017-大捕り物劇の後始末 -1-
ダンダロス家武装蜂起の大騒動から二日経った。
議員であったアルカデディス・ダンダロスは、ほかの罪人と違い裁判にかけられる前に都市議会へ手錠つきで呼び出され、質疑応答にかけられる。
まさに現在進行形でその質疑応答の真っ最中であるようだが、いかに様々な手柄を立てたとはいえ、ポッと出の潜窟者であるジョージにその質疑応答に同席する権利は与えられなかった。
「うーむ、何度考え直してもこれはちと法の甘さじゃねえかなぁ」
では彼が今どこで何をしているのかと言えば、俗に「処分場」と呼ばれる絞首台が置かれた広場だった。
死刑の存在しないレドルゴーグの司法において、このような場所は本来必要無い。にもかかわらずこのような場所が存在している理由は、もちろんある。
このレドルゴーグでは、人間の定義が非常に厳密に定められている。
すなわち、籍を持っているか、持っていないか。
籍を持たない者は例え人の形をして人の言葉を喋っていても人間ではない。むしろ籍を得るのはだいたいが赤子の時で、誰々の子供であるという保障をしてくれる人間が親を含めて十人いれば本人の意思に関係なく籍を得られる。そのため、籍を得た時から喋れている者の方が少ない。
移民が新たに籍を得る際は、新生児の戸籍登録よりも厳しい。
まず他都市での犯罪歴が無い事を最低条件に、
大陸公用語によって文章を書ける事、
ある程度の計算が可能である事、
肉体労働が可能である事、
この三つのいずれかを満たしていると、六ヶ月間の仮籍が発行される。
この六ヶ月間の間に保証人を三十名見つけ出し、それぞれから署名をもらわなくてはならず、仮籍から正式な籍を得ても一年間は「色つき」と呼ばれ、どんな小さな事でも罪でも犯し捕まってしまうと即時籍が剥奪され、罪に応じて都市からの追放し永久に籍の再取得権を失う、または人間ではなくなったゆえの“殺処分”となる可能性も出てくる。さらにこの時「色つき」に署名してくれた人々は二度と他の誰かに対して署名を行えなくなってしまう。
ここまででは籍を持たない者や、彼らに協力する人々に対し非常に重い処断だが、レドルゴーグ内でこの「色つき籍」の者たちが何かをやらかす機会は非常に少ない。あくまで犯罪に対しての処断であり、何かしらの避けられなかった事情による借金からの借金奴隷はそのまま正市民と同じ扱いとなる。要は犯罪さえ犯さなければ、奴隷にはなるが人間ではあり続けられる。人間である限り都市議会から命を保障されるというわけだ。
では、なぜジョージは今この「処分場」に居るのか。
それは、ヒュールゲン強盗団のメンバーの中で籍を持たない二人、ヨードルモンドという少年と、アルマという少女を“殺処分”するという都市警察の決定を最後まで覆せなかったためだ。
籍を持たず、人間によく似た、しかし人間とは認められない動物である二人は、ヒュールゲン強盗団という犯罪集団に飼育、使役され集団の犯罪行為に加担したため、危険性を認め殺処分とする決定が都市議会によって下された。裁判にすらけかけられていない。
犯罪者に飼われまともに躾されていなかった犬が人を噛んだから、その犬を殺す。これと全くの同義である、と都市議会は決定したのだ。
ジョージは最後まで反対した。
人間でない者が今回のような巧妙な犯罪の手口を思いつくか、と。ところがダンジョンの中には人間と同等かそれ以上の知能を持って人間を罠にはめるモンスターがいくつも確認されている、と反論され、絶句した。
そうしてとうとう、処分の実行を法的に阻止できないまま、ここまで来てしまった。
正直なところ、ジョージは法律に則ってこの処分を止める事を、途中から諦めていた。
アルカデディス・ダンダロス捕縛のためにヨードルモンド、カルサネッタ、スドウドゥ、トゥトゥルノの四人に協力を取り付けるために交わした契約の内容が、
