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第9話   ~ユースとニトロの第一歩~



 ユース達とナナリー達が宿泊した宿のあるシェデムの村は、山のふもとに作られた村である。

 村の最北部には、山への道の入り口となる関所が設けられており、そこが人里と自然山地の境界として認識されている。


 シェデムの村をふもとに構える、フーリオ山地と呼ばれるここは、冬のこの時期よく雪が降る。今日は晴れ、空から白いものは降ってこないが、見える土もまばらに降り積もった雪が一面を白く塗り潰し、照り返しで前方も倍明るく見える。


「ニトロさん、この山って魔物は出るんですか?」

「前例は少ないが、出没しない保証は無いな」


 箱から出した裸の銃を握るアルミナが、最重要事項をニトロに確認する。この国の生まれでないユース達は、どこにどんな魔物が生息しているかなんて殆ど知らないので、アルミナは特に気にしているようだ。

 ユースがニトロ"様"と呼ぶのに対し、何気にニトロ"さん"と呼ぶあたり、アルミナは人との距離感を縮める試みに移るのも積極的で早いことが窺える。失礼無く、しかし積極的無く踏み込んでくるアルミナには、ニトモもアルミナはそういう人なんだなと心象を強めたりもする。


「村まで魔物が降りてきた例は相当に無く、魔物は主に山の奥地に出没する傾向にあるそうだ。前例がないからって今後もそうとは限らないから、シェデムの村の自警団にも常に気を抜かないよう提唱はされているそうだけどな」

「セプトリア王国は賊が少ないのが自慢じゃからのう。各町村の自警団が主に警戒しておるのは、ならず者でなく魔物というのが概ねの認識じゃからな」


「へぇ~、素敵じゃないですか。私達の国には野盗も多いですし、人間相手にちゃんばらすることも多かったですよ。ねぇシリカさん」

「そうだな。思い返せば連隊を組んで、山地に潜伏する野盗団を一網打尽にしたこともあった」


「大捕り物か。なんともかっこよい響きじゃ、エレム王国の皆様の活躍は華々しくて良いのう」

「いえいえ、賊無きセプトリア王国の執政ぶりこそ、我々の国も最も目指すべき目標であるとは、エレム王国の騎士館も政館も日々仰ってますよ。やはり治安が良く、法治組織が退屈する世の方が、文民にとって幸せな時代に違いありませんからね」


 互いの故郷を本音から立て合い、立ち位置もさりげなくナナリー王女を囲うように、お喋りしながらの山道歩き。護衛という主目的に沿ったポジショニングだが、ナナリーの近く周囲に常に全員がいる状態でもあり、ユースらとお喋りしたいナナリーにとっても良い状況だ。


「シリカさんには話しましたっけ? 私、野盗のボスに人質に取られて、危うく死ぬとこだった場面もあったって話」

「聞いたよ、アルミナからじゃないけど。頭にナイフを突き立てられる一歩前だったんだよな」

「あわやのところで助けて貰ったんですけど、今にして思えば怖かったですよ~。やっぱり平和なのが一番、傭兵が暇して商売あがったりの時代が一番だと思いますねぇ」


「お若いのに修羅場をくぐってきておるんじゃのう。その危機も、自分で切り抜けられたのか?」

「いえいえ、友達に助けて貰って……あ、残念ながらこいつにじゃないんですけど」

「なんだよ、俺は別んとこで戦ってたんだからしょうがないだろ」


 少々無理のある振りではありながら、ユースをからかうふりして彼も話の輪に引き込もうとするのもアルミナのやり方だ。ユースは、自分から女王様相手のお喋りの輪に加わったり出来ないタイプなので。


「ユースどのも同じ戦場におったのか?」

「ええ、まあ……隊をいくつもに分けての殲滅戦でしたから、アルミナやシリカさんとは別行動だったんですけどね」

「うむむ、不謹慎かもしれぬが、そういう時のおぬしらの活躍ぶりも見たかった気分になるのう。さぞかし、八面六臂の大活躍であったじゃろうしな」

「あーいや、そんな……俺は魔物にボッコボコにされて、へろっへろになってましたんで……」


「……認めるのは癪だけど、お前は俺より強いよな。そんなお前でも、そんなに苦労したのか」

「あー違います違います、だいぶ昔の話ですし。あの頃はユースも弱かったもんね?」

「自分でもわかってるけどさ。他人に弱かったねって言われるとへこむんだけど」


 ユースに負けて彼の一段下の位置にあるニトロが、自分よりも強いはずのユースがへろへろで戦場から生き残ったという事実を聞かされて、ちょっと自信に障っているようだ。アルミナがフォローを入れておく。

