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第38話  ~ユースVSエディ~



「…………」


 状勢は未だエディ優勢、ユースに反撃らしい反撃を放てた場面は一度もなし。

 離れた位置から長巻の先を振るい、攻め立てるエディに対してユースは、それをかわすか剣ではじくかの繰り返しで、いたぶられるかのような防戦一方である。


 だが、エディの胸中には違和感に近いものが芽生えていた。

 間違いなく今は優勢のはずだ。攻め手も緩めていないし、応戦するユースの表情も苦しそうなもの。

 剣を持つユースの拳の張りも弱くなっており、エディの攻撃を凌ぐ中で息を荒げているユースが、まだまだ余裕のあるエディに比べてかなり消耗しているのは確かである。


「……こいつ」


 攻め立てているはずのエディが、一度数歩分の距離を後方に跳び、間合いを広げた。

 自分の武器も相手に届かない距離までだ。

 苦闘の渦中にあったユースも、肩を上下させるほど呼吸を乱しながら、急に攻めの手を緩めたエディの姿に懐疑の目を表す。


「……なるほど。最後まで気を緩めちゃあならねえな」


「ふむ……エディの奴、気付いたな。流石はフラックオースの若頭、と言ったところか」


 高所から傍観するリープも、第三者目線ゆえに早くから気付いていたことだ。

 常人ならば、疲れ果てた獲物のそれにしか見えないユースの目も、エディやリープの識眼は誤魔化せない。

 あれを単なる劣勢の兎の目だと侮れば、間違いなく足を掬われる。


「そう簡単にいくと思われちゃあ、癪ってもんだがなぁ!」

「く……!」


 賭博を好むエディには見慣れたものの一つだ。

 窮地の中で、一発逆転を狙って敵の急所をぎっつりと探し求める、追い詰められた鼠の眼。

 今のユースの瞳の本質を見抜いたエディは、より警戒心を強めた上で、再び踏み込み長巻を振るってくる。


「はっ、はっ……! うぐっ、くっ……!」

「おら、どうした! 見せてみろや、てめえの懐をよ!」


 逆転の手立てがあるなら見せてみろ、そうはさせねえけどな、という意志表示を、先程以上に激しい連続攻撃でエディが見せてくる。

 その一方で、長巻の刃の先端のみを差し向けてくるそれらの攻撃は、自分とユースの距離を最大限に保つものと一貫され、守りの面でも周到さを増している。

 長尺の武器は先端の速度が最も速い。その鋼を剣で打ち返して凌ぐユースの手、ひいては腕までも、着実にダメージは溜まっていく。


 がきん、がきんと打ち鳴らされる武器同士の金属音に、ユースが喘ぐような声も大きく混じるようになってきた。

 体力勝負になっても分があるのはエディの方だ。活路を見出すことが急がれる中、ユースは未だに何も前向きな行動に出られていない。

 我慢の為所(しどころ)にも限度がある。ユースを襲う焦燥感も強い。


「この野郎、勝負強いな……!」


 それで焦って無謀に前に出てくれればエディの勝ちだというのに、そうしてこないユースには、エディも歯噛みする想い。

 エディはずっと、ユースの目の動きを追っている。だから気付ける。

 ユースの目はずっと、エディの武器ではなく、エディの手元に焦点を当てている。

 あれが侮れぬセンスだと言うのだ。曲がらない長尺の武器ゆえに、エディの手元さえ目で追えば、武器の動きは確かに追いきれる。実際凌いでいるのだから、ユースはそれでエディの武器の動きを読みきっている。


