017-大捕り物劇の後始末 -2-
「さて、色々と聞きたい事も言いたい事もあるだろうが、まずはそこに座れ。椅子が足りないから、新参は床に、正座か胡坐だ。おーい、ロックかアラシか、マットかタオルでも持ってきてやれ」
そう言ってジョージはマールとモンドに対しても床に座るよう指示する。もとからギルドホールにあった椅子はカウンターの中に一つだけ。追加の座具はジョージに言われるまでもなく弟子二人が協力してロックの部屋から椅子とクッションを持ってきた
「クッションか。俺もそっちがいいや」
椅子の方が足は楽であるはずだが、ジョージは自分の分の椅子をおいてクッションを一つ要求した。そうやって、自分も昨日入ったという新人と、そして奴隷たちと目線を同じくして話し始める。
幸いクッションの数はさらに二枚余るだけあったが、この場に誰も座らない椅子が一つ余る、というおかしな状況になった。すかさずランナがカウンターの中から普段つかっている自分の椅子をジョージの斜め後ろに配置すると、あまっている椅子に足を乗せた。行儀は悪いが、ギルドマスターらしく(?)実に横柄な態度を演出している。
「まず一番気になっているのは、そこの先輩ギルドメンバーの事だろう。
マールとモンドはお前たちが知っているアルマとヨードルモンドとは別人だ。だからもう、間違ってもアルマともヨルノとも呼んではいけない。絶対にな」
真っ先にジョージはこれに触れた。
別人だといわれても、ずっと一緒に生活してきたヒュールゲンたちにとって、すぐ横に並んでいる二人が全くの別人だなどとは到底思えなかった。背丈、顔立ち、体つき、雰囲気まで全く同じ。違うといえば、少し肌や髪の色艶がよくなっている事と、アルマからはかすかに石鹸の匂いがする事だろうか。
「いいかもう一度言う。この二人はアルマでもヨルノでもない。間違っても二人に接していたような態度では触れ合うな。たった一日とはいえお前たちは後輩。そして、お前たちはギルドに正所属する事のできない奴隷という身分だ。俺たちディアル潜窟組合に借金を返しきるまではな」
念を押すジョージ。説明されている四人はまだわけがわからないという様子だが、話を進める。
「次に、ここには居ないほかの元強盗団メンバーだが、所有権は俺にもディアルにもないが、全員無事だ。頼れる筋を通して全員、信用できる場所にひきとってもらって、こき使ってくれるように頼んでおいた。本当に信用できる筋だから、買われた先でひどい扱いを受ける事はない。教育まで受けられるだろう。奴隷にしちゃ高給取りになるはずだから、借金返済の期間はお前らより短いかもしれんな」
とは言われても、やはりまだ横に並んでいるマールとモンドが気になっている四人は、ろくに話を聞いていなかった。代わりにモンドがすっと手を上げる。
「それは、クヴィエギウスも、ですか?」
これはヒュールゲンだけでなく皆の代弁だった。強盗団の直接的な崩壊を招いたのはクヴィエギウスの勝手な行動が発端になっている。それに従ったほとんどのメンバーたちにも責任はあるのだろうが、言い出した張本人であるクヴィエギウスだけはやはり特別な扱いなってしかるべきだ、という気持ちがメンバーの全員にあった。
「そうだ。ただ、クヴィエギウスはダンダロス家の血縁者でもあるからちゃんと監視しなきゃならんという事で都市警察預かりになっている。今日からの今頃からはもう給料も出ないのに絶対受けなきゃならないキツい訓練が始まってる頃じゃないかな」
どうやら彼だけは、他のメンバーよりもだいぶ窮屈で辛い思いを強いられるらしい。そうとわかった奴隷たちは少しだけ溜飲を下げる。
それを横目で見てささやかな笑顔を浮かべつつ、モンドは皆を代弁した質問を続ける。
「なぜ、ボクら全員を……じゃなかった、彼ら4人だけしかこちらで引き取ってあげられなかったのでしょう」
「法律でそう決められてるからだ」
ジョージはこの質問に対しまずバッサリと斬って答えた。
「結局おまえらが直接関わっていた事件は都市警察が最初に考えていた犯罪件数の半分にも満たなかった。だから求刑どおりの奴隷刑にはならず、法の神様がいったいどういう計算で金額を決めたのかはわからんが、ちょっと多目の罰金刑からの借金奴隷に収まった」
ここまではいいな? と全員の顔を見渡し、続ける。
