012-攻略、中断! -1-
ジョージたち師弟三人がディープギアの床をハチミツで汚している頃、レドルゴーグの高層ビル街に建ち並ぶ頂点の一つで、ギリギリと歯軋りを繰り返す男が居た。すぐわきに控える執事姿の使用人も、その男の姿を見て所在無さげにしている。
「まだ、見つからんのか」
爪を噛みながらもその男は勤めて穏やかな口調で尋ねたが、誰の目にも明らかに焦っていた。
「は、報せはまだ届きません」
この男はレドルゴーグにて名家と名高い一族に名を連ねる者の一人である。
「カルサネッタ……もう許されん所まで来ているのだぞ……」
深刻な呟きは執事にのみ届いた。だがその執事もそれを拾いあげる事なく、ただそこに控えるのみ。
かつて出会って放置したままだった厄介ごとの種が、今芽吹こうとしていた。
「で、今日はうちでなんだね」
街のどこか別の場所で厄介ごとが大きくなりはじめたなどとは知る由も無く、ジョージたち師弟三人はディアル潜窟組合のギルドホールに集まっていた。
ランナは相変わらずけだるそうにしているが、今日も美味い者が食えるというのはわかっているらしい。
「この間は鍋で簡単な料理だったからさ。今回は調理の手間も考えると、キョーリさんとこじゃ全員集まるにはちょっと手狭になる」
「悪かったのう、うちが狭くて」
軽い悪口だったが、キョーリももうじゃれあいのようなものだと思っているらしく笑いながら軽い悪態で返した。
「六人くらいならオールドスミスでもよかったと思うけどねぇ。まあいいさ。
けどウチにはキッチンなんて無いよ? 土間もないからホールの中で即席の釜戸を作ろうってんなら承知しないよ」
「いや、ロックからもう了解は取ってある。訓練場でやるつもりだ」
いぶかしげな表情でランナがロックを見る。訓練場の管理はロックが行っているため、ロックに否がなければそれ以上の文句もないのだろう。
「えっと、“契約”では違反にはならないッス。訓練場の本当の使い方からはちょっと外れるけど、えっと、訓練しないといけないとはされてない、っていうか、えっと、訓練場だけど訓練じゃない使い方もできるっていうか。えーっと」
「訓練場を訓練以外の目的で使用してはならない、という規約は無い、と言いたいのね」
上手く言葉をまとめられずにいたロックに、リーナが助け舟を出す。姉弟で顔もよく似ているのに、頭の出来については弟のほうがだいぶ残念な事になっている。
「と、いうわけだ。それに、今回はある意味で、俺の料理の訓練に使うとも言える」
「ハッハ、とんだヘリクツだね。そんなの神様が許してくれるかね」
「大丈夫だ。神様はそんな狭量なじゃない」
男前に笑いながら軽く疑問を述べるランナだったが、答えはわかっているようだった。ジョージも、この程度で天罰など下らないだろうと確信していた。
「というわけだ、奥、使わせてもらうぞ」
「あ、手伝うッス!」
「わたしもー」
下の妹弟たちがジョージについていく様をランナはほほえましげにみている。
「おンしは手伝わんのか」
横からキョーリに突っ込まれたが、一つ睨み付けるだけで何も言い返さない。
苦笑しながらキョーリは、今のせりふは自分に向けられた物だと思ってしまいばつが悪そうにしていたアラシの隣に座る。
「そのバスターソード、ちょっくら見せてみろ」
「え? ああ、おう」
アラシは背中に差していた大剣を取って渡そうとするが、キョーリの小柄さについためらった。けっこうな重さのある剣だがこの小さな老人が持てるのだろうかと思ってしまったのだ。
「ほれ、はよう渡さんか」
アラシがためらっているとキョーリはアラシの手を強引に引っ張って大剣をひったくっていく。あっさりと手から武器が奪われたのをみながらアラシは軽く戦慄する。
「(師匠についてから、見た目とかカラーランクとかと中身が一致しない人たちばかりと出会う……)」
それは今のキョーリの見た目からは想像もできないほどの力強さであったり、たった数日みないうちにやたら強くなったロックであったり、そして何よりも無精ひげの冴えない見た目でロックと同等のカラーランクであるにも関わらず、大抵のモンスターなど歯牙にもかけないほどの無類の強さを誇るジョージであったり。
ディアル潜窟組合に関わる者たちは次々とアラシの今までの先入観を壊した。
そういった意味で、アラシをジョージに預けたイエート家の狙いは達成していると言えるだろう。
「ふむ。見た事があると思えば、むかしドミニクの奴が使ってたバスターソードに手を加えたものだな。あいや、手を加えたのもドミニクが使っている間にだったか。この穴を開けたのは確か、ワシの兄弟子だったか」
「父を、知っているのか」
