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015-続・大捕り物劇 -3-

 ヒュールゲン強盗団の団員護送から護送車への襲撃、そしてストルトンの子飼いの者達によるヒュールゲン強盗団への襲撃、さらにその直後の工場作業員たちの襲撃からの大混乱と大乱闘。


 襲撃だらけだった一日から明けてすぐ翌日。都市警察からの依頼は達成したジョージたちだったがまだ少しやり残した事があるといってまた南区第一駐在署まで赴いていた。


 ジョージと弟子ふたりといういつもの面子である。


「ういーっす、おはようさん」

「あ、ジョージさん。お二人も、おはようございます」


 イエート家の事実上の跡取り息子ということで、はじめのうちはアラシにばかり重きを置かれた挨拶をされていたものだが、今ではすっかりジョージにまず頭を下げあと二人はついでという感じになっている。ジョージと二人は師弟関係であるため、それはそれで間違いではないのかもしれないが、こうも態度が反転するというのはなんとも微妙な感覚である。


「あ、依頼を終えた後なのにこんな事を頼むのはアレなのですが、せっかく来て頂いたところですし、さっそくお耳に入れておきたい事がいくつかありまして」

「聞きましょう」


 頷きながら返すと警官たちを代表してアッパルが資料を広げてある大机の前に立つ。


「まず、ヒュールゲン強盗団ですが、今は全員ばらばらに地下の交流所に入れてあります。総勢13名、それぞれすでに観念した様子ですが、2人ほど、ジョージさんか、あの時、現場に居られたというランナさん、どちらかとの面会を求めています」


 これが一つ目であるらしい。机の上に広げられた資料の中に、今述べられた事にかかわるものはなく、次の話に行く前にひとつ資料を差し出される。


「これはあの時、われわれより早くヒュールゲン強盗団のアジトを突き止めて襲撃をかけていたという武装集団の名簿です。全員、西区スラムに拠点を持つ奴隷商の用心棒を勤めていて、それで、その奴隷商というのが少し厄介でして……」

「トップにストルトン家が居るってんだろ?」


 せっかく言いよどんだところをスパッと言い当てられてアッパルだけでなく周りにいた警官たちの何人かも驚いたようだった。


「やっぱ驚くような事なのか。うちのギルマスはあいつらの動きを見ただけで簡単に、誰から手ほどきを受けた連中なのか見破ってたけど」

「そ…そうでしたか。おっしゃる通り、連中はストルトン家の後ろ盾があるので裁判にかけられるまでもなく自分たちは釈放されると信じきっています。だからこそ、素性を調べるのが簡単だったともいえますが」

「なるほどね……確か15人いたな。んー、チャンスは15回、候補は2人。賭けにもならんなぁ」

「と、いいますと?」

「昨日言った、あぶり出しさ」


 左手でおそらく炎の動きを模しているのだろう謎のジェスチャーをしながら、ジョージはいたずらっぽく微笑んだ。


「……?」

「今はいい、まだ聞いておくべき事は?」

「あ、はい。昨日の暴徒化した作業員たちですが、ヒュールゲン強盗団との関連性に確証をもてないという事で別件扱いになっています。明らかにあの時襲ってきていた、と供述しているのはヒュールゲン強盗団のメンバーと、ストルトンの手の者たちだけですから、証人としての説得能力が薄い、と判断されまして」

「ええ? それ誰の判断だ?」

「イードイ・スオン大尉という、私の先輩です。普段はとても真面目で職務に忠実な方なのですが、少し……いえ、だいぶ融通が利かない性格の方でして」

「ふむ……まあ、でも、確かに俺もあいつらの正体を掴みきれてないんだよなあ。いったいなんであのタイミングであの場に来たのか。明らかに襲ってきてる様子ではあったんだが。ストルトンの連中相手なら、一発ぐらい殴らせてもよかったかもしれんなぁ」

「そうですねえ」


 一部の者が聞けば発狂するような乱暴なアイディアだったが、この街の倫理観で今のジョージの発想を頭から否定する者はいない。いたとしても、それが可能なタイミングはとうに過ぎているのだから何を言っても後の祭りである。


