013-捜査と、かく乱 -2-
時間はジョージたちがいよいよ本腰をいれて書類を片付け始めたころまでさかのぼる。
隠れ家を移すのも何度目か、無能な都市警察は言わずもがな、他のとある勢力の追っ手を巧みに撒きながらヒュールゲン強盗団のブレインことヨードルモンドはなんとか仲間の一人であるアルマだけでも助け出せないかと計画を練っていた。
都市警察の駐在署の構造はだいたいどこも同じであるため、西区のとある駐在署にすら潜入した事のあった彼らはそれを参考になんとか作戦を練っていた。
しかし、ただ潜入し情報を盗み出す事と、人を一人、あわよくば二人も助け出す事は難易度が明らかに違う。
ヨードルモンドはいつになく険しい顔をしながら頭脳をフルに活動させているが、やはり早々に良い作戦が出てくるわけはない。
少しでも確実な作戦を練り上げるためにも判断材料は多く要る。
はじめから無事だったヒュールゲンとスドウドゥが率先して情報を集め、一度やらかした残りのメンバーは、いまだにアルマ救出に納得していないカルサネッタの見張りのため、ヨードルモンドの他に二人は常にいる。
もともと十三人いた団員は三人捕まって十人に。その十人のうち一人はもともと実働隊ではなかったため、今動ける者は九人しか居ないというのに、一人が既にほとんど裏切っているような精神状態で、それを見張るために二人が取られる。
本来ならば十一人居た実働隊はおよそ半分のたった六人になっている。
そうなると、集められる情報量もそれなりでしかなくなってしまう。
ただでさえ困難な目的であるというのに、それを可能にするための計画を練るだけの材料も満足にあつめられない。
作戦の立案すらままならないのか、と皆が消沈しかけている時、捕まっている三人が南区第一駐在署から裁判所へと移送されるという情報が舞い込んだ。
「……本当にそうなら、襲撃のチャンスだ。けど、ちゃんと調べたほうがいい」
ところがヨードルモンドは冷静だった。
これほど早いタイミングでこれほど自分たちに有利な情報が流れてくる事にヨードルモンドはまず疑いを抱いたのだ。
そしてそれが真実であるかを調べる手段も思いつく。
「ヒューゴは裁判所に行って日程表を見てきてくれ。一般観覧席に応募する人向けのやつがあるはずだ。そこにボクらの名前か、トト、アルマ、クヴィエギウス、誰かの名前がなければこれは完全に囮情報だ」
レドルゴーグでは行われる裁判が公正であるというアピールのために、裁判所に一般人でも入る事のできる観覧席が設けられている。
ところが裁かれる犯罪者にも知名度があり、さらに人気不人気があるため、いつ誰がどこの裁判室で裁きを受けるのかという日程一覧表というものが張り出されていた。
これは裁判所の職員が管理するもので、都市警察も少し口を出せば情報操作に協力してくれたかもしれないが、あいにくと今回の囮作戦の発案者にはここまで案を詰めるという発想がなかった。
そのため、その日のうちにあっさりと自分たちをおびき出すための都市警察の策略であると見抜いたヒュールゲン強盗団は、逆にその作戦を逆手に取る案を考え出した。
「ボクらをおびき出すための見せ掛けの護送とはいえ、三人いっぺんに動かすとなるとそれなりの人数を警護につける。この人数をケチればボクらに囮である事がばれてしまうと考えるだろう。つまり、その分駐在署の中の人数は手薄になる」
「……その隙を突くわけか」
納得いった様子のヒュールゲンにヨードルモンドは注意を促しつつ自信を見せる。
「もちろん、それすらも囮である可能性は否定できない。だから油断はしちゃいけない。でも今までの都市警察の行動のレベルからすると、いきなりそんな高度な作戦は打ってこないんじゃないかと思う」
根拠は都市警察の今までの行動である。現場で彼らと会った事のないヨードルモンドですらそう思うのだから、やはり都市警察の全体練度は異様に低いようだった。
