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第35話  ~チータVSデイビス~



「はあっ!」


 ルザニアが一薙ぎした騎士剣は、彼女に迫られたヘルハウンドの胴体を真っ二つにする。

 ヘルハウンドの側も接近する敵から逃れようと、地を蹴り攻撃を回避しようとしていたのだが、それでもルザニアの剣の方が速かったのだ。


 そんなルザニアに、側面方向から火の玉を吐き出してくる別のヘルハウンドがいるが、前に跳んだルザニアは事も無げに回避。

 着地点にて地に足を着けると同時、当のヘルハウンドの方向へと自らを発射する足の力で、矢のように接近だ。


 思わぬほどの速度で迫るルザニアに危機感を覚えたヘルハウンドも、後方に自らを蹴り出す足の力で跳ぶ。

 ヘルハウンドを射程圏内に捉えた瞬間のルザニアの、騎士剣による一太刀の切っ先は、ヘルハウンドの鼻先すれすれをかすめている。

 あわや、であったヘルハウンドだが、後方に跳んでもう一度四本足が地に着く前に、もう前に踏み出したルザニアは一歩ぶんヘルハウンドに接近している。

 大振りに薙いだように思われた剣は曲がるように一度上方へ逸れ、そのまま流麗な軌道を描いて振り下ろされ、逃げ場のないヘルハウンドの頭を真っ二つに両断するのである。


「なんだよ、あいつ……! 王国兵にあんな奴いたか……!?」

「エレムの騎士団が女王の護衛についたって聞くが、あれがそうなんじゃねえのか……!」


 ナナリーが宿泊していた宿の周囲には、多数のセプトリア兵が集まってきた末に陣を取り、女王ナナリーを厚い護衛で固めた上で、余剰の兵が周囲のヘルハウンドを狩るために前に出ている。

 ハフトの都に駐在していたセプトリア兵、年も様々、しかしいずれも簡単にヘルハウンドを討ち取れるほどの手練の者には恵まれていない。

 ヘルハウンドはすばしっこいし、火を吐く特技もあるから無鉄砲に攻め込むのも難しく、それなりに修練を積んでいる戦士や兵士でも、そう簡単にざくざく削っていける魔物ではないのだ。


 一人でナナリー防衛陣からもやや離れ、ゆえにセプトリア兵の協力もさほど借りずして、一人でがんがん魔物の数を減らしていくルザニアの姿には、街角の陰からそれを見る敵方の人間も驚愕だ。

 今も、セプトリア兵に噛み付こうとしてかわされ、返す刃をバックステップで回避したヘルハウンドに、横入りするような形で接近したルザニアは、気付かれる暇すら与えず一突きの剣で葬っている。


「え、えげつないのう、ルザニアどの……速すぎて目で追えん……」

「そうですね……! 両翼、前に出ろ! こちらも前進する! 中央公園に向けて少しずつ移動する!」


 ナナリーを守るための一兵として布陣されたルザニアの活躍ぶりには、ナナリーが率直な賞賛を口にし、周囲の兵への指示を優先するニトロも同様の印象を抱いている。

 ルザニアが二人の前で、実戦での剣捌きを見せるのは初めてだ。

 速くて強い、その表現に尽きる。かつて彼女が最も憧れた、騎士シリカ様の戦い方を自分なりに模倣した末、未完成ながらもそれに近い、敵の攻撃を一切受けず、素早く攻め立てる捨て身の剣。

 堅実な戦い方を主軸とし、見栄えは良くなくとも安定するユースの剣とは真逆、見る側もはらはらする戦いぶりであるも、敵味方問わず彼女の戦いぶりは目を惹くものだ。ここに安定感を足せばもっとシリカに近付く。


