第18話 ~風土が違う剣術指南~
アルバーシティ入り二日目。
この日のユース達は、大きな大きなアルバー城に、ハルマに導かれる形で訪れていた。
「はい、毎度~。皆の衆、ご無沙汰ぶり」
「んん? お~、ハルマ様、いつぞや以来ですな」
広い城内を、ユース達の先頭で歩いていたハルマがやがて辿り着いたのは、城内の一角に作られた訓練場だ。
城内に兵の訓練場を作る猶予もないセプトリア城と比べると、やはりアルバー城は建造物としても一枚上。
つくづく、ちょっとしたきっかけでも、女王様のお住まいとの比較をしてしまう要素が発生する。
「ウィーク様から話は聞いているな? こちらが本日、お前達に剣術指南をしてくれる方々だ」
「ほうほう。思ったより若造ですな、大丈夫ですかい?」
「確かにお若くはあるが、エレム王国騎士団の騎士様だ。先入観でものを言うと、後でお前達が恥をかくぞ?」
「そうですかい。でしたらまあ、あまり色眼鏡をかけん方がよさそうですな」
訓練場の兵を見ても同じことが言えるが、果たしてこれは良いことなのか悪いことなのか。
ハルマと言えば女王様に最も近しい立場の兵であって、それなりに高い地位にある。
にも関わらず、ハルマの来訪を見受けて近づいてきたこの中年の男は、そんなハルマに対しての態度がいささか軽すぎる。
ユース達にも少々軽率な発言をしているが、それはまあ年の差ゆえと目をつぶってもいいとしよう。ユース達もそんなことは気にしていない。
ユースが気になったのは、この訓練場の空気である。
人はいる。要するに、訓練に励もうという意志でここに足を運んだ者がいるというのは確かで、それは結構なことだろう。
それがそうだと意識できないぐらい、ユースはなんだかこの空気に首をかしげたくなる。
訓練場って普通、こんなだらだらした空気じゃないよな……って、ユースは感じている。
なんだか、休み時間に子供達が集まる、学校の庭の空気に近いものを感じるのだ。
「とりあえず支度してこい。お前達、一応やる気があって来てるんだろう?」
「はいよ、では連中にもそう伝えてきますや」
いくらか会話を適当に挟んで、ハルマは中年兵を訓練場に送り出す。
やれやれ相変わらずだ、と肩をすくめて見送ったハルマは、くるりとユースに向き直る。
「ユースどの、第一印象は?」
「え……あー、えーっと……年のいった人が多いなぁとは……」
「違う、そうじゃない。本音でどうぞ?」
「……………………いえ、別に何も……」
作文の出来ない子供じゃあるまいし、感想なしなんてこの状況ではあり得ない。
ユースは幼少の頃から剣術道場に通い、やがて騎士団入りし、それからもずっと剣の修練に明け暮れてきた人物。実に十年以上の日々を、自らの剣の腕の向上に費やしてきたわけだ。
肝心なのは、それに際し、同じように自らの向上のために武器を振るう同僚や先輩の姿を見てきたということ。
一生懸命練習する人の姿を見て、それを自分の励みにして、あるいは触発され、後輩に追いつかれないよう、先輩に追いつこうと頑張ってきた日々がユースにはある。重ねて言うが、十年以上。
そんな半生を歩んでくれば、剣の鍛錬に勤しむ者の姿を見た時、その者が真剣にやっているかどうかを見分けられる目は、否応無しに養われてしまうのである。
漠然とだが、ユースは、この訓練場に集まっているアルバー城の兵らから、"やる気"を感じない。
「はっきり言ってくれていいですよ。こいつら、どうです?」
「いや、あの……まぁ、お察しされるような印象は、多少持ってますけど……」
人のいいユースは明け透けに言うことを憚られ、露骨にアルミナに助けての目線を送る。
返ってきたのは、わかるわかる、でも私もあんまり自分の口からは言いたくない、という苦笑いのみ。あんまり助けては貰えなかった。
