016-終・大捕り物劇 -4-
南区工場街の大通りから程近い一等地。ダンダロス家直営であり、たったいまオーナーが職員を人質にとり立てこもっているイリジタイト工場は、大量発注の報せがレドルゴーグじゅうの潜窟者ギルドにとどろいたせいで潜窟者が人壁をつくって塀の内側を隙間なく取り囲むような形になっていた。
これはもう誰がなんと言おうと一大事だ。
そんな中でジョージは工場の片隅にある細い通気ダクトの前に陣取って、外からは何をしているのかわからないよう厳重に目隠しをして偵察の結果を待っていた。
「戻ったよ」
「修正した見込みより、さらに遅かったな」
通気ダクトから音もなく顔を出し、ひとまず帰還を告げたのはトゥトゥルノである。
ダクトの幅は聞いていたとおりだったものの、その中をなるべく音を殺して進むには予想していたよりもずっと時間がかかる事がわかった。そのためジョージは当初見込んでいた時間よりもさらに長くかかるだろうと見積もっていたのだが、実際にはさらにその倍も、ただ中の様子を見て来るだけの目的に時間をとられてしまっている。
「うん。ジョージさんの予想だとあの小部屋二つにここの人たちが捕まってるハズだったんだけど、なんか小部屋のは、もっとエグい事になっててさ」
「……まさか?」
トゥトゥルノの芳しくない顔色に、周りの皆がいやな予感を募らせる。
「うん。小部屋に集められてたのは、女の人ばっかり、だったよ。で、ダンダロスの傭兵が交代でその中に入ってったんだ」
「そうか。もういい。……トトはあんまりショックを受けてないみたいだな」
やさしく頭を撫でてやりながらジョージはそれ以上の言葉を遮った。
「うん。おいらたち、そだった所はあれくらいよく見たから。いい気分になるもんじゃ、ないけどね」
見慣れている、という事らしい。目撃したショックで下手を打って見つけられる、などという事にならなかっただけ良かったのだろうが、見た目には十二歳くらいのこの年齢でそういう現場を見慣れているというのも理不尽な話である。
「で、職員の男の方は?」
「うん。三階の机と椅子と本棚がいっぱい並べられた窓のある部屋に集められてた」
「三階まで行ったのか。それで遅くなったんだな。ご苦労さん」
ねぎらいの意味もこめてもう一度頭を撫でてやると、ジョージは作戦に修正を加える。
「……予想よりちょっと悪い状況だ。女性たちの方は女性が助けに行った方がいいだろう。姐さん頼めるか?」
「ハッ 誰に聞いてるんだい」
ジョージとしては女性たちの保護を最優先にしてほしいのだが、保護するよりヤる事をヤった男どもを全員叩きのめす方が早いだろう、などと考えていそうなランナの様子は少しだけ不安にさせる。
「……ネッタは姐さんのサポート。二人とも鞭使いだから相性も悪くないだろう」
二人で同時に鞭を振り回すというのは競合が起きそうだが、カルサネッタはあくまでサポートという名目がつく。鞭の間合いを知っていればうかつにランナの攻撃範囲内に入る事はないだろう。
「わかった。それであの」
「うん?」
カルサネッタからも提案があるのだろうか、と思いジョージは一瞬聞く耳を持つ。
「私からもお願いがある。ダンダロスとは直接関係ないんだけど……」
「ああ、そうか。そういえばネッタも俺に何か話しがあるって言ってたんだっけか。すまんがそれはこれが終わってからにしてくれ。話だけは後でちゃんと聞くから」
「あ、うん」
カルサネッタは初遭遇からは考えられないほどしおらしい。しかし、女なんてこんなもんだろうと簡単に切り捨ててジョージは深く考えない。
「うん。三階の男性職員の救出は俺が受け持つ。正面から殴りこむ要員がロックとアラシとスドゥの三人だけになるが、まあ上手くやれ。二人は仮面を上手く使えば少しは楽になるだろう」
それ以外に、基本的な作戦の変更はない。
「次に他の潜窟者達への対応だが、都市警察が大量発注の依頼内容に気を使ってくれたから、彼らが勝手に暴走する事はない。
