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005-ブラスギアー -4-

 ディープギア浅層部南ブロック十八階の端。人気が無くモンスターも少ないところまで来て、ジョージはようやく立ち止まった。


「この辺でいいか」


 周囲に気を配るがそれは人気を確認するためだけではない。むしろそちらはものの次いでで、壁床天井所構わずビッシリと並んでかみ合っている歯車の目を見極めようとしている。


「なにしてるッスか?」

「話を聞いていて思いついたわけじゃあないんだが、俺の、ジョブが、ほら、ちょっと特殊だろ?」


 会話がぎこちなくなるほど、ジョージは歯車に集中している。これは邪魔しない方がいいのだろうかとロックは考えたが、どうしても好奇心が優る。


「見習いダンジョンマスター、だったッスか」

「そう。見習いというのはともかくとして、ダンジョンマスターだ。マスター、修める」


 まともに説明しようという気は無いらしく、ぎこちない会話は要領を得ない。いつにも増して疑問符を頭上に浮かべるロックだったが、ジョージは何の変哲もなく無作為に並んで見える歯車のモザイクの中に、次第に何かを見出していく。


「ん、なるほど、なるほどな」


 何をみつけたのか、まるで蝶々か何かを眼で追うように半ば視線を泳がせながら、それにいざなわれるようにさらにダンジョンの端へ端へと移動しはじめた。


「どこへ……」


 と尋ねる前にロックはいよいよジョージの邪魔をしてはいけないと思いとどまった。なんとかかんとか意識を切り替え、何かを読む事にばかり集中し現を抜かしているジョージに代わって周囲への警戒を引き継ぐ。


 幸いロックの警戒に引っかかるような危険は存在せず、何かに誘われるジョージに導かれてロックもいよいよその場面に訪れた。


「あった」


 とうとう答えを見つけだしたジョージは、壁にはまっている歯車のひとつに無防備に手を伸ばす。ジョージが手を触れたそれはロックの目には他と何ら変わりないただのダンジョンの壁の一部に見えるのだが、歯車を囲うように掴んだジョージの手に力が加わったとたん、スポッ と小気味の良い音をたててダンジョンの壁から開放された。


「え?」

「ん、よしよし」


 たった今得たものを満足げに掌の上でもてあそぶジョージ。


「えええーーー!?」


 さも当たり前のようにそれを行ったジョージとは対照的に、ロックは目の前で起きた事の衝撃に思わず叫んでいた。


「デカい声を出すな。せっかく人目につかないところまで来たんだ」


 ニッと笑ったジョージはブラスギアーをポイとロックに放ってよこすと、こんどは床の目を探し始める。


「うわっ! たっ! たっ!」


 なにせこれ一つで金貨1000枚。無造作に放り投げられたそれをロックはわたわたと受け取って大事に抱えこんだ。


「歯車の目の法則はだいたいわかった。けどどうしてこう動くのかがわからん。ロックはこのディープギアについて何か知らんか?」

「何か、ッスか? えっと、どういう何かが知りたいッスか?」

「そうだな。歴史、とか噂か。一番下にはいったい何がいるのか、あるいは有るのか。ディープギア自体の起源はわかってないというのは聞いた事がある。誰が何のためにこんな面倒くさい構造の巨大な地下空間を作ったのか。などなど、だな」


 ジョージの言葉はロックには難しい単語の連続だった。しかしながらなんとかニュアンスで意図を理解して答えを探す。


「えっと。アニキも言った通りディープギアがいつ誰が作ったのかなんてたぶん世界中探しても誰も知らないッス。神々なら知ってるかもしれないッスけど、それを尋ねて神託をもらった人の話なんて聞いたこと無いッス。けど噂なら掃いて捨てるほどあるッス」


 だんだんと賢さを増しているロックにジョージは小さくほくそ笑む。


「たとえば?」

「そッスね。一番言われてるのは神々がかつて使っていた廃坑なんじゃないか、って話ッス」

「廃坑、ね。確かにいろんなモンが産出されてるが」


「うス。でもそれらは人間にとって有用なだけで、生命の祖である神々が必要としたものは下の下の層まで全部掘り尽くされてるんだって話しっす。人間はその残りカスをありがたがって使ってるって事ッスね」


 随分ないいようにさすがのジョージも苦笑を浮かべた。しかしその説が正しいのならばロックが言っている事には何の間違いもない。


「あとは、オイラが知ってるので一番キワモノで、一番下に邪神が封印されてるって話があるッス。これは子供向けの絵本にもなってるッスよ。でも封印だったら浅い層であっても人間が簡単に入れるのはおかしいって事で本気でディープギアとかダンジョンを研究してる学者サマたちには否定されてるみたいッス」


