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014-大捕り物劇 -4-

 かくありて、日はきたる。


 三日連続罪人護送の二日目、本命の日だ。


 昨日もポーズとしてジョージ本人が護送車の警護についたが、とくに何事もなく移送が済んだ。


 車両編成も、馬と警官の数も昨日とまったく変わりない。明日もまったく同じ編成でやる、と駐在署の馬や車を用意する担当部署には伝えてあるので、彼らでさえこの三日間のうちのどれがジョージたちにとって本命の護送であるかはわからないだろう。


 だが、ジョージは確実にこの日にヒュールゲン強盗団の襲撃がくるだろうと予想していた。


 それは、一度はうやむやにしたまま放置し、ここまで来ている内通者の問題だ。


 警官たちを疑心暗鬼にさせないためにあの時は追求せず、彼らの頭からは内通者という三文字すらゆっくり消えていくように仕向けた。なにせただでさえ組織として未熟な行動しかとれなかった都市警察の警官である彼らだ、ここでさらにお互いに疑いあってなどいたら、さらに警察としての行動がにぶくなってしまう。だからあの時はああいしてうやむやにしてしまうのが最適だった。


 しかし、自分ですらそれを忘れてしまうような間抜けさは、ジョージには無かった。


 弟子たちには例の仮面の子機を与えてある。普段は目立つからなるべくつけるなよ、とは言っておいたが、何かと自主的に暇を作ってはジョージの目の届かないところで弟子だけのコンビでダンジョンにもぐり、仮面の使い方を習熟しているらしい。


「(あんまり道具に頼りすぎるようになってもいかんのだが、確かに便利だからなあ)」


 心配もあるが、今回の作戦において仮面を上手く使えるようになるという事は、作戦の成功率を大きくあげる上で重要だった。


「(っと、そろそろ第一襲撃ポイントだな)」


 ジョージはあらかじめ襲撃されそうなポイントをいくつか絞って全体に伝えてあった。前回と違い、警官たちは気を引き締めるポイントが絞られる事で精神にメリハリをつけることができていた。


「昨日も思ったッスけど、一週間ちょっとでここまで変わるもんなんスね……」


 全体の気が引き締まる空気を肌で感じたのだろう。ロックは何か感慨深げに呟いている。


「なぁにいっちょまえに親心みたいなの出してやがる。お前だってまだペーペーだろうが」


 苦笑しつつロックを小突く。そんなジョージもその気持ちがわからないではなかった。横でアラシもうんうんと頷いている。


 一つ目の襲撃予想ポイントは何事も無く過ぎ、二つ目も少し空気が張り詰めるだけで何もおきなかった。


 そして本命予想、都市中枢から外側に向けて放射状に伸びているのが今まで護送車が通ってきた“暁通り”と呼ばれるメインストリートのひとつである。そこにもう一本、外周二番街通り、地元の住人からは“ロクバン通り”と呼ばれる二つのメインストリートが交差する場所がある。この“暁第二交差点”が、ジョージとしても最も襲撃されると嫌な通りだった。


 付近の住民にはあらかじめ、この三日間のこの時間帯にはなるべくこの交差点に近づかないように、という事前告知をしてあった。本当ならばこの時間帯だけ完全に通行止めをして人の立ち入りを制限したかったのだが、そこまでの人員的余裕は都市警察にはなかったのだ。


 幸い住民たちは協力的で、都市警察から出された正式な告知が逆に人を集めるような事はなかったが、期待していたほどの効果もあがらなかったようで、普段よりは少し人ごみがすくないか、という程度でしかないようだ。


 ないようだ、というのは、ジョージはこの交差点に来るのは昨日がはじめてだったからだ。普段の人波を知らないので比べようが無い。


「……うう、見られてるッス。これ苦手ッス」


 ロックは大多数の人間からの視線が苦手なようだった。別にロックにだけ視線が集中しているわけではないだろうが、それでも向けられていい気分にはならないらしい。


「ああ、仮面の用意だ」


 右後方、ヒュン という何かの投擲音を聞いてジョージが真っ先に反応した。


「総員防御体制! 各護送車と馬を守れ!」


 ジョージの号令がとどろいた時と、各護送車の下から煙が噴出されはじめたのはほぼ同時だった。


「俺らは仮面をつけて各車両に一人ずつつく。対人戦で成績が悪いのはアラシのだが! 二人とも気を抜くなよ!」

「お、応!」

「うス!」


 短いく威勢の良い返事を聞き届けると、二人がそれぞれの持ち場につくまえにジョージは自分が守る真ん中の護送車、大本命と思われるクヴィエギウス・ダンダロスが乗せられた護送車の上に跳び上がった。


