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第36話  ~ルザニアVSヴトラーク~



「揃え、撃て! はい、あんた達も!」


 マルティアが鞭を振るい、その鞭が地面を叩く音が何かの合図になっているのか、それによって集いしヘルハウドは、明らかに結束力を強めている。

 マルティアの前で一列に並び、全く同時にユース達へと火球を吐き出すその連携は、炎の点の集合直線のような様相を叶え、これを跳びかわすユースもアルミナも驚かされる側。


 両者の動きを追い、待ち構えていた別のヘルハウンドが、着地した瞬間のユースへ、アルミナへ火球が着弾する、そんな絶妙なタイミングの攻撃を放ってくる。

 二人が、地に足を着けた瞬間にすぐ、もうワンステップ出来るフットワークの持ち主だから回避で凌げるが、並の兵なら恐らくこの連携だけで火だるまにされている。


「アルミナ!」

「はいはいっ!」


 今の一連の回避でユースとアルミナの間に距離が生じる。

 離れるな、わかってる、そのそのやりとりを短く口にした二人は、敵に攻め入る方向へ足を進めつつも互いの距離を近づける。

 マルティアの指示も早く、ヘルハウンドの尖兵がユースとアルミナに、特に後者へ群がってくるのも同時である。いかにも銃士、近接戦闘を得意としないアルミナが狙われるのは必定。


 飛びかかってくるヘルハウンドの眉間を撃ち抜き、アルミナも一匹ぐらいは自分で対処できる。

 そうして半秒でも寿命を延ばせば、駆けつけたユースがアルミナに襲い掛からんとしていたヘルハウンドを、一太刀の剣で切り裂いてくれる。返す刃で自分に飛びかかってきたヘルハウンドを切り返すのも、一瞬後に続けてだ。


 銃の連射速度最大限で、どん、どんと銃声を響かせまくるアルミナは、一発一発の銃弾でちゃんと近距離のヘルハウンドを撃ち抜いている。

 それより速いユースの剣も、魔物をアルミナに触れさせない。至近距離からアルミナの顔面めがけて火球を放ってくるヘルハウンドがいても、間に割り入り盾を構え、その火球をはじき飛ばす始末。

 魔法も退ける盾を成す、英雄の双腕(アルスヴィズ)の魔法をユースは詠唱もなしに使いこなせる。


 たった二人の人間に、5匹以上のヘルハウンドが一斉に襲い掛かっても歯が立っていない。

 このままでは、まずいと思ったマルティアが、近衛のヘルハウンドにマルティアが火球を援護射撃させても、近場で戦闘する魔物に応戦しながら、ちゃんと二人は対処する。

 火球の撃退をユースの盾に頼り、しかし至近距離の敵を撃ち沈めるアルミナは、接近戦を得意としない立場ながら、着々と敵の数を減らし。

 そのアルミナを守り果たしながら、ユースは彼女よりも素早い攻撃で、近付くヘルハウンドを次々に留める。


 改めてこの二人は、ヘルハウンドという魔物程度なら、何匹束になってかかって来られても問題にしない。


「ふむ、わかったわかった。流石はエレムの騎士様だ」

「リープ様……! 見てないで力添えを……」


 付け加えて言うなら、二人は魔物の群れに対応しながら、前方上空から見下ろしてくる不気味な存在からも、ずっと目を離していない。

 客観的に見てユース達の優勢、ヘルハウンドの数がゼロになるのも間もなく。

 それでも仮面のように変わらない笑顔で、顎をこねる巨大蜻蛉の背に乗った神父服の男は、二人の目をしてこの上なく不気味である。


 マルティアが最後まで言えなかったのは、アルミナが焦ったからだ。

 巨大な蜻蛉――魔物としてはキラーリベルと呼ばれるそれに乗るリープを見上げた瞬間のマルティアへ、アルミナは銃弾を放っていた。

 銃弾にはっとして身をよじったマルティアにそれは当たらなかったが、計算された上ずり軌道で駆け抜けた銃弾は、マルティアの頬をわずかにかすめ、熱い痛みとともに傷を残したのである。