指揮権は、俺たちに同行してくれてるそこの都市警察の、えーと」
「ジャガル中尉です」
「ジャガル中尉が持っている。名目上は俺たちはジャガル中尉の指示のもと殴りこみ、それきっかけに周りの潜窟者たちも雪崩れ込んでくるはずだ。乱戦になったらすぐ細い通路を探してそっちに入れば無駄に戦わなくて済むだろう」
こういった作戦では不測の事態に備えて臨機応変に対応すべく、どう展開するか予想をひとつにしぼるべきではないのだが、ジョージは確信を持ってそうなるだろうと断言した。
「いいか。俺たちの目的はあくまでアルカデディス・ダンダロスの説得、または捕縛がメインだ。その為にまずは人質の解放が最優先となる。まずはそれだけを考えろ。意識を切り替えるタイミングは俺が仮面を通して出す。だから仮面は必ずつけた状態で作戦にあたってくれ」
「わかったよ」
「「了解」」
「では散開!」
ジョージの立てた作戦はこうだった。
まずは正面のバリケードを力ずくで破壊する。中にいるダンダロスの傭兵たちはその対応のために正面玄関へ戦力を集中させなければならなくなるだろう。その隙を突き、通気ダクトから進入したトゥトゥルノが裏口を開放、開放された裏口からランナとカルサネッタが進入し速やかに人質になっている女性たちの安全を確保する。
女性だけでも二部屋にわけて監禁されているところが厄介ではあるのだが、この二部屋はさほど離れはいないため、ランナの武力をもってすれば十分に迅速な安全確保が可能であろうと思われた。
それと同時に、ジョージは一度屋上へあがり男性職員が集められている三階の資料室へ窓から乱入する。男性を一箇所にまとめている、というところから警戒してここは多めに傭兵が置かれているようだが、すでに二対十で圧勝した実績を残しているジョージに、誰も不安を唱えなかった。
今回の場合は人質がとられているが、ちゃんと策をもって挑むつもりである。
大事なのは正面玄関バリケードの破壊と、裏口からの潜入、そして三階への直接突入を、すべて同時に行う事だった。タイミングの計り方が非常にシビアだったが、これを簡単に解決したのがジョージの仮面と、ランナと弟子たちに与えられた簡易の仮面だった。
魔動波通信、とジョージが称するそれは、離れた位置の仮面同士に声をはじめとした様々な情報を共有させる非常に高度な魔導のアイテムだ。
『全員、配置についたな? 開始3秒前、2、1、正面への攻撃を開始せよ』
合図とともにロック、アラシ、スドウドゥの三人がジャガル中尉へ合図を送る。それを受けたジャガル注意が大声で周囲の潜窟者たちの注目を集める。
「総員! 突入準備!」
厳重なバリケードを前に何をいいはじめるのか、と潜窟者たちは訝しげな顔をしたが、ロックとアラシのコンビが剣を構え、高らかな叫びとともに繰り出したその攻撃を見て表情を変える。
「「《オーラスラッシュ》!」」
計算された二点同時攻撃はバリケードの一部を見事に破壊。
「「オーラキック!」」
そこにさらに、ダンジョンモンスターから吸った生気によって強化された素の膂力に、さあに自力で操作した魔力による身体強化を上乗せした強烈なダブルキックが炸裂し完全に人が通れるだけの隙間がブチ空けられる。
オーラスラッシュはアクティブスキルの名として唱え意識する事で威力が増すのだが、オーラキックと叫んだは完全に気分であり深い意味はない。
果たして二人が空けた穴にスドウドゥがすばやく突貫し、電撃をまとう棍棒にて突然の出来事に対応できなかった傭兵たちを次々と痺れさせ無力化する。
ファーストアタックで一気に五名。ロックとアラシもそれに続くと、ジャガルの放つ、「突撃」の号令に正面玄関付近を固めていた潜窟者たちも、バリケードを地味に破壊して入り口を広げながら次々と雪崩れ込んだ。
正面エントランスホールは瞬く間に乱戦の体をさらす。
一方でジョージも三階資料室に単身で突入していた。