 加えてユースが得続けている情報は、エディの武器捌きの癖を含む手つきだ。

 時間が経つにつれ、疲れを増すはずのユースの動きは悪くなるはず。なのにエディの長巻を凌ぎ続けるユースの剣の精巧さは、衰えを見せる気配が無い。

 エディの手癖を少しずつ学習し、そのプラスで体力の減退を補って打ち消している。

 キラーリベルが排除され、エディの動きだけに集中できる今になって、ユースは少しずつながらも巻き返すきっかけを積み上げているのだ。


「辛抱比べか……! 悪くねえ判断だが……!」

「うぐ……!?」


 力任せにユースの剣を狙い済まし、はじかれるのではなくエディの方からユースの武器をはじきにかかる。

 横に大きく武器を握る手を広げさせられ、がら空きになったユースの胸元へ、エディの長巻の切っ先が向く。


 後方に跳んだユースと、前に踏み出して長巻で突くエディの判断が全く同時だ。

 それによって稼いだ距離で、剣を振り下ろす時間を作れたユースが、エディの長巻による突きを下方へ殴る。

 だが、読んでいたのかエディの武器は、下げられつつもユースの左側へと流れ、その瞬間には手首を回したエディにより、長巻の刃がユースに向いている。


「仕舞いだ……!」

「うぅが、っ!?」


 盾を装備しつつも腕が使えないユースの左側から、二の腕位置へと斜めに振り上げられる、長巻の一撃が迫る。

 跳んで逃げるにはもう間に合わない。間違いない現実だ。


 動かない左手を頼らず、しかし剣を持つ右拳で左腕を押したユースが、盾を装備して動かない左腕を振り上げた。

 エディの長巻の豪快なスイングの軌道上に、確かに盾が構えられる形になったが、踏ん張りの利ききらないユースの体は殴り飛ばされるようにして、かなりの距離を経てユースは地面に転がされる形になった。


