第20話 ~ふう〇oく~
「ハルマ様」
「はい」
「どこに向かってるんですか?」
「はっはっは」
出発前、ハルマに同じ質問をした時は、着いてからのお楽しみですよと言われた。
ユースだってそれは覚えているとも。お楽しみのプレイスポットに到着するまでは、着いてからのお楽しみということで、まだ何も聞かない方がよろしいはずである。
「あの、ホントどこに向かってるんですか?」
「ふはは」
「ふははじゃなくてですね……」
それでも聞きたい。周りの空気がなんか変。危ない意味でではないが、アブない意味で変。
夜の歓楽街だし、人通りが多いのは不自然ない。
ただ、こんな寒空の下で露出の多い服を着て、客を呼び込むための声を出すお姉さんがいたり。
街角あらゆる場所に置かれたお香が、妙に甘ったるい匂いを漂わせていたり。
どう見たってカップルじゃない、二十歳手前の女の子とその倍ぐらいの年齢のおっちゃんが腕を組んで歩いていたり。
そもそもちらちら視界に入る、この通りに点在する店の看板に書いてある客寄せ文句が、いちいち卑猥でいやらしい。
そういう店が、歩く先歩く先に何軒も続いている。
これはわかる。ユースは来たことのない種類の歓楽街だが、それでもわかるよアレだって。
「ねぇねぇハルマ様。普通、女二人連れて色町なんかに来ます?」
ユースが、ルザニアがそわそわしながら思っていた想定を、ざっくりとアルミナが言葉にしてハルマに尋ねた。
色町とはつまり、お金を払って男と女があれやこれやする店の集まっている区域を言うのだが、ここがそうだとアルミナは確信して話を切り出している。
「お気に召さない?」
「私は好きですけどね。ユースやルザニアちゃんには早いんじゃないかなぁ、と」
「は?」
「は?」
ユースもルザニアも、びっくりして思わずアルミナの方を向く。
ハルマとお話していたアルミナも、急に二人ぶんの視線をぶっ刺されて、きょとんとした目でユースらの方を見返す。
「何よ二人とも、意地張らなくても……」
「いやいや、そうじゃなくて」
「アルミナさん……?」
「へ? はぇ?」
「ユースどのとルザニアどのは、アルミナどのが色町が好きだと言ったことに驚いてるんじゃないですかね」
そのとおり。アルミナは、ユースやルザニアには色町はまだ早いと言ったが、それに二人が反意を示してきたと思った。
そうじゃない。色町が好きだと平然と言ってのけたアルミナに対して二人は驚いている。
男がお金を払って女に出会いに来る色町を、女のアルミナが好きとはこれ如何に。
普段の彼女の言動、要するに年下の女の子にべたべたしたり、大好きなシリカさんに猫のようになつきまくっていたりする姿と照らし合わせると、さあ誤解が発生する。
「お前、男より女の方が好きだって噂あったけど、あれマジで……」
「だーっ! 違う違うっ、好きの解釈の仕方が違うっ!」
「…………」
「待ってルザニアちゃんっ! 絶対誤解してる! そうじゃないっ!」
ルザニアがアルミナから距離を取り始めた。
慌ててアルミナがルザニアに早歩きで歩み寄るが、それと同じ速さでルザニアもさらに距離を取る。
心なしかルザニアの手も、いつでも胸を守れそうな位置に移っている。
「色町が好きって言っても、別にお金払って遊びに来るのが好きって意味じゃなくって……」
「あ、着きましたよ。ここです、予約してあったんです」
アルミナが必死で弁解しようとしたところで、残念、目的地に到着である。
やや大きめの店。酒場にしては大きくて、宿と呼んでも通用しそうな四階建ての建物だ。
「ちょっとユース、何その目! 私の話ちゃんと聞……」
「まあまあアルミナどの、その辺りの話は後でしましょう。私にはだいたいわかりますし、店に入ってゆっくり腰を落ち着かせてからでも大丈夫ですよ」
さあこれから入店という時に、わやくちゃ言い合っても仕方ない。
なだめるハルマの言葉に従い、むぐぐと耐える口を結んでアルミナは黙り込む。
どうせ今あれこれと説明したって、ろくに聞いてもらえない予感はアルミナも感じているのだ。彼女にとっては由々しいが。
「さあさ、参りましょう」
「俺ホント、お前見る目変わりそうだわ……」
「違うってー! もうー!」
ユースはすっかりアルミナに対する眼差しが苦笑いになっているし、ルザニアはアルミナに近付くことをやんわり敬遠し始めている。
心外な想い全開で、やりきれぬ顔のアルミナを含む三人は、ハルマについていく形で店の敷居を跨いでいくのであった。
