦労しているようだが、それでも制限つきの戦いで上手にやっている辺り、彼女も立派にやれているのだが。
「はいまた来ましたー! もうこれ何陣目でしょうかねー!」
荒原を転がり回って土まみれになったアルミナが、あらぬ方向へと銃弾を発砲。
そちらから、また別のオークの群れが接近していることを知らせる合図だ。
やはりオークは、最初にユース達が見つけた数十体のオークに留まらず、この荒原に散らばっていたようだ。
仲間の交戦状況を察して、離れた場所からオークが駆けつけてくるのも何度目かで、おかげ様でアルミナやチータが行動不能になったオークを増やしても、なかなか動ける敵の総数は減りきっていない。
「そろそろだな……! カナリア、ついて来い!」
「えっ、ハイッ、りょ、了解っすー!」
ユース達の四人から少し離れた場所で、カナリアと共にオーク達と交戦していたシリカが、アルミナが示したオーク達の方向へと駆けだした。
シリカの出発点近くには、既にぶっ倒れたオークが数匹。切り傷なし、しかしすべて失神済み。
剣で斬ったら殺してしまうので、シリカはそれ以外の方法でオーク達を行動不能に追い込んでいる。
無傷のカナリアだが、シリカは行動も足も速すぎて、ついていくだけで精一杯という風。
シリカが疾走する先には、石斧オーク一匹と棍棒オーク二匹。
こちらへと駆け迫るオークへと、真正面からすごいスピードで距離を詰めるシリカには、迎え撃つ側のオークも面食らい気味に武器を振り下ろしてきた。
振り下ろされた斧が自分の頭の高さに届くよりも早く、さらに加速したシリカはそのオークの右横をすり抜け、棍棒を横大振りにスイングしてきたオークの攻撃をかがんで回避。
さらに下げた姿勢の頭上を棍棒が通過した直後、勢いよく立ち上がるように腰を上げ、同時に体全体をひねり、オークの肥えた腹に回し蹴りをぶちかます。
鉄製ブーツの蹴りを腹に突き刺されたオークは後方にのめって倒れ、咳き込むことも出来ないぐらい、息を詰まらせて立てなくなる。
彼女の横から迫っていたオークも、シリカを棍棒で殴り飛ばそうとしたが、それが横のスイング狙いだったのか振り下ろし狙いだったのかも永遠に不明のまま。
オークが棍棒を振るうより先に、脚を思いっきり伸ばす鋭い蹴りで、シリカの踵がオークの顎を押し上げたからだ。
脳も揺れる痛烈な一撃に、頭を後方へと押し出される勢いそのままにオークは後ろ倒れ、そのまま星を散らして失神。
初撃をシリカにかわされて、石斧の追撃をシリカに向けようとしていた先頭のオークも、振り返った瞬間を狙い澄まされたかのようなハイキックで、側頭部を蹴飛ばされて横倒れになる。
結局カナリアがシリカのそばまで到達するまえに、失神オーク三体の出来上がり。
今日ずっとこんなシリカを見続けてきたカナリアは、もはや格闘術の心得ある者としてながら、すげぇの一言すら発せぬほど息を呑む。この人は、オークより敵に回したくない。
「よし、こっち!」
「あんたさー! ついて来い、とか隊長らしい命令できないのー!?」
「うるさいな、知らねえよっ」
ユースがアルミナ、チータ、ルザニアに向け、自分が進む方へとついて来るよう命令を発する。
友達同士なので、形式上は命令でも言葉遣いが柔らかい。離れた位置からユースをからかう大声を発しつつ、駆けながらくるんと後ろ向きになったアルミナは、自分を追っていたオークのふくらはぎを撃ち抜いて転ばせる。
仮にも命の懸かった戦場で、こうも余裕の声と働きぶりのアルミナの姿には、ユースについて行くことに集中していたルザニアも驚かされるばかり。あの先輩は、どこにいたってムードメーカーだ。
広い荒原をダッシュするユース達に、息が上がり始めているオーク達は追いつけない。
ぐんぐん自分達から離れていく人間の後ろ姿に根負けし、膝に両手を置いてぜぇぜぇと立ち止まるオークも出てくる。
元より持久力を欠くのがオークという魔物であり、こうして傷つけずして戦線離脱させられる個体も出せる。