 ちょっとユースに対しては、過剰に口厳しい内容になっているが、相手を立てたい面から少々は致し方なし。ユースもわかっているから別に気にしていない。


「あれどれぐらい前でしたっけ? 一年前?」

「一昨年の秋だから、一年半近く前のことだな」

「あーもうそんなに経つんですね。それぐらいの時間があれば、ユースも化けますよねぇ」


 覚えていながらシリカに尋ね、時間が経っていることと、その期間でユースが成長したことを示唆し、過去のユースの苦戦は彼の未熟だった頃のものであったことをアルミナは強調する。

 要するに、今のユースの実力でそうなったわけじゃないし、それを下回ると言ってもニトロがプライドに傷をつける必要はないというのを、暗にアルミナは言っているのだ。こういうのは少々遠回しに言わないと、なんだか響きが傲慢になる。


「ユースが急成長したのも、ちょうどその頃からぐらいじゃないか? あの頃から比べたら本当に成長したなあって、今にして思えば感慨深くなるよ」

「そ、そうです? そう言ってもらえると、嬉しいですけど……」


 放っておいても、勝手にシリカがこうしてユースを立ててくれるのはアルミナも知っているわけだ。

 厳しく厳しくユースを育て上げてきたシリカさんだが、彼女がユースのことをどれだけ可愛く思っているかは、アルミナが一番そばで見てきて知っている。アルミナが主導的に、場全体の会話の流れをコントロールしている。


「ねえ。あの頃のユース、シリカさんにボッコボコにされてばっかだったもんね」

「お前もだろ」

「シリカさん厳しかったもんね~」

「ちょっとやめてくれ。最近は優しくしてるつもりなんだから……」

「あはは、わかってますよ。シリカさんがめちゃくちゃ厳しいのは訓練時と戦場だけで、普段はすっごく優しい人だっていうのは、私もユースも知ってますから」


 相当スパルタにユースとアルミナを育て上げた自覚はシリカもあるらしく、それに関わるキーワードを聞くとちょっと苦笑いも弱々しい。案外、限られた方向に関しては、気の弱いところもあるらしい。


「くふふ、仲良しですのう」

「あ、すみません。私達ばっかりで話しちゃってましたね」

「構わぬ構わぬ、もっと続けてくれい。妾も、ぬしらの思い出話を聞いておるだけで楽しいからの」

「和に満ちた歓談は、確かに聞いているだけでも心地良いですね」


 お、とアルミナもニトロの方を見る。無表情ながらも人の良いことを自然に発するニトロの態度は、とんがってユースに突っかかってきた先日の彼に対する印象とは似つかわず、意外なものにすらアルミナには感じられた。

 気難しい人だろうけど仲良くするようにしなきゃ、と思って今日は踏み込んでみたアルミナだったが、ユースに似て器用じゃないだけで、根は案外柔和な人なのかな、という仮説も沸く。

 今の一言を発するにしろ、たかだか二十歳で妙に堅苦しい言葉を用いるニトロだ。そうした姿から、自分の立場を踏まえて厳格にあろうとする彼を想像すると、アルミナの目にも、慣れない言葉遣いをしてみようと頑張りかけるユースと少しだぶって見えたりもする。


「じゃあお言葉に甘えて、もっと昔話してみてもいいですか? 私、ユースとは付き合いも長くなってきたし、あいつの恥ずかしいエピソードいっぱい知ってますよ?」

「おい」

「ほう、面白そうじゃな。立派な騎士様の、ちょっと恥ずかしい過去話とはそそられるのう」

「あまり下世話に楽しむのも考え物ですが、正直に言えば聞いてみたくもありますね」


 前進する一行の前に躍り出て、後ろ歩きしながらナナリーとニトロを正面に見据えたアルミナが、たくさん持っているネタを匂わせる。

 ナナリーもニトロも興味を示してくれた、じゃあ話がわかる方だ、特にニトロもそうだとわかったのが朗報。清廉潔白も美徳ではあるが、ニトロも存外生真面目くんに見えて、こういう話に乗ってくれる青年相応の顔も持っているじゃないかと。