「……アイツ」

「おお、怖い怖い。これは面白いことになりそうだぞ」


 リープが怖いと笑いながら呼ぶ対象は、自分の頬を撫でて血を確かめたマルティア、その表情だ。

 自分達周囲のヘルハウンドを殲滅し、マルティアの前に控えていたヘルハウンドが飛びかかってくる光景に構える中、アルミナは背筋がぞわりとしたものである。

 顔を傷つけられたマルティアの視線は、銃を握るアルミナの肝を震わせるほど鋭い。


「では、参ろうか」


 マルティアやリープ、そうしたノイズを締め出して、目と鼻の先に迫ったヘルハウンド達にユースとアルミナが身構えた瞬間、それは起こった。

 四枚の(はね)を震動させて空中にホバリングしていたキラーリベルが、腹をユース達の方に向けるやいなや、その羽ばたきを一気に加速させた。

 それによって空中で後退するキラーリベルだが、同時に発生した凄まじい強風は、ユース達に飛びかかっていたヘルハウンドを追い越し、ユースとアルミナにも襲いかかる。


「くぁ……!?」

「や……!」


 まるで台風、そして一瞬の隙を的確に突く強風だった。

 それはユースとアルミナを殴り飛ばすように体を浮かせて、抵抗を許さずに吹き飛ばし、ヘルハウンドらもその例外ではない。

 ユースとアルミナの立ち位置の差は、吹き飛ばされた二人の行き先を割り、離された場所で二人とも固いものに叩きつけられる格好となった。


 ユースは建物の壁に、アルミナは石畳を転がるように何度も体を打ちつけて。

 受け身上手な二人であっても、これには相当なダメージを得る。


「っ、ぐぅ……! アル、ミナっ……!」

「うぅ……やば、ぃ……!」


 すぐに走ってアルミナに近付けなかったユースも、顔を上げたアルミナも共通して見る危機的な光景。

 駆け出したマルティアがアルミナに急接近している。

 這いつくばるような姿勢からでも銃口を上げ、迎え撃とうとしただけでもアルミナは対処している方。


「うぁ……!?」


 だが、間に合わない。

 マルティアの振るった鞭の先端が、アルミナの構えた銃を横殴りにし、彼女の武器をはじき飛ばしてしまったのだ。

 長い鞭はマルティアの射程距離を相当に長くしており、これがなければアルミナの引き金指が、先にマルティアに銃弾を放っていたというのに。


 しかもそれだけではない。

 やばい、蹴られる、と背筋を凍らせたアルミナを襲ったのは、マルティアの鞭だ。

 それも、彼女が振るう鞭はまるで生き物のようにアルミナの手首に巻きつき、二本の手を纏め上げて縛るように締め付ける。

 さらにマルティアが鞭を振り上げれば、それは獲物を捕えた竜の尾のように、アルミナを宙に振り上げてしまうのだ。


「え゛ぁ……!?」


「アルミナ……!」

「おっと」


 両手を頭の上に縛られたまま、その鞭の動きに倣い、背中から地面に叩きつけられたアルミナの口からは、今にも血さえ出そうだった。

 ひくひくと体を震わせるアルミナに、ひいては彼女を鞭の先で捕えるマルティアに駆け迫ろうとしたユースだが、またも彼を襲うのが強風だ。

 キラーリベルの起こす風が、走り出しかけたユースを壁へと押し返し、再び近距離ながらもユースを石壁に叩きつける。


「……こいつは私の獲物よ。リープ様とはいえ……」

「ははは、わかっている。お前の好きなようにいたぶってやれ」


 左手で改めて頬の傷を確かめたマルティアは、鞭を持つ右手を振り上げた。

 鞭は全体が大きくうねり、持ち手から上方に伸び、また下向きに戻ってきて、先端にアルミナの両手首を縛り上げたような形に落ち着く。

 息もままならず、体に力が入らないアルミナをだらりと宙吊りにする。


 マルティアの鞭が、ただのそれではないことはその光景からも明らか。

 卓越した鞭さばきで銃弾をも落としていたマルティアだが、どうやらそれも技術のみによるものではなく、道具が持つ力を頼ってのものでもありそうだ。


「さて、ちょっと裏に行きましょうか。あたしの顔を傷つけた落とし前、きっちりつけてもらうからね」

「はっ……かっ……」


 両眼に憎しみを宿したまま、見る者がぞっとするほど嗜虐的な笑みを浮かべたマルティアの表情も、苦しみのあまり視界が定まらないアルミナには認識できていない。

 そんなマルティアが、歩き始めてユースから離れ、路地裏へと宙吊りのアルミナを連れ込んでいく光景は、二度壁面に体を打ちつけて走れないユースにとって、あまりにも恐ろしいものである。


