005-ブラスギアー -3-
少人数構成とはいえさすがは一つのギルドを取りまとめるマスターである。たいした迫力で送り出された二人はランナに言われたとおりディープギアに向かう道中で打ち合わせをする。
「ブラスギアーはあれだけ広大なディープギアの中でもほとんど見つからないレアアイテムっス。見つかる階層も、しろくじちゅう誰か居るような一階から、ベテランより上の上級潜窟者って呼ばれてるような人たちでもなかなか行けないような下層部まで、とにかくどこででも見つかってるッス」
「ディープギアの中ならどこででも見つかるかもしれないって事か。それだとレアアイテムって感じはしないが?」
なんとなく答えはわかっていたが、ジョージは率直に尋ねた。
「そッスね。誰でも見つけられる可能性があるって意味ではジェリタイトと同じくらいにしか考えないヤツも多いッス。けど問題なのは見つかる数ッス」
やはりな、とジョージはうなずく。ジェリタイトは浅層部でもごくごく浅い部分に棲むジェリウムからしか産出されない。ジェリウムの棲む範囲だけを見れば浅層部の一階から五階までとごくごく狭い範囲である上に、ジェリウムゲルのようにほぼ必ず残るというわけではなくかなり低い確率でしかドロップしない。しかしながら、ジェリウム自体は動きも遅く攻撃にも致命性は皆無。極端な話、武器さえ持てば幼児でも対処できるほどの雑魚敵である。誰でも手に入れられる可能性があるという点では確かにジェリタイトと変わらない。
「具体的には?」
ジョージは明確な数字を求めた。するとロックはそれを見越していたかのようにしたり顔で胸を張る。
「この前、アニキがオークとゴブリンから得られる利益を計算しててオイラも色々と知りたくなって調べたッス。ジェリタイトが一日に取引されてる数はだいたい三百。それに対してブラスギアーはなんと」
「なんと?」
少しもったいぶって言葉をためるロック。ジョージはロックの期待にこたえて相槌を打ってやる。
「一年におよそ二枚ッス」
まさしく明確な数字と、差であった。
「そいつはまた。ハハハ」
ロックから期待通りの答えが来るとは思っておらず、ジョージはうれしくなって笑う。ロックも誇らしげにますます胸を張ったが、ジョージはすぐに思考を切り替えた。
「ジェリタイト一個でいくら確か銀貨五十枚だったか? 今回の依頼ではブラスギアーが一枚で金貨1000枚か。たいした差だなあ」
口ではそう言いつつ、ジョージの思考はブラスギアーではなくジェリタイトの方に向いた。
一日に産出される数と、一日に取引される数はイコールではない。手に入れた者が取引に出さずに必要とする仲間・身内に渡したり自分で使ったりする場合もあるだろうから、取引される数はたいてい産出される数よりも少なくなるものだ。従って産出される数は少なくとも取引数である三百よりも多い。具体的にどれだけ多いかはジョージにはまだ予想もできなかったが、現状の三百という数字でも仮定としては十分に役割を果たす。そしてもう一つ、ジョージの目的には必要な数字がある。
「ちなみにロック。一日に倒されるジェリタイトの数とかは、さすがに知らないよな?」
「そ、それはさすがに。調べようとしたけど調べ切れなかったッスよ」
「ほう?」
調べようとはしたのか、とジョージは逆に感心してしまう。
「調べられなかったのは、多すぎて数えようがなかった、って事か?」
「そりゃあバカみたいに多いんだろうなってのは想像できたッスけど、そもそもどうやって調べたらいいかがオイラの頭じゃ考え付かなかったッス」
またジョージはしきりに頷いて感心する。努力のあとが見られる事は、勝手にではあるが色々と教えている側として喜ばしい。
「まあこんなものは大体でいいんだ。今のままだと確かにその大体の数でさえ見当がつかないが、そうだな、浅層部にしか行けないくらい初心潜窟者がどのくらい居るかは走り回ればわかるかもしれない。そういう初心潜窟者が一日に平均でどのくらいジェリウムを倒すのか、本人達に聞くのがいいかもしれないな」
「はへぇ……」
自分に考え付かなかった道筋をポンポンと示すジョージにロックはただただ感心するばかりで空いた口がふさがらない。ただ、わからない単語も一つあった。