「まずはそうですね~、うちの小隊に後輩の気弱な女の子が入隊してきた時とか……」

「あっ、その話するんだ」

「ユースってば……えっ、何?」


 挑発的は発声のユースって珍しい。アルミナがユースの弱いところを沢山知っているのと同じで、ユースだってアルミナの弱いところも山ほど知っているのである。


「お前その話、ホントにするんだな? じゃあ俺もお前の……」

「あっ、いや、途中までにしとくわ」


 逃げた。今攻めると自分もやられる。逃がされないけど。


「ニトロ様、聞いて下さいよ。アルミナって昔、シリカさんに稽古つけて貰った三日目に……」

「ニトロでいいよ、同い年だろ」

「え? いやあの、そういうわけにも……」


「ユースだめよっ! あんたその話をするんだったら、あんたが18歳の誕生日を迎えた時の話とかするからね!」

「うぐ……じゃあ俺は、お前がキャベツ売り切れてた時の……」

「こらっ! ダメだってばっ!」


 互いに黒歴史を知り合い過ぎ。

 進行方向最後列にて、二人を見守るシリカも苦笑いせざるを得ない。どうしよう、全部知ってて思い出し笑いが止まらないっていう。


「興味深いキーワードがぽこじゃか出てくるのう。それはちゃんと、全部話してくれるフリじゃろ?」

「あ、すいません、今の話は全部ナシで」

「忘れてくれると助かります」


 双方折れ合って逃げだした。このままでは壮絶な潰し合いの果てに、傍観者のハイエナどもに笑い食われる。


「聞きたいのう? ニトロ」

「聞きたいですね。二人が話したくないなら、そのうち知っていることをシリカどのが話してくれてもいいですよ?」


 しかし回り込まれてしまった。王女様が続けてと言っている。断りづらい。さらには二人が潰し合い覚悟で話すのはやりづらかろうと、シリカの口を借りようというゲス妥協つき。


「まあ……私もいくつかは存じてますが……」

「シリカさ~ん?」

「あんまり余計なこと言うと、俺達もシリカさんのあれやこれや暴露しますからね」

「あっ、巻き込まれる」


 共闘し始めやがった。さっきまで戦っていたユースとアルミナだが、シリカの口を塞ぐために、こちらも山ほど知っているシリカの弱みを武器に、二人がかりで応戦だ。


「んふふ、シリカどのにも何かしらの恥ずかしい過去があるのじゃな?」

「こらお前ら、仮にも先輩を脅す気かっ」

「ええ、手段なんか選んでられませんので」

「こういう時は先輩も後輩もないんで」

「よしいい度胸だ」


 ずいっと前に出てきたシリカが、アルミナの手を掴んだ。捕まえました、引っ張ります、ぐるりと回して自分に背を向けさせます。準備完了。


「えっ、ちょっ、私の方!?」

「たまにはお前だ」


 そしてアルミナの脇腹を後ろから捕まえ、十本の指先でぎゅーっと圧迫。痛さとくすぐったさの複合攻撃。


「ぎゃー! なんで私っ!? こういう時はユースでしょー!?」

「そういうふうにタカをくくっていそうだったので、たまにはお前」

「やーちょっとっ!? これダメっ、ダメなやつですうっ! 助けてー!」

「あんまり騒ぐな。魔物を引き付けかねないぞ」


 体をよじってねじって逃げようとするアルミナだが、がっちり彼女を捕まえたシリカは解放する気配なし。この人けっこう馬鹿力、アルミナが足掻いても逃がさない腕力と握力の持ち主だ。


「しっ、シリカさぁんっ……! ゆっ、ゆるしっ……」

「うり」

「ふぎゅうぅっ!? もっ、だめっ、しぬっ……!」


 握力をプラス。騒ぐことも出来なくなったアルミナが、背中を丸めて体を硬直させ、ぷるぷる震えて涙目で我慢我慢。

 意外と諦めが良い。暴れても無駄ならと、じっとしていた方が早く終わる場合もあるので。


「うりうり」

「ふひゃっ、ちょっ……! こっ、これはこれでだめっ……! 」


 あんまり痛い痛いで攻め過ぎると可哀想かなと思って、シリカが指の力を抑えて脇腹をくりくり。

 痛さが薄れてくすぐったさが勝る。変な声が出そうになって、アルミナの顔がへにゃくちゃになっている。


「ぬし様ら、本当に仲が良いんじゃな」

「……あんまり大きな声で言うと恥ずかしいんですけど、俺にとっては出会えただけでも幸せだなって思えるぐらい、いい人で、優しい二人ですよ」


 腰を曲げ、背の低いナナリーにひそひそと告げる形で、ユースは二人に対するありったけの敬意を口にする。これはこれで、ユースがこんなこと言ってたよってナナリーらが口外したら、ユースは恥ずかしくって顔を上げられなくなるかもしれない。黒歴史がまたひっそりと生産されました。


