013-捜査と、かく乱 -4-
初撃にてヒュールゲン強盗団による馬への攻撃を辛くも防いだロックだったが、相手は当然ながら一人だけではない。
「うおっ!」
バチン と鞭が飛んでくる。飛んできている最中には早すぎて見えるはずもなかったが、一度石畳にぶつかって跳ねたそれは、ロックには見覚えのあるものだった。
「おまえも来たッスか。やっぱ、おまえらがヒュールゲン強盗団!」
見覚えのある鞭使いの女に向けて喋るが、律儀に答えてくれるわけがない。
「ぜりゃああ!!」
それどころか、鞭の援護も受けたことで余裕をもった男がロックに向かい雷撃の棍棒でもって殴りかかってきた。
「《オーラスラッシュ》!」
しかし、ロックはその棍棒を容易く切り払う。愛用の剣と毎晩の瞑想のおかげで、ロックは角材くらいの太さまでならば剣で容易く両断できるようになっている。
「んなっ!」
雷撃の加護ごと棍棒が切り裂かれるなど思ってもみなかったのだろう。狼狽えた隙にさらに別方向から追撃が加わる。
「ロック!」
煙から飛び出てきたアラシがなんの躊躇もなく目の前の男に体当たりをかましたのだ。
「ごっぉ!」
体格でいうとアラシのほうが圧倒的に背も高く肉付きもよい。重量差によって完全にあたり負けた相手が数メートル空を飛ぶ。が、上手く着地してあとずさる。大したダメージは与えられなかったようだ。
護送車への襲撃で前線に出てきているのはこの棍棒の男と鞭の女の二人だけだったが、警戒すべきなのはこれだけではない。
残りはどこか物陰か遠くから断続的に煙球を投げこんで来ており、正確な人数をロックもアラシも把握できずにいる。
「くそっ!」
ジョージがいればもっと上手く対応しただろうに、というもどかしさからくる苛立ちがロックに沸きあがる。
だが居ないものは居ないのだから仕方ない。
せめてもっと人数が居ればこの二人だけでも囲えたかもしれないが、警官たちはなんとか職務を全うしようと、煙に包まれたままの檻を囲んで襲撃者を近づけない壁となっており、完全にそれが裏目に出ていた。
この場合守るべきはやはり檻ではなく馬である筈なのだ。
男が鞭を振るう女に向けて叫ぶ。
「カルサネッタ! 馬を叩け! とにかく檻を犬どもから離すんだ!」
「わかってるよ!」
「させないッス!」
やり取りを聞いて狙いを悟ったロックが鞭を振りかぶったカルサネッタと馬の間に割り込むように動く。だがここでロックを邪魔したのはなんと警官の方だった。
「ロックさん!」
何を思ったのか、ロックとアラシに唯一ついてきた警官がロックに体ごとぶち当たってきた。
鞭を剣で受け止め、あわよくば切り裂こうとしていたロックは横からのそのタックルに対応しきれずものの見事に食らって真横に跳ばされる。
「ぐあっ!」
どうやらロックから鞭をかばったつもりらしい警官は、ロックの剣が受けるはずだった鞭を自らの背中にまともにくらう。
「なっ! なにをするッスか!」
かばったつもりが怒鳴られて痛みを堪えながらもきょとんとする警官。そう、すったもんだしているうちにカルサネッタが再び鞭を振りかぶる。
「うおお!」
まだ警官と重なり合って身動きが取れないロックに代わり、こんどはアラシが鞭をとめようと躍り出た。しかしこんどこそ襲撃者側に妨害された。
「さっきの不意打ちは痛かったぞ!」
さきほどの雷撃の棍棒をロックによって破壊された男が、どこにあったか知らないが金属製の椅子を持ち出してそれを乱暴に振り回しながらアラシに襲い掛かってくる。
「! くそ!」
椅子が木製ならまだしも、あの大きさの鉄をまともに食らうのはさすがにまずい。
アラシはなんとかロックに代わってカルサネッタの鞭を妨害したかったが、妨害の妨害を許してしまう。
ガキン と素の状態の炎の剣では鉄を切れない。持ち前の膂力で押し返したあと高らかに叫ぶ。
「《オーラスラッシュ》!」
技の名を叫ぶという行為が神への意思表示となり、アラシの中の魔力の少しを代償として膂力を強化し剣の切れ味を冴えさせる。
再び振られた鉄の椅子をオーラを纏った炎の剣はギャリギャリという音とともに火花を散らせながら切り裂いた。
「ぐおお!」
さらに相手の体にも浅くない傷を負わせる事に成功した。
しかし本命の馬への攻撃は止められなかった。
「WHIYYYYN!!」
バチン と長い鞭の先端が馬の尻を叩くと、一頭が激しく嘶いた。釣られてほかの三頭も慌て始める。
