第53話 ~馴染んだ頃の妙任務~
賢者エルアーティ様がお帰りになってから約一ヶ月。
平和で平和でどうしようもない、そんなここ一ヶ月間は、人によっては退屈だと感じるのではないかというぐらい、起伏に乏しいものだった。
ユース達も、そろそろお国から多少の仕事、国司や商人の護送任務などを頂くようになり、仕事に従事する毎日だ。
元々ユースは、あまり長く休みを貰うと、かえって申し訳なく感じるタイプだから、仕事を貰えるようになるとかえって日々活き活きしているぐらいである。
六日間きっちり働いて、安息日に一日の休日を貰うサイクルが、やはりユースにとっては一番気持ちいいらしい。
確かにその方が休日の価値が上がるという側面もあるが。たいした理由もなく休みが多すぎると、人って案外不安になったりすることもある。
縁のいいもので、ユースの身内、シリカもアルミナもルザニアも仕事好きであり、毎日の仕事に楽しげに取り組む姿は、殆ど何らかの愛好会みたいな様である。
唯一、取れるならいくらでも休みを取って、読書して物見して寝たいチータの価値観が浮いているぐらいでもあるが、働きたがりが多いこの集まりにおいては、周りの四人が勝手に仕事を取るので楽しているものである。
仕事に同行する義理だけ果たし、それを物見の外出とし、何やら出来ることがあれば多少手伝う、ぐらいのスタンスに留めるチータも、なんだかんだで日々を楽しんでいると言えるだろう。
変わり映えしない、何の変哲もない平穏な毎日というのは、ただそれだけで貴いのだ。
いつどんな時に、強大なる魔物の襲撃があるやもわからない、物騒な戦乱の時代も経験している五人にとって、一般人が退屈に感じるぐらい何も起こらない日々というのは、何の理由も要らずほっとすることが出来るもの。
祖国を離れて少ない身内で過ごす、仕事混じりの毎日も、動乱の日々から開放された安息なる休暇のように過ごす五人は、確かめ合うまでもなく平和な日々を満喫するばかりであった。
「ただいまー! チータ、お風呂沸いてるー?」
「おかえり。沸かせてあるからさっさと入って来い」
「うちのぐーたら魔導士さん、仕事だけはちゃんとやってくれるから大好き。
シリカさん、お先にどうぞ」
「私は先に報告書を纏めてくるよ。アルミナかルザニア、先に入っておいで」
「いえ、私は後で結構です……アルミナさん、お先にどうぞ……」
「もー、ルザニアちゃん気にし過ぎだってば。そんなへこまないの、あれはしょうがないよ」
さて、ある日の夕暮れ。
セプトリア王都の訓練場から帰ってきた、シリカとアルミナとルザニアの三人を、留守番していたチータが居間にて読書しながら迎えてくれた。
台所には既に夕食の支度がほぼ済ませてあり、風呂も沸かしておかえりの準備は万端である。
今日はユースを含めた騎士団五名に、セプトリア兵への剣技指導の依頼があった。
ユースだけは後から帰ってくるらしく、今は姿を見せていないが、そのうち帰ってくるだろう。
剣技指導なら僕はお呼びでないな、と体よく同行せず、のんびり気楽に留守番していたチータだが、ちゃんと身内のお帰りまでに、やることだけはきっちりやってくれる辺りはしっかりしたものである。
「ユースはどうしました?」
「なんだかお城にお呼ばれようだ、じきに帰ってくるよ。
次のお仕事のお話なんじゃないかな」
「ルザニア、なんだか落ち込み気味のようですが、何かあったんです?」
「たいしたことじゃない、誰でも一度は通る道だ。
あの子が自分にちょっと高く注文つけすぎた結果だし、自分なりに受け止めると思うよ」
「そうですか。はいどうぞ」
「ありがとう」
自室に戻って報告書を書こうかな、と思っていたシリカだったが、チータがお茶を淹れ始めてくれたので、まずは居間のテーブルに腰を据える。
何やらへこみ気味のルザニアと、彼女の背中をぽんぽん叩きながらのアルミナが、二人して自室の方へと向かっていくのを尻目に、上手に淹れられたアイスティーを受け取って一口飲む。
「最近、剣術指南を依頼されることが増えましたね。
以前は週に一度か二度だったのに、最近は週三回が当たり前になってきてますし」