「ヘーキン、ってなんスか? あと本人達に聞くのはともかく、数まで教えてくれるもンすかね?」
「んん。なるほど、まだこっちには統計学ってのが存在してないんかな。平均ってのは、そうだな……真ん中、って事だ」
「トーケーガク? 真ん中?」
「そのうちしっかり教えてやる」
もっとわけがわからない、という顔をしているロックに生暖かい笑みを向けながら、ジョージはロックの頭を撫でて話を保留にした。ディープギアの南側入り口に着いたせいもあってロックは素直に話の保留に乗る。
「いつもより人が多い気がするッスね」
「大量発注のせいか。と、いっても今回はちょっと質が違う気はするが……」
また細かい話になりそうだったので、ジョージはその呟きを確かにいつもより分厚い人波にまぎれさせた。
ダンジョンの中は更に多くの潜窟者でごった返しており、下層へ行く最短ルートに行列ができている。
風情も何もあったものではないな、と思いながらジョージは大人しく列に加わりながらロックとまた話を始めた。
「そういや、ブラスギアーが何の拍子に見つかるのかって話、まだ聞いてなかったな」
ジョージがそういった途端に列の前後の潜窟者がピクリと動いたのがジョージにはわかった。やはりそれ目的の手合いかと確認しつつ、能天気なロックの言葉に耳を傾ける。
「聞いてなかったな、って言ってもオイラも確かな話なんて知らないッスよ。全部、そういう説があるってだけの話しッス」
また前後の潜窟者のまとう空気が動く。全員が全員とも同じように、気持ちの半分はあからさまに落胆したがもう半分は期待を捨て切れていないという様子だ。おそらくこんなライバルばかりの場で皆が欲しがるような情報を声を落としもせず話している間抜けどもが自分達が聞き耳を立てている事になど気づくわけがない、そう高を括っているのだろう。そういった意図が手に取るようにわかったジョージはニヤニヤを隠し切れないままロックに続きを促す。
「一番最近見つかった時の話は、何かピンチで逃げててうっかり蹴躓いた拍子に床のギアーが剥がれた、とかだったかな」
「ほおう」
ジョージが感心している端で、聞き耳を立てている者達はさりげなく自分達が今まさに踏んづけている歯車につま先でちょっかいを出す。当然、動くわけはない。
「プグッ……」
ほとんど吹き出していたがなんとかジョージはこらえる。不思議そうな顔をするロックに何食わぬ顔で手を振った。
「いやスマン。いつもより人が多いせいかな。くしゃみが出た」
「そッスか。その前は確か、あんまりにもジェリタイトが出ないってんでイライラして壁に八つ当たりした拍子にギアーがポロッと、って話だったかな。この話が流行ったあとはダンジョンのあっちこっちに柄から折れた棍棒が転がってたッス」
ハハハと笑いながら言うロックに聞き耳を立てていた潜窟者の中の何人かが表情を曇らせた。その顔を直接みているわけではないが、なんとなく気配でわかるジョージはまた吹き出しそうになるのをこらえる事で必死だ。腹筋などはピクピクしているが、すぐ隣に立っているロックにすら気づかれないほど巧妙にそれを隠している。
「まあ新しい話だとこくらいッスけど、どっちの話が流行ったあともまたすぐにギアーが見つかったって話は聞かなかったッスから、話自体がガセだったか、本当にたまたまだったんスね、きっと」
「だろうな」
周囲の潜窟者は露骨に落胆したようだった。たいした落ち込みようではないが、やはり初めから期待するべきではなかった、という意思がありありとにじみ出ている。
その一方ジョージとしては面白い話を聞けたし面白い反応も見れた、既におなかいっぱいでもう帰ってもいいというぐらいの気持ちだったが、満足げな笑みを浮かべながらまだ列からは外れない。
「試したい事もできたしな」
ゆっくりと進んでいく列の中でぽつりと呟いたが、落胆した潜窟者たちがその声に耳を傾ける事はなかった。
ウィンブルドンとかでボールを目で追う観客、あるいはF1にて一斉にレースカーを目で追う観客を見るのが結構好きです
誤字・脱字などのご指摘、ご意見・ご感想をお待ちしております