 決まった、と思える一撃が入った。

 しかしエディは間髪入れず、腰の小銃を抜いてユースに銃口を向け引き金を引く。

 激しい銃声と共に倒れたユースへと銃弾が飛び、しかしユースは膝と剣を持つ手を頼りに身を転がし、はずれた銃弾が石畳にぶつかって火花を散らす。

 血反吐を吐いた直後のような顔でありながら、転がった先で片膝立ちまですぐに持ち直す、ユースの身のこなしはやはり上等だ。

 そこへ容赦なく長巻の一振りで首を狙い棲ます、エディの猛攻にも隙が無い。


「む……!?」


 せっかく片膝立ちまで至りながら、がくんと土下座するようなほどまで全身を沈め、ユースはその攻撃を頭上に回避する形。見えていた証拠。

 さらにはその低姿勢から、一気に地を蹴りエディに迫る弾丸と化したユースには、エディも一瞬血が凍る。

 速い。エディも自ら後方へ跳び、距離を稼いで詰めさせない。


「させるか……!」

「くっ、ぐ……!」


 その間にはずれていた長巻は、ユースへと襲いかかる軌道を稼ぎ直し、ユースを上方から斜めに切りつける一閃を描いた。

 ユースも剣を構えて横殴りにはじき凌ぐしかない。盾が使えればどれだけ楽か。


 後退しながらユースに長巻をまた迫らせるエディは、凌ぐ剣をユースに強制し、それがユースの前進を鈍らせる。

 ユースが駆けだしてからの四発目、横殴りの長巻のフルスイングは、剣を構えたユースの体を側面へと押し流す結果を導き、それが完全にユースの前進を止めさせる。


 距離を詰められない。奇襲めいた疾走を食い止められ、次の手を失ったユースの目が濁った瞬間に、自分の間合いを取り戻したエディの長巻はすぐさま襲いかかる。

 ユースが後方に跳んでも逃がさない。長巻の先端部分で、ユースを強襲し、何度も打ち据え、剣を削るように金属音を鳴らす。

 回避は疲労の推進、防御は腕の軋みの加速。攻めきれないユースの顔色は悪くなる一方だ。


「くぁ……!」

「貰った!!」


 斜め下方から振り上げたエディの長巻は、ユースの剣とともに彼の手を横に押し出して、またも胴のがら空きになったユースを誘発する。

 だがエディの武器の先端は高い場所に振り上げられている。突きに行くのは遅れる。

 ゆえにエディが最速の攻撃手段に選んだのは、ユースの頭を真っ二つにする長巻の振り下ろしだ。

 それを防ぐためのユースの右腕と剣は、もうそれをするには間に合わない位置にある。


 体をひねってかわすのがユースに残された最後の選択肢だ。

 ユースの頭を左右二つ割りにするはずだった長巻は地面へと向かい、しかし地面に直撃する寸前にその刃は、右に逃れたユースの方を向いている。

 切り返した刃で、そのまま至近距離からユースの方へと振り上げてとどめを刺す。そのためにエディの腕と手首ははたらき始めていたはずだ。


「ヌ……!?」


 わかっている、エディの手元を目で追っていたユースには。

 ユースの足が、地面に近付いた長巻の刃をぐっと踏みつけ、自分の方へと振り上げられる寸前だったそれを、地面に押し当ててぐっと止める。

 力の均衡に武器の動きが止まったことに、エディも手と思考が一瞬止まりかける。


 ぐっと止まった武器の実感を得て動いた、ユースの行動はエディよりも速い。

 逆の足で大きく踏み出し、エディの方へと大きな一歩。

 そして、全くエディには武器の届かない距離にある中、鋭く目を光らせたユースが、右手の剣を全力で振り抜いた。


「うぉ……!」


 ユースの剣が捉えたのは、長巻の長い柄と刃の接合部分に近い場所。

 片足で踏み、ぐっと動きを止めた長巻の、柄の最も刃に近い部分を断ち切ったユースの行動が、エディの長巻をほぼ二等分にしてしまう。

 力を加えていたところ、押さえつけられていた刃から柄が離れたエディは、柄だけになった長巻を大きく振り上げるような形になって体勢が上ずる。


 まさにここ。武器を失ったエディへとすかさず踏み込むユースが、一気にエディとの距離をゼロに近づける。

 エディも判断が速い。踏み込みかけたユースの姿にぞっとしつつも、死んだ武器の柄は潔く手放して、半ば放り捨てるような形に。

 急接近するユースとの距離を、たった一度の大きなバックステップで少しでも稼ぎ、その短時間を腰元の小銃を抜くためのものとして最大限活かしている。


 素早くユースの胸元に銃口を向け、エディは引き金を引いていた。

 至近距離での発砲、それでもユースはがくんと大きく身を沈め、胸を狙われていた銃弾を頭上にかすめるほど低姿勢で最後の一歩を踏み出す。

 そして射程圏内に敵を捉えきったその瞬間、地を擦るような軌道からユースが騎士剣を振り上げる。

 その剣先は、エディの右胸元に始まり、左耳に終わる一直線の軌道を描き、刃が駆け抜けたその残影の下、鎖骨や頭蓋まで割る壮絶な切断を成し遂げた。


 完全なる致命傷を受け、開いた傷から血を噴かせ、エディの体が後方にぐらりと傾いた。

 返り血を浴びるユースも片目を閉じる。その前方で、そのまま背中から地面に倒れるはずに思われたエディの足は、石畳に背を預けることを拒み踏ん張った。

 小銃を握っていたが、斬られた衝撃かそれを取り落とした右手の逆、体の左半身がユースに見えぬ角度にあった中、その左手が腰の鞘に収められた小刀(ドス)を握っている。


 ぎろりと血みどろの顔でユースを睨みつけ、全身で覆いかぶさるような勢いで、エディがユースに襲いかかる。

 素早く鞘から抜き、振り上げた小刀を、ユースの頭に突き立てる狙いで振り下ろす。

 ユースとエディの間合いは今、極端に狭く、尺のあるユースの剣が攻防に使える間合いではなく、逆にインファイトに適したエディの短い武器だけが使えるこの瞬間。


「ごア……!?」

「っ、つ……!」


 ユースの方が一瞬早かった。決定打を与えても、油断しなかった賜物だ。

 後方にぐらつきかけたエディの姿を確認した瞬間に、前に踏み出していたユースは頭を突き出し、低姿勢の位置からエディの胸元に、体当たりに近い頭突きをぶつけていた。

 当たった瞬間、ユースも首の骨が痛くなるほどのそのインパクトは、エディの声を詰まらせて突き飛ばし、まさにその時ユースの頭が一瞬前にあった位置に、エディの小刀の切っ先は触れていた。