討伐しているわけではないのに、元の問題の解決に繋がるだろうか。
これだけでは不充分だ。あと一つ、解決要素が欲しい。
「ねぇユース、ボスっぽいのいた?」
「いや、まだ。……っていうかお前、中衛っつっただろ」
「必要な情報交換だってばさ」
走るユースに追いついてくるアルミナは、駆けながら実に涼しい声をかけてくる。返答するユースも同様。この二人にスタミナ切れはまだまだ遠そうだ。
なんとかユースに並びかける位置まで上がりたいルザニアも、少し息切れし始めて、加速しようにもなかなか距離を縮められない。
その後ろを追走するチータは、後方あるいは遠方からの狙撃がないかなどに目を配っている。ルザニアの少し後ろの位置をキープする形でだ。
しんがりを務めるのがシリカとカナリアであり、振り向かなくていいぞと言ってくれるシリカを信じるカナリアは、とにかくシリカの少し前でユースらを追走する構え。
この騎士様集団、武装して重いものも持っているのに、よくこんなに走れるなぁと思うばかりだ。
ついていくだけで息が乱れる一方である。
「チータ」
「目処はある。魔法を使える奴がいるみたいだからな、もしかしたらのレベルだけど」
駆けながら振り返って、後ろのチータに呼びかけたユースだが、返ってくるのはクールな受け答え。
魔法の使い手であるチータ、索敵に魔法を活用できないかと期待して声をかけてみたユースだが、どうやらユースが欲しかったものをチータは持っているようだ。
別にチータ、見つけたい対象を鷹の目で発見するような、今の目的にちょうど都合のいい魔法を習得しているわけではない。
ただ、彼なりにこの荒原広くに、魔力の漂いがあるか否かを探ってみた結果、ちょっと興味深い反応らしきものを見つけられたようだ。
進行方向から右側を指差し、あっちだと指し示すチータの姿を見たユースは、進む先を曲げてその方向へと向かっていく。
「向こうもこっちに来てるぞ。交戦の構えを取れ」
「わかった!」
「なんであんたが命令される側になってんの隊長」
「うるさいっ」
普通に命令口調で話せるチータ辺りの方が、適正で言えばユースよりも、司令塔気質があるのかもしれない。
どうにもユースは人に命令し慣れていないせいもあって、アルミナに突っ込まれるのも已む無し。
「はい見えたー! 一発威嚇しとく!?」
「いや……まだ、もうちょっと待て!」
「はいはいオッケー!」
やがて見えてきた、ユース達前方から迫ってくる魔物達、六体のオーク。
その先頭を走るオークは明らかに他に比べて特徴があり、それを見受けたアルミナは、銃を構えて発砲の可否をユースに問う。
撃つべき場面ではないとわかっていて尋ねたのは、ユースに命令を貰う機会を得たかっただけだ。
六体のオークの先頭を駆けるオークは、首飾りのように胸の前に獣の頭蓋骨をぶら下げ、頭には葉を編んだ冠。
武器を自作する知能を持つオークだが、一部、ああして装飾品をこしらえて身につけるオークもいる。
オークの生態系においての"装飾"は、集団生活における首領の慣わしだ。
オークの個体差が見分けづらい人間の目にもわかりやすい。ああして着飾るオークというのは、ここら一帯に陣取っていたオーク達のボスと呼べる存在であろう。
手にしているものも、斧や棍棒といったわかりやすい武器ではなく、大鹿の杖を削って作ったと思しき、杖のようなものだ。武器にはなりそうだが。
「意外と少ないな」
「えぇと、ここは……!」
ユースは減速から立ち止まり、アルミナやチータもそれに倣う。
その後方のルザニアも同様で、ただしユースに充分近付けばくるりと振り返り、後方に構える。前はユース達が見てくれている中、自分は後ろを見ようという自己判断がちゃんと出来ている。
「シリカさ……」
「わかっている、カナリアを任せた……!」
敵の数を見て、ユースは最適な戦術を閃いていたが、彼より先にその案に至っていた騎士様は、ユース達を追い抜いてさらに加速していった。
命令しなくても勝手に最適解を導いてくれる先輩だが、彼女は彼女で、ユースが良き解を自分で閃いていたことをちゃんと認識し、鋭い眼の奥で満足感も抱いている。
