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016-終・大捕り物劇 -6-

 ジョージ達がそこへ到着した時には、既にアルカデディス・ダンダロスは十二名の護衛と一人の怪しげな魔法使いを伴い、多数の警官と潜窟者たちに取り囲まれていた。


「おとなしく投降しなさい! あなたには既にレドルゴーグ都市議会に対する武装蜂起の嫌疑がかけられています。名誉あるダンダロス家のこの期に及んで頭首がこれ以上罪を重ねるおつもりですか!」


 先頭で呼びかけている警官はジョージにも初見の、凛とした青髪の女性だった。


「う、うるさい! すべて濡れ衣! いや、誤解だと言っているだろう! この私に議会へ弓引く意図などない! すべてはヒエルゲンとかいう賊どもが悪いのだ!」


 アルカデディスの主張はさきほどからそればかりだった。しかもにっくきはずの賊の名前を一度も正しく呼べていない。


「その主張についても後で詳しくおききます! 今はおとなしくお縄にかかりなさい!」


 両者とも全く引く様子は全くなく、みずかけ論争がはじまろうとしている。


「さぁて、どうするかね」


 アルカデディスとそれらを囲む警官と潜窟者たちの輪から少し引いた、やはり高いところから全体を見ていたジョージは、無精ヒゲの生えたあごを撫でながらなにやら思案する。


「あっちはたかだか14人。魔法使いみたいなのが一人居るがこの数じゃどうにもならないだろう。ビタンとやっちまえばいいんじゃないのかねえ」


 ランナも何に張り合っているのか、ジョージよりさらに少しだけ高い位置に陣取って胡乱げに騒動を見下ろしている。


「ここで潜窟者側がいきなり切りかかって言ったら、大量発注の発注元である都市警察の面目をつぶすことになる。かといって一戦やりあわにゃもう収まらんだろう、この状況は。だったらどうやって火蓋を切るかだ」

「ははぁん。そういうわけかい。確かにそれは面倒だね」


 警官たち個々の実力を見下す節のあるランナとて、都市警察という組織全体を甘くみているわけではない。数がそろうとなんでも怖いものだし、議会から警察権を委任されている彼らを無闇に怒らせる事はどう考えても得策ではない。


「どこか俺らとは無関係なギルドに生贄になってもらうのが手っ取り早いが、それもなんだかかわいそうだしな」

「甘い事言ってるねぇ」


 未だに総ギルドメンバー数が四人という弱小ギルドだ。よそのギルドに気を使っている余裕などない筈なのだが、ジョージは未だに緊張感に欠けていた。


「どうにか――お?」


 思案しながらも成り行きを見守っていたのだが、騒動に動く様子がある。


 みずかけ論争どころか別の方向を向いて叫びあっているような有様に、ダンダロス側に一人だけいた魔法使いが痺れを切らせたようで雇い主を押しのけて警官を代表している青髪の女性に杖の先端を向ける。


「いいかよく聞け!」


 大声で叫んで相手の言葉を遮ったあと、杖を空に向け、杖から何かを発射し、さらに叫んだ。


「《マナ・チェイン・ボム》!」

「あ、まずい」


 それにとっさに反応できたのはジョージと、潜窟者の中でもたまたまこの中に居合わせた熟練の者たちだけだった。


 ある者は伏せ、ある者は物陰に隠れ、ある者は防御のために魔法や神の奇跡を展開する。


 すべての回避、防御行動が完了する前にダンダロス家の魔法使いが空に放った何かは魔法発動の触媒として空中で弾ける。粉のように散ったその瞬間。


 鼓膜どころか耳そのものを破壊せんばかりの爆発。爆発音。衝撃波。


 ここに集まった潜窟者、百数十など無意味にできるだけの爆発が、一度だけでなく連鎖的かつ断続的に続く。


「なんて所でなんて魔法を……!」


 とっさに展開した魔力の防壁でギルドマスターと弟子二人、さらに連れてきたヒュールゲン強盗団の三人を守りながらジョージは忌々しげにつぶやいた。


 一瞬でジョージはあの魔法使いが放った魔法の正体を看破していた。最初に空へ向けて打ち上げられたものは硫黄の結晶だ。爆発魔法の触媒として高い効果を持つ。そこに、周囲の魔力を吸収して爆発を発生させる魔法を打ち込んだ。


 ほかの場所で打てば、それなりの威力の爆発しか起こせなかっただろう。しかしここは、イリジタイトを結晶化させるために高濃度の魔力を注入した溶液が満たすプールのど真ん中だ。溶液から漏れ出しただけとはいえこの周囲の魔力の濃度はジョージがもつ仮面の魔力視認機能を狂わせるほど高く、それを吸収・利用した爆発の魔法は恐ろしいほどの威力を発揮する。


「ヒ、ヒヒ! やっぱりおれは天才だったんだ! 視ただろうお前らも!


 よく聞けよ! 俺の思った時に今と同じだけの爆発を引き起こす魔石をあちこちに仕掛けておいた! ダンダロスさんの提案を飲まないとおまえら全員死ぬだけだ!」


 魔法を使った本人すら予想していないほどの高威力を弾き出したのだろう。たっぷり数秒間も続いた断続的な爆発が収まったあと、ダンダロス家の魔法使いは興奮のあまり笑いを引きつらせながら高らかに主張する。


「ハハハハハハ! お前たち見ただろう! 私の要求を呑まなければお前たちは終わりだ! 私の要求は……そうだな。ハハハ、あまりにすごい魔法で忘れてしまいそうだったが、今回の件はすべて誤解である事を議会は認めろ! 私には初めから武装蜂起などという大それた意図はない。ただ単にバカな子供の尻拭いをしようとしただけだ! ヒアルロンだかヒルロガンだかいう強盗団を潰してな!

