008-すこし、考える -1-
「そんで、アラシ坊ちゃんをうちで一時預かる、と?」
自動車でギルドホール前まで送ってもらったのだが、イエート家には思いのほか長居していたようで帰って来た頃には空は橙色に染まっていた。
そのあとギルドホール入り口のカウンターに三人で寄りかかりながら一通りの報告をしたのだが、
「そう。聞いた話しじゃいびり倒しても構わんらしい」
「え? そんな事いってたッスか?」
さっそく二人の認識に齟齬が発生している。ランナは一瞬眉をひそめたが、ランナの経験上こういう時のロックはあてにならない。ジョージの言っている事の方が正しいだろうと判断する。
しかしジョージは、そんなロックでも置いてけぼりにするのを良しとしない。
「息子をあえて窮地に立たせて叩き直す。と俺が訊いた時、ご当主さんはあっさり頷いたよな? 自分の義父のところみたいに俺達がアラシの坊ちゃんを甘やかすと思ってるんだったらそこで頷くわけないだろ。むしろ、徹底的にいびり倒して性根を叩き直すのを望んでるんだろうよ」
「ああ、そういえばそんな話しはしてたッス」
緊張していても会話の内容はそれなりに憶えていたらしい。ロックの成長を感じつつ、ジョージは続ける。
「ここまでが説明と報告で、ここからは考察だ」
「「考察?」」
姉弟の声がそろった。血は繋がっていなくとも表情はよく似ている。
「いくら息子の不祥事が大勢の前で明るみになったとはいえ、あの時にはもうほとんど公然のヒミツみたいなものだった。しかも確実に格下の俺達になぜわざわざ、形式だけとはいえ謝罪の場を設けたのか。
息子を叩き直すならむしろ俺らの心象を悪くしたまま権力を使って無理矢理ねじ込んでしまえば、俺らはアラシに対しておおっぴらになりにくい陰湿なイジメでいびりたおしたかもしれない。そこは考えなかったのか」
一つ目の疑問に2人は即答する。
「ないね」
「ないッス」
「うん、まあ俺も言っててないとは思う」
ランナは見た目にも表れるほど面倒くさがりの短気だ、なにか気に食わない事があれば口より先に手が、場合によっては鞭が飛ぶだろう。
ロックは対称的で、よく言えば優しい、わるく言えば甘い性格をしている。散々自分をいじめてきた相手であっても、境遇が逆転すれば何だかんだ言っても優しく面倒を見始めるに違いない。ただ、鼻につく先輩風は吹かせるかもしれないが。
ではジョージはというと、そもそもアラシに対する確執が存在しない。初対面はこのあいだのレドルゴーグメイジギルドの入り口前であるし、アラシ本人ではなくその祖父と、このディアル潜窟組合との間にあった騒動についても、話しに聞いて憤りこそ感じているが、恨み辛みというほどのものではない。したがっていじめる理由もない。
「……まあそうだよな。おそらく俺らの性格まで調べた上で、形式だけでも謝った方が、狙い通りに事が運ぶと思ったから謝った、って感じか」
「癪だが、そうだろうね。癪だが」
ランナは本当に気に食わないらしい。犬歯を片方剥き出しにしながらそんな事を言う。
しかしランナも本質的には情の深い人間であり、始終面倒くさがってはいてもしっかりとギルドマスターを努めている。でなければいくらジョージが謎の雰囲気によって警戒心を刺激しない性質だとはいえ、普通は何の素性もわからない人間を壊れかけのギルドに入れようとは思わないだろうし、自ら進んで借金返済に各所をまわる事はないだろう。
こういった人間というのは、形式だけでも謝られると妙なところで律儀さを出して相手を無碍にできなくなり、そのまま情に絆されることもままある。つまりは騙されやすい性格、とでもいうのだろうか。イエート家は少なくともディアルが抱えている借金の額を把握していただろう。ならば、こちらの人間性を調べていなかったとは考えづらい。
「(ああ、だからこうなのかな)」
ランナの父親もそうだったとしたら、と考え、ジョージはディアルが衰退した原因の一端を見た気がした。
が、今は考察の続きである。
「次は、なんでわざわざうちなのか、って事だ。このままアルペリの所の置いておくのは論外だとしても、ここレドルゴーグには大小あわせてかなりの数の潜窟者ギルドがあるわけだろ。でっかい会社構えてるなら、それ全部と顔見知りって事はなくても交流のあるギルドも多いはずだ。わざわざうちじゃなくても既に交流のある適当なギルドに預けりゃいいんじゃないのか」
「それじゃ、それこそ叩き直すなんてできないからじゃないかい?」
「あー、言われて見れば」
ジョージの出した二つ目の疑問にもランナがほぼ即答した。答えられた方もほぼノータイムで理解する。
「え?」
一人だけついていけないロックはぽかんと口を開けていると、ランナが「ほら、説明してやれよ」と目配せした。
「イエートカンパニーはでっかい会社だ。言ってて気付かなかった俺もなんだが、既に交流のあるギルドという事はイエートカンパニーとの取引相手という事になる。
つまり、ギルドがダンジョンから持ち帰った資源をお金と交換するのがイエートだ。