アルミナにすっかり意識を奪われているユースとルザニアだが、今この瞬間、色町に籍を置く店に入った自覚はあるのだろうか。
何気に二人にとっては、未知の世界への入門であるはずなのだが、二人がはっとしてそれに気付くのはもう少し後の話である。
ハルマにはそれが、少し冒険的な楽しみで、くふふと小さく笑っていた。
「いらっしゃ……おー、ハルマさん! ご無沙汰ぶりですな! お待ちしておりました!」
「まいど。今夜もお世話になる」
店に入るとまず狭い空間、カウンターを挟んで店員が一人。
カウンターからこちら側は、十人入るのも推奨できないくらい狭い。
「お席、用意できてますよ。女の子は、サラサとコルメと、例のゴールデンガールでよろしかったですね?」
「おう、すぐ行けるか?」
「えぇ、行けますよ。今日はがっつき気味ですね、ハルマさんらしくないほどに」
「今日は接待なのでな。スムーズだと嬉しい日なんだ」
「ほほう、そちらのお連れ様方がですか。お若いようですが」
「異国からの客人だ。誠心誠意、もてなして貰えると有難い」
「なるほど~。かしこまりました、では少々お待ち下さいませ」
そう言って、店員はカウンターの向こう側の、扉の奥へと去っていく。
挨拶の仕方といい、話のスムーズな進み方といい、ハルマの手馴れぶりがユース達の目を惹く。明らかに一見さんではなく、リピーターの饒舌さだ。
「ハルマ様は、結構こういう所に遊びに来るんですか?」
「昔は頻繁にですな。今はこういう役職にあるから、ある程度は控えていますがね」
「ってことは今もちょくちょくってことです?」
「まあまあそう解釈して頂いても結構なところです」
「意外ですねぇ。ハルマ様、普通にモテそうで女性に不自由してなさそうなのに、こういう所が好きなんて」
「あんまりセプトリア王都では言い広めないで下さいね? モテなくなるので」
店員が戻ってくるであろうまでの時間、他愛ない話で時間を潰すハルマとアルミナだが、ユースとルザニアはだんまりでそわそわする。
入店してしまったのだ、色町の店に。
ここが具体的にどういう店なのかも聞かされていない上でだから、想像力で補おうとすると、妙にやらしい予感しかしないから複雑な想いである。
特にルザニアなんて、ユース以上にそわそわぶりが激しい。
くそ狭いこの空間で、何もない木の壁をきょろきょろ見確かめるぐらい、首と目線が泳いでいる。
女の私がなんでこんな場所に、という戸惑いぶりがこれ以上ないぐらい態度に表れている模様。
「はいはい、お待たせ致しました~。それでは四名様、お進み下さいませ」
「ではでは皆様、参りましょう」
店員がカウンターの端を、ばたんと上向きに開けてくれて、その道を通って先程店員がくぐった扉の向こうへ行けば、店の奥。
ハルマが先頭、その次に気軽な足取りでアルミナ、少々ためらいがちの足取りで進むのがユース。
約一名、ついてこない。
「ルザニアどの?」
「う~……」
ユース以上にためらうルザニアは前に進めないようだ。
そりゃそうだ、女の子のルザニアが、何を期待して色町の店に入れというのか、彼女には本気でわからない。
「ルザニアちゃん、大丈夫だよ。怖いお店とかじゃないから」
アルミナが、ルザニアの方へと歩み寄って手を取る。
行こう、という仕草と共に、優しく微笑むアルミナの表情は、その言葉を信じるに足るだけのものはあるが、それに不安をやわらげて貰うより前にルザニアには別の懸念も。
「アルミナさん、なんでそんなに詳しいんですか……?」
「やー、まあ、その……」
手を取ってくれる本来頼もしい先輩からも、なんだか今は腰が引け気味。
色町好きの女とアルミナを認識してしまってから、明らかに妙な誤解をした目でアルミナを見続けてしまうようだ。
「は、話すと長くなるから、今はとりあえず行こ? 大丈夫大丈夫、私そんなんじゃないから、ね? ね?」
「…………」
全然信用していない目と顔だが、なんとかルザニアもアルミナに従って前へと進み始めた。
ルザニアは渋々、ユースもなんだかおっかなびっくりという態度。ハルマが接待と称してここへ三人を導いたことは、現時点では失敗のように感ぜられる風景だ。滑り出しの印象があまり良くない。
ハルマはあまり、気にしていない。
話のわかる三人だ。やや純情が過ぎて、こうした色町には本来馴染まぬユースとルザニアであるとは知りつつも、敢えてこの店へと案内している。それなりの意図がある。
決して、単に自分が遊びたくて、三人もついでに引きずりこんだとかではないのだ。一応。
店の内装は広めの酒場に近い。