『都市警察に対する減刑の進言と。犯罪奴隷、借金奴隷、あるいは放逐にかかわらず裁判後の身柄を保障する』
というもので、殺処分までは含まれていないというのも、苦しいながら諦めた理由になる。
「はぁ……」
いま、その二人は顔になんの表情も浮かべないまま、警官に引かれて絞首台の上に連れられ、首に縄をかけられる。
大きな仕掛けは一切無い。首に縄をかけられたあと、腰と足に錘をくくりつけられ、最後には絞首台から蹴落とされるのだ。
周りには“処分”が滞りなく行われたと証言する役割を負わされた最小限の人数と、見届ける事を希望した者しかいない。一応は自由に出入りできるようになっているものの見物人は皆無だった。もう、このレドルゴーグには、たとえ法に認められずとも紛う事なき人間の死を娯楽とするような輩は居ないようだった。過去に居たのかも、わからないが。
「……チッ」
「わかってても、見てて気持ちのいいモンじゃあ、ないッスね」
「ああ」
見届けるのはジョージと、ロックとアラシ。このいつもの三人と、ヒュールゲン強盗団の構成員のうち、ジョージがなんとか手元に置く事のできた、ヒュールゲン、スドウドゥ、トゥトゥルノとカルサネッタの四人だけ。
ランナは緊急時でもないためにまた受付嬢の兼任に戻ったし、リーナは例によって自分の店を開けられないため来ていない。
「何か、言い残す事は?」
殺処分を務めるのは、どういう縁なのかアッパル少尉だった。ディアル潜窟組合と都市警察とを結ぶ縁を作り、間接的にはヨードルモンドとアルマの二人が絞首台に乗せられるきっかけを作ったとも言える人物である。
尋ねる執行人に、二人は黙って俯いて、何も返さなかった。
「では、処分を行う」
サスマタのような道具によって、二人が突き落とされる。
重力に従って身体が落ちる。
引き止める縄が伸びきった瞬間、弟子たちはさすがにその光景から眼を逸らした。
「ぐっ……おお、うおおおおお!」
最後の最後までじっとその様子を見ていたのはジョージと、元強盗団の彼らだけ。その中でもヒュールゲンは、とうとう堪えきれなくなり、その場に膝から崩れた。
未だ手錠をはめられたままの両手で、何度も、何度も地面を打つ。
慟哭するヒュールゲンを置いて処分は淡々と進められる。
数分間ぶらさげられたまま放置したあと、ようやく地面に下ろされ脈と呼吸と瞳孔を確かめられる。脈も呼吸も無く瞳孔も開ききっていると確認されると、錘を外され、速やかに焼却所へ移された。火葬場ではない、焼却所だ。
油をかけられ、高出力の魔法の炎によって彼らの身体が骨の欠片も残さず灰になるまで、二時間ほどしかかからなかった。
焼却窯から出された灰は、遺体が完全に燃え尽きた事をただ確認するためだけに使われ、誰かが引き取る事も許されないまま、そこで殺処分は終了した。
「さて、今からお前らを買った俺の所属するギルドへ帰るわけだ」
失意に沈む元強盗団メンバーたちを前にジョージは意識を切り替え、冷徹に言って放つ。ヒュールゲンなどは特に反抗的な眼をしてキッとジョージを睨み付けたが、もともと実力差がある上に今は奴隷契約によって縛られている。勝ち目など、無い。
「うむ。わきまえているのはいい。俺だって力が及ばなかった事は悔しいと感じている。だがあの子らがああなってしまった事は仕方ない事だったんだ。せめて全うできる残りの契約内容でも履行すべくこうしてお前たちを買った。すまんが諦めてくれ」
ジョージは真顔で言い放つ。その心中の誠のところは、まだ本人にしかわからないだ。
言われた方は沈痛な面持ちだ。当然だろう、ずっと一緒に居た仲間を同時に二人も、それも自分たちの過失によって亡くしてしまったのだから。諦めろといわれて簡単に割り切れるはずがない。
「落ち着いて、飯でも食いながら帰ろう。そんな気分じゃ、ないかもしれないけどな」
最後にみんなに優しい言葉をかけてから、一行は帰路についた。
