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007-レドルゴーグの名家とは -6-

 本当は夕食をイエート家の家族も含めて全員でとるという予定だったらしいのだが、できるだけ早く帰りたい、という事で結局二人は食事という食事もとらずに帰る事にした。


 さすがにそれでは悪い、と言われテーブルの上に出ていた茶菓子が包まれ土産として持たされる事になったのだが、時間が経ったからなのか、はたまたそういう物なのか、クッキーのなり損ないのような、ほのかに甘いだけでボソボソの茶菓子はジョージの口にもロックの口にも合わなかった。


 ジョージは自動車の箱の中で、これを土産にしたらランナは怒るかなあ、なんて思いながら全く違う事を話し始めた。


「ちょっと現状を纏めるか」

「え、あ、はいッス」


 ロックもロックで考え事をしていたのだろう。唐突に話しかけられて少し驚いた様子だったが、すぐに姿勢を正す。


 今、自動車の箱の中にいるのはジョージとロックだけだ。バルハバルトからは帰りの道中にも同行すると申し出られたのだが、帰り道から身内だけで話し合いたい、と言えば大人しく引き下がった。自動車の箱の中と御者席は窓を開けて身を乗り出さないと声が伝わらない構造になっているので、そちらも心配は無い。


「アラシはあんなのでも現状唯一の跡取り息子。その息子が性悪ジジイの手先になりかかっていて、完全にアラシが暗黒面に落ちるとイエート家が性悪ジジイに乗っ取られてしまう」


「なんか言い回しがおかしいけど、そういう事ッスね」


 もっとも、聞かれて困るような話しをするつもりなどないのだ。


「アラシのあの性格はおそらく性悪ジジイの影響で、その性根を叩きなおすために俺達、ディアル潜窟組合にお呼びがかかった。ただし、呼び出された名目はアラシが今までロックに出してきたちょっかいに対してのゴメンナサイ。

 性根を叩きなおす事で性悪ジジイの暗黒面から拾いあげて、イエート家も性悪ジジイの手からは守られる、と」


「その暗黒面ってなんスか? なんとなく言いたい事はわかるんだけど」


 テキトーな纏め方に、つい先ほどまで深刻な顔をしていたロックも半笑いになっている。「暗黒面ってのはアレだよ。暗くて黒い面だよ」


 何の説明にもなっていない。


「まあ、つまり、まとめてしまうとだ。俺らはゴメンナサイされに来たのに面倒事を押し付けられそうになってるわけだよな」


「言っちゃうとそういう事ッスね」


 みもふたも無い言い方にとうとうロックは笑ってしまった。笑う、といっても苦笑だが。


「まあ、名家だ名士だと言ってるが、やってる事は俺が知ってる貴族と大して変わらんかったな。

 やたら偉そうで、王か格上の貴族でもなけりゃ相手は自分のいう事を必ず聞くもんだと思ってる。あのドミニクってヤツぁそこまでひどくなかったがそんな感じに思ってるフシはあった」


 ジョージのこれはもうほとんどただの愚痴である。だがロックも同意せざるを得ない。


「そうッスね。それに、元潜窟者で元レッド。今でもきっと、そうとう強いッス。きっと昔も腕づくで人に言う事聞かせてたッス。アラシの性格もそんな感じだったッス」


 ロックこのこれは同意にとどまらずただの悪口だ。しかも完全に憶測でものを言っている。ジョージも、そうかもしれないと思いつつ、ドミニクが頭を下げたときに一斉にそれに習った使用人達を思い出した。


「それなのに使用人には慕われてるみたいだったなあ。あの辺がよくわからなかった」


「……慕われてた、ッスか?」


 ロックはドミニクにばかり目が行っていたので気付かなかったらしい。


「ああ。命令されて頭を下げる感じじゃなかった。だからと言ってアラシを預かってやる事に前向きになるわけじゃないんだが。

 それになあ……」


 おそらく今のロックには理解できないレベルの話しなので口には出さないが、都市議会という(まつりごと)の場にいる人間が、会社も経営しているという所がジョージには気に入らなかった。


 まだ都市議会というものがどのように行われているのかを正確にわかっていなかったが、ジョージの想像するような形で行われているのであれば、自分の会社に有利になるような法律や仕組みを立案できるという事になる。脱税や癒着を合法化する事とて不可能ではないハズである。


「?」


 ジョージの予想通り、さすがに政治に関しては理解が追いつかないロックはその懸念を想像もできずに不思議そうな顔をするばかりだ。


「ま、難しい話しはあとだな」

「そッスか。それにしても豪華な家だったッスね」


「イエート家か? そうだな。あの感じもほんと貴族の屋敷って感じで気にいらなかったんだよなあ。

 今回は会わなかったが、アラシの母親に、他の嫁さんもあそこに住んでるわけだろ? どんなツラしてるのかちょっと見てみたかったけどなぁ」


「それも確かに気になるッスけど、オイラはやっぱりあの、昇降機ってヤツが未だによくわかんないッス。その、いまの自動車と似たような事だってのはわかるッス。横が縦になっただけでしょ? でも、なんていうか、こう、よくわかんないんス。だからこう、箱、みたいな、部屋? が、上下に行くようになってて」


 もはや状況の纏めなど関係無く、イエート家が生活しているというあの空間の中で自分が気になったところを言い合う会になってしまった。


 ロックなどは理屈はわかるが感覚的に理解できないといい出し始めて、身振り手振りで詰まりながら自分を納得させるように言葉を出すのだが、どうしても脳みそが受け付けてくれないらしい。


「そこまでわかってるのになんで理解できんのだ」


 感覚的なものになるとさすがのジョージも教えられない。笑いながら勝手に納得するのを待つ。


 そのうちに、自動車に乗り込んだ頃の重い空気はすっかり無くなっていた。


「んむ。もう元通りだな。あんまり思い詰めても物事は好転しないぞ。楽観視しすぎるのもよくないがさ」

「あ」


 自分がよほど酷い顔をしていたのだと思ったロック。ぺたぺたと両手で自分の顔を触って確かめ、照れたようにはにかんだ。


「ちゃんとしたまとめはギルドに帰ってからだ。今はこの不味い茶菓子をどうするか考えよう」

「そいつは難題ッスねえ」


 自動車は二人を乗せてギルドホールに帰りつく。


 結局、美味しくない茶菓子は無かった事になったのだった。

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