 護送車の屋根の上はまだ煙が届いておらず、周囲をよく見渡せる。ただでさえ目立っていた三両の護送車に明らかに異変が起きたことで騒然となっている人波をぐるりと見回し、中に怪しい動きをしている者が居ないか探す。


 集まっている一般人は五百人ほどだろうか。この中から最多でも十人の賊を見つけ出す事はさすがのジョージでも無理そうだった。


「だが、そっちから出てくるんだったら……」


 ジョージが屋根に上がってからすぐ、人波を掻き分けるようにして明らかに近づいてくる人影が二つ。その両方にジョージは見覚えがあった。


「来た来た。よっぽど仲間思いらしい」


 長身で銀髪の男。目立たないように被っていたのだろうフードを取り払ったその男は、ジョージと視線が通った瞬間、雄たけびを上げながらまっすぐに突進してきた。


 別方向からももう一人、同じように雄たけびを上げながら武器を振りかぶってやってくる。拘留所でジョージから受けた傷はもうとっくにいいらしい。


「オラァ!」


 正面から突然の投石。かと思いきやジョージは咄嗟に目を背ける。


 完全に直撃ラインで投げられたそれは、当たる手前で破裂しすさまじい閃光を放つ。


「よくできてる。一度見たものじゃなけりゃ引っかかってた」


 不意打ちは避けたが煙がとうとう屋根の上のジョージの視界すらふさぐほど満ちてきた。そろそろいいか、とマントを引っ張り出して仮面をかぶる。


 本格的に、迎撃の開始だ。


 煙に満ちていた周囲一辺だが仮面をつけるととたんに視界がクリアになる。この光景を見えているのは仮面をつけている人間だけであり、この時点で襲ってきた方ですら煙の中に入る事は不利を意味する。


 そんな事を知ってかしらずか、襲撃者ヒュールゲンとスドウドゥはジョージが守っているクヴィエギウスの護送車を包む煙には入らず手前で二手に分かれていく。


「うん?」


 はじめは背後に回りこむ作戦かと思ったが、ヒュールゲンははっきりとアルマのいる後方の護送車、スドウドゥはトゥトゥルノのいる前方の護送車へ向かっている。


 煙にまぎれて襲ってくるかと思っていたが、最も厄介な相手を煙の中に置いてけぼりにして前後の車両を開放する算段のようだ。


「なるほど」


 前後の車両の馬への攻撃はすでに始まっているようで、警官たちに持たせた折り畳み式の盾にガンガンと投石や矢が当たり音をたてている。ヒュールゲンは馬を襲っている仲間のわきをすり抜けて、警官が固めている護送車の右面に向かおうとしているようだった。


「黙って見過ごすては無いな」


 ジョージには仮面を通して煙など無意味に周囲が見えている。仲間のもとへ向かおうとしているヒュールゲンに向かい、ジョージは機構刀の刃を納めたまま、まっすぐに突進した。


 煙の中から明らかに自分めがけてまっすぐに現れた真っ黒なフードマントの仮面に、ヒュールゲンはギョッとして身を固めた。


 いつ、どこからこんな者が現れたのかと軽く混乱するが、持っている武器を見て誰だが悟る。


「ぐっ! おのれえ!」


 咄嗟に雷撃の棍棒を振って迎撃する。ジョージはそれを難なく受け止めた。雷撃を鉄器では受け止められないと言ったジョージだが、この一週間で何の対策もしていないわけがない。といっても方法は単純で、柄の握りに樹脂製の紐を巻きつけただけだ。


