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009-ガキ大将 -5-

 さらに順調に歩みを進め、いよいよモンスターが複数種類現れるエリアに踏み込んだ。


「ここからはさっきのホワイトウルフに加えて、ビッグビートルというモンスターが現れる」

「ビッグビートル? ふむ。カブトムシか?」


 さっきから、弟子であるはずのアラシがダンジョンに現れるモンスターの説明をしているというおかしな図が出来上がっているのだが、もはや三人のうちの誰も気にしないようになっている。


 アラシはそのビッグビートルというモンスターの姿かたちを思い出しながら頷く。


「カブトムシ……というのは知らないが、確かにあいつの頭はヘルムのような形かもしれん。動きはそんなに早くないが、とにかくデカくてカタい。あとピカピカする緑色で、丸っこい形だ」

「ああ、カナブンの方か」

「カナブン……というのもわからないが」


 ジョージとアラシのやり取りを見ながらロックは、ジョージはよく自分たちの知らない単語を出すなあ、などと呑気な感想を抱いていた。


 そうこうしているうちに実物が現れたのだが、どうも今までと様子が違う。


「あれ、ホワイトウルフと喧嘩してないッスか?」

「たまにあるらしいが、オレも初めて見た。聞いた話じゃ倒した方が倒された方の生気を吸うとかで、ちょっと強くなるらしい。ちょっと強くなったモンスターは通常よりいい物を落とす、かもしれないそうだ」

「ほー、じゃあ決着がつくまで見てるか」


 高みの見物を決め込んだ三人は、一頭と一匹に気づかれない程度に遠くから近づかない事にした。


 ビッグビートルはその名の通り大きな甲虫だった。アラシが言っていたよりも緑色がくすんでおり光沢はほとんどないが、サイズは大したもので存在感はホワイトウルフに負けず劣らずという具合だ。


 体高こそ及ばないが甲虫特有の丸みを帯びた体格から重さでは優っているだろう。更に全身を覆う甲殻はいかにも硬そうで、さすがのホワイトウルフでも噛み砕く事はできないのではないか、と思わせた。


 しかしビッグビートルの方も有効な攻撃手段がないように見える。クワガタムシのような鋭い顎があるのだが、体格と比べて小さく間合いが短いうえ、動きがのっそりと鈍くとてもではないが四肢を駆使して素早く動き回るホワイトウルフを捉えられるようには見えない。


「……あれって、勝負つくのか?」


 見物もしばらく続けたが全く予想通りで、ホワイトウルフは文字通り歯が立たず、ビッグビートルは手が届かない。


「うーん、聞いた話では、たいていビッグビートルの方が勝つらしいんだが……」


 そういうアラシも、具体的にどのようにしてビッグビートルが勝つのかまでは話に聞いていなかったようだ。


「あ! 見るッス!」


 手を出すか出すまいか二人して悩んでいると、じっと辛抱強く様子を見守っていたロックが声を上げた。


 なんと、ビッグビートルが背中の殻を広げたのだ。


 さらに羽を広げた姿は倍ほどに大きくなったように見えた。ほとんど正面から対峙しているホワイトウルフからはさらに大迫力に見えただろう。


 ビッグビートルは羽を震わせ、飛び上がると、左右にふらつきながらも空中を飛び、敵の予想外の動きに狼狽しているホワイトウルフに食らいついた。


「やった!」


 すっかり観客になっていた三人も興奮を禁じえない。男の子はいくつになっても、甲虫とか、好きなのだ。


 ビッグビートルの鋭い顎がホワイトウルフの背中に食い込む。更に六本の足で抱え込んでガッチリとホールドした。


 背中に張り付かれてしまうと、ホワイトウルフは攻撃手段がなくなってしまう。狼の首は背中にまでは回らないのだ。


 はじめはじたばたともがいていたが、ある瞬間急にホワイトウルフが煙となって消えた。しかもただ煙となっただけでなく、ホワイトウルフだった煙をビッグビートルが吸い込んでいる。


「おお、本当に吸い込んでる。っていうかあの煙みたいなのが生気なんだな」


 いまさら感心するジョージ。


「でもあの顎を自分が食らったらって考えるとゾッとするッスね」

「確かにな。だが羽を広げた瞬間は逆にチャンスかもしれんぞ」


 弟子二人の方がよほど真面目に分析していた。


「じゃ、まずは俺がやってみるわ」


 そんな弟子を横目に師匠は、今日ダンジョンに来て初めて武器を抜いた。


 もとより弟子たちに師匠を止める力などないのだが、ジョージの動きは素早く声をかける暇さえ与えなかった。


 意気揚々とつい今しがたホワイトウルフを倒したばかりのビッグビートルに向かうジョージ。ビッグビートルは心なしか先ほどよりも甲殻の色のくすみが更に増したように見える。


「どうやってあの殻に……」


 アラシは疑問を口に出したがロックは数日だけ長い付き合いからなんとなく察していた。


 ズドン と地面が震える。神速の踏み込みは見事にビッグビートルの頭を直撃した。しかし機構刀はビッグビートルの頭を砕いても切り裂いてもいない。


「えっ!」


 あの踏み込みであるからジョージの力が足りていなかったとは思えない。では武器の切れ味のせいだろうか。


 これはまずいのでは、と嫌な予感をよぎらせる弟子二人をよそに、ジョージはここでようやく機構刀のつかを捻って刃をむき出しにした。


「えいっ」


 なんとも気の抜けた掛け声とともに刀を突き出すと、じつにあっさりと刃が通る。


「あれ?」


 つられて気の抜けた声を出したのはロックかアラシか。


 ジョージはそのまま全身を大きく使った動きで機構刀を回し、切っ先でビッグビートルの頭をえぐりぬいた。


 ブチン という音とともにビッグビートルの頭が胴体から切り離されたところで本体が煙となり、あとには鈍い緑色の光沢を放つ虫の殻の一部が残る。


「お、なんだこれ」


 羽を覆い隠す背甲の部分だろうか。大人の前腕部ほどの長さがあり、幅もそれなりに大きいものが二枚。


「ここの階じゃ見たことも無いアイテムだ。鑑定に出さないと」


 アラシも見たことのない品物であるらしい。


「じゃあキョーリさんとこ持ってかないとな」


 鑑定と聞いてジョージの頭に真っ先に浮かんだのは武器の鑑定のノウハウを教えてくれたキョーリであった。しかし、違うのだとロックが頭を振る。


「いや、モンスターからの未知のドロップアイテムを鑑定する鑑定士ってジョブの人がいるッス。ダンジョンに潜る人じゃないとジョブは育てられないモノみたいッスけど、鑑定士のスキルには戦闘を有利にするようなものが全く無いらしくて、育てるのにかなり苦労するからあんまりなりたがる人が居ない、けどけっこう需要がある珍しいジョブっス」

「「へー」」


 やはりこういう事には詳しいロック。アラシまで感心してしまい、ハッとなったあと、なぜかごまかすように咳払いしている。


 ここで、アラシのガキ対象のサガが現れ始めた。


「と、とにかく! オレが言った通りだったな。ちなみに普通はこう戦う」


 ちょうど新しいビッグビートルが現れたのでアラシは意気込んで向かう。自分がそうだったのだからアラシもそうなのだろうと意思を汲んだジョージは黙って見守ってやる事にした。


 対人戦ではまったくいいところがなかったアラシの、対モンスター戦での実力が今明らかになる。

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