 この工場に立て篭もったという誤解もあるようだが、もともとこの工場は我がダンダロス家が所有し経営するもの、主がいつどんな目的で用いようがそれは議会といえど口出しすべき事ではない!」


「んなアホな……」


 自分の側にすごい魔法使いが居た、という事を認識したせいで気が大きくなったのだろう、アルカデディスはすさまじい主張を並べ立てる。


 自分の息子がつながっていた強盗団を無かった事にする、という行動が既に常軌を逸しているというのに、そのために数百名の武力を動員するという暴挙は罪に値する。しかも禁薬指定されている危険な薬品まで用いて、だ。


 工場に立て篭もった事も、いくら自らが所有する土地、建物であってもその職員まで所有する権利はなく、完全に人質にとっていたうえ、女性職員へは性的暴行まで加えている。そこまでがアルカデディスの指示ではなかったとしても、監督不行き届きによる責任追及は避けられない。


「くっ……」


 ところがこの時、無茶な要求の数々を回りのほとんどが聞こえていなかった。爆発の影響で聴覚が一時的に麻痺していたのだ。その影響は耳だけでなく、無数の爆発の衝撃波にあてられてうずくまっていた青髪の女性警官が、フラフラと立ち上がる。


「あの魔法使いは危険です。一時退避!」


 相手はいつでも同規模の爆発魔法を打てる、と判断したのだろう。ほかの警官や潜窟者たちの命を優先したその女性警官の判断はある意味で英断だったかもしれない。


 しかし魔法の性質を看破していたジョージは既に動き始めていた。


「スドゥとトト、二人は獣人の血を継いでる、とかいってたな」

「お、おう」

「うん」

「今のは、魔石と言っていたが、硫黄の結晶を使った簡単な触媒魔術だ。硫黄は結晶化してるとただの人間にはあまり嗅ぎ取れないんだが、獣人の鼻ならなんとかなるだろう。硫黄の臭いは、しってるか?」


 ジョージの問いに兄弟は首を横に振る。


「卵が腐ったような臭いだ」

「それなら、何箇所かでにおった!」


 すばやく反応したトゥトゥルノが弾き打だれたように駆け出す。


「こっちだよ!」


 勝手に先行されたまま追いかけるが、結果的に彼の意図どおり案内された形になった。


「間違いない、コレだ。よくやった」


 近くに来ればあとは早い。仮面の視覚補正ではどうにもならなかったわずかな魔力の流れを生身で感じ取ったジョージが、迷わずそれが隠されていた場所を見つけだし、目的の物体を見つけ出す。


「湿気が多いせいか、ひどい臭いになってるな」


 それは結晶化プール内の溶液を循環させつつ溶液に魔力を付加させるマナフルイドと呼ばれる機械の真下に設置されていた。周囲の魔力を吸収して爆発の威力を増加させるというこの魔法にとっては、確かに絶好の仕掛け場所だったかもしれない。


 しかしプールの溶液から空中にもれ出た分の魔力だけであれほどの威力が出たのだ、もしその源泉たるこの装置の真下で爆発させられていたら、いったいどれだけの規模の爆発になっていたのか、咄嗟に計算できずジョージはただひたすら背筋が寒くなった。下手をすれば今解除したこの一つだけでも、この工場の敷地が丸ごと吹き飛びかねない。


「……よし、おかしな術式も入ってない。この場で解除しても大丈夫だろう」


 何度か指で空中を切るように パッ パッと何かをするジョージ。すると手に持っていた硫黄の結晶が目に見えて力を失ったのが、魔力を視認する事のできないメンバーにもわかった。今まで比べるものがなかったので気づかなかったが、この硫黄はジョージが何かをするまでわずかに光っていたらしい。


「なにをしたんだい?」

「結晶体の中に刻まれてた爆発の魔術式を消したんだ。こういうのには、解除したら術者に感知されるような術式を仕込むのがセオリーなんだが、どうやらそこまでは頭が回らなかったらしい。時限式でもないし、ほんとに計画的な犯行じゃないのかもしれんな」


 この硫黄と刻まれた魔術は、いわば設置式の爆弾のようなものだ。使われる場合は大規模な爆破テロがほとんどで、設置した者が不本意に解除された時、それを感知できるように余計な術式まで仕込んでおく。


「おっそろしいね」

「まったくだ」


 軽く同意したジョージだったが、ランナが恐ろしいと言ったのはそんな知識を持っているジョージに対してだった。ますますこの男の謎が深まるが、今はこの危険物をどうにかするための知識と技術を持っているというところで間違いない。


「この様子だと他のプールにも全部仕掛けてありそうだ。一個でも解除し損ねたらたいへんな事になる。手分けして、目立たないように回収する。

 即時通信可能な姐さん、ロック、アラシは分かれ、そこに、ちょうどお前らも三人だから、姐さんにはネッタ、ロックにはトト、アラシにはスドゥがつけ。特にトトとスドゥの鼻には期待している。

 で、姐さんはここから東回り、ロックは西回り、アラシはまっすぐ北に向かって小さいプールを順に回れ。

 俺は、万が一、ヤツがプッツンした時のための妨害魔術を組み立てる」

「わかったよ」

「「了解!」」


 矢継ぎ早な指示にもディアルの三人はすばやく対応した。臨時参加の三人も、とにかく硫黄を発見できればいい、という事と、自分たちがついて行けばいい相手だけはかろうじて理解し、言われたとおりのコンビを組んで散開していく。


「さて、と……」


 今までにない真剣な面持ちで、ジョージは仮面をかぶりなおすと、その場でふわりと浮かび上がった。まるで自分が空中にある事は当たり前であるかのように。

今週は明日も更新します

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