「待……」

「お前の相手はこちらだ、余所見はいかんぞ?」


 追おうとしても、キラーリベルの強風で煽ってくるリープにより、ユースは前に進むことが出来ない。

 剣を持つ右腕で顔を覆い、重心を沈めて、体を浮かせられないように堪えるので精一杯だ。

 そうしている間にユースの視界からはマルティアが、そしてアルミナが消え、二人は完全に分断された形になってしまう。


 危機は捕えられたアルミナの方だけではない。

 左肩を強く打ちつけてしまったのか、盾を備えたユースの左腕が、上げようとしても上がらない。


「ちょうどいい、エディ。臥薪嘗胆、恨みを晴らす時が来たぞ」


 リープが後方を見やって、味方に呼びかける姿とは、ユースの危機を増長する一幕だ。

 その視線の先を目で追ったユースの前方からは、袖を縛った黒装束を纏った、黒子のような男が現れた。

 所々が炎上する今この場所ゆえ見えるが、そうでなければこの夜闇に見失いそうな風貌である。


 そしてその手には、槍のように長い全容、その半分が長い柄で、もう半分が長い刃という武器が握られている。

 使い手の多くない武器ではあるが、それは長巻と呼ばれる武器だ。


「エレム王国の騎士様だな? 俺達の親父を()ってくれたそうじゃねえか」

「……お前」

「エディ=ティオン=フラックオース。わかるな? お前は俺にとっちゃあ、許し難い仇ってことだ」


 黒頭巾を被った下のその顔に、誰かの面影を感じたからこそ、ユースも文脈と併せてすぐに悟れた。

 アルバーシティで交戦した、スマーティオ=フラックオースの親族と言われれば充分に納得できる、どことなく似たその顔だ。

 討つべき相手を前にして、殺意に満ちた眼をして放つ威圧感も、彼が親父と呼ぶ人物と色が酷似している。


 フラックオース一家の長兄にして、すなわちスマーティオの跡取り、あるいは若頭。

 それは老いて体が万全で無くなったスマーティオさえも差し置き、フラックオース家で最強である男として有名な、今も指名手配中の危険人物である。


「極道の世界に首を突っ込んで、生きて帰れるとでも思ってたんじゃねえだろうな……!」

「っ、ぐ……ちくしょう……!」

「死んで貰おうか! 正義面した余所者様よ!」


 すぐにアルミナを救出しに行くことも、今やもう絶対に叶わない。叶えられない。

 駆け迫るエディを前にしてユースが痛々しく口にする言葉は、もはや悲鳴にも近かった。











「ほらほら、どうした? 息が上がってんぞ?」

「っ、くうっ……!」


 剣による一撃を、ヴトラークの盾にはじき返されたルザニアは苦しい表情だ。

 攻撃が続かない。二枚盾の敵の防御をかいくぐるためにも、ルザニアの一撃一撃は全速力だ。

 それをはじき返された時、手元に返ってくる反動と痺れも尋常ではない。握り手がびりびりと震えて、連続した攻撃には繋げられない。


 攻撃できない一瞬が生じれば、腕に装着した巨大な盾の下部、長く延びた部分を振り抜いて、ヴトラークが反撃を返してくる。

 拳から肘を越え、その先まで伸びる縦の延長部分を振り回すヴトラークの戦い方は、まるで盾をトンファーのように扱うかのよう。

 それも棒でなく平面を持つ大きなもの、そのフルスイングだから攻撃範囲も広く、かわすルザニアも大きく後退しないと凌げない。かがんでかわしても脚が飛んでくる。


