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騎士様②

 どのくらい歩いたのだろう。その後も二人で他愛ない話をしながら歩いていたがいっこうに城が見えてこない。日がだいぶ傾いている。あと一時間もすれば森は暗闇に包まれるだろう。二人の会話も減り、不安が募っていく。どうしよう、本当に森から出られなかったら。もうお母様やお父様達に会えないで、一生この森で暮らすんだ。バーニーだって心細いよね。私なんかに着いてきたこと後悔してるかも。


「…ごめんね、バーニー。私があんな人気のない場所に連れて行っちゃったばかりにこんな事になっちゃって」


「い、いえ、オリヴィア様は悪くないです」


「ううん、私が悪いのよ。お姉さんなのに。アル様にもよく公爵令嬢の自覚を持てって怒られるの」


 王子とは思えない冷酷な顔で蔑んでくるアル様を思い出す。こんな状況じゃあのワガママ自己中王子さえ恋しく思える。耐えていた涙が溢れた。バーニーの前なんだからしっかりしなきゃって思うのに、一度流れ出すと涙腺が決壊したみたいに止まらない。


「な、泣かないで下さいオリヴィア様!」


「ヒック、ご、ごめんね。ちゃんと責任とって、バ、バーニーのこと、一生やしなうからぁ」


「えぇ!?」


 自分でもとんちんかんなことを言っている自覚はあるが上手く頭が回らない。バーニーが顔を染めてあたふたしていた。


「だ、大丈夫ですよ!きっと父上達が僕達のこと探してくれています!そ、それに、もし出られなかったら、僕がオリヴィア様を養いますし…」


 最後の方は俯きながらボソボソと喋っていたのでよく聞き取れなかったけど、あの泣き虫のバーニーに慰められていることはわかる。情けない。バーニーがこんなに頑張ってるのに。


「…うん。そうだよね、まだ諦めちゃダメだよね。絶対にこの森から出よう!」


「そ、そうですよ!はい、絶対出ましょうね」


 そう言って笑いあう私達は、まだ森の本当の恐ろしさを知らなかった。

 近くの茂みがガサガサと揺れる。さっきの男を思い出して二人で固まってその茂みをジッと見つめる。しかしそこに現れたのは幸か不幸か、あの男でも、私達を助けきた兵士でもなかった。グレーの毛に覆われた犬よりも大きな体。鋭い爪と牙。


「お、おおかみ?」


 引っ込んだ涙がまた瞳を潤す。狼なんて前世でも今世でも初めて見た。考えてみればこんな広い森なんだから狼や熊の一匹や二匹いるに決まってるじゃない。養ってるどころじゃないわよ馬鹿か私。

 狼相手じゃ走って逃げても勝ち目なんてない。絶体絶命だ。バーニーと繋いでいた手をギュッと握ると思いの外強い力で握り返された。そして小さな体が私を庇うように前に立った。


「バーニー?」


「こ、今度こそ、僕がオリヴィア様を守ります」


 そう言うバーニーの体は震えている。そんな急に騎士らしく振る舞おうとしなくていいいのに。そう思いつつも、恐怖に直面した今は小さな震える背中がとても頼もしく見えた。

 狼が私達に一歩近づき臭いを嗅いでいる。ああ、食べられちゃうんだ。ギュッと目を閉じる。しかしいつまでたっても狼は飛びかかって来なかった。目を開けると行儀よくお座りした狼が喉を逸らしどこまでも響き渡りそうな遠吠えが響いた。その姿を私とバーニーは呆然と眺めていた。何?仲間でも呼んでいるのだろうか。そして、狼が5回目の遠吠えをしたときだった。大人数の足音が聞こえてきた。


「バーニー!オリヴィア様!」


 駆けつけてきたのは城の兵士達。そして血相を変えて先頭を走っていたのはバーニーと同じ茶髪に鋭い目つきが凛々しいクレメント先生だった。


「父上!」


「バーニー!この馬鹿息子め!」


 クレメント先生は乱暴にそう言いつつ飛び込んできたバーニーをギュッと抱きしめた。バーニーは安心したのか我慢していた涙が溢れ出しクレメント先生の腕の中で大泣きしていた。


「オリヴィア!」


「アル様!」


 その光景を眺めていると兵士達の中から小さな影が飛び出した。見慣れたプラチナブロンドが汗で張り付き瞳には焦りの色が滲んでいる。その姿に安心して駆けてくるアル様に飛びついた。


「馬鹿!心配したんだぞ!」


「ごめんなさぁぁい」


 泣き出す私にアル様は戸惑ったようにぎこちなく頭を撫でた。そういえばアル様の前で泣いたのは初めてかもしれない。


「クゥゥン」


「!?」


 しばらくアル様にしがみついて泣いているとさっきの狼が構ってくれとでもいうようにアル様の背中を鼻で突いた。サイズ的には立っている私達の目線より少し下の位置に頭がある。


「ア、アル様危ないです!」


「危ない?ああ、こいつはうちの城で飼ってる狼だから人を襲うことはないんだ」


「へ?」


 アル様が狼の頭を撫でると甘えたようにすり寄ってきた。こう見るとただの犬に見える。


「人探し用に訓練している。お前達が見つかったのもこいつのおかげなんだぞ」


「そう、だったの。どうもありがとう」


 恐る恐る頭を撫でると尻尾を振ってくれた。なんか可愛い。その可愛さを堪能しているとしゃくりをあげるバーニーを連れてクレメント先生が来た。直接お話するのは初めてだ。騎士団の団長を務め現在はアル様の剣術指南をしている先生を目の前にすると緊張してしまう。


「オリヴィア様、この度は息子がご迷惑をおかけしました」


「いえ!私が悪いんです!私がバーニーを振り回したから」


「いいえ。騎士たる者、どんな状況でもお嬢様を危険からお守りするのが役目です。今回のことは、愚息の精進不足でした」


 深々と頭を下げるクレメント先生にこっちが恐縮してしまう。バーニーは横で不安気に私とクレメント先生を交互に見ていた。


「でも、バーニーは狼から私を守ってくれました。私達、狼が城で飼われてるなんて知らなかったから食べられちゃうと思ってて。それでもバーニーは身を挺して私を守ろうとしてくれたんです」


 守ってもらってばかりじゃ公爵令嬢の名が廃る。私を守ってくれた小さな騎士の為に、私の中のお嬢様細胞をフル動員させた。


「お父様にも助けていただいたと報告させて頂きます。クレメント先生、あなたのご子息はとても勇敢でしたわ」


 クレメント先生は少し驚いた顔をして、その後眉を下げて微笑んだ。その顔は隣で恥ずかしそうに俯くバーニーの笑顔とよく似ていた。

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