「おーい、てきぱき動け。騎士様をお待たせするんじゃない」
まるで子供に言い聞かせるようなことをハルマが大声で発する時点で、この訓練場の空気は、ユースの知っている訓練場のそれじゃない。
これから仕事、剣術指南だというのに釈然としない顔で、木剣を手にし、盾がきっちり装備できているかを確かめるユースの姿を見て、アルミナもあんまり笑えない。
仕事に前向き、鍛錬は好き、そんなユースが気乗りしない顔で剣絡みの仕事に臨もうとする姿なんて、過去に一度もアルミナは見たことがないのである。
これもまた異国に訪れて初めてみる光景の一つ、と数えてもいいのか、実に複雑なところであろう。
訓練場の真ん中に立ったのはルザニアで、その正面の少し離れた所に若いアルバー兵が一人立つ。
まずはユースではなく、ルザニアが先鋒を切り、互いにお手並み拝見という段取りが取られたようだ。
これはルザニアの太刀筋をまだよく見ていないハルマによる提案であると同時、ルザニアにも経験を積めるいい機会ということでユースも了承したものである。互いのニーズに噛み合っている。
「よろしくお願いしますよ、っと」
「……よろしくお願いします」
「まったく、挨拶もろくに出来んのか。これだからアルバーの連中は……」
呆れるような声を小さく漏らしながら、ハルマは両者の中心点から七歩後退した場所で、左右にルザニアと兵を視野に入れる。手合わせ開始の合図を発する役は、彼が担うようだ。
ルザニアが木剣を構える。二十代半ばと思われるアルバー兵も同様。
なるほど、構えてみればまあまあ整った型ではなる兵。流石に兵としての鍛錬は積んでいるだけあって、野盗や山賊の武器の握り方よりはよっぽどマシと言えよう。
所詮はまあまあだし、賊よりマシというだけでしかないが。
「……ねぇユース、これどうなると思う?」
「いやぁ……もう勝負決まってるようにしか……」
「だよね……私達、目がおかしくなったのかな……」
ユースもアルミナも、立ち合いの時点でもう、結果はおろか展開まで読めたような気がして首をかしげている。
どう考えても、明らかに5歳は年下のルザニアが相手を瞬殺する未来しか見えない。
いやいや、そこまで見えた気になるなんて、俺達私達が偉そうな目を持ってるわけないだろ、ないでしょと、ユースとアルミナは顔を合わせてもやもやを共有する。
「始めるぞ。よろしいか」
「あいよ」
「……はいっ」
確かにルザニアと兵の間には距離がある。
だからなのか、兵は明らかに気を抜きまくっている。相手が二十歳にも満たない女の子であることも、兵を油断させている一因なのだろうか。
その構え、そもそも握りも剣の角度も甘いそれが、ルザニアの攻撃を一度でも防げるとはユース達にはまったく思えないのである。
さて、結果は如何に。
「それでは、始めっ」
ハルマの声にもあまり張りはなかった。どうせ面白い一戦にはなるまいと、彼も思っていたのだろう。
実際、傍観側三名の予想どおり。
地を蹴ったルザニアは、あっという間に相手との距離を詰め、その動きを真正面から見ているはずの男は、まったくそれに目がついていっていない。
気付いた時には離れた位置から次元の壁を超えてきたかのように、もうルザニアは木剣が相手に届かんという場所まで接近済み。
それに驚いた兵は木剣を下げ、防御の姿勢に入るので精一杯。
咄嗟に武器を下げただけ、どこを守るだとかもはっきりしない防御なんてルザニアは全く問題にせず、一瞬の躊躇いすら覚えて木剣の先を突き出す。
あまりにも相手が隙だらけで、まさか誘い込まれたのかと高度な思考すら瞬時に巡らせ、すぐに回避や防御に移れる慎重な突きに切り替えているほど。
