016-終・大捕り物劇 -7-
プール棟の上からは包囲の全景がよく見えた。
アルカデディス・ダンダロスを中心に、十二人の前衛職らしき傭兵と、魔法使い一人がひとかたまりになったまま、まだ動いていない。
一方で警官や潜窟者たちは、距離をとったものの未だにダンダロスの者たちを逃がさないよう遠巻きに周りを囲んでいる。先ほどの爆発の規模から言って、距離のとり方はジョージから見ても適正だった。
「っと、呑気に眺めてる場合じゃない」
この状況でアルカデディスたちの要求どおり武装蜂起などなかった事にするなど、不可能だ。ここで彼らを捕まえる事はほぼ決定事項であり、これからじっくりと追い詰めていかなければならないわけだが、追い詰められたあの魔法使いが自暴自棄になって触媒となった硫黄の結晶を全て回収する前に魔術を起爆してしまうかもしれない。これからジョージがするのは、その対策だった。
「このまま変に縛りを続けてうっかり死ぬのもつまらんからな……」
まるで誰かに言い訳するように、ジョージはポーチから拳大のバッグを取り出した。バッグの中には真っ白な小石が詰まっていて、四粒ほど取り出すと、一つずつ足元にグリグリと押し付ける。
プール棟の外壁は、砂や小石などツナギが加えられず純度の高いままのセメントのような材質だった。その表面を少し削って小石をめり込ませるとジョージはぶつぶつと小声で呪文を唱える。
「ラグ・イス・イス・ユルグ。あれ、使えない?」
しっかりと魔力をこめ、小石に刻印を施していくのだが、一切手ごたえがない。
「イス……ダメだ。まさか神秘体系が違う? くそ、こんな事からあらかじめもっと研究しておけば……」
当てにしていた手法のひとつが使えないと覚り、ジョージは急に焦りだす。今までいつなんどきでも飄々とした態度でのらりくらりとはしゃぎながら事態を収拾していたジョージがここまで取り乱す事は、ここに来て初めての事だった。
「なんとか他ので代用……そうか、神の名を……ダメだ、神を現す文字がこっちには無い……!」
弟子のどちらかでも居れば体面を取繕ったかもしれないが、ここには誰もいないとわかっているだけに余計に身振り手振りが大きくなる。
「……くそ、効力は落ちるが現地言語を使うしかないか。となるとコレじゃ小さすぎる。んぐぐぐ、現場に証拠を残す事になるが、背に腹は変えられない!」
ジョージはその場にガリガリと呪文を刻み始めた。単純な形の記号を組み合わせただけの簡単な模様の羅列に見えるが、立派なこの大陸の言語である。その言葉にて水を象り、氷を象り、爆発という激しい反応現象に対抗する、「定着」「安定」という意味を作り上げる。
刻まれた文字に ポウ とかすかな明かりが灯る。太陽の光のしたでは気づけないような本当にかすかなものだが、ただの文字が確実に力を与えられた証明である。
「最低でもあと3ヶ所。万全を期すなら、あと7ヶ所か。とりあえず最低限を優先して、余裕がありそうなら全部だ」
また呟いて、ジョージは再び宙に浮いて動き出した。
特大プール棟の上にいる人影に最初に気づいたのは、サドンのパーティーにいるアーチャーのライオだった。
真っ黒なロングマントに白い奇妙な仮面をつけたその人影を見て、ライオはなぜかついさっき出合ったディアル潜窟組合のメンバーであるというジョージの姿を重ねる。黒髪だったからだろうか。
ダンダロスの包囲を続けながらもその人影に気をとられていると、隣に居たニッグボルグもライオの視線につられてその人影の姿を認める。
「なんだあれ……?」
「さあ。わからん。わからんが、何かやっているらしい」
位置関係的にも、今自分たちが取り囲んでいるダンダロスの当主と全く無関係ではないだろう。問題は敵か、味方かという事であるが、ライオはなぜかあの顔も見えない人影とジョージを結び付けてしまっていて、同時に味方であるとも思った。
「……お? 何かあそこに魔術を仕込んだらしい。それも、水系か、氷系の魔術だな。水か氷の弾を同時に発射して爆発を食い止める、とかそんな感じの魔法じゃないかな」