本来こういう取引において、どっちの立場が上とかいうのは、俺はあってはいけないと思ってるんだが、それは俺一人の考えであって、どうしてもでっかい規模を持っているイエートの方が力が強くなってしまう」
「イエートのが立場が上、そこと取引するギルドは立場が下、って事ッスか?」
「そういう事だな」
と、ここで説明がストップした。ロックはまだ理解しきれていない。
「えっ? だからどういう事ッスか?」
「バカだね。上司から部下に剣を預けられて、あずかってる間はその剣つかってもいい、って言われたとしてもだよ? まともな部下なら剣が折れたり刃こぼれしたりすんのを気にしてそんな剣使えないだろ、って話しだよ」
「はあ」
ジョージは上手い例えだなと思ったのだが、そもそも身内であるランナより他に上司がいないロックにはこの例えは難しかった。さらに腕に見合わない良い剣を使っているため剣の刃こぼれを気にした経験もない。
「あー、じゃあ、じゃあだ」
ジョージが頭をガリガリと掻きながら例え話を変える。
「逆に考えてみろ。今後、アラシとは全く関係ない新人がディアルに入るとする。
ロックは新人の面倒を見るようになる。で、ちょっとおき場所に困った鎧か何かを新人の部屋に置かせてほしい、っていうような状況になった。
あずけてる間はその鎧を使ってもいい、とは言ったが、その鎧は機会があれば自分でも使うつもりで、返してもらうのを前提に話しをしていた」
「うス。返してもらう事は前提に話しをしていた」
見事なオウム返し。どう見ても理解している様子ではない。
「ああもう、どう言ったらあんたはわかるんだい」
いらいらした様子でランナが眉間を押さえる。このまま怒らせるとまた後が怖いと思ったロックは慌てて自分はわかっているのだというアピールを始める。
「ちょ、ちょっと待つッス。今の例え話しだと、その、預けられた部下が剣使いじゃないかもしれないッス。そしたらえっと、剣をあずけられた部下は剣なんて持て余して最初から使わないッス。
それに鎧も、ダンジョン産でもないかぎりサイズが必ず合うとは限らないッス。
あ! じゃあ、だからアラシが他のギルドに行っても持て余される、って事?」
例え話の意図したところから外れたところを読み取ったロック。そういう話しではないのだが、結果的に答えに掠っているし、そういう事もありえるため微妙に否定しづらい。
「「はぁ……」」
年長者二人は同時にため息をつき、それで妥協する事にした。
「そういう理由で、イエートのご当主サマの思い通りにならないこともあるだろうな」
「そうだね。このさいそれでいいよ」
実際のところ二人が考えていたのは、親の威光を振るったアラシが結局その場所でもちやほやされ続けてしまう可能性の方が高い、というところだった。それどころか、未来のイエート家当主に取り入って、アルペリのようにイエート家と癒着しようとする者が現れる事だって、十分に考えられる。
そういった意図を鑑みても、あまりイエート家にいい印象を抱いていないディアル潜窟組合はアラシを甘やかさない可能性の高く、よい修行場になると考えられた。
「うーむ、じゃあ確かに、ディアル潜窟組合はちょうどお手ごろな鍛練場、って事になんのかなぁ」
「そうなんのかね。ますます癪だよ」
ランナがますます忌々しげな表情になる。
「大した考察もできなかったが、こんなところか。で、結局姐さんはアラシを預かってもいいと思ってるのか?」
話しが戻り、ギルドマスターとしての決定を求められると、ランナは忌々しげな顔のままで吐き棄てるように言葉を絞り出す。
「断る理由はいまのところ無いね」
あくまで損得で考えた場合は、確かに断る理由は見つからない。アラシの性格には大きな問題があるが、ランナもジョージならばロックと同時にアラシを相手にしてしっかりと指導できるだけの技量をもっているだろうと確信していた。現在のロックがいい証明となっている。
以前のロックであれば、今のような話しをしても全く理解できずに途中で眠っていたか、自分にわからない話しをするなと言って唐突に怒り出していたかもしれない。それを考えれば、方向性は違っていてもそれなりに的を射た考え方をできるようになった事はとても大きな成長だ。
まして、ここまでそだつ切欠を作ったジョージは、余裕を見せるどころかこれが当たり前の事だといわんばかりでそこにいる。あと一人問題児が増えたところでどうにかなるような姿は、想像できなかった。
「じゃ、オイラはあいつの先輩になるって事か」
一方でロックは別な想像をして顔がわかりやすく緩ませた。ぬるい表情でジョージがそれとなくたしなめる。
「アラシ坊ちゃんの剣の腕もちゃんと確かめないとな。この間の一線でロックもだいぶやるようになったってのはわかってるが、アラシがそれ以上じゃないって確信はない」
「うぐ」
顔も気も、緩めるにはまだはやい。先輩風を吹かせるかどうかもわからないのだ。この辺りの考えの浅さはまだまだである。
「じゃあイエート家からの、アラシを預かるっていう依頼は受けるで決定、だな?」
「そうだね」
ここで、アラシがディアル潜窟組合にあずけられる事は決定したのだった。