「あ、それより仕事……」

「いいよ、俺がちゃんと視野持ってる。それに、まだそこまで気を張るような環境じゃないしな」


 ちょっと遊びすぎたかな、護衛だ護衛、ちゃんと何か近付いて来てないか見てなきゃ、と、仕事意識を改めて刻もうとするユースだが、意外にもニトロから発せられたのは楽観的な言葉だ。それを口にする顔も、どことなく柔らかく、先日までの彼とは随分と色が違う。


「それに、シリカ様だっけ? あの方、あんな風に戯れていながらも、結構周囲に気を配ってるだろ」

「あ、わかるんですね」

「時々、不自然に目線が動いてるからな。わかるよ、ちゃんと周りを見ていらっしゃる」

「妾にもわかるぞ? むしろ、妾らを安心させるために、わかりやすくやってくれておるようにも窺える」


 アルミナへのソフトお仕置き中でありながら、遊んでいるように見えてシリカもきっちり仕事中。それを、ナナリーやニトロにもわかり得るアクションをちらつかせ、仕事もせずに大丈夫? なんて思われることが無いよう、挙動もしっかりコントロールしているのである。

 この手の仕事は山ほどこなしてきたシリカだから、慣れすぎてこれぐらいの振る舞いは自然体というのが流石。


「肩の力、もっと抜いてくれてていいよ。あんまりお前に頑張られても、俺の仕事がなくなっちゃうしな」


 こんな冗談まで言ってくれるニトロの顔を、ユースはちょっと目を丸くして見てしまう。あれ、別に悪い人だとは思ってなかったけど、ここまでそういう人だったかなって。


「……なんだよ、俺の顔になんかついてるか?」

「あ、いや、別に……」

「ぬしがずーっと怖い顔しておったからじゃろ、先日まで」


 はい、自覚はあります。だよな、とばかりに頬をかくニトロは、直接謝罪の言葉は発さないまでも、先日までの非礼を詫びる態度に近いものだ。気にしていたであろうことは、ユースの目にもうっすらと感じ取れる。


「……まあ、その。とりあえず俺は、今後お前のことは、ユースって呼ぶからな」


 脈絡なく、やや唐突にこれ。昨日まではごめんなさい、とはなかなか言えない、難儀なお口である。

 ただ、ニトロはユースを呼び捨てにすると言った。エレム王国の騎士様に敬称をつけずにだ。それは、少し前にさりげなく彼が口にした、自分のことを呼び捨てにしてもいいよと言っていたことに繋がる。


「わかりま……や、わかった。俺も、ニトロって呼んでいいのかな」

「ああ。そもそも同い年だろ」


 敬語を無くすことは距離を縮める第一歩になり得るが、そのためにはきっかけらしきものがどうしても要る。

 それをニトロの方から作ってくれたのだ。ここまで膳を立てて貰えて、応えられなかったら、ちょっとまだまだ子供だねって評価されても文句が言えないかもしれない。


 自分のとってきた態度を覚えているニトロは、ユースが自分に対して良くない感情を抱いていてもおかしくないと想定していたから、和解が上手くいくかは疑問符を抱いていたぐらいである。

 それがそもそも見誤っていて、別にそもそも最初からユースは怒ってなんかいないし、ニトロの方から折れれば全部上手くいく。和とはそもそもにして、始まるも続くも許しあってのものであり、そもそもユースがそれ向きの性分をしているから、彼との距離を縮めること自体は、きっと誰にでも苦労なく可能なのだ。


 なんとなく、ユースとニトロの間にあった溝らしきものが薄れていく実感は、傍目のナナリーが一番嬉しそうに見守っていた。アルミナを折檻しながら、ちゃんとそれを見ていたシリカも同様だ。

 アルミナだけが、せっかくの仲直りらしき光景を見逃していたのであった。

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[一言] 仲が深く付き合いが長いほど相手の恥ずかしい場面とかもよく知ってますねww
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