素の視力では弓矢を用いるライオと比べるべくもなかったが、ニッグボルグは魔法使いであるためある程度の魔力視を体得していた。そこで、何メートルも上の方で何かごそごそとやっている、しかも角度的に全く手元が見えない状態の人影がやっている事に大体の当たりをつける事ができた。
その見当は的心せずとも遠からずといったもので、ジョージが魔法の意味を作り上げるために象った単語はまさにそれだった。
「とにかくあいつらを捕まえるために何かやってるらしい。あいつらに覚られるとまた面倒だ、気づかなかったふりをしてあのまま様子を見るぞ」
いつのまに気づいていたのか、サドンがそう言うと二人は頷く。他にも、包囲に参加している潜窟者たちと頷きあうと、何かが動いているのに気づいてもしらんぷりする、という空気が次第に包囲網全体に広がって行った。
有事とあらば出所はわからずとも連携できる謎の連帯感。そしてその連携が有効であるか逆効果であるかも、なんとなく嗅ぎ分けられるのが一流の潜窟者になるための素養といえるのかもしれない。
無論、この場に集まった潜窟者たちの全員が全員ともその素養を持っていたわけではないのだが、年長者がなんとなくこの空気を感じ取り、実際にジョージや、硫黄回収のために走り回っている誰かの姿に気づいたとしても上手く気づかないふりをしたし、その年長者に従ってついてきていた若い潜窟者たちがうっかりジョージの影を見つけて反応しそうになったとしても、それとなく窘める事もまた年長者がおこなった。
張り詰めた空気の中、取り囲んでいる側から何らかのアクションが起こされる事はほぼ無くなった。
ダンダロスの当主は相変わらずわけのわからない事をわめき散らすだけでそれなりに自分に酔えるほど満足しているようで、ひとまずの時間は稼げている。問題はその当主の首からぶら下がった爆弾だった。遠目に見てもわかるほど、いつ火がついてもおかしくないのだ。
「これで3つ……あと1つ!」
『こちらロック、また1個見つけたッス。これで4個目ッス! 大型プールは全部まわったッス!』
『アラシだ。同じく4つ見つけたが、中型プールはあと3箇所回りきれてな――あっ』
『あたしだよ。特大プールとかいうやつが無駄にでかくて苦労したけど、アラシが周り損ねた3個はあたしが回収した。というわけであたしも合計4つ』
大小に関わらず各プールにひとつだけしか備え付けられていないらしいマナフルイド。爆発魔法の触媒にされている硫黄の結晶も必ずそこに設置されていた。従って各プールに一つずつと推測される。
特大プールが二棟、大型プールが四棟、中型プールが七棟ならば合計十三個の硫黄がセットされていた筈だ。真っ先に特大プールで発見された一個を足せば、全て回収した事になる。しかしジョージはあのとち狂った爆発の魔法使いが、なにかふざけた理由で他の場所にも硫黄をしかけている可能性を捨て切れなかった。たとえば、工場の中だ。
「了解した。一旦落ち合うぞ」
ジョージは妨害魔術の設置の残り一箇所から予定を変更して硫黄の回収を優先した。
「これだよ」
そうして一箇所に集められた硫黄の山。まだ術式が残されたままの硫黄は言うまでも無く超がつくほど危険な爆発物であり、そんなものがこんな一箇所に集中している時にもしも起爆されてしまったらおそらくここにいる人間は跡形も残らない。
そんな危険物の山を見て、ジョージはひらめいた。
「この手で行くか」
誰にもなんの説明もしないままジョージは一つ一つ、次々に硫黄へ何かの細工をほどこしていくのだが、素人目に見ても明らかに先ほどより荒っぽく、細工を終えた硫黄も光をまだ失っていない。
「あ、アニキ? これでいいんスか?」
「いいんだ!」
力強く断言されてしまうと、もう誰も二の句を継げなかった。
解除とは別の細工がほどこされた硫黄が次に使われたのは、ほんの数分あとだった。
