016-終・大捕り物劇 -5-
エントランスホール付近と、三階資料室を占拠していたダンダロス家の傭兵たちあらかた捕縛され、既にどこかしらの駐在署の拘留所へ移送が始まっている。
ただし、傭兵たちのほとんどが神の立会いのもと契約をうかつに交わした上で雇われていたせいで雇い主の命令に逆らえなかった者たちばかりであったため、工場占拠そのものについての罪には問われない見込みだが、人質の女性たちがうけた乱暴は別の罪として数えられ、そちらに加担した者達は刑罰を避けられないだろう。
占拠の片棒を担いだ実行犯たちへの対処が順調に始まっている一方で、主犯とみられるアルカデディス・ダンダロスの捕縛は思うように進んでいなかった。
「見つからない?」
未だに目撃報告すら届かないのだ。それは大量発注に応じて集まった潜窟者たちだけでなく、ジョージ自らが契約し協力させている強盗団のメンバーからも同じだった。
「うん。隠れられそうなところは全部みて回ったけど、どこにもいなかった」
もともとヒュールゲン強盗段のメンバーを雇ったのはこのためだ。
彼らは他人から見つかりにくい隠れ家を探すためにあちこち工場を下見していた。このイリジタイト工場も何度か隠れ家にした事があり、工場の敷地内にあるデッドスペースを熟知している。
「ちょっと、見て回った場所に記しをつけていってくれ。見取り図に直接書いて構わんから」
そう言うと、彼らは打ち合わせもなく三人で手分けしてそれぞれ回った箇所を見取り図に書き込んでいく。
さすが、というべきか、やはり見取り図を見ただけでではそこにスペースがあるとはわからないような場所にばかり記しがつけられていき、ジョージは逆に納得してしまった。
「なるほど、こういう場所なら工場の持ち主ですら気づいてないような場所ばっかりだろうな」
彼らが探したのは、パイプの裏や階段の下や、工業排水と雨水とそれぞれのための排水溝が合流する地点にあるわずかな隙間。ほかにも平たい屋上と傾斜した屋根の境目にできたわずかな屋根裏部分など、ただ何気なく眺める分には気付かない、気付きにくいスキマばかりだ。こんな場所ばかりなら、アルカデディスはもちろん、今もまだその周囲を固めている者たちも把握していないに違いなく、知らないなら隠れようも無い。
「建物の中の隠れられそうな部分ももうあらかた探したし。あとは、結晶化プールとか呼ばれてる工場の心臓部分だけか……」
残された探し場所はこのイリジタイト工場でもっとも広い面積を占める施設だった。
イリジタイトは一定量の魔力を通す事で強度が爆発的に上昇する性質をもつ、レドルゴーグの高層建築において絶対に欠かせない建築資材のひとつだ。
薄紅色の半透明の見た目のとおり、建材として使われるイリジタイトは大きな結晶体であり、柱として扱えるほど大きな物を作るためには、製造ではなく成長とよぶべき過程を踏まなくてはならない。
結晶体の成長は、結晶体と同じ物質を飽和溶解させた特殊な溶液で満たしたプールに結晶体の種を浸けておく事で自然に行われる。そして当然、巨大な結晶体を作るにはそれに見合っただけの巨大なプールが必要になる。
ダンダロス家が所有するこのイリジタイト工場は、レドルゴーグでも三箇所しかない巨大イリジタイト材工場だった。
大勢の傭兵たちが立てこもって人質を集めていたこちらの工場はあくまで成長したイリジタイトをカットして柱状や板状に加工するための場所である。最もスペースを必要とする結晶化プールと呼ばれるイリジタイトの成長スペースは、八万平方メートルある工場の敷地の、およそ七割を占めていた。
「……うーむ。そういえば結晶化プールの内側の方は探してないんだな?」
「うん。そのでっかい水槽は昼間いつもひっきりなしに人が通ってたし、よっぽど大事な所だったみたいで夜でもしょっちゅう見回りがいた。出入りする時に人とばったり会うかもしれない所には、隠れ家は作れない」
「なるほど、道理だな。この社屋内は屋根裏から地下まで全部探したはずだが見つからなかった。お前らの見立てで、このプールのどこかに人が隠れられそうな場所はあるか?」
たずねると、さきほどから三人を代表してしゃべっていたトゥトゥルノがやはり答える。
「うん。いっぱい」
即答かつ力強い断言だった。
「ジャガル中尉。一応、この建物の中にも潜窟者を数名だけ残して、結晶化プールを大きい順にしらみつぶしに探しましょう。現在、大量発注に応じてここに集まっている潜窟者の数は把握していますか?」
「およそ300名です。うち100名は周囲の包囲のため外せませんし、ほかにも100名は捕まえた犯人たちの移送のために出払っています。さらに30名が、救出した職員たちの手当てに回っています」
「だいたい70か。まあ十分でしょう。だいたい24名ずつ、6人パーティーを4隊編成を目安に1チーム、計3チーム作って手分けして結晶化プールを一棟ずつ探索するように指示してください。順番は任せます。地図も、これ使ってください」
結晶化プールは、特大が二棟、大型が四棟、中型が七棟。小型はほかの工場でもまかなえるため存在せず、中型の結晶化プールで成長させられる限界サイズが人間と同じ大きさ、大型が高さ四メートル、半径が一メートル。特大になると高さ二十五メートル、半径六メートルの巨大な六角柱の形状になる。
結晶化したイリジタイトの搬出の都合があるため、プール施設よりも道の方が圧倒的に広くとられているのだが、縦三十メートル、幅、深さがそれぞれ十メートルもあるプールが並ぶ姿はなかなかお目にかかれない光景かもしれない。
――などとのん気に見物をしている場合ではないのだが、工場の屋根の上にのぼって、見える光景をざっと見渡していたジョージは、実はずっと心の中にあった既視感に答えを得ていた。
「浄水場みたいだなぁ」
「ジョースイジョー、ッスか? それはジョージと何か関係あるものなんスか?」
「いや、そういうわけじゃないんだがな」
やはり共感は得られなかったなあ、と微妙な表情を浮かべたジョージは、独り言に反応してきたロックから一方的に会話を打ち切って、フードをかぶり仮面をつけた。
「……やっぱダメだな。結晶化プールに魔力が満ちてるせいで人間大のものは覆い隠される。イリジタイト、面白い物質だ。どさくさにまぎれてサンプルをひとつくらい……。いや、盗むくらいならあとでちゃんと買うか」
幸い金銭の問題はないのだし。人工的に作れるものが、ダンジョン内から偶発的にしか算出しないブラスギアーより高いという事はないだろう。
「仕方ない、赤外線、紫外線、X線、ダメだな。俺らも地道に足で探すしか……」
仮面の視覚野を次々と操作して敷地内の前景を見渡せるこの位置から楽に標的を発見できないかと試していくがすべて上手くいかない。
ジャガル中尉に指揮を任せた通り、ほかの潜窟者たちと同じように自分の足で探すべきかと意識を変えた所で、特大プールの方からけたたましい警笛が響いた。
自ら探し始めるまでもなく、どうやら標的は見つかったらしい。