 息を詰まらせよろめき後退するエディが前後不覚の中、ユースは騎士剣を振り上げている。

 直後、ユースの振り下ろした騎士剣はエディの額の上に食い込み、そのまま下降するユースの刃は、ばくりとエディの頭部を叩き割っていた。


「ちグ……しょう、が……」


 フラックオース一家(ファミリー)が若頭、エディ=ティオン=フラックオースの最期の言葉。

 頭目の仇討ちに臨んだ極道が口惜しさを怨々と口にし、頭と胸の傷から鮮血を噴かせ、後方へと力なく倒れていく。

 どざぁと背中から石畳の上に倒れ、後頭部をも打ち付けて大の字に倒れたエディは、小刀を握ったままの指を弱い握力で震わせながら、全身をひくつかせるに至る。

 意識を失い、絶命するまで数秒とかかるまい。憎しみに満ちたエディが首を引いて睨み付ける最期の光景の中、肩で息をする若き騎士は力強く立っていた。


「っ……はあぁっ……!」


 決着一つを経て、荒い息を強く吐き出したユースは、離れた位置の民家の屋上で、まじまじとこちらを見つめている神父服の男を睨み付ける。

 その眼差しの先、リープは仮面めいた笑みを顔に貼り付けたまま。

 しかし胸中ではこの結末に、むぅと一言の唸り声を漏らしたいほど不本意である。


「……まあいい。最低限の収穫は得られたのだからな」


 独り言のように呟いて、リープはユースに背を向けて、屋根から民家の向こう側へと飛び降りて姿を消した。

 その後、燃え盛るハフトの都から駆け去った彼の姿は、この日もう何者の目にも触れなかった。

 フラックオースの一団に助力を添えていた、不気味な存在も戦場から立ち去ったことで、この街を脅かす勢力の脅威は、完全に撃退されたと言っていいだろう。


 はぁはぁと荒れる息を少しずつ整えながら、ユースは浴びせられたエディの返り血を拭う。

 なんとかやり遂げた実感を得て、心の底からほっとする。セプトリア王国に来て以来、最も死の際まで追い詰められかけた一戦だったと言っていい。

 敵陣営、最強の一駒を落とした功の味に浸ることも出来ず、消耗しきったユースは忘我のように、天を仰いで一つだけ大きく息をつくのであった。











「――ユース!」


 長い騒乱に集束の兆しが見え、ちょうど朝日が東の果てから顔を出してきたその頃、ユースはナナリーらの元へと帰還した。

 エディを撃破した直後のユースの元へ、あの後シリカとアルミナも駆けつけてくれたので、この二人も一緒にの帰還である。

 数名の兵と共に分厚くナナリーを護衛していたニトロが、大きな声でユースを呼び、手を振って迎えてくれた。

 その顔の、ほっとしたものであることあること。強いユースだとは知っていても心配してくれていたようで、あんな顔で迎えられるとユースも胸が温かくなる。


 ただ、近付くにつれてニトロの表情もちょっと強張った。ニトロのそばのナナリーなんか、ユースを見て短く悲鳴を漏らしかけたぐらいだ。

 エディの返り血で血みどろだったので。ユースは無事だが、これを見たらちょっとびびる。


「ゆ、ユースどの、大丈夫か……!? 医術師を……」

「あ、ああ、いえいえ、大丈夫ですよ……返り血なので……」


 少々のやり取りを挟んで、ユースはシリカやアルミナと共に戦果報告を済ませた。

 細かいことはさておいて、ひとまずエディとキラーリベルを仕留めたこと、三人の向かった区画で暴れていた魔物と暴徒は鎮静化されたことを告げる。

 ならびに失神していたマルティアも、セプトリアの兵によって拘束されたということも。


「お疲れ、ユース。やってきたか?」

「まあ、何とか……チータの方は大丈夫だったか?」

「余裕すぎた。僕はいいクジを引いたんだろうな」


 それが済めば、同じ一団に既に合流していたチータが声をかけてくれる。ルザニアもそばにいる。

 言葉どおり、たいして苦もなくデイビスを撃破してくれたチータだが、あんまりにも手応えのない相手であった表れなのか、自信家の彼にしてはやや謙虚な発言も出た。

 ユースがそれなりに疲弊している姿からも、こいつをこれだけ苦しめる相手もいたのは確かであって、自分は楽な相手に当たったんだろうなとチータも思ったようだ。それぐらいにはチータも、ユースの強さを信頼している証でもある。


「ルザニアも頑張ってくれたみたいだぞ。敵の大駒を潰してくれたみたいだしな」

「そっか……ルザニア、お疲れ様。助かったよ、ありがとう」

「そんな、別に……私なんか、ずっと必死だったばっかりで……」


 声高に、私やりましたよと言えるタイプでないルザニアなのだが、代わってチータが彼女の功績について言及しておく。

 恐らくセプトリアの兵が数名束になっても苦戦するであろう、難敵ヴトラークを無力化したのは、ルザニアの上げた大きな功績だ。

 任せられたナナリーの護衛を厚くする役目を、自ら離れて大物狩りに動いたこと自体は賛否の分かれるところだが、ヴトラークを放置していれば犠牲者が増えた可能性を思えば、好判断と断じても差し支えまい。