「やっぱいい反応だ。なんで盗賊なんぞやってるのか」

「うる……さいっ!」


 渾身の力で跳ね返すヒュールゲン。一度は跳ね返されてやったジョージだが、賊相手に遠慮はしない。


「ほい」


 なんとも気の入らない声とともにすぐさま踏み込み直してヒュールゲンの膝裏めがけて機構刀を振るう。


「ぐお!」


 急所を狙ってくるとばかり思っていたヒュールゲンはこんどこそ咄嗟に防げなかった。大きく体勢を崩し、そこを狙ってジョージは機構刀をふりかぶる。


 もらった、と思った。やられた、と思った。だが振り下ろされたそこへ何者かが割って入った。


「ぎゃあっ!」

「カルサネッタ!」


 三両目の護送車の馬に向けて鞭を振るっていたカルサネッタが、いつのまにかヒュールゲンが襲われていると気づいてかばいにきたのだ。


「なんと」


 これはジョージにも想定外だった。三両目を守っていたはずのロックは何をしているのか、と位置を確認すると、強盗団の別のメンバーを二人も同時に相手取っている。敵の撒いた煙を上手く使って撹乱しているが、なるほどこれはロックにはまだ手に余る。


「く……大丈夫そうだね」

「カルサネッタ!」


 まるでお涙頂戴の悲劇。しかもこれではこちらが悪役の図だ。ジョージは思わず仮面に隠れた顔をしかめた。だがここで何か文句をつけても、悪役具合に磨きがかかるだけだろう。


「……悪いな、だが俺は俺で契約を全うさせてもらうぞ」


 なんとなくいたたまれない気分から一言だけ断って再び機構刀を振りかぶる。


 ヒュールゲンはカルサネッタを腕に抱えたまま膝立ちの状態から動かない。


 抱えられたカルサネッタは背中の激痛に耐えながら、機構刀を振りかぶった仮面の男を見た。


「くっ!」


 苦し紛れに煙球と閃光弾を両方放つ。炸裂する前に二ついっぺんに機構刀によって振り払われ、両方とも漁っての方向で煙を吹いて光を放った。時間稼ぎにしかなっていない。


 その時、三両あるどの護送車の近くでもない、騒然としていた周囲の一般人の中から声がした。


「火事だ! 火事だああ! 賊が苦し紛れに火を放ったんだ!」


 つづいて、遠くの方で破裂音がし、だんだんと一般人から悲鳴が聞こえてくる。


「……くそ、だからこのポイントは嫌だったんだ」


 ジョージは何が起きているのかすぐに理解した。これは想定していた事態だったからだ。


 集まっていたおよそ五百人ほどの一般人のうち、半分ほどが悲鳴とともに煙の中にまで突っ込んでくる。まるで逃げるように。さらに逃げ惑う一般人の声ににまぎれてヒュールゲンに投げかけられた声も聞く。


「ヒューゴぉ! 何やってる! 君まで捕まったらどうするんだ!」

「っ! まだ居たか!」


 動かなくなっていたヒュールゲンはその声がしてから我に返ったようだった。ジョージは慌てて確認したが、混乱して逃げ惑っている一般人にまぎれてもう居なくなっていた。


 ジョージは仮面の機能を使って弟子たちに声を飛ばす。


『二人とも、一人ずつくらいは確保しておけ。このまま逃がしたんじゃまた失態だ』

『了解ッス。たぶんいけるッス!』

『こちらも了解。おそらく二人……いける!』


 弟子たちはちゃんと働いている。師匠の方が収穫なしだが、重要なのはただの一人も奪還させない事だった。それに彼らに対するカウンターの本命は既に動き出している。


「あとはアジトに逃げ帰ってくれれば一網打尽だろう……。だが、これだけ混乱されたら、今日の裁判は中止かな」


 まだ煙を吹く玉が残っている。混乱して逃げ惑っているのはおよそ五百人のうちだいたい半数程度だった。じき収まるだろうが、怪我人も出ているようだし、この混乱が収まった後も事後処理が必要になるだろう。


 責任を問われるのだろうか、とやや重い気分になりながら、ジョージは事態収拾のために声を動き始めたのだった。

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