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010-ジョブチェンジ! -1-

 ジョージとロックのパーティーに新たにアラシが加わって一週間が経とうとしていた。


 三人パーティーのディープギア攻略は順調に進んでおり、それに加えてもうひとつ、ディアル潜窟組合に新しい変化が生まれていた。


「おかえり。帰ってきて早々なんだけど、新しい依頼が来てるよ」


 ディープギア浅層部南区の三十階から帰ってきた三人に向けて、相変わらずギルドマスター兼受付嬢をやっているランナが寂れたクエストボードに向けて指を指す。


 やれやれ、と確認してみるとアラシが複雑そうに顔をゆがめた。


「ソームパウダーを400グラム調達されたし、依頼主アマンダ・コンテンタ。こんどはアマンダか……」


 アマンダはイエート家に勤めるメイドの一人だ。よくドジをする娘で、アラシもよく面倒を見ていた事を憶えている。


「ふむ。期限は明後日の朝までだが、依頼品はおまえんちの洗濯場じゃないか。ずいぶん割りのいい仕事だ、このソームパウダーってのはどこで手に入る?」


 ジョージは事情をわかっているためこういった依頼は積極的に受けたがった。


 そう、アラシの家の使用人たちから代わる代わる依頼が持ち込まれるようになったのだ。とくにギルドに依頼せずともあちこちの雑貨屋で買えるアイテム、それも浅層部で手に入るアイテムばかりが依頼に出される。アラシを支援する目的なのがよくわかる。


「北区の31階から35階だな。バブルシェルという、泡を吹いて攻撃してくる貝のようなモンスターがドロップする」

「ふむ……シェルね。貝か。アイスシェルはハズレだったからなぁ……」


 ジョージがいろいろと出来過ぎるため、前衛二人と遊撃一人というアンバランスなパーティーでもかなり順調にダンジョンを攻略できている。


 入り口がギルドホールから一番近い南区は三十六階まで進み、炎の塊が宙に浮いているような剣や槍だけではダメージを与えられないような敵もとくに苦労なく倒している。


 次に近い西区と、それより少し遠いがほぼ同距離の東区はそれぞれ三十階までだ。


 そして問題の北区は二十六階までと最も滞っている。


 これは出現するモンスターが強いとか手に負えないとかそういうわけではなく、単にここギルドホールから入り口が遠いせいであまり足が向いていない、というだけの理由だ。とはいえまだ行ったこともない階ではある。


 三日に二回ほどという微妙なペースで持ち込まれる依頼は、今までちょうどパーティーの攻略ペースにあわせるくらいの内容だった。そのためジョージは自分たちの行動には監視がついているものだとばかり思っていたが、どうも違うらしい。


「んーむ。向こうは俺らの進捗を把握してるわけじゃないのかね。大事な跡取り候補を、ひょっとすると敵対するかもしれん相手に送り出してるのに、監視役やら保護役やらもよこさんし。たまにこうやって依頼を寄せに使用人が来るが、それだってこっちの様子を伺うために当主が送り込んでるってわけじゃないみたいだろ?」


 密談、というほど重要な話しではないが、アラシ本人にあえて聞かせるような内容の話ではない。やや声をひそめ、アラシから離れたところでランナとロックと顔を寄せ合うジョージ。アラシは半透明の依頼書を見つめて相変わらず微妙な顔をしておりこちらに気づく様子はない。


「そうさね。あの子らは単純に、仕事の合間にアラシの坊ちゃんを心配してきてるだけみたいだったよ。別に寝泊りまでこっちになったわけじゃないんだから、自分の屋敷で会えるだろうにねぇ」


 そうなのだ。アラシはあのイエートカンパニーの社屋とイエート家の屋敷を兼ねるあの高層ビルから通いでディアル潜窟組合に来ている。


 初日こそ自動車の送迎があったが、走りこみで体を鍛えられるぞというジョージの甘言により翌日からはバカ正直にランニングで往復するようになった。実に扱いやすいやつである。


「まえ聞いた話だと、あいつは前のパーティーでは全ブロックとも50階まで行ってたらしいッスから。うちらももうそのくらい行ってる、とか思われてるのかも知れないッス」


 この一週間、なんだかんだでロックはアラシと打ち解けていた。細かくいびられ妨害行為を受けていた過去はどこへやら。本当にあの時の拳一発で許してしまったらしい。


 ちなみに、五十階というのは日帰りで行ける階の限界線、と言われている階だ。


 浅層部はすべてマッピングが済んでおり、対価さえ払えれば誰でもその地図を購入できる。その最短距離を何事もなく最短距離で駆け抜けられれば、浅層部の百二十階までは一日で行って帰ってこられるかもしれない、という者はいる。


 しかし、途中でただの一体のモンスターとも会わずに通り抜けられる、という事は現実的に有り得ない。


 遭遇しても戦わずに素通りするという選択肢はあるが、よほど動きの鈍いモンスターが相手でなければ引き離す事は難しく、『順路』などとよばれる上下への階段を結ぶ最短の道のりで遭遇したモンスターを放置する事は、潜窟者の間で嫌われる行為の上位に入るものである。


 日帰りしか許されなかったのもアラシが仮免であったからなのか。自分たちがそこまで攻略を進めたら、果たしてアラシはダンジョン内に一泊以上できるのだろうか、とジョージは少し心配になってきた。