「ところが犯罪が原因による罰金刑からの借金奴隷というのは、普通の借金奴隷と同じだけの生活環境を保障されるが、一つの団体で4人までしか同時に所有できない、という法律があるらしい。
まあ元々の犯罪集団が奴隷になったあとでも全員同じ顔ぶれで同じ所にいればろくな事にならんし、奴隷に落とした意味がない。という考えはわかるよな」
これについては彼らが納得できようができなかろうが、ジョージに対して文句をいうべき事ではない。それにヒュールゲンなどは初めから奴隷刑になるのだと思って全てを諦めていたのだから。
しかしそうなれば、他の仲間たちの具体的な処遇も気になってくる。初めてモンドによる代弁の質問ではなく、ヒュールゲン自身から尋ねる言葉が出た。
「他の、俺達の仲間はどうなったんだ」
「質問は手を挙げてからするように。ああ、次からでいい」
ピシッ と指をさして注意するジョージ。ヒュールゲンは慌ててそれに従ったが、笑われてすぐ手を下ろす。
「さっき言った通りだ。クヴィエギウス以外は信頼できる筋の人たちに3人ずつ引き取ってみてもらっている。今はあえて、具体的な場所を教えてやらんが、全員が真面目にしてればそのうち会う事もあるだろう。全員ってのはここに居るお前らだけじゃなく、あっちの連中もって事だ」
ここでは伏せられたが、残りの六人のうち三人は、アラシとの縁でつながったイエート家が経営するイエートカンパニーの資材調達課に配属された。もう三人はジョージが以前スモークベーコンの開発に携わったアルビン商会にて新たに設立された燻製課というところに配属されている。どちらも今頃はもう叩き上げが始まっている頃だろう。
どちらの職場にしても本来は犯罪が原因で堕ちた奴隷が所属できるような場所ではなく、一般人からしても割りのいい仕事であるため、ジョージが言った通り返済はきっと早く終わるだろう。
「さて、他のメンバーについても話したし、こんどはお前ら自身の今後についてだ」
「ま、まっておくれよ」
次の話に進もうとしたところで慌てて引き止めたのはカルサネッタだった。彼女は非常に慌てた様子で、先ほどからジョージの顔と自分の横に並んでいる二人の先輩潜窟者の顔、とくにマールの顔を交互に見ていた。
「やっぱりわかんない。どうして二人がここにいるのさ。だって、だって、さっきわたしたちの前で死んだ筈じゃない」
処分場からここまでの道中で、カルサネッタはヒュールゲンと同様に形容しがたい表情だった。クヴィエギウスがヒュールゲン強盗団と繋がった事は彼女がいた要因も大きい。そこで仲間が死んだ原因が自分にもある、という呵責と後悔の念はもちろんあった。そして特にアルマが死んだ事については複雑だったに違いない。恋敵が死んだ事でヒュールゲンの想いが自分にも向けられるかもしれないという希望と、今この時にそんな事を思える自分自身に対する嫌悪もあった。全てを自覚した上でどういう顔をすればよいのかわからなかったのだ。
今のカルサネッタはもっと複雑だが、ある意味で単純だった。
死んだと思っていた仲間が生きていた事は嬉しかった。ところが奴隷としての自分の主は目の前の二人は別人だという。かつてのお前たちの仲間は間違いなくさっきお前たちの目の前で死んだのだと。しかし目の前に居る二人は間違いなくあの二人だ。多少身なりがよくなっているが見間違いようもない、アルマと、ヨードルモンドだ。でもその二人は確かにさっき自分の目の前で錘をつけられ縄で首を括られぶらさがって。でもやっぱり目の前の二人は二人にしか見えなくて。
自分の目で見た情報だけですら食い違っているというのに、主がいう話にさらに惑わされる。今のカルサネッタは一言で、混乱していた。
「だからさ、彼らはあそこで死んだんだよカルサネッタ」
冷徹にそう告げたのはあろうことかモンドだった。いや、お前は、さっき殺された筈の本人ではないか、そんな言葉がこの場に居る元強盗団の全員からでかかった。マールすらその表情である。しかし本人からの一言は抜群の説得力で、聞く側に否応無く納得させてしまうような凄みがある。
「ぼくらは、処分場で死んだらしいその二人とは別人なんだ。違う、“人間”なんだよ」
四人はモンドの口から出た「人間」という言葉を聞いてハッとなった。レドルゴーグでの人間の定義。人間と認められない者の扱いをもっとも良く知っていたのはヨードルモンドだった。そのヨードルモンドの顔をした少年が、ヨードルモンドの声ではっきりと自分たちは“人間”であると言い切ったのだ。