「じゃあ、面会を求めてるっていう奴に会ってくるか。あと、捕まえたストルトンの子飼いにも事情聴取したいんだけど、可能か?」

「……本来は都市警察に所属している者しか容疑者や罪人への尋問はできないんですが、ジョージさんなら大丈夫でしょう。一応念のため、彼らを殺したり命に影響するような傷を負わせてはいけませんよ。あと精神に干渉するタイプの魔法も禁止です」


 融通はきかせているが、それでも規則をしっかり伝えるあたりアッパルも十分真面目なのではないだろうか、などとジョージは思った。



「というわけで面通しを頼む」

「……はあ、特別ですよ」


 ヒュールゲンらが交流所にまで押し入った事がきっかけになって、看守はジョージに対してのみずいぶんと柔らかい態度で対応するようになった。これが若い女性警官ならジョージも嬉しかったのだが、若いと言えば若い、という微妙な年齢の男性警官があいてではとくに特別な感情はわいてこない。


「ジョージさんに面会を求めてるのは、彼らの間ではヨルノと呼ばれていた少年と、カルサネッタというストルトン家の末席にいる少女です。このヨルノという少年が彼らの頭脳役をやっていたらしく、煙球や閃光球の利用法をはじめとした、特殊な逃亡方法を考え出したのも彼だそうで」

「ふむ。じゃあ、くだんのブレインから会ってみるか」


 ここでジョージたち三人が通されたのはヨードルモンドが収監されている監房そのものだった。


「俺に、話があるという事だったが」


 ディアルのギルドメンバーが三人もいるから、という事で監房の扉が無造作に開け放たれる。


 前触れなく開かれた扉に中にいたヨードルモンドは驚いた様子だったが、ジョージの顔を見て納得したようだった。


「はい。たいへんおこがましい事ではありますが、ひとつだけ、お願いがあります」

「とりあえず聞くだけ聞こう」


 どうせ神判が下っても借金刑どまりだと踏んでいるジョージは、彼からのお願いというものが予想できなかった。


「仲間の命を、アルマを助けてほしいんです。アルマは、このままだと、確実に死んでしまう」


 ところが飛び出してきたのは命乞いで、しかも自分自身ではなく仲間の命乞いである。ジョージは思わず眉をひそめ、目の前の少年を訝った。


 ジョージの見立てでは、アルマという少女はおろか、主犯かつ強盗団の頭目であったヒュールゲンですら、奴隷刑にも至らない程度の罪である。奴隷刑であったならば、買い取られた先で過酷な労働から結果的に死亡してしまう可能性はあるにしても、罰金刑からの借金奴隷ならば命は保障されるのだからこのまま審判を受けたとしても命を落とすような事にはならないはずだ。


「まてまて、アルマってのは最初に捕まった女の子だろ。じつはあの子が主犯だったとでもいうのか?」


 一言も交わした事がなく、姿を見たのもマジックミラーごしに一度だけだったとはいえ、その時受けた印象にそんな凶悪な一面は見られなかった。ジョージの顔に浮かんだ訝る色はますます強くなるが、ヨードルモンドは至って落ち着いた様子で対話を続ける。


「いえ。そんな事はありません。アルマは普段、計画を立てるボク、実際に行って盗みを働くヒューゴたち、両方を黙って影から支えてくれる子でした。隠れ家の掃除をして、食事を用意し、帰ってきた実動隊の服を洗う。罪を犯した者を助けるのも、罪になりますが、ボクらほど思い罪にはならないでしょう。本来ならば」

「本来ならば?」


「アルマには、レドルゴーグへの籍がありません」


 ヨードルモンドは、これでジョージが全てを察してくれるだろうと思っていた。なにせ非常時となって追い詰められ冷静な状態でなかったとはいえ、自分が立てた作戦をことごとく見抜いて対策してきた人物なのだから、それだけ頭もキレるだろうと。


 ところがこれは、ジョージにとってはここに来ての新情報である。


「籍。籍ってのは、戸籍の事か」

「戸籍……とも言うのかもしれません。産まれた時か、移民してきた時に、レドルゴーグの人間になるという証の事ですね」

「うん。俺が知ってる籍と同じものみたいだが……うーん、そうかぁ」


 ジョージはこのレドルゴーグにおける戸籍というシステムについてよく知らなかった。法律については多少学んだつもりだったが、どうももっと基本的なところでの法律についてのリサーチが不足していたらしい。