 素人目には、このルザニアとあのユースが一騎打ちをした時に、どちらが勝つのかわかるまい。

 少なくとも、同合戦場にてルザニアの方が、より多くの敵を仕留める型には違いない。


「やべえぞ、こっちの手駒も殆ど残ってねぇ……!」

「ちくしょう、リープ様に何て報告すりゃあ……」


「お~い……なぁに手こずってんだよぉ……」


 ナナリーとその周囲の兵に、ヘルハウンドをけしかけていた、フラックオース組の構成員らは、ルザニアの暴れぶりと手駒の激減に、物陰で慌てふためくばかりだった。

 その二人の後ろから近付いて、けだるい声を発する低い声には、その二人もびくりとして振り返る。

 そこには、黒のタンクトップにジーンズを履いた、見上げるほどの背高さと筋骨隆々の肉体が特徴の、尖った金髪の男が壁のように立ちそびえていた。


「ヴ、ヴトラークさん……」

「な~るほどなぁ、あのメス猫が厄介なんだな。

 しゃ~ねぇなぁ、俺が片付けてくるしかねえよなぁ~」


 そう言って、ヴトラークと呼ばれた巨漢は、部下にあたる男二人の頭に手を置く。

 大きな手、あと話の通じない乱暴な性格。頭に手を置かれただけで、大の大人が、しかも極道組織に属する男が軽く震え上がっている。


「撃て」

「し、しかし、そんなことをしたら俺達の居場所が……」

「あ゛?」


 ルザニアに恐れをなしている二人の反発には、頭をぎりぎりと握るヴトラークの腕力の返答が入る。

 この痛みに耐えかねた二人が、やむなく懐から拳銃を取り出し、歪んだ表情でそれをルザニアに向けて引き金を引く。


 ヘルハウンドの火球も軽くかわすルザニアだから、銃声を耳にしてからその気配に地を蹴って、それをかわすことに造作も無い。

 かわしきれなかった時に備え、銃弾が飛んでくる方向に視野を映し、剣の構えを引き上げることまで叶えている。どうせ当たりはしなかったのだが。


 ルザニアも銃声の音源から、二人の敵対する人間の位置をはっきりと認識した。

 そして彼女の目に映るのは、拳銃を握った二人の男と、その背後に立つ巨漢。


 逞しい剛腕には、左右一対の大きな盾が装備されており、それは肘よりも下を大きく広くカバーし、肘より上には縦に長くシャープな余しを設けている。

 腕を曲げればきっと、拳から肘の延長戦上に、縦の余した尖りが突き出る形状だろう。

 一目見ただけでルザニアは、あれが双腕に備えられた防具であると同時に、肘先から突出した部分で敵を殴る武器でもあると察し、同時にそれを操る人物の剛腕も理解する。


 年上の方々を甘く見ることはしたくないルザニアだが、ヘルハウンドに手こずるセプトリア兵の皆様に、いかにも一段強いあの男を、犠牲無く討ち取ることが出来るかを疑ってしまう。

 見るからに強そう、というだけの印象論ではない。何人もの人を殺してきた経験のある、悪行に抵抗の無い目の色をしている。


「や~っぱりなぁ。正義感に満ちたメス猫だ」


 姿を見せれば挑発に乗り、あるいは正義感に任せて向かってくると読んだヴトラークの思惑どおり、ルザニアはその方向へと一気に駆けだした。

 迎えるヴトラークは、両手を部下の脇の下に後ろから入れると、そのままぶんと体を回す勢いで、駆け寄ってくるルザニアへと投げ飛ばした。


 人間弾丸は大きく、重く、真正面からそんなものが飛んできたことには、ルザニアも多少怯んで然るべき。

 彼女は立ち止まらず、跳躍して飛び越えるという馬鹿げた脚力を見せ、着地と同時に前進する足でヴトラークをもう目の前に見据えている。


 隣の仲間がヴトラークに投げ飛ばされたことに愕然とし、この場を離れて逃げ出そうとしたもう一人も、ヴトラークが捕まえて、まるで盾にするかのように自分の前へ。

 巨漢めがけて走るルザニアとの距離が詰まってきたところで、それをどんと力強く押し出し、ぶつける形の壁にする。

 こうなると、銃を持ったその男をルザニアは切り捨てるしかない。


 そうして前進が止まったルザニアに、追撃をくらわせるでもなく、バックステップ数度を挟んで後退するヴトラーク。

 やや幅広の大通りの真ん中、敵も味方もいない空間で、ルザニアを待つように立ちそびえたヴトラークに、ルザニアは速度を抑えた走りで接近する。

 一度、ヴトラークと程々の距離感で立ち止まり、剣を構えるルザニアの目は、単なる臨戦の戦士としてではなく、非道なる発想を実行する悪漢に向ける、正義感から来る憤りを孕んだ鋭いものになっている。