元強盗団のうち三人はそれでようやく納得した。
「なるほど、なるほどな」
「わかったよヨル兄ちゃん」
「違う、今日からはモンドさん、だ」
ヒュールゲンは言葉無く頷くと目を瞑り噛み締めるようにたたずむ。スドウドゥは何度も頷く。トゥトゥルノも納得した端から呼び方をジョージに指摘され、バツの悪そうな顔をした。しかしカルサネッタだけはまだ納得できない様子だ。
「じゃ、じゃあ、わた、私たちの事、知ってる筈ないじゃない。違う人間なら、あいつらが死んじゃったっていうんなら、あいつらが持ってた、私たちとの思い出も、一緒に」
カルサネッタは頑なに二人が同一人物であると主張した。思い出を、心を引き合いにして来られると、確かにそこは否定しづらい。
「ふうむ。思い出と来たか」
ジョージも困った様子で頭を掻いた。こういう時に頼りたいギルドマスターであるランナは初めから終わりまで説明や説得に参加するつもりはないようでだんまりを決め込んでいるが、カルサネッタを見る目は少し和やかになっている。
「その話は一度おいて、ネッタとモンドも座りなおせ。でな、死んだ二人に少し関わる話をしようか」
だから二人は死んでいない、と訴えようとしたカルサネッタをキッと睨み付け有無などないのだと黙らせる。
「レドルゴーグでは籍を持たない者は人間から産まれて来た者だとしても人間ではない。人間ではない者を傷つけたり殺したりしても、誰も罪に問われない。理不尽だが、法は法だ。
籍を持ってはじめて人間と認められ、法に守られる。人間を傷つけた者、人間から何かを盗った者、人間を殺めてしまった者、総じて加害者と呼ぶが、加害者も人間ならば、人間が定めた法に基づいて神に裁かれる。そして人間であるならば裁きによって直接死をもたらされる事は無い。法はすべからく人間を守るものであるべきだと、神が定めたからだ」
ここまでは今までのおさらいだ。しかし元強盗団のメンバーは詳しく知らなかったらしく、モンド以外は「へえ」と感心した様子だったり、理不尽を感じ憤りを表したりと、少なくない動揺が見える。
「俺もな、アルマとヨードルモンドを助けるために色々と勉強したんだ。三日しかなかったが既に書や本としてまとまられている物から情報を集めるのは得意でな、幸い、ここには居ないがディアルのもう一人の姉が法律関係の本を揃えていてな、今このレドルゴーグで定められている法律は全て読んだ。もう、全て頭に入っている」
ジョージは元強盗団メンバーの顔をひとりひとり見渡しながら、そう断言した。
「その結論が、あの二人を助ける為の法は存在しない、という事だった。そもそも人間じゃないんだ、法はあくまで人間しか守ってくれない。ところが、だ」
ジョージは不意にポーチへ手を突っ込んで手の平に収まるサイズの木製のデッサン人形を取り出した。のっぺりした質感に球体間接が用いられたそれは、目利きの者が見れば高い技術がその小さな体に集約されている事がわかっただろう。あいにくとここに人形マニアは居なかったため、ただののっぺりした人形、としか思う者は居なかったが、そもそも今している話と取り出された人形が全く結びつかない。
「ここから更にちょっと難しい話になるんだが、法律の中には、『罪とは何か』を定めるものがあってな、そこには、人間をどうこうした場合に罪になる、という記述しかなかった。つまり、どうこうする相手が人間じゃないなら、何をどうこうをしても罪にはならんというのだ。明確にそう記述されているわけじゃないが、そう解釈しても間違いないレベルでそれだけしか書かれていない」
言い回しがややこしくなっただけで、それはさっきも言ったじゃないか、と皆が思う。
その一方でジョージの手の上でもてあそばれるデッサン人形。どういう仕掛けか、直接手を触れていないというのに、一人でに床に立ってたたずんでいる。人形の体のバランスから言って、どう見ても自立できる構造にはなっていないというのに。
それどころか、ジョージの右手の動きに合わせて右腕を上げ、左腕を上げとぎこちなくうごいていたかと思えば、急に軽快なステップを踏んで踊り始めた。
「え? ええ?」
話を聞けばいいのか、それとも踊る人形を見ればいいのか、見ている者は混乱した。
