012-攻略、中断! -3-
都市警察との約束どおり、ジョージは都市警察の南区駐在署というところに来ていた。
今日も今日とて弟子二人を伴っている。
「ディアル潜窟組合のジョージ・ワシントンという者ですが」
言われたとおり受付のカウンターにて、やはり揃いの鎧をつけていたお姉さんに名乗ると、しっかりと言付かっていたようで、奥へ続く道の両脇を警備員のように固めていた別の男の兵士を呼んで案内させた。
案内の途中でその兵士が教えてくれた事には、この南区駐在署はレドルゴーグで最も大きな駐在署であり、地上五階建ての地下二階。詳しい話は警備上の理由で言えない、とはいいつつも、地下一階と地上一階、二階まで何があるのかをわりと事細かに教えてくれた。
地下一階には食料貯蔵庫と職員向けの調理場と食堂があり、一階は受付の他は全体が事務室、二階は大小様々な会議室が並んでおり、何か集中して対策しなければならないような事件が起きた時には、この会議室を対策本部としてつかう、という事らしい。
三人が案内されたのも地上二階の会議室のひとつだった。
「こちらです」
「ども」
笑顔で案内してくれた兵士に例を言いつつ会議室に入ると、さっそく昨日見た顔を見つける。
「ああ、きてくれましたか。ここはヒュールゲン強盗団対策室です。今は外回りに行っているメンバーもいますが今いるメンバーを紹介しましょう。奥から、リード、ボグン、ダリア、セーラ、ピエンドです。みんな、こちら昨日話した方々だ、こちらがジョージさん、こちらがロックさん。それと、今回の件にはあまり関わっていないらしいがお二人のパーティーメンバーのアラシさん」
アラシの名を聞いて対策室のなかの何人かがピクリと反応した。
「イエート家の?」
つい最近までのアラシの横柄な態度は都市警察でもそれなりに有名だったのだろう。ひょっとするとアラシが家の外でおこした厄介ごとの処理に直接あたった者もいるのかもしれない。
しかし今のアラシは至って大人しく、しかもジョージという見た目には冴えない無精ひげ男の後ろに控えている。
その反応した何人かはアラシが本当に自分の知るアラシと同一人物であるのかと疑うまなざしだった。
「さっそくだが証拠品を確かめていただきたい。押収できたのは、これと、これと、これ二つ。だけだ」
さっそく見せられたのは、電撃の棍棒と三連装式ボウガンが一丁、神の加護か魔法でもかかっていそうなハードレザーの鎧が一着。最も目を引くのはハードレザーの鎧で、加護か魔法ごと右肩から胸の辺りまでがバッキリと割られている。
「間違いないな。この鎧は俺が割ったものだ。たしか一番最初に絡んできたバカ面の男、少年…といってもいいくらいの年だったと思うが。おそらくそいつがあの集団のリーダー格で、女の子を除く他の奴らをアゴで使っていた。この棍棒もたぶんそいつが使っていたものだ」
手は触れず、指差しでなぞりながら説明するジョージ。それを聞きながらうんうんとしきりに頷いているアッパルは、手元の手帳とジョージの説明を照らし合わせていた。
「ボウガンはあなたも使った、とあるが」
「そうだな。まずそのバカ面のリーダー格の右肩を叩きつけて、あの感触だと鎖骨でも折ったんじゃないかと思う。そのままうずくまって動かなくなったから、もともとそのボウガンを持っていた、おそらくサブリーダー格の胴を薙いだ。あっさりボウガンを取り落としたから、それを拾って利用させてもらった」
「うん……間違いなさそうです。見た限りで、残りの連中がどんな装備をしていたかは思い出せますか?」
「うーん……あんまり歯ごたえがなくて記憶には残らなかったなあ……」
ジョージが思い出せずにいると、ロックが一歩進み出る。
「鞭が無いッス。茶色い革の鞭で、たぶん魔法の品とかじゃなかったと思うッス」
「ほう、鞭。それはどんな相手が使っていたもので?」
「女の子ッスね。オイラより年下だと思うッスけど、雰囲気は姉さんに似てたかな」
姉さん、と言ってわかるのはロックの姉がランナとリーナの二人だと知っている者だけだ。それですら二人いる。ジョージは鞭を使うというところで迷わずランナを連想できていたが、アラシはそれを知らないせいでどっちの姉なのだと思う。
パーティーメンバーでさえそうなのだから、昨日が初対面のアッパルにそれで伝わるわけがない。
「……姉さんとは?」
「ランナ・ディアル。うちのギルドマスターだ。昨日、アッパルさんたちに最初に対応した」
「ああ……ふむ」
ジョージの助け舟。ロックは一瞬だけ自分の言い方の間違いに気づきばつが悪そうな顔をして頷く。
「では、このまま捕らえたメンバーの顔を確かめていただけないだろうか」
「いいですよ」
そのまま、アッパルの案内で会議室を出て行く三人。
会議室に残された対策メンバーは、ジョージの見た目からは全く想像できなかった証言がすらすらと出て来たことで、それまで進めていたそれぞれの作業を止め、少しの間呆然としているのだった。