 ヴトラークに投げ飛ばされた男は地面に転がり落ちて動けなくなり、やがてセプトリア兵に捕縛されるだろう。

 ルザニアが斬り捨てた男は、とうに動けなくなって息絶える寸前だ。

 仲間と思しき者を、自分を牽制するための道具のように投げ捨て、今やそれも顧みないような下種の笑みを浮かべるヴトラークとは、決してルザニアの価値観とは相容れない人物である。


「騎士団か? 隣国は兵にすら華があって羨ましいねぇ」

「…………」

「ちょっくら遊んで貰おうか。俺も色気のない連中相手の討ち入りばかりで、それにゃあ飽き飽きしてたからよぉ」


 型を構えるルザニアの正面、ヴトラークも長く尖った縦を構える。

 ヴトラーク=サティーノ=フラックオース。頭目スマーティオの次男であり、一家の中では圧倒的な身体能力を武器に、荒事においては右に出る者なしとされていた男だ。

 老いて衰えたスマーティオでも、やはりユースと渡り合うだけの極道としての強さを持っていた姿を目にしたルザニアの前に今、若さと卓越したフィジカルを併せ持つ強敵が立ちはだかっている。


 ヴトラークが整えたこの舞台は、敵も味方もない一騎打ちの環境。

 セプトリア兵の援護射撃がヴトラークを惑わすこともなければ、ヴトラークの部下やヘルハウンドがルザニアの邪魔をすることもない。

 勝敗を定めるのは二人の実力のみだ。きっと剣では斬れぬヴトラークの盾を前に、既にここまでの戦いで少し息が荒くなっているルザニアは、ごくりと生唾を飲み込む。


 ユースに任せられた、騎士団としてナナリー女王のそばで、護衛を為すという任務からも一度距離を取り、難敵討伐を優先してここにいる。

 ここは絶対に負けられない。

 敗北は、命を奪われること以上に、自己判断で突き進んだ末に、任せられた任務も果たせずナナリーを危機に晒すことであると、ルザニアは正しく認識している。


 火の粉舞い散る都の真ん中、ルザニアは深い息を一度吐いてすぐ、ヴトラークへと突き進む。

 ここまで生涯無敗である、自信に満ちた怪力無双の男は、小声で笑って盾を備えた腕の先、拳にぐっと力を込めていた。











 闊歩するヘルハウンドの数が多くなってきた。

 何匹それらが束になってかかってきても問題としないユースだが、アルミナは自分の位置取りに慎重だ。

 狼属の魔物との接近戦に持ち込まれては、死活問題の彼女だから、ユースのすぐそばの立ち位置を絶対に失わない。

 その上で相棒の邪魔にならない場所を常に取り、駆け寄ってくる魔物へと的確に銃弾を放つアルミナが、多数同時に魔物がユースに飛びかかる事象を未然に防いでいる。


「アルミナ、チェック!」

「なし!」


 調子よく物事が進んでいる時にこそ油断が生じて危ういもので、そんな時にしばしばユースは、アルミナにこう声をかける。

 問題はないか、というユースの声に、アルミナの返事も気前がいい。ここでアルミナが難色を示すなら、ユースは一度立ち止まって視野を改めねばならない。


 問いかけた時点で、今は順風満帆だとユースも思っていたということだ。

 用心深くて心配性の彼が、こういう態度に出るぐらいだから、今は極めて風向きがいいのは確かである。