「今、同じ事をさっきも言ってたじゃないか、と思っただろう。確かにほとんど同じだが、俺が言いたい事は決定的に違う。さっきのは人間じゃない者を傷つけてしまっても罪にはならん、という意味だ。今は、相手が人間でないなら助けてしまっても罪にならん、という話だ」
元強盗団メンバーの奴隷四名はざわつく。ランナは含み笑いが濃くなり、ロックとアラシは動揺している四人を気の毒そうに見る。残り二人はジョージが操っている人形を見て素直に感心していた。
「さて、ここからは仮の話しだが、仮に助けるとして、気をつけなけりゃならんのは殺処分の執行を妨害するのも罪になるのでは、という事だ。
人間じゃない相手を助ける事そのものは罪に問われるような行為ではない。しかし、殺処分が決定している以上は都市警察は殺処分を実行する公的義務が生まれてしまう。それは治安維持のための公務というやつで、これを正等な理由なく妨害してはいけない、というのが実は、公務執行妨害、という罪になる」
完全に法律の勉強になっている。内容をちゃんと理解した上でついていけている者は、実はモンドとロックとアラシしか居ない。ジョージも、無理に理解させる必要もないと思ったうえで、手元の人形に視線と意識を向けさせている。そして、この二重の意味で遊ばせている人形についていよいよ触れる。
「ここでさらに仮定の話だが、完全に処分が実行されたようにみせかけ、焼かれて灰になってしまったあと、もしも焼かれた物がじつは、本物そっくりの人形だったとしたら」
ジョージは直接手では触れないならがらも、何らかの魔法を用い片手で人形を動かしつつ、ポーチからさらにロングマントを取り出し仮面をつけた。
するとどうだろう、人形は見る見るうちに生物のような質感を持ち、人形サイズの人間、さならが小人へと変化した。
「まだ仮定の話だが、処分された筈の動物が別の場所で目撃されたとしても、処分され灰になった偽者をどうやって偽者だと証明するのか、目撃された動物が本当は処分されるべき相手だったとどう証明するのか」
話しを続けるためにジョージが仮面をとっても、小人はもうただのデッサン人形には戻らない。仮面のアシストによって構築された見せ掛けだけの魔法は完全に人形へ定着し、半永久的にその姿を維持し続ける。
「もっと言えば、都市警察がおこなうべき義務は、あくまで人間に対し害を成した“動物”を処分する事だ。別の場所で目撃された処分対象にそっくりな動物が、新しい“人間”になっていたとしたら、果たして手は出せるのか」
ジョージは不敵な笑みを浮かべながら、自ら生き物の質感を与えた人形に生き物のような動きをするよう操り続ける。
こまれでのジョージの話しを簡単に言ってしまえばなんてことはない。目の前の二人はついさっき死んだ事にされた二人と同一人物だが、法的には死んでいるので、普段からそのつもりでいないと不都合が生じるかもしれない。だから気をつけろ。つまりそれだけの事だ。
「だからさ、カルサネッタ。要するにアルマもヨードルモンドも死んだんだ。そこに居るのは、マールとモンドっていう名前の、新しい“人間”。そういうつもりで接しないと、また大事な仲間を失いかねんぞ?」
だがこれは上澄みばかり白く見える灰色の泥のような話だ。掻き混ぜて上澄みを濁らせれば真っ黒に変わるが、誰もそれを黒だと主張できない。これがジョージが処分場で言った、法の穴だ。
しかしそう主張できないというのも法の上だけでの話しである。この事実を知ってしまうと、納得できずに蛮行に出るかもしれない者は多い。特にヒュールゲン強盗団の被害にあった者、或いはそう思い込んでいる者の中には、罪だ罰だと考える前に行動に出てしまうほど恨みを募らせている者はいるだろう。
はっきりとストレートに事実と危険性を伝えてやってもよかったのだが、ここまで回りくどく建前を説明した事にも、ちゃんとジョージなりの意図があった。
「さて、わかったな? じゃ、お前たちの今後について、話すぞ」
ヒュールゲン、スドウドゥ、トゥトゥルノの三人はモンドが自らアルマもヨードルモンドも死んだのだと言った時点で納得していた。カルサネッタだけはまだ完全には納得できていないようだったが、反論は出ない。
「よろしい」
沈黙を是として、ようやく話が次に移る、かに思われた。




