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014-大捕り物劇 -3-

 ヒュールゲン以下、強盗団の面々はいつになく焦っていた。


 囮に囮をぶつけるところまでは上手くいったというのに、肝心の救出隊の方が思わぬ強敵に立ちふさがれて失敗してしまったのだ。


 とくにジョージと直接戦った二人は、完膚なきまでに叩きのめされた、と言っていい。


「クヴィエギウスの事はもうはじめからどうでもいいんだ。トゥトゥルノも可能なら奴隷になんかおとしたくないけど、命は残る。取り返しようはいくらでもある。でも、アルマはだめなんだ。アルマは……」


 ヨードルモンドはもう何日も同じ事を繰り返し繰り返しつぶやいていた。頭脳役がこれではまともな救出案など考えられるわけがない。


 南区第一駐在署から無事逃げおおせたあと、丸一日かけて全員で合流してからも、惰性のようにまた情報収集は続けていたが、ヨードルモンドがまたいつものように作戦を立案できるまでに回復するような良い情報はまったく拾い上げられていなかった。


「しっかりしてくれ、ヨルノ!」

「そうだよ、アタシらの中で一番頭がいいのはアンタなんだ。これじゃアタシらはずっと借りを返せなくなっちまう!」


 膝を抱えて爪をかむヨードルモンドにすがりつくのはサマサンドルとカルサネッタだった。


 カルサネッタは作戦前の合流直後とは打って変わって周囲に依存するような言動を見せるようになっていた。さすがに一日ごとに性格が変わるような事はないが、明らかに情緒が不安定になっている。


 が、実は彼らのように目に見える形で出ていないだけで、より深刻な者がいた。


「………だめだ、奴には勝てない」


 ヒュールゲンだ。


 ジョージの鉄の棍棒の一撃を受けた左腕はヒビも入っておらず、表面が若干赤くなった程度のケガともいえないほどのものだった。しかしあの攻撃を受けた時にヒュールゲンは彼我の実力差を悟ってしまった。


 今自分が持ちえるどれだけ協力な武器をもちいたとしても、あの時自分たちの前に立ちはだかったジョージという人間に太刀打ちすらできる気がしない。


「……ヨルノ、奴を、どうにかして別の場所に釘付けにして、その間に二人を助け出すだけ、という事は、できないのか」


 そんな中、一人だけ比較的マシな状態だったのは、スドウドゥだった。


 ヨードルモンドという頭脳役がヒュールゲン強盗団に入る前から、彼は決して頭を使って何かをしてきたわけではなかった。だが頭脳役が現れ、自分たちが巧妙な手口で窃盗や強盗を行うようになってから、その手口の意味、効率性の重要さ、安全マージンのとり方などを自然に学んでいた。


 ヨードルモンドが今こうして取り乱しているのはジョージという一度は聞いていた不確定要素が計画に関わってくる可能性をまったく考えなかった事が、作戦の失敗に繋がった、という自責の念からだ。


 じつはこれに近い状態になってしまった事は以前にも何度かあった。ここまで長時間続く事は始めてだったが、それらの時もヨードルモンドが作戦の立案をまともにできなくなった事があり、そのときはスドウドゥがそれとなくフォローして調子を取戻させた。


 この辺り、さすがは弟の面倒をみてきた兄としての甲斐性と言えるが、ヨードルモンドが再三再四、絶対に助けるべきなのはアルマだけ、と述べているにも関わらず、二人を助け出す、と言った辺り、スドウドゥにもやはり心にしこりが残っているのだろう。


 スドウドゥ自身、ヒュルーゲン以上に手も足もだせないまま、一瞬でジョージに沈められたという悔しさがある。だからこそ必死になって良い案を考え、模索していた。


「そうだとしても、一度失敗したのと同じ手がまた使えるわけがない。おそらく、その拘留所にいたという黒髪の男は、特定ギルド法というやつで雇われた助っ人だ。プロの潜窟者だ。

 ただ寄り集まってたまにダンジョンにもぐって生気を集めているような議会の犬どもとは鍛え方も違っているし、奴らの作戦の裏をかいたボクの作戦のさらに裏を行かれた事もある、頭だってきっといい。ひょっとしたらボクだって足元にも及ばないかも」


 ヨードルモンドは思考が完全に負のサイクルに入ってしまっていた。だがこれも、スドウドゥには経験済みの事だった。


「だから、だからこそそいつだけ隔離する作戦を考えるんだ」


 もともと頭の良いヨードルモンドは、少しきっかけさえ与えてやれば、少なくとも思考の速度は元に戻る。その後またネガティブな事ばかり考え始めるが、ネガティブな時にでも立案はしっかりとしたものだし、その案で成功を収めてやればだいたい立ち直る。そして、二度と同じ失敗をしなくなる。


