<16>完
<16>
木造の古い体育館。
そこに、すんだ歌声が響き渡る。
それ以外の雑音は一つも聞こえない。
ただ綺麗な旋律が流れていくだけ。
一年生歓迎式典と同じ光景――――。
でも、一つだけ違うこと。
歌姫の横には、上弦と呼ばれる弾き手が静かにピアノを奏でていた。
自分で言うのも何だが、一週間でよくこんな風に弾けるようになったと思う。
まるで流れるように…やっぱり、自分で言うとなんかむなしい。
祐樹さん―――いや、歌姫様に合うように弾けていると嬉しいんだけど。
いつの間にか、もう終わり。後奏に入っている。
別のことを考えながら失敗しないで弾けるっていうのは、練習のおかげかな…。
もともと後奏はあまり長くはない。
余韻を残して、曲が終わった。
巻き起こる拍手。
歌姫様がにこやかに笑顔を振りまいた。
正体を知っている身としては、気持ち悪いことこの上ないが…うん、今はあえて『歌姫様』としておこう。
私だって『上弦』なんだから。
最後に礼をするために、私と歌姫様が並んで立つ。
礼をしようと歌姫様が顔を上げたと同時に、私は歌姫様の方を向いた。
私の行動に、歌姫様が目を丸くする。
「歌姫様に、祝福が訪れますように」
少し大きめの声で言った。
拍手はもうやんでおり、静かな体育館に私の声が響いた。
歌姫様の顔は驚きを通り越し、若干引きつっている。
生徒からは見えないからいいけれど、その顔は『歌姫様』としてダメだと思う。
いつもの何も教えてくれない意地悪のお返しだ。
こんなに驚くとは思わなかったなぁ…。
でも、少し清々しい。
歌姫様に向かってにっこりと笑顔を浮かべ、その笑顔のまま生徒の方へ向き直る。
声を張り上げた。
この広い体育館の端まで届くように。
「そして、皆さんにも。祝福が訪れますように!」
とまどうような沈黙の後、再び拍手と歓声で体育館があふれる。
声で『上弦』の正体がばれたとしても、別に問題はない。
顔だって特に工夫していないけれど、別に問題はない。
わざわざ探ろうともしないだろう、生徒達も。
謎は、謎のままでいいだろうから。
歌姫様にくいくいと袖を引かれ、我に返って礼をする。
ちらっと見えた歌姫様の顔は、まだ苦々しかったけれど。
* * * * * * * * * *
「歌姫様、相変わらずすごいわぁ…! 祝福が訪れますように、だって!」
「上弦様? 歌姫様より年下っぽかったけど、彼女も綺麗だったよね!」
「綺麗って言うより、可愛いって感じ?」
「上弦って…どっかで見たことある気がするんだけどな…気のせいか?」
「どっちも美人だったー!!」
私、上川 皐月は、廊下から聞こえてくる声に目を細めた。
「嬉しいものですね、こういうの」
ぽつりと呟く。
なんか敬語になっているのは、祐樹さんと話しているときの癖だろう。
「だろ? やって良かったじゃん」
それに、祐樹さんはいっつも急にやってくるし。
ため息をつきつつ振り返ると、そこには祐樹さんが笑いながら立っていた。
見たくはないが、歌姫のときの格好―――女装で。
「………祐樹さん」
「ん、何?」
「せっかく美人なんですから、もうちょっとそれらしいしゃべり方してください」
私が言うと、祐樹さんは少し考えるようなそぶりを見せてやがて口を開いた。
「見本を見せてくれません? 私は無知なものでわからないわ」
「…すいませんやっぱりやめてください。そんなんだったらなんか美人のいじめっ子ぽいんで」
セリフの問題もあるんだろうけど、やっぱり正体を知っているから無理があった。
「えー、せっかくやったのにー」
「どこの子供ですか!」
わざと拗ねてみせる祐樹さんは、私よりも年下に見えた。
ステージ裏の折りたたみイスを2つ開いて片方に座る。
もう一つは祐樹さん用だ。
「…まったく、歌姫ファンが泣きますよ」
「勘違いする方が悪いんだ」
…本当にお子様っぽい。
「ま、それはいいとして」
祐樹さんも折りたたみイスに座った。
スポンジが抜けていて少し座りづらい。
「…はい?」
「良かったんじゃねぇの?」
ステージでの話だ。
さっきの廊下での話の通り、大成功だった。
「そうですね〜」
ステージ裏は、少し暖かくて気持ちよかった。和やかな空気。
「上弦…こんなことになるとは」
「事前に聞いておいたじゃん。それに、音楽室来るたびピアノ弾いてただろ?その才能をかったのだよ」
どこかの博士のような口ぶりでいう祐樹さん。
「才能…」
ちょっと嬉しい。
「あ、祐樹さん」
「あ?」
何故か椅子の上でぐったりとしていた祐樹さんに問いかける。
「私は、上弦ですよね」
「…そうだな。それがどうかしたか?」
「新月で…上弦…満月……下弦は?」
上弦があるなら下弦もあると思う。
満ちゆく月と欠けゆく月だ。
「下弦、ねぇ…」
まさか、下弦よりも上弦の方が好きだからとか…?
