015-続・大捕り物劇 -4-
クヴィエギウス・ダンダロス=エイク・サリエラは、レドルゴーグにて名家と呼ばれる八つの歴史ある家々のひとつ、ダンダロス家の末席として産まれた。実に十八番目の子供である。
名前の後ろに母の名と旧姓を順序逆にしていれなければならないのは、それが側室の子である事の証明であり、レドルゴーグでは名、姓の順にふたつだけ名乗れる事が子供にとって最も名誉であるとされている。
側室の子、さらに末席である事で、ダンダロス家の家業である大工場主の恩恵にあずかる事はほぼ無く、レドルゴーグ北区郊外にある大きな屋敷の離れのひとつに住まわせてもらいながら、最低限の食料だけを与えられて生きていた。
ところがダンダロス家現頭首であるアルカデディス・ダンダロスとクヴィエギウスは、そこそこに顔を合わせる機会があった。
アルカデディスはクヴィエギウスを作って以来、どれだけ女を抱いても子供が生まれず、それこそはクヴィエギウスの母親であるサリエラのせいである、というのがアルカデディスの主張で、それを理由に暇を見つけてはサリエラをいびりに来る。
その時のサリエラはただ黙って俯いて小言を聞き、杖で叩かれても小突かれても文句を言わずただじっと耐えるだけ。
クヴィエギウスは、ぶくぶくに太ってまだ齢四十になったばかりだというのに杖をついてしか歩けないアルカデディスが自分の父親であると認めたくないほど憎んでいたし、そんな父親相手にただ黙って耐えるしかできない母親を見るのも嫌だった。
そんなクヴィエギウスが評するところの、父アルカデディスは、
愚か者
ただただその一言に尽きた。
「なんだと! 500人ものツメをやったのだぞ! たかだか10人と20人を始末するだけではないか! 秘蔵の禁薬まで使って……!」
ツメ、とは工場の管理職や地主が使う、工場作業員の隠語である。末端で働くしか脳がないという侮蔑の意味も含んでおり決していい言葉ではない。
さらにアルカデディスが使った禁薬というのは嗅がせるだけで相手を前後不覚にし、なおかつ何らかの衝動を一つだけ強く助長する、都市議会がただ持っている事さえ禁止した危険な薬物だった。
禁薬、と簡単に呼ばれるがこの薬の本来の名称はずばり狂戦士。
だいたいの場合は攻撃衝動や破壊衝動を激化させ攻撃力を増す即効性の高い薬として、大物狙いの潜窟者などに好まれていたが、記憶をあいまいにすることで一つの暗示を強く刷り込ませる事ができるため暗殺などにも使われはじめ、ちょっとした刺激で敵味方の区別なく暴れ始めるというもともとの性質も問題視されたために禁制品となっている。
「おのれバカどもめ! 役立たずのクズでノロマでクソの役にも立たない道端の塵か埃か! ジェリウムですら倒される事で我々の役に立つというのにお前らはそれ以下だ!」
愚鈍な頭首アルカデディスは口の端に泡を浮かべて自分が考えた作戦を失敗させた部下たちへの罵詈雑言を並べ立てる。
そもそも自分の立てた作戦が悪かったのだ、などとは露とも思わない。
それに、命令された側からしてみればこの作戦の意義もまったく不明だった。
末席とはいえダンダロス家の息子が、最近巷を慌しくさせているヒュールゲン強盗団の一員として都市警察に捕まえられた。ここまでは皆がしっていた事だ。
クヴィエギウスは捕まって一週間は自分の所属や生い立ちについても黙秘を続けていたというが、都市警察が独自の捜査によってクヴィエギウスの生い立ちを突き止めダンダロス家に問い合わせをしてきた。
クヴィエギウスが自分の家の者ではない、などとは言えないダンダロス家はあの手この手を使いクヴィエギウスだけでもヒュールゲン強盗団ではなかったという事にできないかと画策した。
賄賂、買収、ハニートラップ、いくつも試みたが南第一駐在署は都市警察の中でも潔癖の色が強い署であるらしく、ダンダロス家は新たに自分たちの息のかかった人員を作り出せなかった。
そうこうしているうちにヒュールゲン強盗団の残党が自力で護送車への襲撃事件を起こし事件はさらに大きくなった。ここまで大きく世間を騒がせている事件の中心に、ダンダロス家の不肖の息子がかかわっているなどと知れては、さまざまな方面で都合が悪い、という事だけはアルカデディスにもわかった。
今からでもクヴィエギウスが無関係であった事にしたい。そのためには、神前ですべてがつまびらかになる裁判の場だけは避けなくてはならない。