「隔離……わかった。でも、スドゥ、ヒューゴも、これではできないと思ったら、すぐに言ってほしい」

「わかった」

「……わかった」


 ヒュールゲンも一泊遅れて返事をした。


「……議会の犬どもは今後も必ず三人を裁判所へ連れて行こうとするだろう。これは彼らにとって神々に都市警察としてあるために誓った“契約”のひとつだからだ。一度ボクらの侵入を許した事によって、さすがの犬どもも少なくとも地下の牢屋の警備くらいは厳重にするだろう。だから、移送のタイミングしかボクらが付け入る隙はないと思う」


 得意の煙幕も閃光も、視界が不自由になるのは自分たちも同じだとヒュールゲンたちは重々承知していた。


 前回、拘留所からの撤退に使った煙幕も閃光もあくまで苦し紛れであり、本来の使い方ではない。次に、ある程度の対策がされたあの牢屋にたとえ人数を増やし総力戦で行ったとしても、本当に一網打尽にされてしまうだけだろう。


「今回のボクらの失敗で、あっちもそれを理解したはずだ。……犬どもに理解できる頭があるかはわからないけど、その黒髪の助っ人は間違いなく理解してる。だとすると……次もおそらく、ボクらが移送の時に襲ってくるしかない、というのをわかっていると考えたほうがいい……」


 分析は、いい。していてもいいが、スドウドゥがほしいのは、だからどうすればよいのか、という方針だった。一刻も早くヨードルモンドが考える自分では思いつかないような最適解を聞きたかったが、ここで急かしてはいけない、と逸る自分の気持ちを抑えつけ、まだヨードルモンドにすがりついている二人に離れるよう目で指示をだす。


「わからないのは、あっちの出方だ。ボクがあっちについたとしたら、考える方針は二つある。今回のように囮作戦を使って、ボクらにわざと襲撃させる事で一網打尽にするか、あえて襲撃させないようにかく乱にかく乱を重ねてボクらの知らないうちに判決を出させてしまう。

 そうやってボクらにショックを与える事で動きを鈍くしたあと、じわじわと追い詰めていく。

 確実にやるならボクは後者を選ぶだろう。けど、ボクは黒髪の助っ人の考えなんて想像もできない……ダメだ、やっぱりボクは何も思いつかないよ。

 ボクはもう役立たずなんだぁ」


 どんどん気弱に、涙声になってゆくヨードルモンドに、スドウドゥはまた一押しする。


「じゃあ、まずは前者だと仮定して作戦を考えるんだ」


 今までは一本だけの作戦で上手く行ってきた。だから一本目の作戦が駄目だった時の、予備の策というものを考えてこなかった。それが今回の失敗の要因だったのでは、スドウドゥは取り乱すヨードルモンドを見守る事で冷めてきた自分の頭で考えた。


 だからといって、やはり策を二つ以上考え出すだけの頭はスドウドゥには無い。


「……わかった。……そうだな。

 ボクが都市警察だったら、ボクなら罪人の移送を一人ずつ行う。

 順番はそう、アルマ、トト、クヴィエギウスの順で三日に分けて裁判所に運んで、順に神判にかける。襲撃者の狙いを拡散できるし、誰を助け出したいのかも迷わせられる。

 最初は小手調べでアルマを狙わせて、助け出せたとしても、アルマが非戦闘員だとわかっているから、次に襲撃する時に戦力増大に繋がらない。

 ルートは煙が出てもすぐ晴れるよう……風通しが良くて、混乱が起きても収めやすいように人が少ない場所。

 けど護送車が通れて、さらに回りを護衛で囲めるとこなんて数えるほどしかないから、やっぱり最短距離を選ぶ。人が少ない時間帯の、大通り、ルートは前回と同じ“暁通り”。

 暁通りなら、一番襲われたら嫌なポイントは、外周二番街の交差点かな。あそこはどの時間帯にも人が居るし。

 そうか、周りの人たちも巻き込んでしまえばボクらにも有利だけど……」


 少しずつ、ヨードルモンドの調子が出てきたようだ。


「今までは面が割れるのを嫌って、ボクらは人目の少ない時間帯、場所を狙って計画を立ててきた。けど今回はいつもの“盗み”と違って仲間の命がかかってる。大人数に顔を見られるかもしれないけど、奴らの一番嫌うタイミングで襲撃をかける、しかない」


「わかった。じゃあ、じわじわ追い詰める方だったら、どうやる?」

「……そうか、そうだね。どっちかわからないんだったら、両方考えればいいんだ」


 指摘され、ヨードルモンドも初めて作戦をひとつに絞る必要がないと気づいたようだった。顔色が少しずつ良くなっていく。



「じわじわ追い詰めるなら、とにかく徹底的に相手に作戦の内容を悟らせないようにする。罪人の移送も一回でまとめて行う。


 でも……カムフラージュは有効だから、他の拘留所にいる罪人を一度 南一(なみいち)に集めてでも、何日か連続で移送するスケジュールを組んでから、その中に紛れ込ませる。うん、これはいい手だ。