その突きすら相手には速すぎて、案山子に打ち込むようなスムーズさで、ルザニアの木剣は兵の胸元にぶち当たる。
革鎧越しにも重いその一撃は、体芯もしっかりしていない兵を一気に押し出し、彼が背中から倒れる姿を導いた。
「はい、そこまで。さっさとどけ」
受け身すらろくに取れずに倒れた訓練不足の兵は、えづいて身をよじらせているのだが、ハルマは冷たく一瞥して、次の奴が来いと次戦を促す。
始まる前からこうなることがわかり過ぎている一戦は、ハルマにとってもこんな冷たい態度を取るぐらい、面白くなかったらしい。
ユースとアルミナは顔を見合わせ、複雑な顔で口をもにょもにょ。予想通りすぎてコメントがない。
ルザニアだってきょとんとしている。運が良かったのかな、なんて思っている。謙虚な子だ。
「早くしろ。はるばるご足労頂いた騎士様を待たせるつもりか。そこのお前、さっさと来い」
立てない兵からはもう興味を失ったかのように、ハルマは別の兵を招き寄せる。それも、立てた指をくいくいと引く、ちょっとおっかない上司の呼び方だ。
呼ばれた側も、ルザニアの強さを目にしたばかりなので、どことなくおっかなびっくりで訓練場の真ん中に歩いてくる。
さて、立ち合い。
今度の相手はさっきの兵より少し年上、そろそろ三十路かなという顔。
腕も太いし、先ほどの兵より多少は腕も立ちそうだ。多少は、だが。
「ユース、どう?」
「いや、まあ……無理なんじゃないかなぁ……」
ルザニアと対峙した兵は、木剣を握る手を少し引き気味の、守りを優先するような構えである。
選びたい戦い方に合わせて型を選ぶことは出来るようだが、始まる前から攻め気を失っているようでは。
「それでは、始めっ」
先程と同じ距離感から、ルザニアが相手への距離を駆け縮める。
少しだけ勢いを抑えている。傍に見せたばかりの動きをもう一度しては、狙い棲まされ返り討ちに遭うと判断し、敢えてそうしているわけだ。よく考えながら戦っている。
それでも相手にしてみれば速すぎるらしい。反応できない兵は前にも後ろにも動けず、ルザニアが頭めがけて振り下ろしかけてきた木剣に、慌てて自分の木剣を構える。
繰り出す直前から、あぁフェイントだ、とユースには見えたのだが、その察しどおり。
それで兵の上方防御を促したルザニアは、瞬時に木剣を引き、下ろし、がら空きの兵の横っ腹にひゅっと木剣を振り当てた。
あれだけ自在に木剣を軌道修正しておきながら、速度は充分の重い一撃だ。革鎧越しでも存分に効くほどに。
防がれるかかわされるかしたら危ないとし、当てると同時に後方へ大きく跳び退がったルザニアの前で、詰まった声と共に兵が膝から崩れ落ちる。
用心深い立ち回りをしているルザニアだが、心配しなくても勝負あり。
「次だ次。ほらお前だ、早く来い」
圧倒的な二連勝を飾るルザニアが、勝った快感すら味わえない顔で疑問符を浮かべる中、ハルマがてきぱき進行する。
すっかり彼女の快進撃にびびったのか、仮に希望性でルザニアの相手を募っても、手を早く挙げてくれる奴がいなさそうなので、彼が次々に相手を選ぶ段取りを敷いている。
三人目の兵と、ルザニアが構え合う。
ユースとアルミナは相変わらず、構えと両者の顔を見ただけで結果がわかりきってしまう。
身内のルザニアが手合わせの当事者でなかったら、興味まで失ってしまいかねないほど先が読め読め。
「それでは、始めっ」
三戦目も、ハルマの一声から決着まで五秒かからなかった。
兵の木剣がルザニアの剣にはじき飛ばされる場面があったぐらいで、この日初めて木剣と木剣が当たり合う光景が生じたのが、せいぜいの新展開である。
後でハルマが解説してくれたことだが、それを聞いてからならユースやアルミナも、アルバー城の兵らがどうしてこんなにだらしないのかが理解できた。