大きな面積を活かして、しかし所々が壁で仕切られ、お手軽の個室のような空間にテーブルと椅子を設置した、そんな場所が点在する、ちょっと特殊な構成だ。
ユース達も、その一室に近いような空間に案内され、ひとまず少しだけ待たされる。
狭くはない。テーブルも大きく、それをコの字に囲んだソファー全体は、十人がゆったりと座れそうな大きさだ。少人数なら宴会でも開けそうなスペースは確保されており、余裕は大きい。
木製の薄い壁に囲われたこの空間にて、ソファーに座るユース達の耳には、薄壁の向こう側から別席でお楽しみの、他のお客様の楽しい歓談もうっすら聞こえてくる。
「緊張しますか?」
「そりゃあ俺、こんなとこ来るの初めてですし……」
「わ、私だって……というか、私がこんな所に来ても仕方ないんじゃ……」
だいたい店の構成や雰囲気からして、ここがどういう店なのかは、ユースもルザニアもわかるような、わからないような。
ハルマと店員の会話、指名だのなんだのいう単語の出方からして、判断要素は前にもあった。
今からここに、女の子が来るのだろう。
要するにここは、酒場と呼べる空間として機能する上で、お金を払って隣に女の子をつけて貰うサービスを得られる店である。
「というかハルマ様……騎士である俺達が風俗なんて……」
「風俗ではありません」
「……そうなんですか?」
「ふうじょくです」
「何言ってるのか全然わかんないんですけど」
「大の大人が風俗だなんて言葉を明け透けに言うものではありません。ふうじょくと言いなさい」
「風俗じゃないですか」
「違います、ふうじょくです」
何一つ面白いことなど言っていないのに笑っているハルマを見て、ユースは何を思えばいいのだろう。
まだ一杯も飲んでいないのになんでこの人酔ってるのかな、とでも思えばいいんだろうか。
「ふうじょく♪」
「アルミナうるさい」
アルミナはその響きが気に入ったらしい。バカが伝染ったのかもしれない。
「どうも~。ハルマ様、お久しぶりです」
「お待たせしました、今日はご来店ありがとうございます~」
「おお、サラサ、コルメ。ご無沙汰」
一銭の価値もない無駄話で時間を潰していたところに、お相手様方の登場である。
ご挨拶が聞こえると同時にそちらを振り向いたユースは、ぼふっと頭から煙を噴かせ、きゅるっと首をあらぬ方向へと向け直した。
現れた二人の女性は、絨毯敷きの床の上で裸足であり、そこから太もも半ばまでが全部見えるような短めのスカート。
上もチューブトップ型の胸回りだけを覆う水着のような着こなしで、その上から肩と胸の下までを、透けるヴェールのような絹で飾っている。
二人とも、鎖骨の下の膨らみは贅沢果実のようにふっくらと大きく、スリムなウエストも丸出しにしたその姿は、耐性のないユースが慌てて目を逸らすぐらい扇情的なのであった。
背が高く、小顔で綺麗な蒼の瞳に、白銀のミドルヘアーを携えた方がサラサ。二十歳過ぎてすぐの年頃と見えるこちらは、水着だか服だかわからないその召し物が水色。
それには背丈で劣りつつも、かすかな肉感を携えつつ極めてスマートな全身像で、茶髪にウエーブをかけた方がコルメである。二十代半ばと見えるこちらは、例のその召し物が萌黄色である。
「なんだか今日は珍しいお連れさん連れてますね。お三方とも、後輩さんです?」
「遠方よりお越し頂いた客人だよ。今日はめいっぱいもてなしてやってくれ」
「なるほど~、それじゃあ気合入れておもてなししますか!」
「あ、ルザニアどの、ちょいとそちらに寄って下さいませ」
元気な声でハルマに問いかけるサラサは、シリカのような大人びた外見に、アルミナの快活さを足したような態度で歩み寄ってくる。
アルミナ、ユース、ハルマ、ルザニアの順に並ぶ四人側だが、ハルマが自分とルザニアの位置をずらせば、ハルマとユースの間に人が座れるスペースが出来る。
ここへ来い来い、と手招きするハルマにより、サラサが座るのはそこだ。
「じゃ、私はこっちにしようかな」
声に明るさを含めつつ、やや控えめな態度のコルメは、ルザニアの横にしゃなりと座る。
自分の方へとコルメ、要するに風俗で働く女性が近付いてくる光景に、露骨にルザニアの肩が縮こまったが、それもコルメはちゃんと見た上で彼女の隣に座っている。
何百もの客を相手にしてきた接客嬢、客の動向から内心を察するのには長けており、その行動はそれに基づいている。
「ユース、緊張してる~?」
「あ、当たり前だろっ……! こんな、あの……」
「んふふ、可愛いなぁ少年。改めまして、私サラサ。よろしくね?」