「はぁ……はぁっ……!」

「どんどん剣も鈍く、軽くなってんぞ? そろそろジリ貧ってとこかねぇ?」


 ヴトラークの戦い方、あるいは武具は守備力に秀でたものであって、ルザニアがいくら打ち込んでも、広い守備範囲と腕力でそれを打ち返してくる。

 一度そうされるごとに、着実にルザニアの手元にはダメージが蓄積し、握力を削がれていく彼女の剣は、速度も重さもどんどん失われる。

 攻めが続かない瞬間が生じやすくなれば、ヴトラークの反撃の頻度も高くなり、それを凌がねばならないルザニアは、そのためにも体力を使わなければならなくなる。


 ルザニアには相当厳しい状況だ。

 削られる体力、きれを失う剣、勝利は遠のき、敵の手数ばかりが増え、またそれがルザニアの体力を削るという戦いが続いているのだ。悪循環に陥っている。


「どうしたよ、さっきまでの威勢は。なんなら尻尾巻いて逃げ出してくれても、俺はラクで助かるんだぜ?」

「っ、く……!」


 今のルザニアにとっての最も賢明な選択とは、一度退いて仲間とともにヴトラークに立ち向かうこと。

 しかし、そんな選択肢もヴトラークの言葉が封じてしまう。火が燃え移った街を見やりながらそう言うヴトラークは、ルザニアが去るならば破壊活動を再開すると仄めかしている。


 ルザニアのような正義感の強い子には、街を人質にしたこの脅迫は実に利くのだ。

 歯を食いしばって剣を構えるルザニアの目は、これ以上あなたを好きにはさせないという意志に満ちている。

 すなわち逃げない、つまりヴトラークの思う壺。


「――はあっ!」

「ノロいノロい、止まって見えらあ!」


 スタミナを落としても、一息入れれば踏み込みも早く、ルザニアの剣は開戦時と遜色なく速い。

 敢えて余裕と口にして、その剣をはじき上げるヴトラークがルザニアの心を追い詰め、剣をはじかれて胴のがら空きになったルザニアに、盾の下部の反撃を振り抜く。


 ルザニアも後方に跳んでかわす、ここまでは先程と同じ。

 開戦時よりも重心が後方に逸れ気味になりつつあるルザニアに、攻め込めると見たヴトラークの判断は正しく、前進した彼は追撃の盾を振り抜いてくる。

 ルザニアは後退するしかない。頭を横殴りにしてくる一撃だけはかがんでかわしたが、続けざまに飛んでくる盾の薙ぎ払いには、過剰な勢いで後ろに跳んで、ようやくかわせるほどぎりぎりだった。


 着地の足も作れない後ろ跳びで、殆ど尻餅をつくような形で地面へと向かったルザニアだが、お尻が地面に着くと同時に後転して中腰体勢までは至れる。

 だが迫ったヴトラークの追撃をかわすため、地を蹴るには間に合っていない。


「くぁ゛ぅ……っ……!!」


 やむなく剣を横に構え、右側から殴り飛ばす盾を振り抜いてくるヴトラークの攻撃を受け、叩き飛ばされる方向へと自分も跳び出して衝撃を逃がす。

 そのぶん殴り飛ばされる勢いも凄まじく、どしゃりと地面に落ちて、転がり、がつがつと体を地面に打ちつけることになる。

 最終的には転がる勢いのまま足を下にして、片膝立ちの姿勢まで立ち返る身のこなしは見事だが、その体勢に収まった瞬間にはぴたりと止まれず、勢いに流されてもう一度倒れる寸前だった。