アルバーシティは富裕なる財力と交易力が売りで、栄えた町並みからもわかるとおり豊かな町だ。
それによってセプトリア王国に大きく貢献もしているし、それはこの街が誇っていい点として間違いない。
ただ、そちらにかまける意識があるのか、どうも武力の増強に関しては意識が低いそうだ。
アルバーシティの近辺は魔物が出没することが極めて少なく、それに対する対抗手段もあまり必要としていないのも一因だろう。
良く言えば平和ゆえに武器が必要とされていない、悪く言えば平和ボケということ。
アルバー城の兵といえば、商才には向かぬと自己判断した者が、肉体労働者気分で就くのが殆どであって、ユース達のようにどこまでも実力の追究に真剣になる者なんて一握り。
要はこの城で働く兵なんていうのは、食い扶持稼ぎに武器を握る、傭兵の集まりのようなものであるということだ。
戦事とは無縁の日々、彼らは街の力仕事などに従事しているそうで、その本質は都の城に仕える兵と言うより、武器を握ることも出来る肉体労働者、に近い。
はっきり言って、兵という認識で見ようとすると個々は頼りない。
ただ、人口自体は多いアルバーシティ、擁する兵の数も多いから、人海戦術は取れる。一兵ごとの実力が小粒でも、有事の際にはそれなりの集団力は出せるのだ。
数は力なりである。仮にもそんじょそこらの一般人よりは武器の扱える者が百人いれば、例えは悪いが、武力無き人々が最も恐れる野盗団や海賊と同じようなもので、そこそこの総合力を発揮することが出来るのである。
田舎村の自警団でも、相手が格別脅威的なものでなければ力を合わせて魔物も撃退できるし、兵力に富むアルバー兵の一団は、その大型と見れば案外悪い働きもしない。
そんな事情も相まって、アルバー城の兵というのは、エレムの騎士やセプトリア王都の兵とは違い、自分達が兵という自覚がそもそも薄いのである。
与えられた仕事をこなせばよい、武器の扱いはそこそこ出来ればいい、気分次第と暇潰しで訓練場に足を運ぶことはある、そんな程度。
月給は確約されているので、自分の腕次第で手取りの歩合が決まる一般的な傭兵と比べてさえ、自分自身の腕を磨くことにたいした意義を覚えるきっかけも無い。
それがアルバーシティの兵である。
ユースやアルミナ、ルザニアのような武人とは、そもそも価値観が違うのである。
さて、それは今の剣術指南が終わってからハルマが聞かせてくれる話であり、今のユース達はそれを聞かされていない。
彼らの目に映るのは、偏にアルバー兵達の、山賊よりもちょっとましかなという程度の乏しい実力のみ。
ルザニアには悪いとは思いつつも、ユースもアルミナも見ていて退屈である。
普通、身内のルザニアがこうも連勝してくれれば、二人にとっては嬉しいはずなのだ。
だが、とにかく相手が弱すぎる。立ち合いの時点で、ルザニアと相手の構えを見比べただけで勝敗の見えてしまう勝負を、何度も連続して見せられて何が面白いというのか。
大人が子供からあっさり一本取るような、始まる前から先の知れた戦いと結果を見て、あぁやったうちの後輩が勝ったと喜べるような感性は、生憎ユースもアルミナも持ち合わせていない。
八連勝したルザニアが、数字で見れば快挙的な結果を踏んでなお、怪訝な顔をして次の相手を待つぐらいだ。
ここに来る前の彼女は、他国の兵士様と剣を交える初めての機会ということで、緊張しながらも静かに意気込んでいたものである。
恥ずかしい姿を見せないようにしなきゃ、でも私に上手くやれるのかな、いやいや弱気でいちゃ駄目、一つでも多く勝って誇れるような結果にしたい、と、汗ばみそうな手を握ってだ。
蓋を明けてみれば、一つでも多く勝てればどころの話じゃない。
