第10話 ~雪山の華~
「けっこう進むんですね。動物の姿もよく見るようになってきましたよ」
「そろそろじゃ。もうすぐ着くぞ」
朝に入山してからいくらか山深くまで来て、生い茂る木々が周囲に多くなってきた。
山のふもとはそうでもなかったが、ここまで来るとアルミナの言うとおり、この山に棲む動物の姿も散見するようになる。狐やら猿やらばかりで、あまり凶暴そうなのはいないが。
「警戒した方が?」
「いや、人が立ち入れるこの辺りなどは、怖がるような動物は棲んでおらぬよ。もっともっと山奥まで進めば、熊やら豹やらも出るそうじゃが、妾もそこまで行くつもりはないからの」
「万一に備えて、ぐらいの気持ちでいいんでしょうか」
「万一があるとしても、ぬしらがおるから安心しておる。何か出てもせいぜい、スノーウルフぐらいじゃからのう。それぐらいなら、妾も自分で対処できるぞ」
「え、ナナリー様、戦闘もこなせるんですか?」
「んふふふ、妾も魔法を嗜んでおるからのう。結構な使い手じゃとは自負しておるぞ?」
「ナナリー様のお手を煩わせることは決して致しませんがね」
アルミナがちょっと食いつけば、ナナリーは得意げな顔で胸を張って歩き続ける。
ニトロはすかさず、衛兵として、彼女に見せ場が訪れることはないと主張だ。主君は座したままにして、その危機を免れさせるというのが、彼なりの矜持なのだろう。
「ニトロさんは剣で戦うみたいですけど、魔法は使えたりします?」
「まだ練習中かな。アルミナはどうなんだ、飛び道具使いは、銃弾や矢に魔法を乗せることも多いと聞くが」
「私は全然ですよ。たまに、練習することはあるんですけど」
魔法というのは、特別な才覚が無くたって誰でも使えるものだ。
使えるようになるまでに、誰かから何かを買う必要も特にないし、唱えるにあたって特別な道具が必要なものでもない。すっかりこの時代では広く知られるようになった、魔法学と呼ばれる学問いわく、誰しもが我が身に宿る魂と精神から魔力を生じさせ、自分の魔法を編み出すことが出来るとされている。
あとは個人差いろいろ、魔法が得意な者もいれば苦手な者もいる。状況次第なところもあり、前者とて環境によっては魔法を上手く使えず、後者でも条件が揃えば本来以上の魔法を使えたりも。
基本的にアルミナは、本人の言うとおり魔法が得意な方ではなく、今は自在に使える魔法を特に持っていない。当人の頑張り次第では、将来何らかの魔法を実現させることは出来るかもしれないが。
「ユースどのとシリカどのはどうなのかの? 魔法は、お使いに?」
「一応は……そんな大層なものではないんですけど」
「私も、一つだけは習得しています」
「二人の魔法はわかりやすいですよー。ユースは盾使い、シリカさんは剣使い」
「ほほう、どんな魔法ですかの?」
ナナリーに尋ねられたユースとシリカだが、なぜか返答する前に互いに顔を見合わせる。自分の得意とする魔法がどんなものぐらい、自分が一番知っているであろうに、ナナリーから見れば何その顔。
「どんな……ねぇ」
「……これ、どう説明したらいいんだろうな」
「む? そんな複雑な魔法なのですかや?」
「いや、そうでも……えー、アレ?」
言われてみれば、何と説明すればいいのやら、ちょっとすぐには出てこない。
「ユースはアレじゃん。凄い盾を作るっていうか」
「あーうん、そんな感じだな。凄いかどうかはわかんないけど」
「シリカさんはアレですよね。凄い剣を作るっていうか」
「んー、それが一番適切な説明な気がする……凄いのかどうかはちょっとあれだが……」
「ふむ……? とりあえず戦向きの魔法であるのは確かなのじゃな」
漠然すぎる回答だが、ナナリーはそう解釈することに。
語彙力が豊富なアルミナは、もっと適切な説明の仕方が出来そうなものだが、もしかしたら敢えてミステリアスな言い方を好んで使っているのかもしれない。実際にどう凄いのかは、見られる機会があったらその時をお楽しみ、と。何かとこうして、ちょっと包み気味な話し方を好む者というのはたまにいる。