「……明後日の朝か。やっぱり今日も、ジョージ師匠、一本たの…む? どうしたんだ三人で固まって」

「いや、なんでもないッス」

「うむ。なんでもないなんでもない。いいぞ、鍛錬場いこか。ロックはどうする」

「オイラもお願いするッス」


 夕方ごろまでディープギアを攻略した後の三人は必ず鍛錬場で稽古を行っていた。


 ジョージも、気持ちもしっかりとディアルに傾きはじめてたアラシに大して、何をしたのかもわからせないほど徹底的にたたくような事はなくなり、ある程度手の内を見せ、見せただけでは何度やっても相手が理解できないようならば口頭でヒントを与えるような事もした。


 アラシのギルドカードはオーダーギアーズの仮免の時から色が引き継がれているため、ほとんど黄色と言える黄緑というか、わずかに緑がかった黄色というか、微妙な色をキープしたままだったが、ジョージとロックは順調に変化させ、より緑に近い色になっている。


「うーむ。土壇場で大振りするクセが直らんなあ。そのくせ土壇場になるほど鋭い大振りになってる気もするし。アラシはもっとでかい武器を使った方がいいかもしれん」


 木剣同士の試合でまた指一本触れさせず勝ち、アラシに使用する武器を変えるよう検討させる。


「……実はオレも同じ事を考えていた」


 素直にうなずくアラシ。


 アラシはまだジョージから一本も取れていない。最初の試合の時点でジョージは余裕の戦いぶりだったというのに、そこからさらに手加減されているとわかった上でやはり勝てない。その辺りもあってアラシはジョージに全く逆らわなくなっているのだが、アラシにとってもっと複雑なのはロックとの対戦である。


「じゃ、次はオイラとやるッス。武器変えてみるッスか?」

「あ、ああ」


 アラシが勧められるまま片手で扱えるサイズの木剣から、木製だろうが両手で持たなければ持ちまわしができないサイズの木の大剣に持ち替えた。


 ロックはいつもと同じ木の片手剣である。


「じゃ、審判は俺がやるぞ。両者、位置について」


 二人ともそれぞれ、何度か剣を素振りして感触を確かめたあとに開始線の上に立つ。


「はじめ!」


 合図とともに二人はまず正面からぶつかりあった。


「ぐっ!」

「ぬお!」


 アラシは両手で持ち、ロックは片手で剣を振る。さらに武器の重量に差があるにもかかわらず二つの剣は正面からぶつかり合って一瞬、拮抗した。


 ロックの背中から右腕へかけてと、掌からつながる木剣は魔力によって淡く光っており、魔法が発動している事が素人の目でもはっきりと見て取れる。


「おお……一日でまた」


 ジョージが感心していると、さすがに押し負けたロックが弾かれるように飛びのいたかと思うと強引な方向転換でまた距離をつめる。


「っつ、っつあ!」


 ロックから素早く繰り出される連撃。アラシはなんとか大剣を駆使して防ぎ切るが、押されるばかりだ。


 ロックの攻撃は三回、四回と続きまだ衰えず五回、六回目でさすがに腕に酸素が足りなくなり勢いが衰えた。


 そこに活路を見出したアラシは防いでいた状態から大胆に剣を振り上げ、さらに凪ぐ。


 ビュオン と剣が風を切る音がした。


「っ…ぶねッス!」


 ジョージが言った通り、アラシは土壇場になればなるほど攻撃が鋭くなるようだ。辛くも避けたロックはもしこれが直撃していたらと考え少し肝を冷やした。


 ともあれ、お互いに直撃はなく、決め手はない。ロックがいったん開始線まで下がると、合図はないが仕切りなおしとなる。


「フー 次は、こちらからだ!」


 攻められっぱなしでフラストレーションがたまっていたアラシは仕切りなおしからの一手目でいきなり土壇場レベルの一撃を繰り出した。


 これまでで一番のキレのある中段袈裟切り。持ち前の腕力とソードマスタリーのパッシブスキルから、今回はじめて扱うはずの大剣を完全にモノにした動きで繰り出されたが、力押しで正面から叩き込む、という戦法に偏りがちなのはやはりアラシの悪いクセだった。


「ジョージ…のっ!」


 ロックはアラシの斬撃が自分のどこを狙っているのかを概ね見切った。左肩めがけて迫る大剣に自分の片手剣を絡ませるように掬い上げる。そんなものでは大剣の勢いは止まらないが、ロックの持つ剣の刃に沿うようにアラシの大剣の太刀筋が逸らされる。


「技ッス!」


 さらにロックは刃を滑らせながら剣を両手で持ちつつ振りかぶり、アラシの懐に入り込むと大剣が完全に通り過ぎたところでぐるんと手首を回してアラシの額の寸前でピタリと止めた。


「そこまで! 勝者、ロック」

「よし!」

「くっ!」


 勝利者宣言とともにそれぞれの声が響く。


 このように、アラシはロックに対しても勝率が低かった。


 兄弟子、と言葉では仰いでいるが、やはりまだ格下だという感覚は抜け切らない。


 事実、ギルドカードのカラーランクはアラシの方が圧倒的に上なのだ。


 しかし、ロックとアラシの勝率は7:3と6:4の間を行ったり来たりしている。


 これには、ジョージも認めるロックの魔力運用の才能が開花した事が大きくかかわっていた。

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