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013-捜査と、かく乱 -3-

 容疑者を護送する車は四頭立ての荷車だった。ただし、サイズそのものは二人乗りといったもので、三人乗ると明らかに窮屈そうな小さなものだ。


 容疑者、あるいは囚人を護送する車であるため普通の荷車ではないのだ。


 車輪、軸、箱、すべてに至るまで見るからに強力そうな神の加護がかけられてあり、素材そのものも何かの金属である。


 荷車としては少し大きな人力車のサイズでありながら四頭立てであるのは、それだけ重量が大きいためであった。


 そんないびつな護送車には御者が居らず、耳の上に小さな角の生えた目つきの鋭い馬のクツワに直接つながれた手綱を先導者が直接引くようにして移動させる。つまり移動は人間が歩く速度とまったく変わらないのだが、足取りはしっかりしていて、その気になれば速足くらいまでは行けそうだ。


 とはいえ、この護送車にも自動車の技術が使われているとばかり思っていたロックは、実物を見て軍馬に引かせるという今までどおりの光景を見て少し落胆していた。


「自動車は技術がまだ不安定なところがあるからな。個人が趣味で買うならまだしも、税を使って数を揃えるような物ではまだないんだ」


 このあたり事情を知るのはさすがは名家の一員アラシだ。書類仕事からこちらすっかり知性の片鱗のようなものを見せ始めている。


「…税、ッスか?」


 ロックにとって、聞いたことはあるものの、あまり聞きなじみの無い言葉だった。


「ギルドメンバーは基礎税は免除だからな。代わりに色々とやらないといけない事があるが」

「えっと、オイラは税を納める代わりにいつのまにか何かやらされてたッスか?」


 何も自覚が無いらしく、兄弟子は本当にこれでいいのかと心配になる。


「どの潜窟者ギルドかにもよるが、たいていは一定時間以上ダンジョンに潜っていなければならないという“契約”がある筈だ。ダンジョンから出た品を一定額以上売らないといけない、とかいうのもあったか。もうだいぶ前に教わった事だから詳しくはおぼえてない」

「ああ。じゃあオイラの場合は訓練所の維持ッスね」

「いや、それは……? そう、なのか?」


 潜窟者ギルドはレドルゴーグという都市に本拠地を置いておく以上、レドルゴーグの定めた法に従い、代替納税といって一定金額を納める代わりにギルドごとにそれぞれ定められた行動をとる事を契約で義務付けられていた。


 大抵はアラシが述べたように、一定時間ダンジョンに入りモンスターを討伐する事や、モンスターからのドロップアイテムを一定金額分以上、市場に流通させる事などが、ギルド単位で要求される。


 このノルマのラインは、契約のもと神々が適時定めるもので、契約を更新しようとせずともギルドメンバーの数やカラーランクに変動があった際にいつの間にか更新されている、らしい。


 らしい、というのは、この契約は完全に神々が人の意思に関係なく定めるもので、いついかなる基準でもってこれが定められるのかがいまだに分かっていないためだ。


 そのため大抵は上に述べたとおりになるノルマも、ギルドごとに定められた物だけでなく、個々人に要求される場合がある。個々人に要求されるノルマはギルドに所属するメンバーが少ない場合が多く、ディアル潜窟組合はまさにそれだった。ジョージという謎の要素が加わり、天敵ギルドのトップの孫というイレギュラーがギルドに加入しても、ギルドメンバーは未だに四人しかいない。


「(という事はオレという個人にも何かノルマが課せられるのか?)」


 アラシはそんな事を思ったが、それを確かめる手段はギルドマスターにしかなかった筈で、ギルドマスターであるランナから何も言いつけられていないという事は、今のままで良いのだろう。アラシはこの事についてこれ以上考えない事にした。


 今はそれよりも容疑者の護送である。


「しかし、師匠は本当に寝にいったんだな」


 いくら昨日は徹夜して書類を片付けていたとはいえ、今こうして弟子にだけ働かせて自分は休んでいる師匠に対し思う事が無いでもないアラシ。


「いやあ、ジョージはあれで意味の無い事なんてやらないッスから」


 ところがロックはそれに対し何も思っていないようだった。たった二日ほどしか違わない付き合いの長さだが、ジョージ・ワシントンという男を信じきっている。


「そうか」


 だがそう言われればアラシもそうなのだろうと思えてしまう。


 結局のところ、二人ともジョージにどっぷりと心酔しはじめていた。



 そんな護送車を、建物の屋上から見下ろす影があった。


「ヨルノの見込みどおり、あれは囮だな。檻車(おりぐるま)に目隠しなんぞ使っているが、クソ真面目なだけが取り柄の議会の犬どもが、たった三人とはいえ男と女を同じ檻車の中に入れておくわけがない」