「まあ、それを見せて貰える機会が訪れない方が、一番いいとは思うけどな」
「そういう危ない状況が訪れるような環境ではないしのう。ほれ、もう目的地も見えてきたことじゃし」
「あ……」
ナナリーを中心に囲うようにして進む5人の前方遠め、わかりやすい見所が見えてきた。
切り立った崖の上から水が流れ落ち、河に流れて下流へと突き進む大きな滝が、遥か高みから背丈を主張している。幅もあり、まだ距離がありながらも、音と姿で存在を主張してくるその滝は、ナナリーが目的地としていた場所の目印として実にわかりやすい。
しばらく歩いて、滝に接近。近くで見たいアルミナが、ナナリーの歩く速度に合わせて歩く中、早く前に行きたい行きたいとそわそわしているのがわかりやすかった。二十歳にもなって、まだまだ童心が抜けきらないご様子。
「わあ、凄い……! 何コレ、普通の滝じゃないですよね……!」
「普通の滝だよ。ここから見るぶんには何の変哲もない」
「うそ? だってこんな綺麗な滝、私見たことありませんよ?」
近付いて見てみると、確かにアルミナの言うことは間違っていない。激しく落ちる水でありながら、なんと澄み切って見えることか。
故郷エレム王国でも、滝なんて何度も見てきたアルミナであるはずだが、過去に見てきたそれらと比べ、明らかに滝の水の透明度が違う。
「気温が低いせいだな。水は低温であるほど透明度が如実で、それでここまで美しいんだろう」
「お、シリカどのは博識ですのう。南国エレムにお住まいで、そんなことまでご存知ですかや」
「北国の山を訪れたこともありますからね。ユースやアルミナと出会う前の話ですが」
流氷を一度見たことがあれば、思った以上の青さの理屈に興味を抱くこともあろう。空がなぜ青いのかと同じで、理屈までもを説明することは難しいが、寒冷地の水が特に青く見えること自体は案外知られている事実である。
寒ければ寒いほど水はより青い、と、場繋ぎ会話用の薀蓄なんて理屈無しのその程度で結構。
「さて、ここから見ても見栄えのよい滝なのじゃが、妾の目当てはここではない」
「まだあるんですか? 私、これ見てるだけでも楽しくてしょうがないんですけど」
「もっと良いものじゃ。我が国の自慢と言うても良いほどのな」
滝を見据えられる立ち位置をはずれ、横道へと進んでいくナナリーとニトロに従い、持ち場を保ちつつそれにユースらも続く。
もっとじっくり滝を眺めていたかったアルミナが名残惜しそうだが、心配しなくたってもっといいものが見れるんだから、ちらちら後ろを振り向かなくてよろしい。脅威になり得るものが接近していやしないかと、上に左右に視野を広げているユースとは大違い。
ユースやシリカ、ニトロに警戒仕事を信頼して任せっきりとはいえ、アルミナの子供っぽいところはよく目立つ特徴だ。きっとしばらくは、何歳になっても彼女はこうである。
「ひゅわ~! 何これ、あり得ない!」
「んふふ、凄いじゃろ? これは単なる寒冷地の滝というだけでは見られない、この山この滝のみの奇跡じゃぞ」
ナナリーに導かれて着いた場所は、山道を登って少々高度を増した場所。
滝の半ばほど、その滝を斜め横から眺められる名所と言えよう場所であり、流れ落ちる多量の滝水をそこから眺めるアルミナは、目がきんきらきんに輝いている。
輝いているのはアルミナの目だけではない。流れ落ちる滝の水の脇に、小さな虹がかかっている錯覚を覚えるほど、本来白一色であろうはずの落水が、ちかついて艶やかな光を放っているのだ。
まるで宝石を含む水が、その輝きを発しながら落ちていくようで、もはや宝石の滝と形容しても全く遜色ない。
「上流から流れる落水には、低すぎる水温のせいでいくつもの氷の粒が混じっている。それが日差しを受け、乱反射することで、こうしたきらめく滝の色を演出しているんだよ」
「日差しの角度、水温、観測場所。今の時期のこれぐらいの時間帯、この場所から眺めることでしか見られない、期間限定の幻想風景と言えるものじゃ。よく晴れねば拝めぬし、今日は晴天にも恵まれてよかった」