次に三人が案内されたのは地下二階だった。建物の地下空間は広げにくいものの筈であるが、この駐在署の地下二階は地下一階よりも広く、出入り口も二箇所しかないようだった。
そのうち一箇所は非常時のためだけに用意されたもののようで、通常時は厳重に封鎖され、案内された三人は食堂への出入り口のすぐわきにあった狭い階段から地下二階へとおりた。
地下二階は全体が拘留所となっているらしく、今は未使用で開放されている監房の中を通りすがりにのぞいてみれば、かなり生活環境が整っているようだった。
ベッドもやわらかそうだし、風呂こそ無いがトイレは水洗で清潔に見える。地下であるため窓は無いが、娯楽の一環が雑誌のようなものが監房の中に用意されている。
「(これでいいのか……? 俺、あの紙一枚あれば脱獄できると思うんだが)」
ジョージはこの管理体制を見て危機感をおぼえた。魔法という手段がある時点でいくらでもどうにでもできるのだ。
「こちらです。隣の部屋に」
だが、使用中の扉が閉じられた監房はさすがに厳重に見えた。扉は分厚い金属製でその素材もただの鉄などではなさそうだ。ひょっとするとこの扉一枚一枚にも神の加護か魔法でもかけられており、内側からの魔法を無効化したり反射したりするのかもしれない。
そう考えれば納得できなくもない。
ジョージの後ろに続いている二人は、牢屋に来ることなど初めてであり、ずいぶん緊張した面持ちのようだった。
「あの、こちらに」
「ああ、はいはいすみません」
二人は緊張で、ジョージは観察に集中しすぎていて反応が遅れた。
問題の監房の隣にあったなんでもなさそうな部屋に通されると、かなり大きな窓があり、中の様子が丸見えだった。しかし窓の外に人が来たというのに中からこちら側を気にする様子はない。寝ているというわけでも無さそうだ。
「マジックミラーか」
「偏光鏡、なのですが。なるほど、魔法のような鏡、というのは言い得て妙ですね」
ジョージに感心したアッパル。けっこうに大きな声でしゃべっているのだが、監房の中に音が伝わっている様子も無い。
「ふむ。まず男か。うーん、はっきり憶えてないが居たと思う。ボウガンで射た時かな、向かって右側を射たから、左肩に矢を受けたあとがあったんならそいつだと思う。もう治ったのか」
「ええ。犯罪者とはいえ人間ですから、治療を受ける権利くらいは。まあ見習い神官の練習台ですけどね」
なるほどそういうシステムか、と細かいところに納得しつつ、ジョージは監房の中の少年の顔と、記憶の中のバカ面を比べて頷いた。今はだいぶ顔にも態度にも憔悴がありありと表れているが、全くの同一人物であると断言できた。
「オイラもはっきりとは憶えてないッスけど、アニキと同じッスかね。切りかかってきたというか、殴りかかってきた奴の中にいた気がするッス」
ロックもジョージに同調する。今回はひとまずついてきただけのアラシは余計な事はしゃべらない。
「次は女子。あれ?」
次の監房に来たジョージは首をかしげた。
「この女の子、確かにあの場に居たッスけど。鞭使ってぶんぶん振り回してたのはこの子じゃないッス。もっと気が強そうで、釣り目で、あと飯はちゃんと食ってそうな体してたと思うッス」
ロックに悪気はないのだろうが、遠まわしに今みている監房の中の少女が貧相な体つきをしているといっている。ジョージは苦笑したが間違いではない。ただ、ロックは彼女の事を不健康そうと言いたかったのだろう。
「この子もその強盗団の一味なんスか?」
「現状では、そう思われています。次に見ていただく男がそう言っていましたし、この娘、本人もそれを否定しませんでした」
「ふむ」
おそらく、だが団員である事は間違いないのだろうとジョージは判断した。しかしロックはなにか納得いかない様子である。その納得しない思いを口に出さないまま、捕らえられたのはこいつが最後だといって次の監房に案内された。
「最後も男か、そうだな。うん、この男で間違いない」
電撃を放つ棍棒を持っていて、ジョージが真っ先に鎖骨を折った男だ。出会いがしらにバカ笑いをして真っ先に絡んできたのもこの男である。
「ロックも、憶えが…ん? どうしたアラシ」
ロックにも確認をとろうとしたところで、監房の中の少年を見て一緒に入ってきたアラシの様子がおかしくなってきた事に気づく。
「こいつ、知っているぞ。ダンダロス家の末子だ。名前は確か……確か……思い出せないが、確かにダンダロス家の人間だ」
「そ…それは本当ですか?」
アッパルの顔色が若干青ざめた様子だった。
「ダンダロス家って……?」
なんだか深刻な様子なので堂々と尋ねるわけにもいかず、ジョージはロックにこそっと耳打ちして聞いてみる。するとロックもひそひそ声で答えてくれた。
「レドルゴーグの名家の一つッス。たしか工場をいっぱい持ってるッス」
雑な説明だったが今わかればいい最低限の事はわかった。
「(なるほど、大工場主の家系か)」
どうやら、大物を引いてしまったようだった。