 そう、ここまでは。


「……や、取り消し! ここからっ!」


 射手ゆえユースより視野の取りようが広いアルミナだから、かなり離れた前方の人影も見逃さない。

 こちらを向いてはいないものの、周囲にヘルハウンドを従えていることが明らかの周囲模様。そんな人物の肩口めがけて、アルミナは迷わず銃弾を放っている。


 きっとあれが魔物を率いる親玉、油断はしないように、というニュアンスで放ったアルミナの言葉は、この後より深刻な意味に解釈し直されることになる。

 銃声に振り向いたその人物は、遠方から飛来するアルミナの銃弾に気付くや否や、右手に持つ鞭を振るい、それで羽虫を叩き落とすかのように銃弾をはじき返したからだ。


「ユース、見える!? あれが親玉、強そうよ!」

「わかった……!」


「もう来たんだ……! 本当、騎士団って奴らも侮れないのねぇ……!」


 目標地点を見定めたユースらが、迫る魔物を退けて突き進んでくる姿を、鞭を手にした茶髪のブロンドヘアーの女性は舌打ちしながら向き直る。

 赤々と燃える都の風景に溶け込む袖の無いオレンジ色の服は、足首まで届く上下繋がりの一枚着であり、腰の下から一番下まで届くスリットは、その細い脚をちらつかせている。

 気の強さを思わせる舌打ちという行為を裏切らず、その目もかなり鋭いもので、気に入らない相手がいれば拳で殴ることも厭わない、極道娘の表情がユースらを見据えている。


 マルティア=プリクティオ=フラックオースの名で通じる彼女もまた、頭目フラックオースの三人目の実子にして長女。

 フラックオース一家の紅一点として知られながら、その気の強さは親と兄と弟を除く多くの男連中をも恐れさせるものであり、その目つきと目を合わせたアルミナも少し寒気がした。

 まだまだ距離はあるのにだ。


 少し早いと思いつつも、アルミナがその目つきの悪い女性に向けて二発目の銃弾を放ったのは、怯みかけた自分に発破をかける意味合いも強い。

 そのアルミナの銃弾を、マルティナが鞭でまた叩き落とす光景は、今度はユースもはっきりと視認できた。


「おぉ、見つけたぞ」


「!?」

「は!?」


 だが、その姿をも目線から切ってしまうほどの大きな影が、ユース達の前方上空を横切った。

 驚愕を顔に表してそれを目で追うユースの横では、アルミナも突然の難敵の襲来に大声を出す。


「リープ様!」

「ふむ、どうやら間に合ったな。もう少し遅れていれば、マルティナが危なかったかもしれぬ」


 マルティナが空を見上げ、頼もしい味方の名を呼ぶ目線の先には、巨大な蜻蛉(トンボ)の姿をした魔物がいる。それも、人をその頭の上に乗せるほどの巨大な怪物だ。

 キラーリベルという名で知られるその魔物だが、これほど大きなものはユース達も初めて見る。

 そしてそのキラーリベルの首元には、あぐら座りでキラーリベルの首元から生えた突起物のようなものを両手で握り、魔物に搭乗する青い神父服の男がいる。


 キラーリベルは旋回飛行し、マルティアの上空にてホバリングする位置に行くが、その上に人間が座っていることを視認したユース達は、あれもまたこの魔物の群れを率いる統率者だと理解する。