オーク達の首領と、それに従う五体のオークの進撃に、シリカが真っ向から突撃し返す形だ。
杖を握るオークの首領がその得物を振るうと、その先端から火球が放たれる。魔法を使えるようだ。
それはシリカの腰から胸までの径、大きな火の玉であり、直撃すれば致命的な威力を持つもので、戦闘用の魔法としてはなかなか実用的なもの。
魔物が人間に致死性の魔法を放つ姿を見るのが初めてのカナリアの目には、火球に飛び込んだシリカが丸焼きにされるイメージが映り、血の気が引きかけたものである。
事も無げに振り上げた剣で火球を両断したシリカは減速すらすることなく、彼女の左右に割れた火球が飛んで地面に着弾、爆裂する遥か前方で、オークの群れとかち合う形になる。
シリカの出鼻を挫く予定だったオーク達の戸惑いは大きく、それによって生じた隙が、接近したシリカに対応するにはあまりにも致命的だった。
互いに距離感ばらばらのオーク達の間を、シリカは蛇の頭のように凄い速度で駆け抜けていった。
その中で、彼女が振り抜いていた剣の速さは、至近距離で視界内に捉えていたはずのオーク達の目にも、カナリアの目にも追えない。
まるで群がったオーク達の中を素通りしたかのように、シリカはオーク達の後方へと駆け抜け、振り向く。
慌ててオーク達も振り向くが、その瞬間、ぶし、ぶし、と、六体のオーク達の体から血が噴き出す。
いずれも致命的な傷ではない。ただ、少し深めのものもある。
腕であったり、脇腹であったり、目にも止まらぬ速度で斬りつけられ、斬られた瞬間すら認識できなかったことに、オーク達の顔色も悪くなる。
オークにも、野生の魔物や動物が持つ、勝てない相手と遭遇した時の感性も持ち合わせているのだ。
五体のオークは今の事象だけで、目の前にいるシリカには勝てないことを悟っており、蛇に睨まれた蛙のようにシリカの眼差しのみで動きを縛られている。
そんな中で動いたのが、装飾をあつらえたオーク達の首領。
この魔物もまた、シリカの剣により首の横に浅い傷をつけられており、その痛みを感じている。
シリカがその気になっていれば、自分の首が飛んでいたこともわかっているだろう。
それでも集団の中を通過して、シリカを向く方向の最前列に立ち、杖を構えて交戦の構えを取る。
「……聞いていたとおりだな。オークはやはり、気骨がある」
勝てない相手に遭遇しようとも、群れに属する仲間を守るためなら戦う意志が、その姿には表れていた。
前方にはシリカ、後方にはユース達。鼻を鳴らしたその首領の合図は、残る五体が振り返る行動を促し、部下にユース達の相手を指示したかのよう。
シリカを相手取るのは自分である、と。最も脅威的な相手に立ち向かう役目を背負うオークの首領には、シリカも気概ある山賊親分と遭遇したかのような心地だ。
魔物を人間に例えられるシチュエーションはそう多くない。
「グ……!?」
剣を構えていたシリカが、不意にその騎士剣を鞘に収めた。
騎士たる構えも解き、攻め立てる意志はないと表明するかのような態度に、オークの首領の目にも戸惑いが生まれた。
こうして見ると、豚頭のオークとて、目や口に感情を表すほどには表情豊かではないか。
広げた掌を、シリカはばっと振り、立ち去れというジェスチャーを発した。
魔物に言葉は通じない。ボディラングエッジも通用するかはわからない。シリカも魔物にこんなことをするのは初めてだ。
オーク達や、その首領を皆殺しにするためにここへ来たわけでないシリカが、その意志を表明するために選んだのは、この手段だったというだけだ。
動かず、訝しげにシリカを睨みつけていただけのオークの首領だったが、やがて後方を振り向いて、部下と、その前方離れに立つ人間達を見る。
怯えている部下を前にして、あの人間達も攻めては来ない。
再びシリカへと向き直ったオークの首領の目には、立ち位置をずらしてオーク達に逃げ道を譲っているかのような、そんなシリカの姿がある。