「うん? ああ、この剣を打ったのはワシじゃからな。あの時はまだドミニクも駆け出しだったが、無駄に腕力だけは有り余っていて――」
老人特有の長い昔話が始まって、ランナはカウンターの中でうんざりした様子だったが、あまり聞けない父の話を思わぬところで聞けるとあって、アラシはキラキラと目を輝かせた。
一方でうずらの唐揚げの準備も着々と進んでいた。
必要な卵と小麦粉と鍋一杯の油、そして釜戸は全て準備されていた。
「油料理は火加減の維持がとても難しい。火加減と揚げ加減は俺が見て、揚がり次第こっちの網に上げるから、ロックはうずら肉を一口サイズに切り分けて、リーナはロックが切り分けたうずら肉を一度この溶き卵にくぐらせてから、こっちの小麦粉をまぶして、油鍋に放り込んでくれ」
「一口サイズ、ってどのくらいッスか? このくらい?」
「待てそれはデカい。お前は自分の拳と同じくらいの肉の塊を一口で食うのかそれを四分割するくらいがちょうどいいだろう」
「で、わたしがコレを、こうして、こうね?」
「いい感じだ。じゃあちょっと火を……」
前回の鍋の時と同じように、ジョージは炭火に魔力を注ぎ込んで一時的に火力を倍増させた。
一瞬で鍋の中の油があわ立ち始め、絶妙なタイミングで炭火が炎を失う。
「よし、いい感じ。じゃ、適度に肉を投入してくれ」
説明している間にも肉の下ごしらえは整っており、一羽分のウズラがすでに骨だけになっていた。剣士から魔法剣士に引き継がれたソードマスタリーのスキルが、今ロックが使っている包丁にも適用されているのかは不明だが、鶏と比べ小骨の多いウズラをロックは器用に捌いている。
「ほい、ほい、ほい」
次々と投入されるうずら肉。鍋には二十あまりの唐揚げが泡を吹きながら浮かんでいるが、ジョージは投入された順を全て正確に覚えており、揚がった順にサエバシでつまんで取って網にあげていく。
「今回は揚げは一度だけだな。肉に下味もつけなかったから、塩をパラリと振って食べようじゃないか。あとパン!」
カニ鍋のように香りの強い料理ではないため、次々と揚がって行く唐揚げたちにギルドホールの方で待機している三人が釣られてこちらにやってくるような事は、今回は無かったようだ。
かくして今日のディープギア攻略の途中で確保したうずら肉は全て一口サイズの唐揚げへと料理され、パラリと赤みがかった塩を振られたあと、ギルドホールにて今日の夕飯と相成った。
「あ、美味い」
「な? 油料理は難しいんだぜ?」
名家と呼ばれるほど裕福な家庭に育ったハズのアラシが認める美味さである。
とそこで、ジョージはふと疑問を持った。
「アラシは家でいつもどんなもの食ってるんだ?」
「どんなもの……? そう、だな」
漠然とした質問だったが、美味しい食事に気が緩んでいたアラシは額面どおりの質問と捉えた。
「肉、だな。父上が肉が好きで、昔父上のようになるにはどうしたらいいか聞いた時に、やはり肉だと答えられた。オレもそれをまねている」
「まねている? ってことは、ほかの家族は違うもの食ってるのか」
「母上はあまり食べないが、白パンのスライスにベリージャムを塗ったものが好きだ」
「ふむ。白パンに、ジャムね。その程度の食の追及はあるんだな」
ジョージは妙なところで感心している。
「確か、生き物は食せずとも死せず。なれど食せねば働けず戦えぬ。強き食が強き身体を作る。だったかな」
「ふむ? なんだそれ」
急に会話に参加してきたロック。横でランナとリーナも感心している。
「食の神ギシュー様の神託の一説じゃな。ギシュー様は比較的新しい神であられ、四元素を司られる神々よりも我ら人間に近しく居られる。そういった新しい神々は、四元素を司られる高位の神々よりも気安く我ら人間に神託を下さるそうだ。
今のロックが言った一節は、ギシュー様が自らの信者の食事とは何なのかという質問に対して下された神託だそうだ」
「ほほう……。借りた本には載ってなかったかな」
「おンしが読んだモンはワシが持っとるもんだけじゃろ。ワシはギシュー様へ熱心に信仰を奉げようとはおもっとらんのでな。神々のそれぞれが下されたという神託を集めた冊子などは、よほど知られている物でもない限り、各神殿や祠に行かんと読めんよ」
なかなか複雑そうである、と思ったジョージは、一旦この話を突き詰めるのを止めて、食事に戻る事にした。
「まあ、あとでちゃんと調べるか」
「それがよかろう。それよりジョージ、まだショーユとやらは残っとるのか」
「ん、まあ、あるけどさ」
残り少ない醤油を大事に使いたいジョージだったが、この場の最年長のお言葉とあっては、断るわけにはいかなかった。




