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008-すこし、考える -2-

 方針が決定したところで、考えるべき事はもう少しある。


「じゃあ受けた後のリスクを考えるか」

「そうだねぇ」


 頼みごとを受けたあと何が起こるのか、である。


 アルペリからの妨害工作が再開されるなどは容易に想像できるが、幸いにも降って涌いたような軍資金が手元に残っているおかげで、これ以上に状況が悪くなるとも思えない。


 それに、未だに底が見えないジョージという戦力が加わっている今ならば、ふとした切欠に反撃に転じることも可能かもしれないとまで考えられた。


 しかし深読みしてしまうと、ディアルがアルペリに打撃を与えるという所までがイエート家の当主の思惑だという可能性も否めない。ランナにはそれが癪で仕方ない。


 それに、この場合は反撃ではなく、復讐だろうか。


「姐さん浮かない顔してるな。やっぱ気に食わないんじゃないのか?」

「ん?」


 ランナのほの暗い感情が顔に出ていた。心配して声をかけたジョージに剣呑な目つきを返しながら、ランナは首を横に振る。


「気に食わないは気に食わないが、あたしが気に食わないのはアラシじゃないよ。そういうんじゃないのさ」


 復讐の機会。長らく、努めて忘れてきた感情がランナの中で再燃しはじめたのだ。それが相手の血縁者からもたらされるのだとすれば、なんと皮肉なことだろう。


「……とにかく、アラシを預かる前に同盟店の皆にも告知しておいて、ちゃんと注意するように言った方がいいだろうな」


 ジョージはそんなランナの内心を慮れなかった。だから相談を進める事にする。


「え? なん――あ、そうか。アルペリからの」


 こんどはロックも説明される前に気付いたようだ。


「でもそれなら大丈夫だと思うッス。じつは皆、そこそこ強いッスから」

「あ、そうなの?」

「そうだね、サーシャはこの街で唯一の杖術師。戦い方にクセがあるし、よほどのてだれでないと十人くらいいっぺんにかかっても倒しきれないだろうね。


 キョー爺さんも本職は鍛冶だけど、あれでなかなか強いのよ。今じゃもうやらないって言ってたけど昔は自力でダンジョンに潜って武器の素材とかを取ってたらしいし。

 リーナもちょっとだけ虹色の魔法を使えてね、それと得意のクスリを使った戦い方が、人間相手にはかなり強力になるのさ。ダンジョンの中、特にディープギアだと薬が効かない敵がいっぱい出てくるんであんまりそっち向きじゃないんだけどね。

 あと、鯨の泉の連中は元潜窟者ばっかりだよ。女将もコックもウェイトレスも全員、今のロックよりもまだ強いね」


「はへえ」


 サーシャとはなんとなく久々に聞いたあだ名だったが、Bar. Junk Foodのオーナー兼バーテンダーであるアレクサンドルの事である。自己紹介の時に見せてもらった彼のカラーランクはジョージもしっかり覚えている。


 キョーリも鍛冶だけが能ではないとなんとなく察していた。小柄だが長年の鍛冶によって鍛えられた肉体はとても老人のものとは思えないし、あれほどクセのある武器ばかり作っていて武器を何一つ扱えないという事はないだろう。


 リーナについては意外だったが、見るからにウィッチの風貌で全く魔法が使えないという事はないだろうなと思ってはいた。薬物を使うというのも、考えつきはしなかったが言われてみればストンと納得できる。


 そして“鯨の泉”というのは未だに行った事の無い最後のギルド同盟店である、宿屋の名前だ。どこにあるのかすら知らないが、今のランナの話し口からしてどうやら従業員は最少でも三人いるらしい。


「そういや、ジョージはまだ鯨の連中に会った事がなかったね。宿を移さないにしても、顔店くらいはしにいくかい? 飯も食えるし」

「あ、飯か。そういや向こうじゃ結局なにも食ってなかったんだった」

「そういやオイラも。そうそう、オイラもこの間のスモークベーコンってヤツにハマってから美味い物に目覚めたんス!」


 アラシを預かると決まり、リスクについても皆認知した。これで最悪の事態はおきないだろう。


 あとはいつもの調子に戻ったロックが調子のいい事を一人で延々と垂れ流し始める。


 その調子もよければどうでもよい話しを聞き流しながら、今日は都市議会からの大量発注に加えて、イエート家からも客が来たギルドホールの鍵を一旦閉め、最後のギルド同盟店である宿屋・鯨の泉に向かい三人で肩を歩き始めた。


 ロックの話しに対し、ランナとともに適当な相槌をうちながら、ジョージはすこし、考えていた。


 陰謀策略、裏切りに怨恨。親の死による家の衰退。そんな事は世の中にはあり触れている。それはきっと、ダンジョン・ディープギアという謎の資源採掘場に支えられるこの街においても変わらないだろう。


 だが彼らのように、そこから心を立て直して今もこうして歩いている者は意外に少ない。彼らの父親がそうであっように、心が折られたまま身体も共に衰弱し、やがて息を引き取る者。或いはふたたび裏切られる恐怖から何もできなくなり生きながらも死者のようになる者。死者のようにまではならずとも、他人との関わりを一切断って隠者となる者。


 死を選ばず、また逃げも隠れもしなかった彼ら姉弟は仇の縁者を迎えることになった今いったいどんな気持ちなのか。それを考え、ジョージは先ほどのランナの忌々しげな顔を理解した。


「ああ……わかるぞ、その気持ちは……」


 ぽつりと呟かれたジョージのそれは誰も拾わなかった。


 策略に巻き込まれたせいで陥った今の状況。仇が誰であるかもわかっているのに今まではずっと手が出せないまま、しかし時が経つごとに恨みは薄れたはずだ。


 しかし不意に降って涌いたような話しに恨みは再燃させられ、それを晴らせるかもしれないとも言われた。


 だが、その恨みを晴らす機会もまた何者かの策略であると、わかっている。


 結局のところ自分たちからは何もできない。何もできなかった。誰かの手の上でころがされ、もてあそばれるままでしか居られないのか。そう考えた時のやるせなさは何者にも言い表し難いはずだ。


「わかるぞぉ……」


 本人からそうだと聞いたわけでもないのに、ジョージはランナの気持ちを勝手に慮って勝手に共感した。


 そうしているうちに、目的地である鯨の泉にやってきていた。


 宿屋“鯨の泉”亭は大通りから何本か内側に入ったそこそこ栄えた裏通りに面した、そこそこの宿だった。


 宿自体の構えは大きく、予想外に立派な風貌を見てジョージは少しあっけにとられる。


「いいたい事はだいたいわかるよ。なんでこんな普通の宿がうちみたいな貧乏ギルドと組んでるのかわからない、だろ?」


「あ…ああ」


 見たところ木造漆喰壁の三階建て。通りの入り口の面は狭めだが奥行きはけっこうなもので、建物はL字にまがっているらしく、ぱっと見たとおりの大きさの宿ではない。


 本当ならここで同意してはいけないのだろうが、お世辞も忘れてしまうほど、今のディアルには不釣合いな店構えだった。


「ま、あっさり裏切ったヤツもいれば、ギルドを離れてもずっと味方でいてくれた人も居る、って事ッス」


 ギルドそのものが軽くけなされた事よりも、この店構えの立派さに驚かれた方が嬉しかったのだろう。ロックがはにかんでいる。


「なるほど」


 味方は居たのだ。

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