「ほえ~、そうですか~」
せっかくニトロとナナリーが解説してくれても、生返事を返すという失敬までこなして、滝に見取れて近付くアルミナ。もう完全に虜である。
確かに赤黄青緑とあらゆる光の粒を擁して流れる、縦一本の巨大なシルクを眺めるこの心地、夢中になるのも致し方ない部分もあろう。その態度こそが、我が国自慢の滝に対する賞賛とも取れるから、ナナリーとニトロにとっては満足のいく姿でもある。
「発見されたのが比較的近年じゃから、まだまだ広く認知はされておらぬがのう。やがてはこの国随一の名所として名を馳せて貰うことも視野には入れておる。シリカどのの目をして、これはそれに耐え得る見ものかの?」
「ええ、間違いありません。これほどまでの光景は、私も他に例を見た試しがないですよ」
ああしっかりした年長者様ですこと。言葉遣いも完璧で、最大限の賞賛を送ることに余念がない。
一方でその目は、素敵なものを見たいち女性の目そのもので、うっとり気味。立場がこうじゃなかったら、もうちょっとテンションを上げたいという気持ちが、うっすら表れていたりもする。
「さて、ここでお弁当じゃ。ニトロ」
「はい。エレム王国の皆様のお口に合うかは、いまいち自信がありませんがね」
そう言って腰を降ろしたナナリーに追従し、そのそばで腰を降ろしたニトロが、ここまで持ち込んできていた包みを開いて地面に置く。
中身は重箱、要するに弁当箱。五人で程よく食べられる量。
「え、これもしかして、ニトロさんが作ったとか?」
「意外か?」
「意外ではないですけど。剣のことしか頭にないユースだって、料理やらせれば結構上手いですしね」
「うるさいぞ料理全然できねー奴」
花より団子で滝そばから戻ってきたアルミナに、一言多いぞとユースも一言多めに突っ込んでおく。
シリカは超料理上手、ユースもなかなか。味音痴のアルミナは、包丁で食材を切るのが関の山で、料理なぞやらせてはいけないタイプである。
「さあさ、召し上がれ。ニトロもこう見えて、剣の腕以上に料理の腕は絶品じゃぞ」
「なんでうちの女王様まで一言多くなりますかねぇ」
「妹が外に出る時は、毎回弁当作ってやっておったシスコンじゃからの。幼い頃からめきめき上達して……」
「はーいストップ。あんまり余計なこと言うと、ナナリー様のお弁当だけ没収しますよ」
「ああっ、うそうそ、それは勘弁してくれい」
「ニトロさんって妹さんがいるんですか?」
「城に住まわせて貰ってる。目に入れても痛くないことは否定しない」
お喋りしながら五人で腰を降ろし、いただきますを各々言って弁当をついばんでいく。
ナナリーが真っ先に一口目を食したのは、女王様より先に一口目は――と気遣われる可能性を摘む先手である。
「妹さん可愛いでしょ~。私も故郷に、妹みたいに可愛い後輩がいますしね。気持ちすっごくよくわかる!」
「可愛がる通り越して溺愛レベルのな」
「ニトロさん美味しいです! なんですか、料理めちゃくちゃ上手いじゃないですかー!」
茶々を入れておいたユースを無視するぐらい美味しかったらしい。
「これが愛の力ですか? 妹愛でめきめき料理の腕を上げた的な」
「そうじゃ」
「なんでナナリー様が答えてんですか。今にして思えば、そうなのかもしれないとは思いますけど」
「いいな~、いいな~、家族とラブラブ! ニトロさん、妹さんの魅力を今ここで語れます?」
「え? いや、急に言われても……つーか、そんなの聞いて楽しいか?」
「楽しいですよ絶対! 私そういうの聞くの大好き! ほらユース、同意アシストよろしく!」
「わざわざ振るなよ、確かに俺も好きだけど」
「はいどうぞニトロさんっ! 妹さんの魅力を十個ぐらいぱぱーっと!」
「可愛いって十回言えばいいかな」
「そんなに可愛い?」
「可愛いね」
ユースらは三人ともそうだが、身内自慢をする人の話を聞くのが好きな性格をしているため、険のない表情で楽しげに語ってくれるニトロの姿も併せて、実に楽しい時間を過ごしている。