粗まみれ、隙でガバガバの構えと正面向かい合って対峙し、どう見てもどこに打ち込んでも勝てる戦前に、いやいや私みたいな未熟者が何を考えてるんだ、と、努めて意識付けることの繰り返し。
それで実際、始めっ、の合図を耳にしてファーストアタックを仕掛けたら、ものの5秒以内にあっさり勝ち。
骨のある手合いが欲しいとまで望むわけではないのだが、ここまで手応えがないようだと、観る側もやる側も虚しいだけ。
結局ルザニアが傷どころか息の乱れ一つなく、彼女が十連勝を飾るまでたいした時間はかからなかった。
休憩を挟む必要すら無かったことも、運びが速かった一因である。
「ま、こんなものか。まったくだらしない」
19歳のルザニアに、二十歳超えのアルバー兵ら、うち数名は三十路も超えよういう連中が十連敗である。
辛辣なことを言いながらも、ハルマが連中を咎めないのは、ある程度予想通りであったからだろう。
普通はセプトリア王国に属する、兵の役職を持つ者らがここまで無様だと、お偉い様のハルマからお叱りの一つや二つあって自然だが、それすら今、ここでは無い。
想定どおりかつ、叱っても変わるまいというハルマの諦観がうっすらうかがえる。
「お前ら、騎士様から一本取ってやろうという気概のある奴はおらんのか? やる気があるなら手を挙げろ」
「…………」
「一本取れば賞与をやるという約束だが、それでも挑戦できんのか?」
すっかり腰の引けてしまった傍観兵らに向けた、ハルマの言葉に、余計にユースはうへぇと思わせられる。
ああ、お金に釣られて今日はこの訓練場に人が集まってただけだったんだなって。そうじゃなかったら、この訓練場はいつもガラガラなんだろうなって。
ルザニアの相手になった兵らの及ばな過ぎを見受けて、そう想像できてしまっても仕方ない。なお、正解。
「ちっ……仕方あるまいな。興にもならぬし、お開きとするか」
もう終わり? という幕切れだが、ハルマの発言にユースは、むしろほっとしたような気分。
正直、ルザニアとここの兵が手を合わせても、ルザニアが学べることもなさそうだし、向こうもルザニアの太刀筋を見て何かを学ぶということも無さそう。
普通、なかなかこんなことを考えない性格のユースをして、こんな鍛錬は時間の無駄なんじゃないかなぁ……と思ってしまっていたのが正直なところである。
「最後にカナリア、お前だ。お前とルザニアどのの一戦を最後に、お開きとする」
「……んぁ?」
と、思っていたところだが、どうやらあと少しだけ続きがあるらしい。
実はユースらもしばらく気にはなっていたのだが、訓練場に散った兵の中に、ちょっと風変わりな女の子がいる。
ハルマが声をかけ、手招きする相手はその彼女。
ホットパンツにニーソックス、上はへそを出すと袖も短めのシャツ一枚着という、冬場にあって寒すぎないかという格好で、彼女はあぐら座りで膝に頬杖ついてルザニアの戦いぶりを眺めていた。
ちょっぴり汗ばんでいる全身から察するに、ユース達が来る前にはこの訓練場でひと汗かいた後でありそうで、体は温まっているのかもしれないが。
桃色のバンダナで前髪を止め、金髪を後頭部でポニーテールに纏め、さらにその先を三つ編みに結んだ
カナリアと呼ばれた少女は、ハルマの呼び声に彼の方を向く。たいへん目つきが悪い。
「んぁじゃない、お前だお前。さっさと来い」
「あたしがエレムの騎士様に太刀打ちできるんすかねぇ……」
「いいからやれ」
「はぁ……わかりましたよ、ちょっと準備してきます……」
立ち上がったカナリアが、訓練場の端の倉庫に向かって歩いていく。見たところ18歳ぐらい、つまりルザニアよりも年下の彼女が、国のお偉い様であるハルマに対して雑な態度だ。