窓を割って唐突に踊りこんできた仮面のロングマント。人質も傭兵も関係なく、一瞬その姿にあっけにとられるも、ジョージがポーチからすばやく抜き取って放り投げた煙玉がもくもくと視界をつぶしてしまう。
「ッヒッヒ」
昨日の昼間にポーチに入れたのだから煙球の効力などすでに尽きているべきなのだが、ここは謎の男ジョージが持つ謎のポーチの力だ。いまさら突っ込むのも野暮ったい。
ともかくだれかれかまわず煙で覆ったジョージは仮面の力で一人だけ視界を確保し、傭兵たちを一人ずつ順に沈めていく。まるで作業だ。
「煙の中で悪漢を鎮圧する簡単なお仕事です」
そんなハズはない。そんなハズはないのだが、ジョージは本当に簡単にそれを成した。
まったく何も見えない中で、男の短い悲鳴だけが聞こえる恐怖。これには雇い主だと信じていた相手からこんな仕打ちを受けて高いストレスの中にいた人質たちには、一歩間違えれば耐えられない状況、だったかもしれない。
「都市警察の依頼によってあなたがたを救出しに来た者です。たった今、この部屋を見張っていたテロリストたちは鎮圧しましたが、まだ部屋の外に連中が残っています。ひとまずの安全は確保しましたので、落ち着いて、退路の確保が完了するまで今しばらくここでお待ちください。
ああ、その体を縛ってるロープとかも、今順に回って解いて行きますんで、そのまま、どうか落ち着いて」
視界が利かないからこそ、彼らの耳は敏感になっていた。その耳に聞こえてきた、なんともこの場にそぐわないのんきな声、しかし整然として説明される現状に人質たちはなぜか安心感を覚えてしまう。
呆気にとられたまま、宣言された通りに拘束は順にとかれていき、こんどは窓が開けられる音が順に響いたかと思えば、部屋に充満していた煙がどこからか吹いてきた風によって吹き飛ばされる。
再びクリアになった視界の中で、人質にされていた男性職員たちは呆然となった。
自分たちと、傭兵たちと、ついさっきとは立場がまるで真逆になっていたのだから。
数分遡ってバリケードが突破された直後である。
突入予定の裏口を固めていた傭兵二名はまず正面玄関から聞こえてきた大きな破壊音に狼狽える。
これを合図に通気ダクトに潜んでいたトゥトゥルノがダクトの網を蹴破って廊下に躍り出て、電撃の棍棒を片方にたたきつける。
「ぐあ!」
「なにっ!」
電撃の対象にならなかった傭兵は生憎にもそこそこの戦闘経験を積んでいたらしく、トゥトゥルノの奇襲に対応すべく剣を抜いて切りかかってくる。
「くっ!」
トゥトゥルノのこの行動は実は少し逸ったものだった。ジョージの予想では、裏口を持ち場にした傭兵が一人もいなくなる事は避けるが、片方だけは様子を見に移動する、というものだった。奇襲は傭兵が一人になるのを待ってからの予定で、その一人をあぶなげなく倒した後にこっそりと裏口の鍵を開けてなるべくひそかに女性職員の安全を優先する、という打ち合わせのハズだった。
トゥトゥルノが逸ったのは、自分達ががんばればがんばるだけ裁判後の仲間たちが優遇されると勝手に勘違いしていたからだ。要は、功を焦ったのだ。
「しまっ!」
獣人の血を継いでおり同年代の子供とは比べ物にならず、さらに少しダンジョンにももぐっていた経験から、普通の大人と比べてもそこそこ強い膂力を持つトゥトゥルノだったが、この傭兵はカラーランクもそこそこ高いらしく膂力で押し負けてしまう。
「はっ! 驚いたがこの程度か!」
さらにこの傭兵は雷撃を鉄剣で受けるのを嫌い直接刃を当てずに分厚い革靴で電撃の棍棒を往なしながら巧みに剣を振るってくる。膂力でも、技量でも負けてしまっている。
まずい、まずかった。トゥトゥルノはこの時はっきりと自覚したが、裏口の鍵はまだ開けていない。それを開けるまでが自分の役割であったはずなのに。
棍棒を握る手を蹴り飛ばされ、棍棒を取り落とし、剣が目の前で振りかぶられる。だめか、と思った時、バァンと金属の扉が力ずくで蹴破られた。