都市警察の手によって軍馬さながらの調教を受けてきた馬たちだからこそ、今までは周囲の煙幕や剣戟にもあまり慌てていなかったが、それでも異常事態によって溜まっていたストレスが鞭の一撃によって簡単に決壊してしまう。
「ほらほら! 好きに走りな!」
二度、三度と鞭が振るわれ、完全に恐慌状態になった馬たちがついに護送車を引いて走りだす。
足並みは揃わないが火事場の馬鹿力のようなものを出した馬たちは見る見るうちに加速してゆき真っ直ぐな大通りを真っ直ぐに走っていく。
「ぐうう! 退くぞ! あいつらが止まったところでゆっくり助ければいい!」
「わかったよ!」
傷は負ったが目的を達してしまったヒュールゲン強盗団。痛みを堪えた怒号のような指示を皮切りに、暴走した馬たちを追うように速やかに退いていく。
あとには大量の煙球を残して。
一方的にやられっぱなしというわけではなかったものの、囮の護送車は完全に都市警察の負けという形で決着がつこうとしていた。
護送車に襲撃、そして護送車の暴走。
この報せはすぐさま最寄の駐在署に届けられた。
予想されていた事態だが、煙球の影響もあって護送車を見失ってしまっており、現場の人員だけではもてあましているという事から、最寄の駐在署からすぐさま応援が送られる。
さらに応援が必要となる可能性からもっと規模の大きな駐在署にも報せが送られた。
ある程度の大きさをもつ駐在署には《隔声》と呼ばれる遠くの特定の人物に声を伝える魔法を使える人員が用意されている。ちなみにこの《隔声》と同じような効果、機能をもったアイテムはまだ発明されていない。
「護送中に罪人を乗せた車が襲撃されたらしい。場所は南区暁大通り、パン屋クロッペンの辺り。至急応援を求むとの事」
ひとまず出された応援要請はすぐに南区第一駐在署まで届けられる。
同じ《隔声》の魔法を使える連絡係りから、受付を通って南区第一駐在署内に万一に備えスタンバイしていた応援要員に伝えられ、すぐさま動き出して目的地まで向かいはじめる。
それと入れ替わりになるように、駐在署の裏口の鍵が小道具によって解錠された。
「よし、やはりな」
長身で銀髪の男、ヒュールゲンである。
あとに続くのはスドウドゥともう二人、やや長身で細身ながらも引き締まった筋肉を持つサマサンドルと、中肉中背で目立たない体格だが細い目が特徴的なルドラングルだ。
サマサンドルはサミー、ルドラングルはラングという愛称で呼ばれている。
「地下は、こっちだな。本当に似たような構造になってるんだな」
ルドラングルは感心したようにつぶやいたが、ヒュールゲンが音もなく振り返って「静かにしろ」と目で訴える。その横でスドウドゥも険しい顔つきをしていた。
スドウドゥにとっては唯一の肉親にして血を分けた弟であるトゥトゥルノを助けられるか、ヒュールゲンにとってはアルマというかけがえのない女性を助け出す唯一のチャンスかもしれないのだ。必死にもなる。
ルドラングルはこの期に及んでまだ認識が足りなかったと反省しながら、先頭を行くスドウドゥについてゆく。
地下への階段の位置も、地下がどういう構造になっているのかもすでに把握済みである。迷いなく階段を降り、食堂の前を素通りして拘留所まで来ると、不満げな顔の看守が四人に目を向ける。
「まったく、今日はずいぶん予定外の客が多いな。なんだい四人もひきつれて、今日は誰にも面会なんてなかった筈だぞ」
「そうだろうな」
「ぐおお゛ぉ゛!」
わざわざテーブルを乗り出して自分たちを批判しに来た看守に対し、ヒュールゲンは容赦なく電撃を放つ棍棒を突き込んだ。それも首元、相手に防ぐ気すら起こさせない鮮やかな手並みである。
「へへっ、面会じゃなくて釈放だからな」
「ラング、無駄口を」
電撃により気を失い倒れこんだ看守に対し軽口を投げかけるルドラングル。ヒュールゲンがこんどは短くだが言葉を発して批判する。
「っとと、すまん。中を見て来る」
「ついでにどこの檻に誰が入ってるかの表なんかがあったら、持ってきてくれ」
「わかった」
まだ反省して、率先して動こうとするルドラングルに、ここまで一切声を発していないサマサンドルがついていく。
「時間が惜しい、先に行く」
一声残してスドウドゥがあせった様子で先行する。ヒュールゲンはそれを止めなかった。彼が止めるまでもなく、すでに立ちふさがっていた者が居たのだから。