 思っていた以上に具体的な例がとびでてきて、ジョージは意外そうに眉をつりあげた。


「詳しいなあ、おまえ」


 率直にほめると、ロックは照れてはにかむ。


「ヘヘ、オイラも好きッスから、こういう話」

「そういう噂はもっとあるんだろう?」

「いっぱいあるッスよお!」


 ロックは意気揚々と語りだす。年齢としてジョージはロックよりも上であったが、レドルゴーグでは間違いなく新参者で、ディープギアどころか他のダンジョンにすら潜った経験がないというジョージから、ロックは教わる事ばかりだった。たった二日、実質的な時間としては半日ほどで実力の差を見せ付けられ、それを認め、アニキと呼び慕うものの、そこに何の劣等感も無かったかといえばやはり否となる。


 そんなロックだからこそ、たかだか噂程度とはいえジョージに対し教えられる事があるという事実がたまらなくうれしかった。


 封印ではなく邪神が穿ち逃げ込んだ穴であるという説、神々と邪神の争いの間に出来た穴を神々が遊び心で改造した説、神々が人間を観察するための虫かごのような場所である説、などなど、三十分ほどかけて様々な説を語り終わった頃、ずっと床面の歯車の目を読んでディープギアの端へ端へと向かっていたジョージが、またふと立ち止まった。


「ふむ。次は、コイツかな」


 腰を折ってしゃがみこんだかと思うと、ジョージはまた何の気負いもなくそれに手をかけスポッと引き抜いた。


「うおお! えええ……」


 偶然は二度続かない。ジョージが明らかに何らかの情報を読み取って手に取るギアを選んでいるのだからなおさらだ。


「ギア一枚で当面の生活費は十分だろう。二枚目は予備にとっておく。その気になれば、今日中にあと五枚くらいは取れそうな気がするがあまり取りすぎて目立つのも今後を考えるとよくない。帰るぞ」

「あっ! とっ! とっ!」


 一枚目と同じように、ブラスギアーをロックへ無造作に放り投げる。一枚目とあわせてなんとか受け取ると、とことこと来た道を戻っていくジョージにロックはただついていくしかなかった。



 ジョージがブラスギアーを見つけたのは、二枚とも南ブロック六階の端の方だった。


 ディープギアの浅層部は各ブロックが扇状に広がっているうえ、上に行くにせよ下に行くにせよ階段は扇の根元に程近い場所にあるのがほとんどだ。迷路の構造になっているせいで、端に行けば行くほど帰り道も長くなる。


 長くなれば当然、ジョージとロックの二人が彼らと同じ目的でディープギアに来ているほかの潜窟者と遭遇する機会も多くなる。


「そろそろ、ブラスギアーをどこかに隠しとけ。依頼主に納品してきっちり報酬をもらうまでは目立たない方がいいだろう」

「えっ、あっ、はいッス」


 ロックは言われてから慌てて両手に持ったブラスギアーをどこに隠そうか思案しはじめる。ブラスギアーは掌を限界まで広げたくらいの直径があるので、残念な事にギリギリまで物が詰め込まれたロックのポーチには片方しか入らない。


「仕方ないか。片方は俺が持つ」


 せっかくかっこよく渡したものをまた取り上げる間抜けだなと思いつつ、ジョージはブラスギアーの片方を受け取って自分のポーチの中にストンとおさめた。相変わらず、見た目と要領の一致しない収納器である。


「んで、どこにもって行けばいいんだっけ? 依頼書を確認するか」


 とポーチをまさぐろうとしたところで、ランナから肝心の依頼書をもらい損ねていた事に気づく。


「えっと、確か都市議会ッス。というか、ここ数十年くらいブラスギアーは都市議会が独占してるみたいなモンっす」

「へえ。なんでまた」


 頑丈さが違う、などと言われていたのに。部品としての有用性は人工の物よりもよほど高いだろう。


「ブラスギアーは都市中枢のマドウハツリキ装置、ってのに使われてるらしいッス。その装置ってのはそりゃあもう凄いらしくって、装置の部品がオニのように磨り減っていくらしいッス。だからブラスギアーも議会は常に予備をストックしておかないと安心できなくて、予備がなくなるたびにこうやって大量発注かけて常に予備がある状態を保ってるらしいッス」