 確かに見た、巨大蜻蛉の上に座るあの男。糸目で閉じた口で笑うあの表情は、底知れなく不気味である。


「マルティナ、魔物を使ってしばらくやれ。手添えはしてやる」

「了解! 任せるわよ、司令官!」


「アルミナ、警戒しておけよ! いつ空から来るかわからない!」

「オッケー!」


 マルティナの周りに、周囲からヘルハウンドが集まってきて群れを為す。

 その上空にはキラーリベル、そして魔物を操る統率者の気配が色濃い男の姿。

 たった二人でそれらとの戦いに挑むユースとアルミナは、恐れ知らずと信じられようほどの足で、迷わず敵へと前進した。











「ははは、どうした? 逃げ回るだけかい?」


 連なる家屋の屋根の上、あるいは屋上の上を渡り走るようにして、チータがデイビスの魔法から距離を

取っている。

 杖を振るうたび、3,4個の火球を同時に放ってくるデイビスは、魔法の発現が一度一度早く、火球速度もそれなりにある。

 結果としてそれを繰り返すデイビスの連続火球攻撃は、かわし続けるには少々忙しい弾幕攻撃となっている。


「うーむ……」


 防戦一方、手出しが出来ない、というふうな逃げ回りっぷりのチータだが、頭の中に危機感の字は特にない。

 確かにデイビスの連続火球攻撃はまあまあだが、要するに火球攻撃を放てるヘルハウンドの、一度に何発もそれを発射できるようなものであって、それ以上のものではない。


 デイビス一人がヘルハウンド4匹ぶんに相当する、その程度の印象である。

 見方を変えると、ヘルハウンド4匹に別方向からそれぞれ狙い撃ちされる方がよっぽど怖い。


 チータはむしろ、こうしてデイビスの攻撃をかわさねばならない中、また別の魔物を増援で呼ばれて、一対多の集中砲火をされる展開を危惧しているのだが、特にそんな気配もない。

 逃げる動きのチータを馬鹿正直に追いかけてくるだけで、自分一人でチータを狩ろうとするデイビスの真意が見え見えだ。

 この事実からチータは、デイビスが率いている魔物というのは、ヘルハウンドのみであって空を飛ぶ魔物などは指揮する力がないことを推察する。


 複雑な気分だ。要するにデイビスを倒しても、ヘルハウンドの統制を乱せるだけに成果は留まって、それ以上の影響力は望めないということ。

 セプトリア兵や街の人は幾許か楽になるだろうが、終戦のきっかけとするには、デイビスの撃破を果たしてもパンチ不足と見える。

 こんな奴が都に攻め込む連中の大ボスなわけないか、と、チータははずれくじを引いたような心地で、しかしさっさと割り切った。


 デイビスの出方を観察すれば、だいたい彼の立ち位置がわかるだろうかと逃げに徹していたチータだが、もういいやという気分で立ち止まる。

 振り向いたその先には、流石に向こうも戦い慣れていて体力はあるのは、息ひとつ切らしていないデイビスの姿がある。チータも同様だが。


「どうした? 観念したか?」

「いやぁ、まあ。宣言してしまいましたしね」

「宣言?」

「揉んであげましょう、って」


 相変わらずの無表情のチータだが、それでもなんだか白けきったようなオーラを発せるのは、顔芸が不得意で、その上での感情表現に慣れているせいだろうか。

 ふぅ、と息をついたチータは念じて魔力を生み出し始め、デイビスを揉むための魔法を発現させる。


「開門、悪意の稲妻(アンカインドサンダー)


 底意地の悪いチータだが、魔法に対しては並々ならぬプライドがあって、それを悪行に使うことは決してしない魔導士だ。

 そんな彼にしては妙に黒い、魔法の名。これから自分がやろうとしたことを鑑み、今しがた編み出し、名付けた、そんな新魔法である。


 チータの前方空中点に、びしりと金色に輝くひびが入り、空間上に亀裂が開く。

 そこからまるで、異世界から召喚されたかのように、ばちばちと火花を散らす光り輝く魔力の塊、いわば稲妻の塊のようにも見えるものが顔を出す。

 その大きさは、人の頭よりも径が倍ほど。やや大きめの、電撃球体であるとはデイビスにもわかる。


「どうぞ」

「ふん、そんなもの!」


 チータが杖を一振りすると、その雷撃球体はゆっくりとデイビスへと近付き始めた。

 十秒かけて、ようやくデイビスの場所まで届くのではないかというその雷撃球体に対し、差し向けられた側のデイビスも、杖を振って撃ち落とすための魔法を放つ。


 雷の魔力に効くのは、帯電と発散を兼ねる砂状の土の魔力が特に一つ。

 それぐらい知っている、そういう魔法も使える、と、自慢げにデイビスが発現した魔法は、砂を固めた弾丸のようなものを発射する魔法で、放たれたそれはチータの雷撃球体に激突だ。