「ははァ、騎士様ってのも案外たいしたことねえなぁ?」


 なんとか立ち上がったルザニアが肩で息をする前方から、余裕顔のヴトラークが歩み寄ってくる。

 構えはすれど、剣先が本来の型よりも少し垂れたルザニアは、疲労とダメージが明らかな様相だ。

 明確に優劣を突きつけてくるヴトラークの表情と、その口から放たれる言葉が悔しくて、ルザニアの表情は疲弊の色を超えて歪む。


「にしてもお前、よく見りゃあ上玉じゃねえか。

 こいつァ殺さずに持ち帰った方が、うちの若い衆も喜ぶかねぇ?」

「っ……!」


 ヴトラークの下劣な笑みに身の毛もよだつルザニアは、ただそれだけで息が詰まりそだった。

 自分が当事者か否かなど関係なしに、こんな発想をあんな顔で口に出来る男というものを、ルザニアの価値観は強く嫌悪してしまう。

 思わず一歩後ずさってしまったのは、気持ちで負けているからではなく、気持ち悪くて思わずだ。


「っ……あなたに……」

「あ?」

「あなたになんか、エレム王国の騎士は、絶対に負けません……!」


 精神面まで譲るほど、彼女も弱い心で騎士になったわけではないのだ。

 間違いなく優勢にあるヴトラークは、意志のこもったルザニアの言葉を鼻で笑うが、それでもルザニアは強い目を取り戻し、嘲笑もなんのそので睨み返している。


「ははァ、いいぜいいぜ、強気な女は嫌いじゃねえ。

 そういう奴をコテンパンに打ちのめして、悔し涙に溺れる顔を、目が死ぬまでひっぱたくのが俺ぁ好きなんだよ」


 下種な笑いを浮かべるヴトラークの前方、下がっていた剣先を持ち上げて、ルザニアが彼女本来の型を取り戻す。

 頭の中で、負けたくないと大きな声で叫んでだ。

 人として、騎士として、そして尊敬する四人の先輩の仲間に数えられる一人として、こんな奴にだけは絶対に道を譲りたくない。


 苦境の中で、それを打破するためにはどうすべきか。

 勝利のための新しい要素を足すのか。そんなものは何一つ持ち合わせていないルザニアに、その選択肢は無い。


「気が変わったぜ。うちの三下どもの慰み者に落とすんじゃあ勿体ねえ。

 お前みたいな世間知らずで、気の強そうな女はリープ様に捧げて、そのツラがぐしゃぐしゃになるまでいたぶるのが面白そうだ」


 培ってきた自分の力を最大限発揮する以外、ルザニアに与えられた選択肢は無いのだ。

 そう、最大限。見せ付けられた劣勢に惑わされず、疲弊を言い訳にせず、無心でその全力を発揮して勝利することが、今の彼女が選べる最善手。


 どうすれば奴の守りを打破できるのかと、思考が袋小路に陥っていたルザニアの心に火が灯る。

 出来るか出来ないかじゃない。やらなければならない、絶対に。


「そうだなァ……その剣奪って、手足を砕いて、それから……」


 盾を構えてゆっくりと接近し始めるヴトラークを前に、ルザニアは意図して集中力を、最大限まで高めていく。


 ここまで通用しなかった自分の剣、だが、自分にはこれしかない。

 斯様に割り切り、己を信じ、駄目だと思いそうなほどの試練に逃げずに立ち向かい、道を切り開いてきた先人が、騎士が、ルザニアのそばには二人いる。

 ルザニアが今初めて、その境地へと足を一歩踏み出そうとしているのだ。


「あとは担いで、リープ様に献上ってとこでいいやねぇ!」


 大きな盾を装備した巨体ながら、体力を余すヴトラークの突進は速い。

 ほんの少し前まで腰が引けていたルザニアが、この時逆に一歩踏み出したことが、どれほどの価値を持っていたのかは本人も無自覚だ。


 肘を振り抜くような動きで、盾の下部先端でルザニアを横殴りにしようとしたヴトラークの攻撃を、ルザニアは前進と共に跳躍して回避する。

 前かがみに近い体勢のヴトラークの頭上を通過する中、下方に振り抜くルザニアの攻撃はカウンターに近い。

 それも上部にもう片方の盾を構えたヴトラークにより防がれる。

 剣と盾が衝突し、ルザニアの体はその反動で、やや横に流れるような形で地上へ。