お弁当も美味しい、ちらりと滝を見れば素晴らしい光景。ああなんて幸せ。
「ぬしらは知らんじゃろうけど、ニトロはほんっとーに妹のイリスには甘くての~。イリスが皿を割ってしまった時、その子を押しのけて"私の責任です"とか、どんだけ過保護なんじゃって」
「え~、それは流石に妹さんが謝ろうとしてるなら、わざわざ止めなくても」
「あ~うん、あれはちょっとやり過ぎだったとも……というかナナリー様、さらっとその辺バラすのはちょっとやめて貰えませんかね」
「それより、妹さんはイリスさんって言うんですね。名前も可愛いじゃないですか」
「うん、あいつは全部可愛い。あいつより可愛い奴なんてこの世にいねえ」
「シリカさんよりも?」
「え……いや、シリカどのは、妹とは違うお美しさで比較できないというか……」
聞こえないふりをしてシリカは滝を眺め、黙々と弁当を食べていらっしゃる。照れていらっしゃる。
騎士として賞賛されることは多くても、その定評が前に出ることが多く、美貌の割には女性として、そこを褒められることが少ないシリカである。密かに、すごく嬉しそう。
「シリカさんってわかりやすいですよね」
「余計なことを言わなくてよろしい」
茶化したユースのお弁当のタコさんウインナーを、抗議の意味も込めてシリカが一個持っていった。ぷいっと顔を逸らすシリカを見て、ユースもくすくす笑いを堪えるのが大変だが、取っちゃったぶんの侘びとして、自分の弁当箱を差し出して、何か一つ持っていけと示唆するシリカ。
別にいいのに。ユースも本気で笑いそうになる、ヘンなとこでまで律儀なんですねって。タコさんウインナーを一つ取り返しておいた
「じゃ、私はどうですか? 妹さんと比べて可愛いですか?」
「比較にならないね。イリスの方が百倍可愛い」
「ちょっとー!」
負け戦に向けて張り合ってみたアルミナに、想定を上回る毒気いっぱいの冗談までニトロガ返すほど、二人の距離は縮まっている。同い年だし、これぐらいのやり取りはあっていい。
アルミナは馴れ親しんだユースの目をしても、ふと意識すればやっぱり可愛いよねっていう顔立ちなのだが、それを差し置いてニトロ目線、99倍の差があるとは。これはこれは、よっぽど妹ラブなんだなぁって、ユースにもよくわかるやりとりであった。
出会って間もなくの頃は、少々噛み合わなかったユース達とニトロ。
ちょっとしたきっかけを挟めば、こうも近付き合えるぐらいには、本来四人は波長も合うのだろう。そのきっかけを上手く導けたかなと思いながら、彼らのやり取りを眺め、時に混ざるナナリーは、それを主張することなくこの歓談を楽しんでいる。
彼女にとって特別なこの場所で、新たな一つの和がはっきりと根を差した。ふと、滝でもなく身内らでもなく、天を仰いで微笑んだナナリーの挙動は、お喋りを楽しむ四人らの目には確かめることの出来なかった、小さく些細な彼女の幸福の仕草である。
「楽しかったですね~。また来年も機会があれば、この場所にまた来てもいいですか?」
「うむ。あわよくばおぬしらの故郷の知己にも、この名所のことを触れ回ってくれると有難い」
「宣伝活動ですね? 協力しますよ~」
楽しい楽しい滝見を終え、下山中も五人の会話は弾む一方だった。
テンションが高いままのアルミナの口が一番回っており、彼女が喋る頻度が群を抜いて高いが、元々彼女はこんなんである。率先してお喋りして、話題と流れを作る天性のムードメーカーというやつ。
日はまだ高く、西側に傾きつつも赤みを表さず、山のふもとの村では子供たちがおやつを嗜んでいるような時間帯だろうか。視界は良く、山道を熟知するニトロやナナリーがいるため迷うこともない、安心して帰るだけの下山道である。
こういう状況でも油断せず、ちゃんと周りに視野を広げている三人は、やっぱり根っからの仕事人気質の持ち主だろう。ユースとシリカとニトロがそうだとわかっているので、アルミナも敢えてそれより口を回すのに専念しやすいから、色々と噛み合わせのいい一行であるとも言えるかもしれない。