 自分の判断は正しかったのかと、自問自答の多い心配性の彼女はけっこう気にしていたのだが、ユースに礼と賛辞を貰えたことで、やっと表情が柔らかくなる。

 少し頬を染め、てれてれと目を泳がせながらうつむく様は、やはり戦場を離れればただの女の子なんだなと、彼女の強さに驚いたセプトリア兵も和む姿である。


「にしても三人とも、すごいことになってるな」


「え、あぁ……まぁ……」

「ねー」


 チータが言う三人とは、ユースとシリカとアルミナのこと。


 ユースはそう言われて当然。返り血でべっとべと、すごいことになっている。


 アルミナも言われるのはわかる。マルティアに痛めつけられた足をちょっと引きずっているし、あの時一度はじき飛ばされた銃を、回収した今は大事に抱えている。

 基本、後衛で敵の攻撃を受けずに戦闘を終えることの多いアルミナだから、ダメージのある体で帰ってくるのは珍しいのだ。攻撃を受ければ即座に死ぬような立ち位置であるのが殆どであるから。

 足を痛めて肌の所々にあざを作っているアルミナというのは、負傷の程度で言えばユースと比べて些細だが、こういう彼女を戦後に見るのはやや新鮮な方である。


 すごいことになっている三人に含まれて、なんだか気恥ずかしそうに顔を逸らしているのはシリカである。

 彼女も彼女で、何故か右手と胸元が血でべっとり。

 髪は全く血に濡れていないので、返り血を浴びたとかそういうのではないのは確かであろう。

 ねー、とチータに返しを見せた、アルミナがにまにましている姿からも、何やら色々あったらしい。


「ユース、何があった?」

「…………いや、別に」


 なんでシリカさんがこうなってるんだと、敢えてチータはユースの方に聞く。

 ユースもなんだか答えにくそう。思いっきり濁している。


「わかるでしょ、チータ」

「わかるよ。どうせ……」

「やめなさい」


 答えを知っているアルミナが楽しそうな声で、はいはいわかってますよの声でチータ、その続きを遮断するシリカ。

 付き合いが浅くて答えの見えないルザニアは首をかしげているが、ユースと再会した時に何をしたのかを、シリカはあまり公にされたくないようだ。


「やめなきゃ駄目ですか」

「わかった、わかった。借りにしておくからもう黙っててくれ」

「よし、先輩に貸しを作れたぞ」


「ルザニアちゃん、気になるなら後でこっそり教えてあげるからねっ」

「あ、はい……」

「こらアルミナ、やめろ。つねるぞ」


 大きな合戦を終え、ひとまずの和やかな会話で場の空気を温める。

 この後に控える後始末を思えば楽観的ではいづらくもあるのだが、とにかく今は大きな山を越えた直後。

 疲弊した兵も多く、やり遂げた実感をまずは得て、それから次に移るという段取りがあってもいい。

 現場の戦人にも、多少の緊張の緩和が無ければ、心身ともに寿命を縮めるというのも事実である。


 エレム王国騎士団五名、腰を降ろしてひと休み。

 概ね事態が集束しかけている中、疲れた体に息をつかせ、ひとまずの終わりを実感する。


「シリカさん」

「ん?」


 ユースがニトロ達と語らったり、チータが気を利かせてルザニアの功績をセプトリア兵の皆様に売り込んだり、各々が自由に過ごす場から少し浮いた場所で、アルミナがシリカに話しかける。

 お疲れ様です、とか、やりましたね、とか言ってくるかと思って、何気なく返事したシリカは、このあと軽くいじられる心の準備が出来ていなかったり。


「シリカさんって、やっぱユース離れ出来てないと思うんですけど」

「っぐ……うるさいよ、自覚してるからあんまり言うな」


 ユースに聞こえないよう、小声でぽそぽそ言ってくれるのはありがたいが、シリカにとっては耳の痛い所だ。

 言われる所以は今日もあったし、返す言葉もなくって顔も赤くなる。


 エディを仕留めたユースの元へと再び駆けつけたシリカは、返り血まみれのユースを最初に見た時、他の誰よりも背筋を凍らせていた。帰還したユースのそんな姿を見て驚いた、ニトロやナナリーの比じゃないぐらいに。