 土の魔力の塊であるデイビスの魔法、雷の魔力の塊であるチータの魔法、見た目にも同じ大きさのそれと見える両者の魔法がぶつかり合って。

 デイビスの土の魔力、砂がチータの雷撃球体にぶつかり、纏わりつき、しかしチータの魔力はばちりと火花を散らし、絡まってくるデイビスの魔法の魔力を退ける。


「何……?」


 雷撃球体は止まらない。ゆっくりと前進する。デイビスに到達するまではまだかかる。


 念のために三歩ほど退がり、デイビスは同じ魔法をもう一度発射する。

 動きの遅いチータの魔法、わざわざ撃破にこだわる必要も本来はないのだが、魔力のぶつけ合いでチータの魔法を撃破できないと、デイビスの魔力が劣っていることを証明するような図式になる。

 土の塊をチータの雷撃球体にぶつけ、撃墜しようとする。


 チータの雷撃球体は墜ちない。デイビスの魔法二発を受けて、まだ平然と前進し続ける。

 チータが魔法に込めた魔力は、デイビスが通常通りに発現する魔法の魔力を悠々と上回っている。


「落とせませんか?」

「生意気な……!」


 ゆらゆらと接近してくる雷撃球体に、デイビスは三度目の土の魔法を投げつけた。

 それを受けて、ようやくチータの魔力の塊が形を乱し始めるが、それでも消えない。

 デイビスの魔法では、三度ぶつけてもチータの魔法を相殺することは出来ないということだ。


「――チッ!」


 この時点で既にプライドが傷ついたか、憎々しげな声とともに、デイビスは眼前に水の壁を作り出した。

 そのまま後退、直後ゆっくりとした速度で水の壁に触れたチータの魔力は、その瞬間に爆裂音とともに放電する。

 デイビスの水の壁がはじけて消し飛ばされ、飛散した水しぶきがデイビスにも降りかかる。その水が肌に触れた瞬間、ちくりと痛みが生じた実感は、その水はチータの魔法に触れたあの一瞬で、帯電していたという証明だ。


 デイビスの水の魔力にすら絡みつき、呑み込み粉砕するチータの魔力は、デイビスのそれを遥かに凌駕する威力を生むという事実。歯噛みするデイビスにもよく伝わっているだろう。


「これで終わりです、お疲れ様でした」


 チータがもう一つ、同じ雷撃球体を生み出した。涼しい顔で、先程よりも一回り大きいものをだ。


「く……!」


 杖を一振りしたチータの仕草により、それは人が歩くより少し速いぐらいの速度でデイビスに接近し始めた。

 デイビスもまた、杖を二度振り土の塊を投げつける魔法を発現するが、それをチータの雷撃球体にぶつけてもびくともしない。縮む気配も形を乱す気配もない。

 自分でも美しくないとチータが思うほど、大味に、かなりの魔力が込められた雷撃球体だ。


 撃墜不可能、つまり自分の魔法では対処しきれぬとデイビスは屈辱的に突きつけられ、やむなく身を横に逃がして回避するしかない。

 雷撃球体は速度を落とさず、デイビスを追うように進行し続ける。チータが任意で操っている。


「……追い詰めた側にでもなったつもりかあっ!」

「それはさっきまでの貴方でしょう……」


 のろのろ自分を追いかけようとする雷撃球体など放置し、デイビスは杖を振るい、チータに直接火球をいくつも投げてくる。こちらも飛び道具には欠いていない、雷撃球体に付き合う必要はない。


 チータはそれらを難なく回避。そもそもフットワークと体力には秀でる方だ。スタミナお化けのユースやらアルミナやらと、連日同じ戦場を駆けてきたチータである。


 デイビスはとろとろと自分を追いかけてくる雷撃球体の位置を意識しつつも、特に代わり映えしない火球投げを繰り返すのみ。

 人間相手にまともにぶつければ、ほぼほぼ致命傷になるのが火球というやつだから、戦術論としても決して不細工ではない。回避しづらいほどの数を撃ち、相手の動きを制限し、当てれば勝利。まあまあその理念は正しい。