「よ、よろし……いやあの、えっ、少年って……」
さらっと何か誤解をくらった気がして、ユースが遅れて何かを訂正させようとする。
だが、それは最後まで発せない。こうした場には不慣れなユースには、ここからの展開はあまりにも早く、しどろもどろしている間にもう次の流れが生じ始めている。
「お待たせしました! ご指名ありがとうござ……い゛っ!?」
「あら」
「どうも」
「!?」
「ふぇっ!?」
ハルマが指名した、三人目の女の子が登場だ。
ぱたぱた駆けてきて、めいっぱいの営業スマイルを作っていた彼女だが、ぺこりと頭を下げて顔を上げた瞬間に、客の顔を見てびっくりである。
アルミナも、口を軽く手で押さえて驚きのリアクションを作る。
ハルマは、相手がわかっていたので軽い挨拶のみ。
ユースはぎょっとするばかりで。
ルザニアは裏返った変な声をあげるほど驚愕だ。
「カナリアちゃん、こういうとこでも働いてたんだ?」
「な、なんだよ、私がこういう所で働いてちゃ悪いかよっ……!」
サラサやコルメと同じ格好、色は淡い黄のお召し物のカナリアは、慣れぬも頑張って作っていた客向けの笑顔をがらりと消し、昼間のようなつり目でアルミナを睨み付ける。
しかし昼間はポニーテールで、さらにその先を三つ編みにしていた金髪も今はほどき、長い長いそれがお尻まで届きそうなほどの様は、さらっと流れて彼女の魅力を際立たせている。
胸元はサラサやコルメほど無くて少し寂しげだが、恐らくそれを口にするとカナリアが怒ってしまうので、ハルマもいちいちコメントしない。
これであの可愛らしい顔が、あんなにきつい目じゃなければ女神様の卵であろう。
荒っぽい戦い方を不得意としない、昼間の格闘娘さながらの格好をした彼女でさえ、着るもの一つ変わればこんなに可愛らしくなるんだから、睨まれたって全く怯まずアルミナは目を輝かせている。
「こーら、カナリア。お客様にそんな言葉遣いと態度はダメだぞ」
「お知り合いなのは察せたけど、今のあなたは接客中。しっかり割り切りなさい」
「うぐぅ……」
後輩のカナリアが困っているのを楽しむような、いたずら笑顔と軽い声で、サラサとコルメが軽くお叱りだ。
言っていることは正論なので、カナリアも反論できない。唇を震わせて押し黙ることしか出来ない。
「カナリアちゃん、来て来て! 一緒にお話しよ!」
「えっ、や……えぇと、その……」
自分の隣の位置をばんばん叩いて、ここに座ってとハイテンションのアルミナを見ると、カナリアは妙な胸騒ぎを覚えてしまい、体が前に進まない。
なんで女性客のあいつが、こんな店に来てハイテンションなんだと。そっちの気があるのかと。あいつの隣に座るのって、もしかしてすげぇ危ないんじゃないかと、警戒せざるを得ない。
「カナリア~?」
「ご指名入ってるのよ~?」
「諦めて座りなさい、ふくくく」
サラサ、コルメ、そしてハルマ。悪い大人三名が揃ってアルミナの味方をし、逃げ道は無いから諦めろとカナリアを追い詰める。
昼間、力強いファイティングポーズを取っていたカナリアが、胸の前でか弱く両手を握り、びくびくしながらアルミナの隣に腰を降ろすんだから、真昼と比べて落差が激しすぎる。
それぐらい、可愛い年下の女の子を前にした時のアルミナっていうのは、相手方に怖がられ得る何かを発しているのかもしれない。
「んふふふ~、今夜はよろしくっ、カナリアちゃん!」
「お、お触りは禁止だからな、この店は……! 絶対、ヘンなことするなよっ……!」
「あなた、お名前は?」
「ゆ、ユーステット=クロニクス……ユースって、呼ばれます……」
「ふふ、緊張しないで? こういうとこ来るの、初めて?」
「は、はい……」
「ルザニアどの、そう固くなられる必要はありませんよ。単なる酒場と思って、気軽なお喋りを楽しみましょう」
一個空間に居合わせる形ながら、概ね接客側と客側の組み合わせのようなものが自然と決まった。
可愛らしい姿になったカナリアの両手を握って、目を煌かせるアルミナと、手を握られつつも逃げ腰で胸を相手から少し離すカナリア。
大人の色香をむんむん漂わせて、肩と肩がひっつきそうな距離感から甘い声を発するサラサと、顔を真っ赤にして目が泳いでいるユース。
この場でどう振る舞えばいいのかわからず、顔を伏せがちでかちんこちんのルザニアを、その肩を横から握ってもみもみするコルメと、朗らかな笑みで見守るハルマが挟んでいる。
風俗店に男性客二人、女性客二人、接待役三名。
合計七名、男女比率は2:5。そこそこのレアケースである。