無言ののち、杖を振り上げたオークが、大きな鼻息を慣らした。
鼻声の割にはよく通る音であり、それが何らかの号令であることはシリカ達にもわかる気がした。
大きなそれは、荒原に散らばっているオーク達にも伝わっているのだろうか。
ようやくユース達に追いついて来た、息切れしがちのオーク達も、今の大きな音を聞いて立ち止まる。
「ユース、こっちだ! 一度集まろう! オーク達を刺激するんじゃないぞ!」
「はいっ!」
ああダメだ、やっぱりユースはどこまで行ってもシリカさんの後輩だなぁと、隊長職を背負っているはずの親友の姿にはアルミナも苦笑い。
自分達に指示している時より、シリカさんに指示された時の方がよほど活き活きしているんだもの。
オーク達の集まりに距離を縮めないような軌道で駆けだし、シリカの方へと向かっていくユースに、アルミナもチータもルザニアもカナリアもついていく。
「はぁはぁ……ど、どういう展開なんすか……?」
「だいたい、勝負はついたと思う」
今いち状況が掴めないカナリアに問われたシリカは、概ね確信を持ちつつも確定ではない、そんな回答。
だが、オーク達は首領の動きに従って、引き上げていく姿を見て、戦闘が終了したことはわかった。
結局、本当に一体のオークを殺すこともなく決着したこの戦いだったが、とにかくこれで勝負ありということらしい。
戸惑いばかりの初陣で、気負うものも多くて疲れているカナリアの背中をさすってくれるルザニアを傍目に、ユースもふぅと一息挟んでいた。
目的完遂の難しい仕事だったが、掲げた目標だけはすべて叶えることが出来た。
これにてユース達による、オーク"撃退"任務はとりあえず終了である。
イユリ荒原を去る中で、ユースがカナリアに説明してくれた。
この戦いとは、どういうものであったのか。
ユース達が交戦したあのオーク達は、サブアの村を襲撃した。
盗賊などが人里を襲撃するのは概ね金品目当てだが、魔物が人里を襲撃する動機はだいたい食べ物である。
魔物によっては人そのものであったりもするが、オークは肉食でありながら、人間を食すというケースは極めて稀なので、被害は農作物に留まったようだ。
おかげ様でオークの襲撃に遭ったサブアの村も、怪我人は撃退のために戦った兵などに留まっていた。死者なし、それは何より。
ただ、人里を襲撃し、農作物を収穫できたという経験をオーク達が得てしまったのは問題である。
人里で農作物を育てる畑というのは、野生暮らしの魔物にとっては楽園だ。
出荷用のものを含む、大量の農作物が、季節に合わせて種類も豊富。食べ放題の、美味しい場所。
サブアの村を襲撃し、人間達の抵抗を退け、美味しいものを食べられたと経験できたオーク達の何がまずいかって、それを学習してしまったであろうこと。
有り体に言えば、サブアの村にいた"人間"は、あのオーク達には舐められてしまったのである。
人間なんかたいしたことはない、同じ場所にいけばまた畑を守ろうとする人間を追い払い、また食べ放題だと学んだオークが、サブアの村を再襲撃してくる可能性は非常に高かったというわけだ。
そのうちまた来るだろうから、で、サブアの村を厚く警護して、撃退してやればいいというのも一説ではある。
しかし、大きな交戦になればオーク側にも死者が出るだろうし、そうなれば人間に復讐心を抱くオークを生み出すことに繋がるというのは、事前にユースが説明したとおり。
理不尽な逆恨みだろうが何だろうが、魔物に人間の倫理観は通じないのが面倒なところである。
ユース達が、ひいてはユース達にオーク狩りを依頼したセプトリア王国がやりたかったことというのは、当のオーク達に、人間を舐めると痛い目に遭う、というのを学習させることだ。
ユース達が少数精鋭構成で出撃したのは、その目的も兼ねてである。オークに伝わるかどうかはわからぬが、たった六人の人間に一味をこてんぱんにやられた方が、多分オークにも人間を侮る心に変化が見られるかな、と。
