014-大捕り物劇 -2-
四日という期間のうち、組織として以前よりも上手く回るようになった対策本部は着々と準備を進めた。
この日を選んだのは、作戦決行日の前日、そして翌日にも罪人を裁判所へ送る予定があるためだ。ちなみにヒュールゲン強盗団とはまったく関係の無い事件で捕まった者たちである。
罪人の護送が三日も連続で行われる事はあまり無い事なのだが、あえて三日続ける事でどの護送車を襲えば良いのかをヒュールゲン強盗団らに掴ませない狙いがあった。
隠蔽工作はこれだけではない。
裁判所にもはたらきかけ、いつも公開されている観覧席の案内をこの三日間だけは張り出さないようにお願いした。
さらに、東、西、北区の第一駐在署へ連絡をやり、ヒュールゲン強盗団の一味のうち一人を一時的に預かってもらうかもしれない、というような話を通しておく。いわゆるブラフを流したのだ。さらにこれらは紙に書かれた書面という形で各所に通達され、それを了承したあとは、渡した警官たちの目の前で燃やしてもらうよう徹底した。
この辺りで、これでは相手に伝わらないからはじめに行った囮作戦のような役割はしないのでは、という意見が出たがジョージはそれは違うと首を横に振った。
「ヒュールゲン強盗団のブレインは優秀だ。一週間と四日という時間のうちに連中は俺たちが与えた痛手を癒しながら情報収集はずっと続けているだろう。そして、まさにこの日に仲間たちが裁判所へ送られると確信を持って襲ってくる。間違いなく、な。
そしてきっとこう思っている。『都市警察の連中は、ここまで徹底にやったんだから相手をかく乱でたつもりでいるだろう。きっと本命の護送を手薄にしても奴らはこないだろう、とまで思っている筈だ』ってな。
で今度こそ連中が全員ともいっぺんに俺たちの所へ来る」
ジョージが考える、ヒュールゲン強盗団のブレインが予想した都市警察の予想、である。だいぶややこしいが、集められた警官たちにはしっかり理解でき、しかももっともらしく聞こえたためにすっかり納得させられてしまった。
確かにヒュールゲン強盗団のブレイン、ヨードルモンドがこう考える可能性はあった。しかしこうして警官たちを納得させているジョージの予想はさらに一段上にあった。
ジョージはヨードルモンドの名前も知らないが、かなり優秀な頭脳役であると認識していた。ひょっとすると、今回もこれが罠であると見抜くかもしれない。
しかしヒュールゲン強盗団にとっては仲間が裁判所へ送られる事は最後の防衛線だ、かならず来るとジョージは確信していた。
ジョージはこの一週と四日の間、対策本部の改革につきっきりだったわけではない。
仮面の子機を作るくらいの余裕もあったし、他にも捜査に役立ちそうな情報を広い漁って頭に叩き込んでいた。
もちろん、レドルゴーグにおける裁判についても調べた。
レドルゴーグでの裁判は、この世界で広く使われている“契約”と同じように神の目に見えぬ形での立会いのもと行われ、検察が求める刑罰が罪に対して適当であるかは神が判断する。
神が判断するために、冤罪は存在せず、弁護人なども必要が無い。
神判が下ったと同時にその場で刑が執行され、その後の処遇もそれぞれの刑罰によって変わっていく。
レドルゴーグでは基本的に罰金刑と奴隷刑しか存在しない。罰金刑ならば規定額を支払って終わり。奴隷刑となれば、厳重な“契約”で行動を縛られた犯罪奴隷として規定の年数だけ重い労働環境におかれ、こき使われる事になる。
犯罪奴隷の労働環境は本当に悲惨であり、雇い主からの理不尽な暴力もそれまで行ってきた犯罪に対しての罰であるとして受けなければならない。餓死せずとも飢えて動けない状態で労働を強いられ、上手く動けずに倒れこむなどすれば理不尽に鞭が振るわれる。
怪我や病気などの治療は行われるが、それは刑期を長引かせるためのものであり完治まで面倒をみられることはない。本人が反省し、後悔し始めたとしても、神判によって下された刑期が短くなる事はまず無い。
決められた苦しみを、決められた間だけ、延々と受けなければならないのだ。
殺人者、政治犯、人の心を壊すほどの悪質な詐欺師。奴隷刑を受けた者は様々いるが、結局は神が判断し決める事で、人間からするとその基準ははっきりとわかっていない。
実際のところ、ほとんどの神判は罰金刑でとどまるのだが、罰金刑を受けた者もほとんどは一度奴隷に落ちる。ここも少しややこしいが、これは罰金をすぐに払いきれない為だ。
なにせ刑に処させるのはその場である。罰金刑への支払いを行えるのは刑に処された本人のみで、なんぴとも代理で支払う事はゆるされていない。しかし裁判所につくまでは、容疑者、あるいは罪人として拘留されていたわけだから、たいていの場合で所持金が刑罰として要求された金額に届かない。そのため、裁判所を運営するレドルゴーグ都市議会が罰金を肩代わりし、自動的に都市議会へ借金ができる。もちろん、この借金も“契約”によって結ばれ、逃げたり踏み倒したりする事ができない。
この借金を規定の期間内に返せない者がほとんどなので、結局は借金奴隷として身を堕とす。
有罪の神判を受けてしまえば、この逃れられない理不尽な流れに飲まれてしまうわけだが、なにせ判断を下すのが神だ、何度も述べるようだが神判自体には間違いがない。
さらに、やむにやまれぬ事情があった場合は情状酌量によって検察の要求よりも減刑(減額)してくれたり、罰金を肩代わりする都市議会へ返済期間を長めに取るように提言したりと、厳粛な神判のあとにかなり人間くさい神託を下さる場合も多いらしい。
神託は神判と違い、違えてもすぐさま神罰が下るような事はないというが、せっかく神様のおかげで間違いが起きない公平な裁判を行えているというのに、その神の意見を反故にして機嫌を損ねるというのもバカバカしい話である。よって神託は必ず守られる。
また、犯罪奴隷と違い借金奴隷は買った者がある程度の生活を保証しなければならない。屋根と壁のある寝床を用意し、食事を与え、労働を与え、靴以外の衣類も与える。ここまでが奴隷を所有する者の義務だ。
これは靴を与えてはならないという決まりではなく、靴以外は必ず与えて、なんだったら靴もあげていいよ、という程度のものだ。奴隷がかわいそう、という者もいるが大抵は靴を履いていた方が作業もはかどるので与えられる。
与えられる食事は最低限のものだが、そもそも餓死が存在しないので、買った側も動きを保てるだけの最低限の食事しかしない場合がほとんどだ。
では、ヒュールゲン強盗団が裁判にかけられた場合はどうなるだろう。
ジョージは主犯であるヒュールゲン以外は罰金刑で済むだろうと考えていた。
なにせ大半の罪は彼らの本当の活動をカムフラージュするためのブラフばかり。実際に彼らがやったと思われる罪の中に、ジョージは殺人罪を見つける事ができなかった。
基本的に、殺人罪がなければいきなり奴隷刑の判決を受ける事はない。
とはいえ罰金刑であっても彼らが奴隷に堕ちる道は変わらない。
だから彼らは、仲間たちが奴隷となる前に、必ず助けに来ると確信めいたものをジョージは感じていた。
ジョージのリサーチはこれでなお甘かったのだが、結果的に予想は的中する事になる。