「遅いと思ったら。まあそんな事だろうとは思ったけどねぇ」
不機嫌そうに鼻を鳴らしたランナが無造作に鞭を持った右手振るった。とたん、トゥトゥルノと傭兵には鞭の先端が三本に分かれて見えた。
三本の鞭はそれぞれ、傭兵の剣を巻き取り、持つ手を叩き、傭兵のわき腹を強打した。それぞれが同時に行われたのだ。
「…参考にならない」
同じ鞭使いとしてカルサネッタは何も見てとれなかった。
「フン、そう簡単に盗まれちゃたまんないね」
不機嫌そうな調子だが、顔はどこか得意げだ。
「さて、派手な音をだしちまった。気づかれる前にさっさと役割を全うするよ」
鞭はもう剣を巻き取った一本しか残っていない。
それを引き寄せて左に逆手に持つ。
「あんたたち、あたしがヤった敵を片っ端から縛り上げるんだ。いいね?」
ランナが言葉を向けたのはカルサネッタでもトゥトゥルノでもない。ランナの後ろにはいつのまにか女性警官が数名ついていて、尊敬を超え、まるでアイドルでも見るような羨望の眼差しでランナを見ている。
「じゃ、行くよ。ついてきな!」
合図とともに駆け出す。やはり数名の傭兵が廊下に残っていたが、ランナの鞭の間合いは異様に広く五メートルも先にいてまだ剣を抜いてもいない男の傭兵の後頭部を的確に強打して昏倒させる。
ついていく者たちにとっては実に楽な仕事だった。
都市警察でも容疑者を拘束する時の後ろ手にまとめて親指だけを結び合わせるテクニックは採用されており、ランナに付き従う女性警官たちはなかなかの手際でそれを済ませて壁に並べていく。
工場内の構造はヨードルモンドたちからもたらされた前情報どおりで、直前に通気ダクトから直接内部を見て回ったトゥトゥルノという道案内もいる。
工場のエントランスホールは目の前。予想通り乱戦が繰り広げられていたがジョージのアドバイスどおりロックとアラシはいち早く抜け出して人質がまとめられている部屋へ至る廊下を掃除していた。掃除とはもちろん、文字通りの意味ではない。
「質はともかく、よくまあここまで数集めたもんだ」
あっさりと人質の集められている部屋の片方にたどりつき、中を確かめる。
情報どおり女性たちは乱暴されていた。さらに何人かあられもない姿のままの傭兵が残っていたが、あられもない姿のせいで武器も持たず、反射的に人質を盾にしてくる。
「チッ! このゲスどもがあ!」
同じ女性として、この男たちの行動はランナの逆鱗に触れるものだった。
絶対に傷つけてはならない盾があろうが、ランナの鞭捌きにかかればたいした問題ではない。
残っていた数名を一瞬で片付け、さらに追い討ちの手も緩めない。
特に、こんな状況で全裸になってまで致そうとしていた猛者などは、素肌に容赦なく鞭を浴びる結果となった。
「姐さん! ステキ!」
女性警官が黄色い声をあげ、絶望と悲観に呑まれていた女性たちも一瞬前とはまったく違う理由で呆然と、しかし現実に引き戻される。
ひどい目にはあわされたが、そのすぐ後に自分達にひどい事をした男どもが自分達と同じ女性の手によってもっとひどい事をされている。
これは現実なのか、それとも自分の中の絶望が生んだ幻覚なのか、とまで疑う女性はいたものの、すぐに換えの服を持ってこられて、袖を通して人心地ついたところで、急に湧き出る現実感。助かった事を実感した女性たちはその瞬間にわんわんと声をあげてなき始めたが、ランナのおかげで長く痕を引く心の傷は少なくなったという。
さらに事件が一段落ついたあとには、都市議会が費用をもって肉体の面でも処置がなされた。
こんな調子で男女関係なく人質の救出はすんなりと行き、玄関付近に張っていた傭兵たちは多勢に無勢の戦力差でもって、潜窟者側にも多少のけが人は出しながらも、ものの数十分で完全に鎮圧された。
勢いこのままにアルカデディス・ダンダロスの捕縛も上手くいくだろう。
そう、思われた。