「あのー、ニトロさん」
「ニトロでいいってば。その癖、抜けないか?」
「すぐには、なんか……いやまあ、それより、さっきから狼をちらっちら見るんだけど、あれは警戒すべき?」
昨日までニトロ様と呼んでいたせいもあって、ちょっと敬称はずしに慣れきらないユースだが、言われれば敬語をはずしてみたりと頑張ってみてもいる。発する内容は真面目だが。
「スノーウルフだな。何の武器も持たない旅人には怖い相手だけど、今のメンバーなら過剰にびびる必要もないよ。束になってかかってこられても、割と簡単にいなせると思う」
「シリカさん、スノーウルフってどんなのかわかります?」
「ジャッカルとそう変わらないよ。生息地が特別なのと、体毛の色でそう呼び分けられるが」
ユースはさっきから気になって仕方ないのだが、遠方の木々の間からユース達をじーっと見つめている、白い体毛の狼が目につきすぎて困る。結構何度も見ているのだ。一回や二回見ただけなら、ああこんな動物か魔物もいるんだなで済むが、気になるぐらい何度も見る。
もしかして、そこそこの群れで自分達に狙いを定めているんじゃないかって思うぐらい。
「まあジャッカルなら問題にはなりませんけど……」
「空のああいうのも、なんか意図的な集まりを感じるというか……」
他にもアルミナとユースが気にしている、上空の話。人の子ほどの大きさのコウモリ、要するにけっこうでかいコウモリが数匹、ユース達の上空を旋回飛行している。あれは確実に、ユース達のことを意識した飛び方だ。
あれらはユース達の祖国にも出没する魔物なので、ユース達にもわかる。人の肉を好んで食うから、動物ではなく魔物に分類される大型コウモリ、ウェアバットというやつだ。あれらも本来、ユース達からすればそこまで脅威を感じる対象ではないのだが。
「ウェアバットとスノーウルフに同時に目をつけられているとして……ニトロどの、この山のスノーウルフとウェアバットが同じ獲物を競合して狩るというのは、よくあることなんですか?」
「前例はほぼありませんよ。大型動物を狩る際などには、そういうこともあるとは聞きますが、たかだか人間を襲おうとするにあたって、ウェアバットとスノーウルフが連携することなんてまずありません」
「ですよね。獲物がバッティングすると、魔物同士でまず争いがちですし」
少なくとも、シリカが知る、ジャッカルとウェアバットはそう。人間なんていう、そう賢くない魔物の目線で脅威的なサイズではない対象を、ジャッカルとスノーウルフが群れの同盟を組むなんてすることはまず無い。獲物の取り分が減ってしまうからだ。
シリカの言うとおり、狩る対象が一致すると、魔物はまず互いに牽制し合ったり、あるいは喧嘩し始めることも多い。
ただ、どうにもスノーウルフらとウェアバットらの視線はこちらに集まっている。下山する足を進めるにつれ、時間が経つにつれ、空と陸、双方の数も増えている気配がぷんぷん。
流石にユースも、足を止めた。そろそろ無視しづらい。
「魔物同士が手を組むことがあるとすれば……」
「その群れを統括する親玉の指示で、そうしている可能性の方が高いな」
たとえば、スノーウルフとウェアバットの群れ、両方を従えるような魔物がいるのなら、そいつが指示を下し、ユース達に配下をけしかける形。それなら納得がいきやすい。あって欲しいの想定ではないが。
ユース達が止まったことで、四方八方から木々の間をくぐり、スノーウルフ達がじりじり近づいてくる。空にて旋回飛行していたウェアバットも、ゆっくり高度を下げてくる。さらには、離れた木々から同種の魔物が飛び立って、その編隊に加わって数を増やす。
立派にエマージェンシーの類である。何せその数が、どう見積もっても地上は三十、空は十五を超えている。
「……こんな奴らを引き連れたまま、人里までは下山できないな」
「あ~、やるしかないのかぁ……狼の魔物は速いし、私は怖いんだけどなぁ……」