 大きめのルーペを覗き込みながらそう断言したのはヒュールゲン強盗団のメンバーの一人、エルゴドだった。


「予定通りやるぞ。とりあえず襲撃だと思わせて、あいつらに応援を呼ばせられればそれでいい。ここで失敗分を取り返すぞ!」

「「おう」」


 返事をしたのは二人。だがここには、捕まらなかった実働隊のうち五人がそろっていた。


 あれだけヒステリーを起こしていたカルサネッタも、ここに居る。


 取り乱してこそいないが、目はすっかり据わっていて、何をしでかすかわからないという点では取り乱しているときよりもよほど恐ろしいかもしれない。


 彼らの作戦はこうだ。


 まず、のうのうと囮の護送などをしている都市警察の隊列に大量の煙玉を投げ込み混乱させる。


 混乱しているうちに近づいて護送車を引いている馬四頭にでたらめに鞭を打って意図的に暴走させさらに混乱を煽る。


 ここで大事なのは、暴走させ都市警察から十分に引き離したあと、落ち着かせてゆっくりと仲間を救出する、という事を匂わせるような台詞を残して護送車を追うように見せかけその場を離れる事。すると都市警察の目はどうしても目立つ護送車に向くだろうから、救出の本命である南区第一駐在所がさらに手薄になる。


 都市警察の注意を引くための台詞も重要だ。あまりに芝居が過ぎると逆に勘付かれるかもしれない。そのあたりもきっちり考え、何度か演技の練習までしてこの場に挑んでいる。


「いくぞ!」


 エルゴドの合図のもと、こちらも作戦が始まった。



 まず異変に勘付いたのはロックだった。


「(ジョージと一緒にいたせいか、なんか前までなかった妙な感覚がわかるようになった)」


 二人は数人の警官と伴う形で護送車の檻の真後ろに居た。檻の出入り口がここになる。


 なにがどう、と具体的に例える事はできないのだが、ロックが感じているのは“視線”だった。それも視線の種類までなんとなしにだが感じとっていた。


 すなわち、敵意の有無、そしてロックだけに集中しているわけではなく、檻を中心にその周りを囲んでいる自分たちを俯瞰していると。


「なんか来るかもしれないッス。アラシ、警戒するッス」


 しかし、その感覚を伝えるために出てきた言葉は漠然としたものだった。この辺りはまだちっとも成長していないため、感じ取った事をうまく伝えられないのだ。


「おう」


 受け取る側のアラシもいい加減ロックに対する偏見など無くなっていたが、いかんせん深く付き合い始めてまだ短いためその辺りの意図までは汲み取れない。それでも注意を促されても嫌な気はしなくなっているため素直に受け取った。ただ、この微妙な敬語もどきはいかがなものなのか、とは思っている。


「……こっちだな」


 襲撃の瞬間まで、こちらが存在に気づいていると思わせるわけにはいかない。アラシはそう考え、背中に差した大剣ではなく腰に差してある炎の剣の柄に手をかけただけでとどめる。


 ロックとアラシの様子が変わった事が、すぐ周囲にいた警察官の数名にだけは伝わった。その瞬間である。


「あ、来たッスね」


 護送車の車体の下に滑り込ませるように、いくつものボールが投げ込まれた。ロックはそれをはっきりと視認した。


 間をおかずして護送車の下から煙が吹き出てまたたくまに辺りを覆い周囲の視界をふさいでしまう。


「これがジョージが調べてた煙幕って奴ッスね」


 ジョージはこうなる事を予想してあらかじめ考えうる展開をいくつかのパターン弟子たちに伝えていた。そうなった時の対処法も。


 煙幕に毒か何かが含まれている可能性は、とらわれているはずの仲間にまで被害が及ぶためあり得ない。よって慌てて離れる必要は無い。そして襲撃者たちもこの混乱に乗じて仲間たちを助けるために動くだろう。


 視界が利かなくなるという条件は相手も同じ、自分たちで見えなくした場所のど真ん中に入り込んで何かをするとは考えづらい。


 今回のようなパターンで二人がジョージから伝えられていたのはここまで、実際にどの程度の広さの煙幕が張られるか、護送のための列のどの辺りに集中するか、煙が出ていない場所はどこになるのか、この辺りの具体的な場所まではさすがのジョージも予測しかねていた。


 そのため、ここからはロックの独自の判断になる。


「アラシ! 馬を守るッス!」

「応!」


 直感による行動だったが、狙いは襲撃者たちのものに的中する。


 二人のすぐ近くの警官が一人だけ、二人にひっぱられるように警戒を強めていた事でとっさに動く。


 ロックに呼応し、突然の煙幕に狼狽えてただ咳き込んで棒立ちになっているほかの警官隊をかきわけて護送車の前に躍り出る。


 煙幕はまだ護送車の下からもくもくと吹き出ていたが思ったほど広がっておらず、すぐに範囲を突き抜けた。


「あっ!」


 煙が晴れたそこに、ロックも見覚えのある青年たちの顔があった。


「!? もう抜けてきやがった――おまえは!」


 相手もロックに見覚えがあった。


 およそ二週間ぶりの、うれしくない再会である。

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