「……すまんが、俺はレドルゴーグに来てから日が浅くてな。ヨルノ、といったか」

「はい。それはその、仲間内での愛称で、本当はヨードルモンドといいます」

「長い、ヨルノと呼ぶ。それが嫌ならヨードルかモンドかどっちかだ」

「……お好きにどうぞ」

「じゃあヨルノは、籍がないとどうなると考えてるんだ?」

「えっ、そ、そもそも、籍がなければ神の審判は受けられないでしょう。レドルゴーグで行われる神判はレドルゴーグの住人同士でしか行われません。評議会が住人と認めない者は、たとえこうして会話できても人間とは認められないのですから。裁判所で無籍だとわかったら、そのまま放逐されて、あとは何が起きるか、わかりませんし、何が起きても誰も守ってはくれないでしょう」

「……は?」


 これは、ジョージにとってあまりにも衝撃的な“法律”だった。思わず両手を組んで顔を覆う。手を組んだまま両方の親指で目頭をもんだ。


「檻は閉じ込める物であるが、同時に堅固な防壁でもある」


 意味深につぶやいた後、顔をあげ気を取り直す。


「ヨルノはどこでそれを学んだ? クヴィエギウスと、カルサネッタ、だったか? あいつらはいいとこのお坊ちゃんとお嬢ちゃんだったから、そういう教育を受けられた可能性もある。けどお前は、そんな感じじゃないよな」

「独学、です。金持ちの屋敷には浮ついている書籍がいっぱいありますから、いつか役にたつかもと思って法律の本を盗んで来てもらっていたんです。この、言葉遣いも本から学びました」

「っはは。大した才能だ」


 しいて言えば本の著者が教師、という事になるのだろう。確かに、教科書を読むだけの方が間に教師を挟むよりも効率的に物事を学んでいく生徒というやつはいるが、このヨードルモンドという少年はでたらめにも程がある


「わかった。いろいろ調べてみて、できる事はやってみる。が、期待はするなよ。ついさっき言ったばっかりだが、俺はまだこっちに来てから日が浅い。まだ知らない決まりごとや風習ばかりだ」

「っ! ……はい。無理なお願いをしている事はわかっているつもりです。前向きに聞いてくださるだけでも有難い話なんです。わかって、いるんです……」


 ヨードルモンドはそういうと深々と頭を下げながら、喜びではなく、何かに耐えるように肩を震わせていた。


 ジョージから見て、ヨードルモンドが嘘をついたり、騙そうとしている様子は一切見受けられなかった。今こうして頭を下げている姿も、一縷の望みにすがる痩せこけた少年にしか見えない。真摯というよりも、ただただ必死に見える。


 この姿は心に来るものがあるのだが、しかし結局のところヒュールゲン強盗団とはスラム街の不良少年あがりの犯罪者たちでしかない。義賊を自称してはいたがそれを認めているのは本人たちだけで、今までの強盗の手口、逃亡の手口が新しかったから注目されていたが、やっていた事は誰からであろうとも物を盗むという下賤な行為に他ならず、だからこそ彼らは今こうして牢屋に入れられ自由を失っている。


 そんな彼らにジョージが肩入れしてやる義理や道理などどこにもないのだが、ジョージは彼らの中の何人かに対し、もったいないな、という気持ちを抱いていた。


 独学で法律を学んだという目の前のヨードルモンドという少年にしてもそうだし、強盗団の頭目を勤めていたヒュールゲンという男も戦士としての素質もかなりのものがある。それをこのまま奴隷に落として潰えさせてしまうのは、あまりにももったいない、と。


「とはいえ、まだよくわかってないしなぁ……」


 面会予定はあとひとつある。ヨードルモンドとはここで切り上げる事にして、カルサネッタが入れられている監房へ行こうとした時、アッパルがどたばたと拘留所へ降りてきてジョージの顔を見るなり叫ぶように言う。


「ディアルのかたがた! また依頼を発注したい! こんどは、大量発注で!」

「はあ?」


 なにやらどうも、また急な動きがあったようである。

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