「出兵するほどの任務が無い平和な国だから、そういう仕事に偏る部分もあるんだろうけどな」
「あるいは、以前よりも騎士団が評価されているか」
「んー、まあ、手前味噌だけど、そういう部分もあるんだろうな」
チータの言うとおり、ここ最近はユース達が城の訓練場に招かれて、剣技指導を頼まれることが多い。
エレム王国の騎士様という、武の道に秀でた方々がせっかく来訪されているのだから、揉んでもらって力をつけようという、セプトリア兵の意気込みが感じられる昨今である。
実際、シリカ達には直接伝えられていることではないが、ユースやシリカに剣の指導をして貰いたいという声は、ここ最近セプトリア兵の間で大きくなっているそうだ。
来国当時は、エレム王国の騎士様という肩書きだけで、凄い人が来てくれたというリスペクトを頂いていたユース達だが、それは過去から来る先入観の域を逸していなかった。
しかし、来国して四ヶ月余りの期間で、ユース達は既にいくつもの大きな成果を上げており、訓練場でも直接セプトリア兵に、その腕前を披露している。
難しい任務でも少人数で結果を出してくるわ、手合いしてみれば凄いわで、ユースとシリカに対するセプトリア兵の評価は、時が経つに連れて上がる一方なのだ。
最近の剣技指導依頼の急増と無関係ではあるまい。指導する側として招かれながら、畏れ多そうに毎度よろしくお願いしますと一礼するユースだが、彼はちゃんと求められる人材として評価されているのである。
「で、今日の内容はどうだったんですか?
言っちゃ何ですけど、ユースはもうセプトリアの兵と一騎打ちするような器じゃないでしょう」
「最近はもう、連携訓練に付き合うのが専らだな。今日は一対七だったよ」
「少ない?」
「うーん……あんまり言うとセプトリアの方々の名誉にも関わるから、思い切ったことは言えないけどな」
「はい、充分伝わります」
「ユースは毎回、苦労してるように見えるけどな」
「息も切らさずに?」
「あんまり聞くな、無粋だぞ」
「失礼」
戦場では、大物一体を討ち取るためには、多数の兵が連携を取らねばならないことも多い。
雪山でユースが対面したグランベナードのような怪物が相手だと、あれはユースなら一対一でも仕留めたが、普通の兵には同じ事は出来ないし、ならば何人もで力を合わせて討ち取るしかない、というのが一例である。
今日はユースが大物側に見立てられ、七人のセプトリア兵が、ユースに束になって襲いかかる、という訓練を実施してきたそうだ。
とうに現状、どのセプトリア兵と一対一をしても、そうそう負けやしないユースだし、ここまでの数ヶ月でほぼ全員との一騎打ちは済ませてきたので、そういう訓練に移行している模様。
シリカがどこか歯切れ悪そうなのは、それでも七人まとめてあっさり退けてしまうユースだから、あまりそれを強調すると、セプトリア兵の皆様の顔が立たないからである。
アルバーシティのだらしない兵士達と比べれば、セプトリア王都の兵士様はずっと強いし真面目だし、あまりその名誉に傷をつけるようなことをシリカは言いたくないのだ。
チータが予想しているとおり、息ひとつ乱さずに複数人相手から無傷で一本取ってしまうユースが実際にいたりもしたのだが、それは単にユースが向こうさんよりもずっと強いというだけの話。
勤勉に切磋琢磨している人達を、足らずと口にするようなことはシリカもしたくない。彼女だって、今ほど強くない時期が確かにあったわけで、身内でもない若輩者を揶揄する趣味は無いのである。
「アルミナが補佐に入って、ユースもかなり苦戦してるみたいだしな。
あいつにとっても、いい訓練になってるとは思う」
「アルミナのサポートつきって相当きついでしょう。
よくそれであいつ、セプトリアの兵士様集団を相手取れますね」
「あいつは元々、一対多は得意だからな。
ほら、平原の魔物討伐の任務に赴いた時にも、わざわざ魔物の群れに飛び込んでいくだろ」
「それがあいつの一番の強みでもありますけどね」
盾を駆使した防御力に秀でる戦い方を得意とするユースは、昔から、数で勝る相手に囲まれて戦うようなシチュエーションには慣れている。