ナナリーを背で囲むようにして、剣を抜くユース、シリカ、ニトロ。アルミナも銃を握るが、接近されて喉元にでも噛み付かれたら一巻の終わりのアルミナは、正直ちょっと嫌だっていう顔。
彼女は、接近戦には秀でていないのだ。ユースやシリカがそばにいてくれるからまだ勇気を持てるが、一人でこの数の魔物に囲まれたら、彼女に限ってはちょっとシャレにならない。
ユースもシリカもニトロも、羽織っていたマントを脱ぎ捨て、乱暴に雪上に放置する。雪山の風がかなり肌を刺すが、寒さよりも動きやすさの方がずっと大事。自分ないし他人の命が、己の手に懸かっている戦場である。
「ことがあれば、妾も手を貸すぞ」
「お言葉だけ、有難く受け取らせて頂きます」
魔法を使えるナナリーの言葉に、ニトロは自信を主軸とした言葉を返した。
主君の力など借りない。それが衛兵たるニトロの信念だ。
「行くぞ、ユース、アルミナ。油断だけはするなよ」
「はい」
「はぁい……!」
さあ、開戦だ。距離を詰めてきたスノーウルフ達とウェアバット達、その一斉襲撃を迎え撃つ形で、ユース達は魔物を撃退しなければならない。武器を構える四人と、万一に備えて魔力を練り始めるナナリーは、遠足気分をとうに捨て去った臨戦の面立ちへと変わっていた。
しかし。
「…………?」
「……来ませんね」
一定まで距離を詰めた魔物達が、そこから接近してこない。ナナリー達を囲んでドーム状の包囲網を作り、そのまま維持。この時点で、嫌な予感を抱いたらたいしたものである。
流石にその、悪い予感を察して舌打ちしそうになったのはシリカだけ。経験の為せる先見の明だ。
そして往々にして、悪い予感に限って的中するから世の中嫌なものである。杞憂であって欲しかったのに。
「……ええっ?」
「……なんですか、あれ」
「グランベナードか……! 確かに、この魔物の群れを統べる魔物としては納得だ……!」
山林から、ぬうっと顔を出した大きな魔物の姿には、アルミナもぎょっとしたものだ。ユースも初めて見る魔物に、ニトロへ問いかけずにいられない。
それは下手な大型馬よりも巨大な体躯にして、自分の頭部よりもさらに大きな角を生やした、鹿の化け物とでも言うべき姿。鉄よりも硬く、骨盤から枝が生えたような凶悪形状の角を武器に突進する魔物、グランベナードはユース達を睨みつけて鼻息を荒くする。
その風体にしてまさかの肉食、雪山の悪魔の異名を持つその魔物は、本来こんな山浅き所に出没する魔物ではない。そもそもあれは、さらなる北方の人里離れた大雪山奥地に生息するものであって、少なくともこんな人里近い、フーリオ山地に生息するような魔物ではないはずなのに。
完全に想定外の遭遇に、剣を握るニトロの手にも力が入る。彼をして、一対一で挑むなんていうのはもっての外の化け物なのだ。
「な、なあ、大丈夫かのう……? なんで、こんな所にグランベナードが……」
「存じませんが……ともかく、あれを退けねばならないのは確かなようです」
「ニトロ、あのグランベナードってやつは、そんなに危険なのか」
「ああ、スノーウルフやウェアバットとは次元が違う……!」
声を震えさせるナナリーの態度からしても察していたことを、ニトロから改めて確かめたユースの目は、怖気づくところか鋭さを増す。
危険な魔物、つまりナナリー女王を死に至らしめ得る脅威。どんなにそれが強敵であっても、負けられない戦いであると以外に、ユースの中に導かれる答えは無い。
スノーウルフが再び動きだした。空のウェアバットも、さらにユース達に接近する。
グランベナードという最強の親玉を後方に控えてだ。射程距離内に人間を捉えた瞬間、襲いかかるための予備動作。
「来るぞ、ユース……! 私が補佐する、やりたいように動くんだぞ……!」
「はいっ……!」
一匹のスノーウルフが加速した。それに伴い、他の個体も同様に。空中から急降下するウェアバットと併せて、五十前後の魔物達が一斉にユース達に襲いかかったのだ。
4対50。やや想定内であって、うち一体のみは想定外。




