009-ガキ大将 -6-
アラシとビッグビートル、両方が互いの存在を認識してからまず始まったのは、にらみ合いだった。
ビッグビートルの個体は先ほどジョージが倒した、少なくとも一度はホワイトウルフに勝っていた個体よりも緑が濃くしっかり光沢のある甲殻をしていた。大きさも一回り小さいように見える。
先ほどの個体と比べ威圧を感じないなと思ったロックには周囲を警戒する余裕まであった。
「いつもなら、魔法使いが火の魔法と水の魔法を交互に当てて蒸し焼きにするんだ。動きも遅いから魔法も当て易いらしい。けどこいつの殻は固いから、普通の剣は刺さらない」
ではなぜ、さっきのジョージの機構刀はあっさりと通ったのか。言っていて自分でも疑問に思ったのだろう、アラシは若干眉をひそめて訝しげな顔になったが、今は目の前の敵に集中するべきだと思い出す。
「けど、オレの炎の神剣ならこいつの殻だって!」
金貨一千枚相当。家の金に物を言わせて手に入れた、ディアルが抱えていた借金よりも高い超高級装備だ。
「むう」
後ろで見ていたジョージが険しい顔をする。一度あの剣も取り上げるべきかもしれない、と物騒な事を考えていたが、それがアラシに伝わるわけはない。
「でやあ! 《オーラスラッシュ》!」
上剣士になってもこのアクティブスキルは変わらないらしい。白く輝く剣でもってビッグビートルを切りつける。
しかし、刃は期待どおりには通らなかった。
ギャイン と金属同士が鋭くこすれる音だけがして、ビッグビートルには目立つ傷が一筋だけ。しかし甲殻を断つまでにはいたらず、ただ単に目立つ傷でしかない。
「なにっ!」
全く、というわけではなかったが有効な攻撃にならなかったのがアラシにはショックでだった。
「離れろ!」
ジョージから厳しめの指示が飛んできてかろうじて鋭い顎を避ける。
「それじゃ全く同じ場所に五回は切り付けないとダメだな。そんなの俺でも難しいわ」
戦闘中にもかかわらずダメだしが来てアラシは更に少しへこむ。
「ロックはさっきの奴に俺が何をやったかわかったか?」
「え? えっと、たぶんッスけど、殻と殻の間、間接を突いたんじゃないッスか?」
「んむ! 正解だ。そういうわけだから、アラシ、間接を狙ってみろ!」
指示はもらったが、やはりロックの方が自分より戦術において優れていると実感してさらにへこみそうになる。
「殻と殻の間……くっ」
ところがアラシの気落ちを阻んだのはビッグビートルの方だった。
さきほどの対ホワイトウルフの一戦のように、バッと羽を広げたビッグビートルはすぐに飛びかかってきた。
「あぶなっ!」
見ているロックは軽く悲鳴のような声をあげるが、襲われている本人の方は意外に冷静だった。
きっちりしゃがんでやり過ごすと、背甲をひろげた事で、ビッグビートルの後ろ翅と腹が丸出しになっている。同時にアラシはさきほど自分がした考察を思い出した。
「そこだ!」
オーラスラッシュを使わず素の炎の剣だけで切りつけるとビッグビートルをあっさりと切り裂いた。同時に傷口から炎が上がり、一瞬でビッグビートルは煙となった。さらに、アイテムもドロップしている。
「おお、やるじゃないか」
これが、アラシが戦術というものを意識して使ったはじめての瞬間だったのだが、ここはガキ大将としての気質が表に表れ、やってやったぞ! という感覚の方が大きく出た。そう、大きく、顔に出た。
「そのドヤ顔をやめろ、気色悪い」
「うぐ」
このくらいできて当たり前だ、とでも言うように、にべも無く吐き捨てられ、結局アラシはへこんだ。
「それよりこのドロップ、こっちと少し違うな」
「……そうッスね。なんか緑色の輝きが違う気がするッス」
ロックはいつものようにジョージに同調する前に、ポンポンとアラシの肩をたたいて慰めた。
ロックの慰めは、効果的な反面すこしだけアラシのプライドを傷つけた。やはりアラシはロックを見下している面が残っているのだ。格下に慰められるというのも無駄にプライドが高い者にとっては屈辱となるわけだが、兄弟子である事も認めている面があり、アラシの内心は実に複雑だ。
「怪人二十面相やってないでこっち見ろ。なんか知らんか?」
「あ? う、うん」
注意を促され、ジョージの手にある先ほどの強い方の個体のドロップアイテムと、まだ床に転がっている今自分が倒した方のドロップアイテムとを見比べる。確かに緑の鮮やかさに違いがあった。ジョージが持っている方が明るい緑であり、より硬質な光沢を放っているように見える。
「いや、まあ。つまりそれはレアドロップなんだろう。なんという名前のアイテムかは知らないが、今オレが倒して落ちた……これは、ビッグビートルの甲殻、だ。だいたい鎧の一部か盾に使われるらしいが、所詮は浅層部で手に入るアイテムだから、授け売りの高級品と比べるとどうしても性能で見劣りする……らしい」
結局はアラシも伝聞なのだろう。
「ふむ。ロック、さっき鑑定士ってジョブがあるって言ってたよな」
「うス」
「という事はアイテムの鑑定もスキルでやるのか」
「そうッスね」
「ふむ。ダンジョン産のアイテムならもしかして」
何を思い付いたのか、ジョージはドロップアイテムを両手で持った。じっとそれをにらみつけながら小さく呟く。
「《鑑定》」
一瞬、ジョージの両の瞳が淡く光った。ロックはまたかという顔になって、アラシはジョージは鑑定士などではなかったはずだがまさか、と狼狽する。
「エメラルドビートルの前翅、だってさ。削りだして剣にでもするかね。ま、いずれにしてもやっぱりキョーリさんの所だな」
「鑑定まで、使えるッスか……」
「師匠は、本当に何者なんだ……?」
ジョージの謎がまたひとつ増えた。