魔物の群れをわざわざ自分に引きつけて、他の味方が少しでも楽を出来るような戦い方を選ぶような奴だ。そういう無鉄砲とも取れる戦い方を頻発して、しかも怪我することも少なくなかったから、シリカにきつく怒られていた過去も多かったのだが。
そんなユースだから、腕で劣るセプトリア兵七人を同時に相手をしても、あまり苦にはならないのである。
相手の多段攻撃を凌ぎ、かわし、抜いて、一人ずつ相手を仕留める戦い方には慣れているユースだし、七人一度にかかって来られても、冷静に捌いて敵の数を減らしていくだけだ。
そんなことを平然とやってのける彼を、周りはすげぇと言うのだが、元よりユースの真骨頂はそういう戦いが出来るところにあって、最近になってそれがようやく評価されているだけの話である。
「ちなみにそれだと、アルミナに対する評価もだいぶ上がってるでしょ。
連携慣れもあろうはずがないセプトリア兵の間を縫って、ユースを狙撃しているわけでしょう?」
「うん、あれは正直私も見ていて凄いって思う。
あいつが初めて銃を握った時も知ってる私からすると、本当凄い奴になったなあって……あ、来た来た」
「何ですか? 私の噂でもしてました?」
「褒めてた」
「あ、お風呂上がったらまた聞かせて下さいね。楽しみ楽しみ~♪」
ちょうどルザニアと一緒に風呂場へと向かっていくアルミナが今を横切って行ったので、軽くやりとりを挟んでおく。
肩を落とし気味のルザニアをぐいぐい押し、二人で風呂場に歩いていくアルミナだが、もしかして今日は一緒に入るつもりなんだろうか。
アルミナはそういうのが好きな子だから、あんまり違和感のある光景でもないが。
「アルミナに狙撃されるって、けっこう僕でも想像したくないですね。
どこから飛んでくるか事前に予想つかない部分ありますから」
「癖も消してるからな。あいつはああいう所が細かい」
セプトリア兵七名様を相手取る形であったユースだが、それでもユースにとっては骨の無い手合わせである。
指導する側とは言え、ユースにだって実入りの一つは求められて然るべきであろう。下手に付き合うばかりでは、ユース自身の腕の向上に繋がらない。
そこで白羽の矢が立ったのがアルミナだ。彼女はユースを攻め込む側のセプトリア兵をサポートする形で、ユースをコルク弾で狙撃する役目を担っていたのである。
普段はユースの良き相棒として銃を持つアルミナだが、これがまあ敵に回ると怖い怖い。
七人のセプトリア兵を同時に相手取るユースに、密集しがちなセプトリア兵らの隙間から、ユースにコルク弾を飛ばしてきやがるのである。
セプトリア兵だってずっと止まっているわけではないのだ。その間を縫って弾を飛ばしてくるアルミナの腕は、連携慣れしていない味方に弾を当てず、狙撃対象にだけきっちり弾を当てる手腕がずば抜けている。
遠距離地点のアルミナの動向から決して目を切れず、近場の七人の兵を相手取らなくてはならなかったユースにしてみれば、アルミナが一人いるだけで、敵が五人増えたのと同じぐらい戦闘難易度が上がった心地だった。
「どうです? アルミナ。
セプトリア兵の皆様も、後衛には女性も多いでしょうから、また友達増やしてるんじゃないですか?」
「相変わらずモテてるな~って思うよ。
男女問わず人気を集めるタイプのアルミナだけど、やっぱり女性付き合いの方が一気に増えるな」
狙撃手としての腕はとうに証明済みのアルミナ、元はユースやシリカに付き添う形で訓練場について行っていただけだったのに、最近はすっかり銃の指導者側に祭り上げられてしまっている。
百発撃って百発的に当てられる腕というのも、決して多数派ではないのだ。
しかもアルミナは、それを走りながらだろうが転がりながらであろうが、どんな体勢からでも叶えてしまう凄腕である。
そんな彼女をセプトリアの銃士が放っておくはずがない。何か教えて下さいと集まってくるのは必然だ。
銃を扱わない、弓の使い手である射手ですら、その目と手つきに何かを学ばんと、わざわざアルミナが来る日に訓練場に群がってくるほどである。
また、セプトリア兵にも女性の剣士はいるが、それはやはり少数派。