 前回ボクらが囮だと見抜いた、裁判所の予定表も一時張り出させないくらいの事はできるだろうし、あとは、なんだろう。とにかく、相手に悟らせないためにやれるだけの事はやる。


 ひっそりと刑が執行されたあとは、アルマの死とトト、クヴィエギウスの奴隷化を発表して相手を動揺させる。


 ボクが都市警察だったとしたら、ヒュールゲン義賊団の内情なんて知らないから。そうだな、奴らに合わせるなら強盗団、だろうか。


 とにかく強盗団の内情なんてしらないから、仲間の死と刑を伝えたあと、活動を控えるか、激情に任せて襲ってくるかなんてわからないけど、きっと今みたいに両方のパターンを想定して対策をするだろう。逆に冷静になって綿密に計画を立てて復讐しに来るとだけは考えない。


 襲ってくるなら、ヒューゴですらかなわなかったあの黒髪の助っ人が居れば、激情に刈られてがむしゃらに襲ってくる強盗団なんて相手するのにわけないだろう。……悔しいけどね。


 強盗団として動かなくなるなら、都市警察は都市の治安を守るのが最高目的だから、それはそれで目的を達したと言える」



 都市警察側に立ったと想定しての作戦は完璧だ、とスドウドゥも思った。だがもちろん、ここで立案をやめてしまってはいけない。自分たちはヒュールゲン“義賊団”なのだから。


「けど、その追い詰める方の案だと、アルマを死なせてしまう。それじゃダメだ。そっちだった時はどうやってアルマを助けられる」

「やっぱりどうにかして、本命の移送日を見つけ出すしかないよ。それでなんとか日にちを絞って総力戦しかない。

 どっちだったとしても移送ルートは同じになる筈だ。

 どんな行動をしてでも、確かな情報を集めないといけない。今は議会の犬どもがどんな事をやってるのか、それを重点的に調べよう」


 なんとか冷静に戻れたヨードルモンドの考察により、集めるべき情報の幅が絞られた。今までただ無作為に都市全体の情報が何かのヒントにならないかと集めていた実働部隊の諜報効率はグンと上がり、彼らは都市警察が、さらに言えば黒髪の助っ人、つまりはジョージがどういう方針で作戦を立てているのかを判断する。


 つまり、自分たちをじわじわと追い詰めて行く方針である、と。


 ジョージの予想と違い、彼らは仲間の一人が、アルマが確実に命を落とすと考えていた。だから救出に対し躍起になる。


 そんな時、確かな情報は意外な筋からもたらされる事になる。



 それはヒュールゲンが都市警察の警官にひいきが多いある酒場で黙って酒を飲みながら周囲の会話に聞き耳を立てていた時だった。


「ヒューゴ、だな」


 なんの断りも無くカウンター席の隣に座ってきた男は、人相こそ普通だったが纏う雰囲気が明らかにカタギのものではなかった。


「……ストルトンか、ダンダロスか」

「はは、あの愚鈍の所に草なんぞ生えてると思うのか」


 ストルトンはカルサネッタの実家、ダンダロスはクヴィエギウスの実家であり、草とは密偵の隠語である。草が生えているか、とはつまり密偵が居るとでも思っているのか、という意味だった。


 ヒュールゲンはその密偵から愚鈍という言葉を聞いて、ダンダロスの方しか連想できなかった。つまりこの密偵はストルトン家の者であるようだ。


「確かにな」

「はは、なんだ、聞いていたよりも話がわかるじゃないか。仲間を助けたくていろいろとやっているようだが、ちとナンギしているみたいなんで、アドバイスをな。本命は真ん中だそうだ。真ん中を狙え」


 一方的にそれだけ言うと、密偵は注文した酒をただ飲み始めた。


 その横で動かず自分も飲み続けながら、ヒュールゲンはこの情報を与える事によるストルトン家の狙いについて考える。が、すぐにやめた。考える事は嫌いではないが、あまり得意でもない。酒場での情報調達のために飲んだものとはいえ酒も入っている頭では余計にまとまらないだろう。


 とにかく誰からそういった情報を与えられたという事実だけを持ち帰って、あとはヨードルモンドに判断してもらおう、そう思った。


「マスター、この人が今のんでる奴は俺のおごりで。それとこれも、あと、二~三杯飲んでいけよ」

「はっは! 気前がいいねえ」


 ヒュールゲンは銀貨を五枚ほどカウンターに残すと、念入りに尾行を警戒して、情報を隠れ家に持ち帰った。

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