 ただ、それが通用する相手とそうでない相手がいるのであって。

 もしかしたらデイビスは、民間人いじめにしか魔法で喧嘩を仕掛けたことがなく、そのやり方だけですべての戦いが上手くいくとでも刷り込まれてしまっているのかもしれない。


 チータは冷静に自分の立ち位置を調整する。

 移動しながら火球を放ってくるデイビスと、自分が向き合うことになった瞬間に、デイビスの後方から彼へと接近する雷撃球体があるという僅か一瞬。

 その瞬間を、チータは見逃さない。


「開門、落雷魔法(ライトニング)

「ぐ……!?」


 チータの正面位置に、空間の亀裂が二箇所ひび入り、それが割れた裂け目から稲妻が発射された。

 それはデイビスの左右をかすめ、彼を右にも左にも行かせないよう足を止めさせる。


 敵が自分の意志で止まったわけでなく、止めさせられ、そいつを仕留めるための爆弾はもう既に実在済み。

 チータは、自分から見てデイビスの向こう側、一直線上にある雷撃球体を、一気に自分の方へと加速するよう魔力で引き寄せる。

 はっとして振り返ったデイビスの眼前からは、チータの魔力の塊が急接近だ。


 もうかわせない。対処法は一つしかない。


耐魔結界(レジスト)!」


 敵の魔法に耐えるための魔力を身に纏い、受けて凌いで生き残るしかない。

 こんな生意気なガキの魔法に自分の魔力が劣るものかと、そう意を決して防御体勢に入ったデイビスだが、現実は彼に対して極めて辛辣だ。


 砂の城が寄せ波に押されれば崩れるのと同じく、デイビスの至らない魔力の防御は、チータの魔力を抑圧して我が身に届く電撃を退けるには至れない。

 直撃の瞬間、デイビスの全身そのものが稲妻になったかのように光り、同時にほとばしる凄まじい火花と炸裂音には、チータも思わず片目を閉じた。


 光はすぐにやみ、煙が巻き上がり、そこにあったのは真っ黒焦げになった人間のみである。

 民家の屋根の上にどさりと倒れたデイビスは、死にこそしてはいないものの全身をひくつかせ、もはや動ける体ではないのが明らかだった。


「さて」


 こいつに何の根拠もないのに見下されたまま勝つのも嫌だし、完膚なきまでに魔導士として上回っていることを見せ付けてから勝ちたかったとはいえ、随分意地悪な戦い方をしたなぁとか、チータも自分に対して思うところは多少ある。

 今のところはさておいて、次はどうすべきかだ。偉ぶっていた態度からも、こいつが敵陣営の有力兵の一人であったことは間違いなく、撃破が多少は敵陣営の士気の低下に繋がればいいとは思いたい。


 いまいちそれが期待できそうにないので、チータも次の行動へと移らねばならない。

 行くべき場所は、仲間のもと。ユース達の方か、それともルザニアやナナリーのいる方への立ち返りか。


「……ルザニアの方が心配だな」


 ユースの方にはシリカが行った。あれがいるなら自分が行く必要もあるまい。

 ユースもアルミナもシリカもいない場所、ニトロはいるにしても、仮に敵方の大物を一匹そちらにでも投入されたら、展開がどう転ぶかわからない。

 チータはそちらに一度立ち返ることを選んだ。建物の屋上を跳び移りながら、チータはナナリーらと宿泊していた宿の方角へと進んでいく。


 ちらちらと地上の様子を見定める中、ヘルハウンドの動きがいまひとつ散漫になっている気配は感じられた。

 デイビスを撃破したことで、魔物を迎撃するセプトリア兵も多少はやりやすくなっただろうか。

 チータはそれを願うのみに留め、今は身内の無事をこそ強く望み、その足を加速させていた。

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