 打ち合わせた武具同士の衝撃は、ルザニアが声を溢れさせかけるほど、彼女の手元を痺れさせる。

 空中で足を下にし、着地した瞬間のルザニアの手は、剣の柄を握る手の力がほぼ抜けている。

 そこに駆け迫ったヴトラークも早く、先程と同じく盾の下部を振り抜く一撃を放ってくる。


 鋭い眼差しでヴトラークの動きから目を離さないルザニアは、敵の盾が振り抜かれ始めたその瞬間、無理にでもぎゅっと剣を握り締めた。

 視界の端から横入りしてくるヴトラークの重い盾。

 ぎりぎりまで引きつけて、僅かに身を沈めて。

 速度が要のルザニアの剣が、ヴトラークの目でも追えないほどの速度で振り上げられ、それは真下からヴトラークの盾を殴り上げた。


「ぬぉ……!?」

「くが……っ!!」


 腕に固定したそれを叩き上げられた、筋骨隆々のヴトラークですら腕が張って痛みを感じたほどの力強さ。

 その激突音に比例して、ルザニアの握り手に伝わる反動も凄まじく、それは高く裏返った声をルザニアが溢れさせた姿にも象徴されている。


 右腕を盾ごと跳ね上げられたヴトラークのがら空いた胴、そこへ向かうのはルザニアの剣の切っ先だ。

 鋭い刺突の騎士剣を差し向けられたヴトラークは、今日初めての接死の悪寒に肌を粟立たせ、左腕の盾を構えてそれを防ぎおおした。


 切っ先と盾がぶつかり合う金属音は響いた。しかし小さく鈍い。

 ここ一番で冷静に、不必要な力と速度を加えず、敵に防御の意識を割かせるだけ割かせ、自分は前へと進んでいたルザニアの判断は偶然だろうか。

 考えずに動いた体は修練の賜物であり、ヴトラークと自分の間を阻む盾の横を駆け抜けたルザニアは、敵の真横を風のように通過するような形になる。


 その一瞬。

 ルザニアの緋色の頭を視界端に捉えたヴトラークも、咄嗟に盾を振り抜いて殴り飛ばそうとしていた。

 かがむと同時、騎士剣を一振りしたルザニアの一撃は、自身の頭上にたなびいた髪を盾が掠める下の後方、ヴトラークの太い脚に刃を食らいつかせる結果を導いている。


 ルザニアを殴り損ねた盾を振り抜いていく中で、ヴトラークの体は乱暴に回った。

 体を大きくひねっての一撃、その真っ最中に、体を支える最重要の柱二本のうち一本が、瞬迅の刃により一閃断ち切られていたからだ。

 二柱の左の片方を、太ももを通過した刃により上下に切り離されたヴトラークは、そのまま全身をひねるまま半回転し、背中から地面へと崩れ落ちる結果になった。


「はぁ゛ぅ、っ……!」

「あっ、え゛っ……!? うが……っ!」


 無茶すぎる体の沈めっぷりから後方側面めがけて剣を振るったルザニアもまた、半身で地面に転がるような形で体を打ちつけて倒れたのだ。

 痛みにこらえて立ち上がろうとするが、剣を握った手も合わせ、両手で地面を押し出さないと立てないほど苦しい。それでも立つ。


 だがヴトラークはもっと重傷だ。

 背中を地面に叩きつけた衝撃で息が詰まったか、悲鳴こそくぐもっているものの、片足を失った彼の痛みは本来、今にも大声を上げるほど凄惨。

 突然のことで何が起こったのかも理解しきれず、混乱しているせいもあって、見失った敵を探すかのように首を振りながら地面を叩いている。


 完全に勝負あった。

 片脚を失って立てないヴトラークの近く、もう一度倒れてしまう寸前のコンディションでありながらも、ルザニアはしっかりと立っている。


「こ、この……ガキ……!」


 憎々しげな口を叩いて起き上がろうとするも、痛みと欠損に喘ぎながら、体を起こせずルザニアを睨み付けるヴトラーク。

 その目線の先では、はぅと深い息を吐き、勝利の実感をようやく得ると同時、急激にやつれたような疲弊したルザニアの表情があった。


 街を焼き払う魔物を率いる、フラックオース一家の大物獲りをルザニアは果たしたのだ。

 きっと、今までの彼女の騎士人生の中で、最も大きな功績の一つである。

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