「そうだな。今までも都市警察から逃げるより、貴族や富豪に雇われていた私兵を撒く方が苦労した」
と、自分に同意してきたスドウドゥに、ヨードルモンドは申し訳なさそうな顔を向けた。
「クヴィエギウスを放置するのは決定だ。でも、できる限りトトも一緒に助け出せるような作戦にするけど、今回はアルマを助け出す事だけが絶対だ。だから場合によってはトトは……」
「わかってる。お前がそんな顔をするな」
トト、とはスドウドゥの弟で、トゥトゥルノ・テティラガという。
ヒュールゲン強盗団内では最年少で体つきも小柄だが、その見かけからは想像できないほど強い膂力をもっていた。
その膂力を使おうとしたのだろう、トゥトゥルノは鎖骨を折られ激痛で動けなくなっていたクヴィエギウスを、アルマと共に支えて一緒に逃げようとした事で都市警察に捕まったという。
いかに見た目以上の力をもっていても、年上の、ほとんど成人と変わらない体格の男を担ぐ事は難しかった。よしんばできたとしても動きは相当に遅くなってしまう。しかも、もう片方を担いでいるのは非力な女子だ。
ヒュールゲン強盗団の中でも、スドウドゥとトゥトゥルノのように血を分けた兄弟であるのはこの二人だけで、その分絆も強いはずだ。にも関わらず、場合によっては弟を見捨てなければならない今回の作戦を、トゥトゥルノが心底から快く思っているわけがない。
しかしヒュールゲン以下、この仲間たちの全体を守るためには、これが最善なのだとヨードルモンドの頭脳はたたき出していた。
「だからようヨルノ、そんな顔しなくていい。今までヨルノの作戦が間違っていた事はなかったんだ。とくに都市警察を相手にした時はいつも、本当にこれでいいのかと思うくらいあっさり成功してきた。今回も上手くいくさ」
口調を穏やかに保ち、気丈に振舞うトゥトゥルノだが、半身に隠された左手が硬く握り締められている事にヨードルモンドは気づいていた。
「ありがとう……。
南第一の拘留所はたしか檻の真ん中あたりから埋めて行ったはずだ。手前にはまずいないから、看守室にこれを投げ込んだら手前の檻は素通りしていい。真ん中あたりから順に探していくのが早いとは思うけど、時間はほとんどない。五分以内にアルマを見つけられなかったら、申し訳ないけど、今回は、トトは諦めてほしい」
「わかった……だが」
「うん。トトはちゃんと籍を持ってる。西スラムの出とはいえ市民である事には間違いないから、どれだけ重罰が下っても奴隷刑だ。奴隷商のところにおろされる途中で襲撃してもいいし、なんだったらここだけ正規の手順で買い戻してもいい。
その、トトを買うなんて考えたくもない話だけど」
「わかってる。その方が面倒がなくていい、だろ?」
「うん」
「それだけ考えてるであればおれにもう文句はない。今回は、アルマをメインに動くさ」
理解ある仲間にヨードルモンドは感謝した。それはアルマをひいきしていると言って良いほどに執着しているヒュールゲンも同様だった。
「すまん」
強盗団のリーダーとして、ヒュールゲンもスドウドゥに向かい軽くこうべを垂れる。
話しはまとまった。こんどこそヒステリックな横槍は入らなかった。
しかしヨードルモンドは、今までに感じたことの無い、クラゲの細い触手で心臓をなでられるような不快感を覚えていた。
今までとは何かが違う。
得体の知れないモノが目的の場所に居るような気がする。
しかしヒュールゲンたちが集めてきた判断材料から、今考えうる可能性に不安はひとつも無い、アルマとともにトゥトゥルノも助け出せる見込みは十分にある、筈だった。
しかし、ヨードルモンドだけではない、ヒュールゲンも、一度捕まりそうになった彼らでさえ、皆見落としていたのだ。
クヴィエギウスの暴走という弱点はあったものの、今まで様々な追っ手から逃げおおせてきた彼らをあっさりと返り討ちにした存在を。それが今どこに居て、何をしているのかを。
かくして作戦決行の日は来る。