どの国でもこの傾向は大なり小なりあるのだが、男性に比べて女性は体に傷がつくと大変なので、前線に立つ兵や武人には男性が多くなり、女性は後衛に回ることが多い。
セプトリア兵もその例に漏れず、後衛を張る銃士や射手、余談ではあるが魔導士の中には、そこそこの数の女性が含まれている。
「この間、安息日にセプトリアの射手の皆さんと買い物に行ったそうですし。
あいつ、どこに行ってもすぐ女友達増やしますよね」
「女なのに女殺しだからなぁ。私もけっこう、あいつには惚れ込まされてる気がする」
「自覚あるんですね」
「あるよ、すっごくある。
油断すると過剰に甘やかしてしまいそうで、昔から苦労してるんだから」
男女問わず、誰とでも仲良くできるアルミナだが、基本的に彼女はやはり、女友達と一緒に遊んでいる時の方が楽しそう。
何歳になっても彼女はそうであり、それもある種アルミナの垢抜けない部分である。
シリカからすればアルミナは永遠に四歳年下だが、初めて17歳のアルミナに出会ったあの頃から、彼女の顔が全く変わって見えないのは、もしかしたらアルミナのそういう部分のせいなのかもしれない。
社交的で明るく可愛らしく、しっかり者の割には人懐っこい、しかもものの教え方も上手なアルミナは、セプトリアの狙撃手たる女性陣と、たいへん仲良くやっている。
銃の扱い方や調整の秘訣、あるいは射手にも通じる獲物の見定め方などを教え、良き関係を築いているようだ。
特に評判だったのは、戦場では跳んで転がってすることも多いアルミナの、秀でた受け身の技術である。
銃や弓など立って構えて撃つのが当然、そう思っていたセプトリアの女性狙撃手らにとって、倒れてもすぐ立ち上がることを基本事項とする銃士アルミナの体捌きは、たいそう新鮮だったようだ。
普通、いかに兵役に服す者とて、女性とあらば土に汚れることを喜びはしないもの。
そんなセプトリア兵の女性陣さえもが、アルミナの教えを実践しようと、体が汚れることも気にせず受け身の練習をする姿は、自分の世界に他者を引き込む、アルミナの求心力を証明する一幕でもあった。
「で、ルザニアはどうしたんです?
珍しいことではないですし、心配するほどのことではないんでしょうけど」
「あぁ、それはな……何から話そうかな。
ルザニアは今日、五十人組み手したんだよ。意味はわかるかな?」
「わかりますよ。結果が振るわなかった?」
「いや、ちゃんと五十人抜きしたよ。危なげな場面は散見したけど、やれば出来る奴だ」
「へぇ、それじゃあの顔はその後のことですか」
五十人組み手とはその言葉どおり、ルザニアがセプトリア兵との一騎打ちを、五十連続でやるということ。
容積の決まっている訓練場、相手も五十人揃っているわけではないので、代わりばんこで五十戦連続という形だが、とにかくルザニアは負け無しで五十連続、一本を取って見せたのである。
ユースとシリカのレベルがずば抜けているから影が薄れがちだが、ルザニアも、シリカの今より若い頃を彷彿とさせる程度には手練なのだ。
ユースやシリカが相手取るセプトリア兵と比べると、若くてまだ未熟な者達が相手に選ばれている部分もあるが、それでも五十連勝できるのはたいしたものである。
「並行して、カナリアも同じことをやってたんだ。
あっちは二十五人組み手だけど」
「へえ。カナリアって子、そんなことが出来るぐらいには強いんですね」
「何回か、一本貰っちゃうことはあったけどな。でも、強いぞ」
「ちなみにその子、こっちではどうお過ごしで?」
「兵舎で居候してるらしいよ。家事洗濯やらお手伝いもしてるそうだ」
「アルバーシティの傭兵なら、広義ではセプトリア王国兵みたいなもんですか。ありですね、公的にも」
カナリアがこちらに遊びに来てから随分経つのだが、まだ彼女はこちらで過ごしている。
途中で一回里帰りはしたが、話をつけて、こちらにてセプトリア兵様に揉んで貰う形で、軽く武者修行するようなノリで、ハルマが取り計らってくれたそうである。
いつも気だるそうなアルバーシティの兵との訓練に勤しむより、こちらの意識高い兵士様との手合わせに励んだ方が、格闘傭兵のカナリアにもいい経験になるだろう、という判断のようだ。