そこで、アルカデディスは考えついたのは、はじめからヒュールゲン強盗団などという輩はいなかった事にしてしまえばいい、という事だった。
いったいどういう思考回路によってその答えが導き出されたのかは本人にしかわからない。ここまで大事になっているのだからそんな事ができるわけがない、という事もまったく認めなかった。
その結果がこれである。
「アルカデディスさま!」
まだ罵倒を続けていたアルカデディスのもとに、先代の頃からダンダロス家に仕えている老執事があわてた様子で駆け込んでくる。
罵倒をする自分に悦が入ってきていたアルカデディスは、いいところでとめられ露骨に不機嫌そうな顔で執事に向く。
「なんだ! このウスノロの枯れ執事め!」
当然、罵倒は執事にも向けられたが、もはや慣れっこだった老執事は動じず、部屋に入ってきた目的を一方的に遂げる。
「そのような事をおっしゃっている場合ではございませんアルカデディス様! 緊急議会が開かれます! その場でわれらダンダロス家は、武装蜂起の疑いをかけられております!」
アルカデディスの思考が止まった。まったく、わけがわからない。
「な、なぜだ?」
「先の従業員たちの件でしょう」
「……は? あれはヒルゲンだかヒエルゲンだかいう強盗団をつぶすためのもの。議会に弓引くつもりなど毛頭ない。それに、禁薬を使い前後不覚にして、我らの手の者であるとはわからないようにしておいたではないか」
これまでの強い罵倒がうそのように、呆けた様子である。失敗しただけではなく、自分の行動が自分の首を絞めていたと、まだ認識できていない。
「なぜかはわかりません。しかし都市警察はダンダロス家の差し金で動いた者たちであると突き止めたようです」
「なんだと? そんなバカな、あれらは犬だぞ」
都市警察がジョージの手によってコツコツと小さなところから組織改革を成功させはじめている事をダンダロス家はまだ知らない。そしてなにより、
「なんだと! そんなバカな! あれらは犬だぞ!」
何よりもこの男は、愚か者だった。
「すぐに対策を打たねばならん。おい! お前は私の名代となって議会に赴いて誤解を解け。私は万が一に備える!」
老執事に向けて漠然とした命令を下したアルカデディス。一応、都市議会に弓引くつもりなどない、とは言っているが禁制品の薬物まで用いた今回の騒動は、明らかに都市議会が定めた法秩序に反するものであり、この老執事本人も本当に目の前の主がなんの野心も抱いていないのかを確信しきれずにいた。
そして何より、なぜそんな重要な仕事をただの使用人に過ぎない自分に任せ、当の本人が対策をすると言ってどこかへ行こうとしているのか。
先代の頃からこのダンダロス家に仕え続ける老執事。老執事の家系で言えばもっと以前からダンダロス家と寄り添い続けている。にもかかわらず、老執事は自らの主たる頭首の事が、それよりもこのダンダロス家という家そのものが、信じられなくなっていた。
その後、老執事は主の命令のとおりに都市議会へ名代として出席した。
昔から重用されている執事、という事で名代となった事自体には少数の理解を得られたものの、とにかく都市議会に、ひいてはレドルゴーグ全体に害をなすつもりなどないのだと主張したところで、本人以外の口から語られる言葉では議会での発言力はほぼ無いに等しく、また詳しい理由や根拠なども述べる事ができなかった。
議論にもならない議論が繰り返され、ふと誰かが本人が来ていない理由について尋ねた。この時に病気だとでも答えておけばもう少しダンダロス家にとってマシな展開にもなっただろうが、すでに仕える家に不信感を抱いていた老執事はつい本当の事を答えてしまった。
「主は……万が一に備えると言ってどこかへ行ってしまいました」
ここから議会はさらに荒れた。
理不尽に老執事を糾弾するもの。
糾弾とまではいかないが更に詳しく追求しようとする者。
これらはすぐに、議長を務めるレントラン家当主の声によって静められたが、一連の流れのうちで黙って老執事の様子を観察する賢い者はこれまでのやりとりでダンダロス家の現状をおおかた察し、すばやく動き始める。
お抱えの潜窟者ギルドに連絡をいれ、これから更に起こるであろう騒動に備えたのだ。
ダンダロス家没落という大騒動に。