 一人でいたら憔悴顔だったユースも、シリカの前だから格好つけて、終わりましたやりましたよと疲れた笑顔を見せてくれたが、その瞬間にはシリカもほっとして腰が砕けそうなぐらいだった。


 最愛の後輩が血みどろの姿をまず見て、ああ返り血か、無事なんだなよかったとわかった時の安堵感は、ちょっと言葉では言い表せないほど幸せなものである。


 アルミナがシリカの背中から進んで降りるやいなや、シリカはユースに歩み寄って、いてもたってもいられない速さで、ユースを剣を持たぬ方の腕でぎゅっと抱きしめたのであった。

 硬い胸当てにユースの頭を強く押し当てるなど論外な、優しく優しくユースの頭を胸元に抱きしめて。

 いきなりのことでユースも顔が真っ赤になったし、そんな気持ちも露知らず、シリカは右手でユースの後頭部を撫で、お疲れ、よく頑張ったと言っていたものである。


 そんなわけで、返り血も浴びていない上、負傷もしていないシリカが、現在なぜかの血まみれなのである。

 そりゃあ後輩離れ出来ていないよねって、アルミナにからかわれるわけだ。


「ユースのこと、好きですか?」

「…………秘密」


「んふふふ~♪」

「なに」

「いやぁ、別に。あのシリカさんが乙女だとカワイいなって……はわっ!?」

「いい度胸だな、先輩をいじり倒すなんて」


 脇腹を揉まれた。痛いようなくすぐったいような、絶妙な力加減にアルミナも裏返った声。

 あんまりふざけるともっと行くぞと、少しふくれっ面のシリカがじっとりアルミナを見つめている。


「強力なライバルだって、今日私改めて思いましたよ」

「はいはい、光栄……負けない、けどな……」

「んふふ、かかってきなさい♪」


 何かを競っているシリカとアルミナだが、どちらがその競走において前を入っているのか、シリカの中では優劣がはっきりしている。

 元気で前向き、活発で行動力のあるアルミナと、そういうものを持っておらず、慣れの不足からいつも出遅れがちの自分を比較すれば、シリカの自己評価は劣勢の一言に尽きてしまう。

 それでも負けたくないから意地の言葉を返すが、それがあまりにも弱々しくて、アルミナも余裕を演じるのが簡単というものだ。


 しかし意外にアルミナの言葉も、全くもっての真意であることを、シリカはわかっていないかった。

 手や髪が血で濡れることを全く気にせず、あんなにすぐさまユースを抱きしめにいく女性が、この世に二人といるだろうか。

 アルミナだって、あの時のシリカと同じ速さで出来るだろうかとは思う。

 案外当人が思っている以上に、二人きりならアルミナも同じことは出来るだろうけど。

 ただし人目を全く憚らず、いや、忘れてあれほどすぐにユースをああ出来るほどの好意の強さは、少なからずアルミナをもたじろがせるほどのものだった。


「この際だから、私もちゃんと言っておきますけど」

「……なにを」


「負けませんよ?」

「っ……私だって、譲る気はないんだからなっ」

「そうですか。私もそろそろ、本腰入れていきますからね?」

「うぐぐ……」


 口元を手で押さえ、上目遣いで挑戦的な目を向けてくるアルミナに、シリカはそれだけで押されそう。

 強敵すぎると思っている相手に、真っ向から果たし状を叩きつけられたら、こんなふうになってしまうものである。

 シリカのことを強敵だと認識しつつも、それを隠して余裕めいた表情を作れるアルミナだから尚更、どんどんシリカの声も弱気に小さくなっていく。

 本当、この件について一対一で張り合う時だけにおいては、シリカはともかくアルミナに負けっぱなしである。


 シリカの中では完全劣勢、アルミナの中では対等あるいは自分に分が悪しと見られている、先輩後輩の垣根を越えた、二人の間だけで繰り広げられている熱戦は続いている。

 最大の当事者であるユースにだけは情報が与えられないまま、弱気なシリカと強気なアルミナが、静かめに目を合わせて張り合っていた。

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