「そもそも私は今の議会のありかたに疑問を持っていた! なぜ日々粉骨砕身しこのレドルゴーグの在り方、未来を案じている私がこんな仕打ちをうけなければならないのか! それは議会に大きな欠陥があるからに他ならない!」
同じ主張のループから抜け出したかと思えば、とうとう議会批判を始めたアルカデディス・ダンダロス。おいおいそれは自分が都市議会に弓引くつもりなどないという今までの主張に反していないか、と包囲している者だけでなくまわりを固める傭兵たちさえ思ったその時だった。
ヒュン と風を切る音とともに、警官と潜窟者たちでつくられた人壁の包囲網を飛び越えて黄色い半透明の石が投げ込まれる。見事な結晶体をなしたそれは一瞬、何かの宝石かと思われたが、その正体に真っ先に気づいたダンダロス家の魔法使いはギョッと表情をゆがめた。
狙い過たず元の持ち主の足元に転がったそれを指差しながら、一人の潜窟者が包囲網から抜けて歩み出る。
「そいつはお前が爆発の魔法に使った魔石さね!」
だからなんだ、という顔をしていたアルカデディスに向けたその言葉を合図に、次々と同じような硫黄の結晶がダンダロスの者たちの近くに投げ込まれる。
「そいつを一斉に発動させりゃあんたたちも爆発に巻き込まれて命はない! わかってるね!?」
「な、なんだと! おい! さっきの爆発の魔法は絶対に唱えるなよ! お前たちはその魔石をどこかへ放るのだ!」
アルカデディスが明確に“命令”した。魔法使いがグッと自分の喉をおさえ、傭兵たちが慌てて動き始める。どんな下手な内容だったかはわからないが、契約で縛られた彼らに雇い主の命令に逆らうすべはない。
これこそまさにジョージが狙った展開だった。
「今だよ野郎ども!」
「ディアルに続けえええ!」
たった十四人に対し集まっていたおよそ七十という人の数。
別のところに注意するよう仕向けられた十四人に、この数の差を埋める手段は無く、微妙なバランスで保たれていた緊迫した空気は十二個の石ころで断ち切られあとは多勢に無勢である。
あっという間に乱闘騒ぎ、それでも大量発注の依頼の枠を守っていた潜窟者たちは、特に仲たがいする事もなく最後まで残っていたダンダロス家の当主と彼に契約で縛られていた傭兵と魔法使いを次々と捕縛していく。
「おのれえええええ!」
ところが、言葉選びの穴をついた魔法使いは四方から屈強な男たちに捕まれながらも、はげしくもがいて杖を天に向ける。
「《ボム・オン》!」
先ほどの爆発を引き起こした魔法と、あらかじめ硫黄にセットしておいた爆発の術式を起動させる呪文は、別のものだったのだ。
とにかく何か魔法を使おうとしたとわかった周囲は、一瞬だけヒヤッとするものの、何も起こらない。
「な! なぜ!」
魔法の触媒となっていた硫黄は既にジョージが細工をほどこしていたのだ。具体的には、爆発する要素だけを残して、起爆の合図になる鍵の部分を削除。これで最初に回収し解除した一個以外は全て、爆発したら大変な事になるけど誰も起爆できない爆弾、と成り下がっている。
「おのれええ! なんとかしろおお!」
もみくちゃにされているアルカデディスが苦し紛れに叫ぶ。これで先ほどの命令まで撤回されてしまってはかなわないと、潜窟者たちはアルカデディスの口を塞いだ。しかし、“契約”による命令はこんなところでも有効だ。
「《ボム・バースト》!」
慌てて魔法使いの口もふさぎにかかった潜窟者たちだったが、呪文の阻止には一歩間に合わなかった。
しかし、魔法使いが執念深く持っていた杖の先端が青白く光るだけで、何もおきない。
「うおっ! ……ふう」
少し離れた特大プール棟の片隅では、ジョージの手元で完成したばかりの四つ目の魔術式がさっそく使われた爆発の魔法に反応してバチバチとエネルギーを放っていた。これは、四つの基点を結んだ三角錐型の空間の中で使われた炎、爆発の魔法を強力に阻害するという魔法だったのだ。
一瞬は魔法の発動に怯えたたものの、何もおきない事に気を安くした潜窟者は、魔法使いの顎下に強力な一撃を加え意識を刈り取る。
こうして、大捕り物劇は完結を迎えたのだった。