「ふぅん。マドウハツリキ装置、ねえ」


 さすがに都市の中枢に関わる情報はロックでもよくしらないようだ。たどたどしい説明では説明している本人でさえ今一つ理解しきれなかったが、ジョージは何か心当たりがあるような顔をした。


「っと、人影が見えてきたな。ここからはギアの話しは禁物だ。なるべく喋らんように、な?」

「うス」


 つたない物とはいえいい調子で説明していたロックに緊張の色が戻ってきた。自分の腰に下がっているポーチの中に、金貨一○○○枚相当の品が入っているというのを思い出したせいだ。


 ここで注意を促すのもまずかったかな、とジョージは思ったが。もうしてしまったものは仕方ない。何かの拍子にその話題に触れてしまいかねないので自分からも話しを振らないよう沈黙の一手にかける。


「ようあんたら、もうあきらめたのかい?」


 ところが、こういう時に限って同業者が声をかけてくる。ロックがあからさまに身をこわばらせたが、声をかけてきた中年くらいの男性潜窟者はやや前を歩いていたジョージの方に目が行っていたようで気づかなかったようだ。


「ああ、聞けばけっこうな倍率らしいじゃないか。真面目にゴブリンでもいじめて小銭を稼ぐことにするよ」


 ジョージの方は上手く表情を取り繕っている。苦笑を浮かべながら、相手が言って来たようにさももうあきらめましたという顔で相手のわきをすり抜ける。


「そうかい。まあ確かに、案外もうもっと深い層で上位潜窟者が見つけて持って帰ってる最中かもしれないか……いや。オレなら見つけられる……金貨千枚、金貨千枚だ。」


 中年の男性潜窟者は、もう誰に話しかけるというわけでもなくうわ言のように自分に言い聞かせていた。


 その様子に怖気づいてしまったロック。ジョージはやや歩調をゆるめてロックに並び、小声で言う。


「ポーチから手をどけろ。そこに目当ての物があります、って言ってるようなもんじゃねえか」


 指摘されて自分が無意識のうちに手をやっていた所を見て、ロックはまたギョッと身を固めた。そしてすがるような目でジョージを見上げる。この一枚も持っていてくれないかとい眼に語る。しかし、


「……まあ、いい機会だから度胸つけろ」


 それはつまり、そのまま持って居ろという事だ。ロックは軽く絶望した顔になる。


「うむ。とりあえずポーチから手を外そうな」


 ジョージは笑顔で鞭を打った。



 うつむいて緊張した面持ちのロックが、逆に功を奏したか。すれ違う同業者たちの何割かがむしろ気の毒そうな目で見送られながら、二人は無事にディープギアを出る。


「ひとまず一つ目の関門は突破だな。けど気は抜くなよ」

「ぅ…うス」


 もうロックの喉は緊張でカラカラだ。ジョージは余裕顔だが警戒は怠っていない。ジョージが言った通り、ここまででまだ一つの関門でしかないのだ。


「気にしすぎかもしれんが、遠回りだ。一度ギルドホールに行って尾行けてる奴がいないのを確認してから、都市議会の、なんだ? 議会がある所だから議事堂か? そこに行くぞ。ここから直行するだけでも目をつけられかねんからな」

「うス。あと、評議会の場所は議事堂であってるッスけど、これから行くのはマドーリキ舎ッス。マドウハツリキ装置が置いてあるらしいっす」


 ジョージは念には念を入れる。


 彼は自分が、いわゆるずるい立場になった時の事を考えて想定していた。はっきり言って、自分たちもダンジョンに潜って見つけそうな者を選ぶなど確実性が低すぎる上に非効率的過ぎる。だからダンジョンの中では、実は余り警戒していなかった。


 本当に横取りを狙うならば、出口を見張ってホクホク顔の者を見繕い、その中から真っ直ぐ目的地に向かう者に目星をつけた方がよほどいい。


 ディープダンジョンの構造上、それでも四分の一までしか確率を絞れないが、もっと大きな組織を作った場合は違うだろうし、仮に組織だった動きが存在していなくとも、同じような事を考えるゴロツキは大勢いるだろう。


 まだ目をつけられてはいないはずだが、不特定多数の敵を欺く為に、わざわざ二人は一度ディアル潜窟組合まで戻り、ランナの一喝を受けてから目的の魔動力舎へ向かうのだったが、彼らの努力は結局、目的地の目前で無に帰すのだった。

 スポッ という音は卒業証書なんかを入れるあの筒を開けた時のあの音です



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