アルバーシティでボンクラ相手に手合わせしていた頃より、相手のレベルが上がったことで、カナリアも当初は痛い目を見ることもあったようだが、すぐに馴染んで力をつけ、今では二十五人組み手をする程に。
元々素質はあったということだろう。燻っていた者があるべき環境に移れば、芽吹くまでそうはかからない。
流石に二十五人連続で戦うというのは、まだ今のカナリアには厳しい部分もあったようだが、不完全でもちゃんと最後までやりきったのだから、なかなか強い女性闘士である。
「話は変わるが、ルザニアは自分の体力不足を最近気にしていてな」
「ああ、なんかアルバーシティの一件で、ユースやアルミナとの体力差を見たって言ってましたね。
あいつらがおかしいんだから気にしなくていいって僕は言っておいたんですけど」
「今でも気にしているらしくて、今日もそれを意識した内容になってたんだよ。
五十人組み手をしたルザニアと、二十五人組み手をしたカナリアで、直後一騎打ちになったんだ」
「あー、なるほどね。消耗した上で、強いとわかっている相手に挑むってやつですか」
戦場では、何匹もの魔物を撃破した末に、一番強い魔物と最後に戦うというシチュエーションもざらにある。
そういう時にスタミナ切れ、ではちょっと厳しい話である。
ユースやシリカ、アルミナのように、長い間走って戦って、それでも最後まで体力を残して決戦に挑める、というスタミナは、当たり前のように叶えられているがかなりの強みなのだ。
どうやらルザニアはそんな三人に近付きたくて、消耗してなお強い相手とわかっているカナリアと一戦、という手筈を今日踏んだようだが。
なんとなくここまで聞いたらチータにも、落ちが読めたような気がする。
「で、負けたんですね」
「体力いっぱいで勝負すれば、ルザニアだってカナリアにも負けないんだろうけど、やっぱり五十人抜きの後で肩も落ちてたからな。
きつい一撃を食らって負けてしまって、それで落ち込んでいるというわけだ」
「カナリアって子のスタミナはどうなんです?」
「あの子は体力あるな。息はちょっと上がってたけど、多分問題にはしていない」
実はカナリア、アルバー城の兵との手合わせには飽き飽き気味で、走り込みやら自主トレーニングなど、自分でちゃんと体力作りをしていた口。
二十五人組み手をした後でも、その後のルザニアとの戦いに響かない程度には、スタミナに秀でる闘士なのだ。
元々重い武器を手に戦うタイプでもないし、組み手の人数差のハンデはあったとはいえ、そこ一点に関してはルザニアにも大きなアドバンテージを持って勝負に臨む形となった。
対するルザニアは体力不足も祟って、ルザニアとの一騎打ちで、彼女の全力を発揮できたとは言い難い。
何せ以前、アルバーシティではきっちり勝ってみせた相手だし、ルザニアがカナリアより弱いということはないだろう。
それでも体力に欠けたルザニアは、熾烈な攻防の末に隙を見せてしまい、懐に潜り込んで来たルザニアの拳を腹に受け、完全に崩れ落ちる形で屈してしまったそうだ。バテている所にボディへの一撃はきつい。
カナリアにも心配されたほど痛烈なダメージだっただろうが、負けた悔しさの方がルザニアにとってはそれ以上に大きかっただろう。
一度勝っているはずの相手に、状況は違うとは言え、負けちゃったというのはへこむ。あんな顔して帰ってくるという話である。
「思うにルザニアは、抜くとこ知らずが過ぎるんですよ。
僕から言わせれば、あんな重い武器持って走って跳んで、それでしばらく息切らさない程度にはルザニアも一般と比べてずっと体力バカですから。
シリカ畑の二人、あとあなたは人間認定していません」
「よく言うよ、お前が戦場で体力尽かしたとこ、私は一度も見たことないぞ」
「だからそれは、ちゃんと時々抜いてるからですって。
ルザニアは一直線すぎ、ずっと全力だから体力が底を尽くのも早いだけなんですよ。
所々で息を入れることも覚えていかなきゃ、せっかくあるスタミナも宝の持ち腐れですよ。
っていうかシリカさんも、そういう話はあいつにしてるんじゃ?」