元々アルバー兵は、ハルマに対してもちょっと不躾が過ぎないかという連中という印象だったが、ここまで極端だと彼女に限っては別の推論も立つ。
もしかしてあの子、ハルマ様とは個人的にも親しいのかな、なんてアルミナは勝手に想像する。
実際のところどうなのかはまだ不明。
「退屈させてすみませんな、皆様。次で終わりですので、ご辛抱を」
「はぁ……いえまあ、退屈だなんてことは、ないですけど……」
ユースは嘘をつくのがヘタであった。苦笑いの表情に本音が隠せていないが、ハルマは見ないふりをして話を続ける。
「ルザニアどの、最後の一戦は少々気を引き締めて望んで頂きたい。貴女ならば負けはしないとは思いますが、あれは油断し過ぎると、思わぬ怪我をするかもしれない相手ですよ」
「……そうですか。わかりました」
「ああ、でもあの子の顔を傷つけるのは控えてあげて下さいね? それだけはお願いします」
忠告は以上。最後の一戦に選んだ相手だけあって、ハルマも何やら意図あってのものと感じる発言だ。
ハルマの言葉を反芻しながら、ルザニアは改めて木剣を握る手に力を込める。
ちょうどそれぐらいの頃に、倉庫から出てきたルザニアの風貌は、先程までよりいくらか戦人らしくなっていた。
「ハルマ様、一応確認しておきますけど、一本取ったらボーナス出るんすよね?」
「ああ、約束してやる。取れればな」
「うし、そんじゃあやるだけやってみますか」
がさつな口調、普通にしていてもきつい目、それを差し引いても垢抜けて可愛げのある顔立ちのカナリアだが、これから一戦という状況に際して姿を見せた彼女の風貌が、綺麗な顔立ちよりも目を引いてしまう。
革のオープンフィンガーグローブを、大きめの胸の前でばすんと殴り鳴らしたカナリアは、両肘と、両膝から脛にかけてを厚手革の防具で固めている。
あとは、胸を覆う革の胸当てを装備しただけであって、武器らしきものは持っていない。
剣などの得物の使い手ではなく、拳や脚を武器に戦うスタイルであるのが見て取れる。喧嘩が得意そうな目つきも合わせて似合っている装備ぶりではあるが、それはユースらの目にはどう映るのだろう。
「ルザニア、ほんとに油断するなよ」
「……わかってます」
ルザニアに声をかけたユースも、アルミナもルザニアもそうだが、カナリアのスタイルに抱く印象は正しいものだ。
油断しない方がいい、と忠告したハルマの言葉には、もっともだとしか思えない。
剣の使い手が、武器を持たぬ格闘家を相手取る際は、未熟であれば侮りがちだ。
武器を持っている方がリーチも長いし、攻撃力もある。確かにそう。
しかし、素手の戦いを得意とする者には、それゆえの強みもある。
その強みとは、油断すると危ないどころか、時には決定的な利とさえなるほど、勝敗を決するにあたって大きなファクターとなり得るものだ。
ユースもルザニアも、それを正しくわかっている。確かに、油断しない方がよさそうだ。
「アルミナはあのカナリアって子、どう思う?」
「あの脚の筋肉の締まり具合とか、カッコいい通り越して艶美さすら感じるわ。エロい」
「そうじゃなくてだな……」
「あんた男のくせに、あの子の体見て何にも思わないわけ? 女の私でも、あのプロポーション凄いなって本気で感じるのに」
「何の話をしてるんだよっ」
「まあ、シリカさんの完璧すぎる体には劣るけどさ。あんたはあんな素敵な人を毎日見てきたわけだし、それで目が肥えちゃってるっていうんだったらわからなくもない」
「お前ほんと時々頭おかしいよ」
呆れたユースは話を打ち切り、訓練場の真ん中で立ち会うルザニアとカナリアに注視する。今度はどうなるかわからない戦いを、一瞬でも見逃さないようにしたい。
少なくともその方が、今のアルミナと中身ゼロの雑談をするよりも間違いなく有益である。