そして、それを見せつけてやるのであれば、そのオークの群れを束ねている首領格にも見せ付けてやれれば尚のこと良い。
第一前提に、オーク達を人間の手で圧倒すること。
オーク達はたった六人の人間に、束になっても敵わず、怪我だけさせられて逃げる形になった。
第二目標に、オーク達の命を奪わずに勝利の形へと持っていくこと。
疲れさせて戦意を失わせたり、走れないように脚を傷つけたり、戦意喪失させるほどの剣技を見せ付けたり、ユース達は命を奪わず、戦闘不能のオークを量産した。
ああして痛い目を見たオークが生存してくれて、仲間内で痛みを共有し合えば、少なくとも人間を戦えばろくなことにならない、と意識を持ち合うだろう。
第三目標に、オーク達の頭目がいるなら、そいつにこそ派手に人間の強さを見せてやること。
オークの首領にシリカを差し向けるのは最善手だ。オークの首領にも、シリカという"強い人間"の姿は脳裏に焼き付いただろう。
人間の中にはこんな強い奴もいる、敵に回せば身内ともども皆殺しにされる可能性もある、と、相手の司令塔に知らしめれば、喧嘩を売ってくる気力も失せるだろうという話。
あらかじめ立てていた目標はすべて達成した。
ユース達の仕事はここまでだ。充分の一言に尽きる。
「でも、これで解決したんすかねぇ……
あのオーク達は、二度と人里を襲ったりはしないって信じきっちゃっていいんすか?」
「ホントはまだだよ。あとはこの事をハルマ様に報告して、以降の対策をお任せする形になる。
近隣の村や町の守りを固めてもらうよう勧告を出すとか、派兵を厚くするとかさ」
カナリアの危惧するとおり、確かにこれで全てが解決したわけではない。
オーク達の、人間を甘く見ているであろう認識を改めさせることは出来たと見込めるが、だからと言ってまたあれらが、人里を襲うことが無くなるとは言いきれない。
復讐概念を持つオーク達なので、サブアの村を襲ったすぐ後に人間に襲撃されたことから、あの村を襲ったことによる報復であるとはわかるであろうし、史実則からもサブアの村がしばらくオークの襲撃を受ける見込みは薄い。
ただ、他の村や町まで同じかと言えば微妙なところ。別の人里なら、と、懲りない行動に出る可能性は無いではない。
要は今後も、オーク達を警戒しなければいけない日々は続くということだ。完全殲滅が難しい以上、仕方のないことである。
オークがセプトリア王国内に現れることは確認出来た、それに対して人間を甘く見るなと釘を刺すことは出来た、今日はここまで。
疫病が広がれば、それが根絶できるまで根気強く治療を広範囲に続けねばならないのと同じ。
あるいは大規模な天災で人里が荒れれば、復興までに地道な努力が必要なのと同じ。
魔物の出没によって生じる動物的災害の一部は、自然災害と同じで、解決までに時間をかけねばならないことも数多い。
殺めて終わり、で済む問題ばかりではない。それが完遂できないシチュエーションが目の前に訪れた途端、殺生解決などという一番簡単な方法論など、あっさり通用しなくなるのである。
「あとはセプトリア王国の人達に任せよう。
オークっていうのは台風と同じで、野から山まで色んなところを移動する、遊牧民族みたいな魔物だしな。
対策し続けていれば、いつかセプトリア王国からも出て行くはずだからさ」
セプトリア王国は、オーク対策にユース達の力を頼った。
一方で、オーク達が人里を襲うという憂いるべき事態が、今後二度と起こらないことを願うユース達もまた、その解決のためにセプトリア王国を頼る。
人の世に苦難をもたらす問題に直面した時、人は力を合わせればいい。
ユース達とセプトリア王国は今、あまり表面化はしないけれど、そうした関係としてしっかり成立している。
それが、共存しているということだ。
生まれは異国でありながら、今のユース達はもう既に、セプトリア王国と手を繋いで歩いていける、そんな騎士としてこの国を歩いている。
真の意味でこうなるまで、意外に時間がかかるものだ。それが果たされていることが持つ意義は大きい。