「まあな。確かにあの子は、真面目が過ぎる部分はあるけど……
ただその、手の抜きどころというか、そういうのは時間をかけて学んでいくものだからさ」
「僕は簡単でしたけどねぇ」
「性格の問題だろ。チータはサボり所をいつも探してる」
「僕のこの性格が良いものとは言いませんが、ルザニアの頭の堅さも難点ではある」
「バランスが重要だよな。今もじっくり教えているし、いつかは形にして欲しいところだよ」
基礎体力の衰退になっては本末転倒なので、ルザニアの指導者たるシリカの立場からは、手を抜くことを推奨するようなことは言いにくい。
それでも時々言葉を選んで、たとえば力みすぎているだとか、息を挟むことも大事だとか言って、過剰に力を入れない立ち回りというものを、シリカも少しずつルザニアには仕込んでいる。
ただ、いかんせん真面目すぎるルザニアの性格も災いして、なかなかバランスのいい戦い方というものにはなってくれていないのが実状。まだまだ時間はかかりそうだ。
「直接は関係ないですけど、糞真面目と言えばユースもそういうタイプですよね。
あいつには、その辺どう教えてきたんですか? あいつも抜きどころ知らずで息切れ起こしそうなタイプだったように想像できるんですけど」
「ユースはほら、戦法が戦法で、ずっと忙しい戦い方してるだろ。
おかげで無駄な動きが極限まで削げ落とされてるというか、無用にスタミナを消費するような運びは最初から無いんだ。
だから私は、抜くところも大事だよっていう指導をあいつにしたことがない。必要なかったからな」
「忙しい戦い方っていうとアレですか。一対多に飛び込んでいくあの感じですか」
「それがあいつに、普段からかなりの緊張感を背負わせてるせいなのかな。
案外ユースって、実戦では息入れてるよ。いい意味で臆病な面も持ってるから、自分の動きが落ちたりしないよう、細かいところで無意識にでも休みを挟んでるみたいだ」
「ふむふむ、興味深い。
僕は武器を持って戦うタイプではないから、白兵戦の皆様のそういうエピソードは聞いてるだけで面白いですね」
「魔導士様は見聞を楽しむんだなぁ」
「また機会があったら他にも聞かせて下さい」
相変わらずの無表情だが、チータは始めからそこそこ楽しんでいるご様子だ。
彼の顔から感情を読み取るのは、付き合いが長くなってこないとなかなか難しいが、読み取れるシリカだから、自分の用事もそっちのけでチータと長話をしてしまう。楽しんでくれてるなら席は立たない。
「引っ張ってしまいましたね。
報告書、書いてくるんでしょう? お気兼ねなく、どうぞ」
「ああ、そうするよ。ごちそうさま」
「今日もユースがいい仕事してましたよって内容になるんですね」
「最近あいつ、たとえば敢えて厳しいこと書こうと言おうとしてもちょっと無いかなってぐらいには、そつなく隊長職こなしてるよ。
慣れてきたんだろうな。あいつは自覚ないだろうけど、もう立派に騎士やれてる」
「直接言ってあげればあいつ喜びますよ」
「や、まあ……そうなんだろうけど、なんか気恥ずかしくってさ……
ほら、昔あれだけ厳しくしてきたから、急にべた褒めするのも気持ち悪がられるかなあって……」
「べたらない程度に褒めるに留めればいいのでは?」
「いやー、今のあいつの仕事ぶりは立派だから、普通に褒めてもべた褒めになるよ」
「じゃあそれでいいじゃないですか」
「いやいや、だからな……もう、あんまり言うな、やめて」
変な葛藤を抱えていらっしゃるようだが、これはユースとシリカの間の話だから、周りがとやかく言うのはちょっと難しい部分。
気まずそうに笑ってごまかすシリカを前にして、チータも面白がってりゃいいかって気分である。
恋して、しかし上官で、相手を可愛がりたい本心があって、でも甘やかしすぎるのもダメだって、色んな角度から相手との接し方を考えている人を、傍から眺めるのは楽しいのだ。非常に下世話だが。
正直チータは、異国まではるばる来て何を物見しても楽しい今にしては勿体ないと思いつつ、ユースに対していろいろ悶々しているシリカを眺めている方が楽しいのである。
「ああ、先に聞いておきますけど夕飯どうします?