道中、宣言どおりに屋台やテイクアウト可の店から軽食を買って奴隷たちにも与えつつ、ゆっくりと歩いて帰る。
奴隷たちもなかなか現金なもので、与えられれば素直に口にしたし、育ち盛りのトゥトゥルノなどはもらった端から全て完食した。したのだが、
「これ、アル姉ちゃんとヨル兄ちゃんにも、食べさせたかったな」
というような旨の言葉を必ず最後に、あえて周りに聞こえるような大きさの声でぼそりとつぶやくのだ。
おそらくは、二人を助け切れなかったジョージへのささやかな復讐なのだろうが、そういったつぶやきがされるたびに、ジョージではなくその両脇を固める弟子二人がクッと俯いて顔を隠し、ジョージ自身は少し遠い目をするばかりだった。
ヒュールゲンはもっと大きく、ジョージに対し複雑な感情を抱いていた。確かにアルマとヨードルモンドを失った根本の原因はヒュールゲンたち自身にある、それはわかっている。
実際の所、ヒュールゲンはジョージたちと都市警察の関係性を詳しくは知らない。だからクヴィエギウスに率いられた強盗団の皆を返り討ちにする前から、ジョージが都市警察と縁を持っていたのかもしれないし、そうであれば返り討ち事件がなくとも最終的には強盗団全体と関わっていたとも考えられるし、ジョージが潜窟者としている以上実際にその可能性は大いにある。
あれほど優秀な男なのだから、期間が延びたとしえも最終的には都市警察から頼られていてもおかしくない。そうすれば、きっと今と同じ結果になっていただろう。
そう、ジョージは優秀な男なのだ。悔しいが自分たちが本当に一網打尽にされてしまったほどなのだから認めざるを得ない。なのになぜ、アルマとヨードルモンドを救えなかったのか。逆恨みだとわかっていても、仲間の、恋人の死の大きな要因になったジョージに良い感情を抱けるはずなどない。
クヴィエギウスが余計な事をしなければ、クヴィエギウスを放置しなければ、クヴィエギウスを強盗団に迎えなければ、そもそも、強盗団など始めていなければ。
誰かから恨みを買うような生き方を選んだのは自分たちなのだ。初めはそれしか選択肢がなかったからそうした。しかし盗んだ品にうっかり高値がついて、潤沢とはいかないまでも最低限の軍資金を得た時点でもっと真っ当な生き方を探していれば、今回のような結果にはいたらなかっただろう。もしそんな生き方ができていれば。
ヒュールゲンの頭を、もしも、どうだったならば、意味の無い考えがぐるぐると終わり無くまわり続ける。他人はそれを『後悔』の一言で片付けるだろう。しかしまさに今その念に苛まれるヒュールゲンの辛さなど、他人にわかりはしない。
「さてここが今日からお前たちが住む事になる、ディアル潜窟組合のギルドホールだ。既にギルドマスターと先輩ギルドメンバーが待機しているから、失礼の無いように」
そんな後悔の念はジョージの声によって不意に打ち切られる。
入り口の前で一旦止まって振り返り、四人の顔をどこか慈しむような目で順に確かめたあと、ジョージは一つ満足げにうなずいた。
「じゃ、入れ」
先導するジョージに続いてギルドホールへ入る四人。なぜか弟子二人は入り口の方で立ち止まって様子を見ている。
「……」
「あっ」
「え?」
「うそ」
ディアルの先輩潜窟者の顔を見た四人は一様に言葉をなくした。
「紹介しよう、君たちより一日早くこのディアル潜窟組合に加入した、見習いヒーラーのマール・ディアルと、見習い魔法使いのモンド・ディアルだ。たった一日しか差は無いが、それでも先輩である事にかわりはないので、四人ともしっかり二人を敬うように」
ついさっき、目の前で死んだ筈の二人が、名前を変えてそこに居た。
アルマ(Alma)→マアル(Maal) マアルから転じてマール(Marl)
ヨードルモンド(Jodlmondo)→モンド(Mondo)
簡単な短縮とアナグラムですね