一応冷やもので準備してますが、お疲れでしたら温かいものに変えますよ」
「いや、そのままいってくれていいよ。
もう夏だしな。風呂上がりのアルミナも喜ぶだろう」
「了解です。それじゃ、今から氷でも集めてきて……」
「ただいまー、です」
「あっ、帰ってきた。意外に早かった」
「そうですね。というか、思ったより長話だったみたいです」
玄関口からユースの声が聞こえた。
ただいまを言う相手に、年上のシリカが含まれている可能性が高いこの状況なら、普通のただいまの後に、ちょっと区切った敬語付き。
意図された、ちょっと変わったただいまの言い方である。
「あれ、チータ起きてたんだ」
「お前の中では僕は引き篭もりか何かか」
「おかえり、ユース。
夕食の準備はもうチータが済ませてくれてるぞ」
「あ、そうなんですか。
ちゃんと仕事するチータって珍しくないのに新鮮に感じる」
「自然な感じでいじろうとするな。逆襲するぞ」
「やめて、俺が悪かった」
ああ面白いホントこいつら、思わくチータ。
やめろ、じゃなくて、やめて。そういう言葉の使い方まで師弟で似ていらっしゃる。
こんなのを見て面白がるのはチータだけだが、片想いを知っている立場からして、こんな所まで似通う相手だと言うのに、まだ告白の勇気も持てない年上がチータは面白い。
「お城に呼ばれていたようだが、何の用だったんだ?」
「ああ、明後日の任務について聞いてきたんです。
すっげーめんどくさいやつですよ」
「仕事か、めんどくさいな」
「お前がめんどくさいって言うのは珍しいな」
仕事って聞いて面倒な口を叩くのはチータとして普通だが、仕事に対してめんどくさいと口走るユースは相当に珍しい。
先月、しばらくお仕事を預かっていない間、こんなに長い時間お休みを貰っちゃっていいのかなあって、ずっとそわそわしていたぐらいなのがユースである。
まあ、仕事がめんどくさいわけではなく、内容がめんどくさい仕事なんだろうなとは想像がつくが、それでもそう口にするユースというのは中々ない。
「内容は?」
「オーク狩りです」
「なるほど、超めんどくさいな」
「あー、それは確かに……」
「ねぇ、超めんどくさいやつでしょ」
長い間、騎士やら傭兵をやってきた三人は、色んな任務を請け負ってきた。
経験上、どういう任務が面倒で、どういう任務が簡単なのかはわかっている。
そんな三人をして、ユースが持って帰ってきたこの任務は、たった五文字でその面倒くささを共有できるほどややこしい仕事である。
過度に危険というわけでもなく、きっと他の魔物討伐任務と比べれば、本来そう難しいものではない。
しかし、最善の結果を導こうと努めるのであれば、考えなくてはならないことがかなり増える類の仕事だ。
だから、難しいとか大変だとかいう言葉より先に、めんどくさいという単語が出るのである。
任務は明後日、準備期間は設けられている。
これがちょっと短いとユースが感じるぐらい、開始前から悩まされるのがオーク狩りというやつだ。