まぁ、どっちも半分だし…その光っている半分が右にあるか左にあるかの問題だけなんだけど。
というか、月の種類はいっぱいあるし。
「下弦はさ、たぶん…上弦を支える月だと思うんだ」
「…は? 上弦を、支える?」
意味がわからない。
「上弦が光っているとき、下弦は見えない。下弦が光っているとき、上弦は見えない」
「はぁ…まぁ、そうですが…」
「だろ? じゃあ満月のときは?」
満月の時ぃ?
「両方光ってます、けど…?」
「互いに、支え合ってる見たいに思えないか?」
…………うーん…………。
よくわからないけど、そう言われると本当にそうなような気がする。
ていうか祐樹さん、年下の言うことじゃないけど、もう少し国語勉強してくれないかな?
意味がわかりにくいよ。
まぁ、私も国語苦手だけどさあ…古里先生ならちゃんと教えてくれると思うよ? 祐樹さん。
あ、それとも私が理解力を上げればいい話かな?
とか考えていると、祐樹さんが口を開く。
「だからさ、お前を影ながら支えてくれる人が、下弦でいいんじゃねぇか?」
祐樹さんはそう言って笑った。
そんなにわかりやすいたとえがあるならば、最初からそう言えば良かったのに。
てかこの話、言うの恥ずかしくないか?
呆れ顔、困惑顔になった私の心を察したのか、話を打ち切るかのように祐樹さんが立ち上がった。
「さて、着替えるか」
ごまかしのようにしか聞こえない…。または照れ隠しか。
でも、実際この服でずっといるのはいくら春でも熱い。
だから、素直に立ち上がった。
「…そうですね。ずっとこのままだと暑苦しい」
イスをたたみ、生徒がいなくなった廊下を進む。
途中で、祐樹さんが苦笑しながら振り向いた。
何を言うのかと思いきや、
「さっきの『祝福を〜』のくだり…。少しは俺に教えてくれれば良かったのに」
そんなことを言い出した。
わかってないかぁ、やっぱり。
私がそう言う行動を起こした意図が…。
「…それじゃあ意味がないんですよ」
「は?」
「いつものお返しですー」
いたずらっぽく笑って、廊下を走り出す。
「え、ちょ、待てって! なんだよそれ!?」
祐樹さんも追いかけてきた。
私も祐樹さんも、いつの間にか笑っていたけれど。
今日は休日だったし、ちょっとしたイベントを開いてみたのだ。…開いてみたというか、祐樹さんが勝手に予定を立てただけだけど…。別に今日じゃなくても、と思ったが少し楽しみだったから何も言わなかった。
もう生徒達も帰っただろう。
職員寮に衣装のまま移動する。
職員寮と校舎はつながってはいないし少し離れているから、春めく地面を歩いて行かなければいけない。
靴は履いているが、裾が長いせいで衣装がどうしても地面にかすってしまう。
風西先生や田代先生は土に汚れた衣装を嘆くだろうけれど、仕方ない。我慢して頂く。
職員寮に着き、みしっと音が鳴りそうで鳴らない古い玄関で祐樹さんはこう言った。
「んじゃ、七時にロビー集合な」
「…? はい」
何故七時に?
何かやらなきゃいけないことでもあったっけ?
まぁ、後でわかるだろうとそれぞれの部屋へ。
それよりも、先生方を見かけないのは、何故だろう?
そんなことを思いつつ歩き、ふと下弦の話を思い出した。
恥ずかしくないか?とか私は思っていたけれど、確かにその時こう思っていたのだ。
私を影ながら支えてくれる人は、今のところ…。
うん、祐樹さんが下弦でいいと思う。
* * * * * * * * * *
Tシャツとジーパンに着替え、七時にロビーへ向かった。
七時前に行って何するか見てくるということもできたが、そういうことはしちゃいけない。ていうか、できなかった。楽しみだから。
キィ………。
そんな古い音を立てながらそぉっとロビーの扉を開くと。
「「誕生日、おっめでとうっ!!」」
パァーンという破壊音…ちがう、クラッカーの音とともに、聞いたことのある声がそう叫んだ。
思わずその場に固まる。
「せ、先生方…?」
「そうよっ。ちょっと遅れちゃったけど、一週間前は『上弦』の誕生日じゃない!」
風西先生が嬉しそうに言う。
…意図がつかめない。何? 上弦の誕生日?
「…私の誕生日は、五月の二十九日ですが…?」
「だーかーらー、それは『皐月』の誕生日でしょ? 『皐月』の誕生日じゃなくて、『上弦』の誕生日なの!」
田代先生が私を抱きしめる。
あまりに強くやられたので、首が絞まった。「ぐえ」という情けない声が漏れる。
「ほら、こっちこっち!」
風西先生&田代先生に両手を引かれて危うく転びそうになった。
「…アキ先生、サヤ先生。主役を怪我させないでください」
眉をひそめてそう言ったのは、祐樹さん。
風西先生の名前は秋那だし、田代先生の名前は紗夜だったっけ。
下の名前をあだ名にしちゃってるし祐樹さん…いいのかな?
驚いた私の顔を見て、当の祐樹さんはいたずらっぽく笑った。
…そうか。
すべての仕掛け人は、祐樹さんだったのか!
これで、『七時にロビー集合』の謎が解けた。
「ツキ。まだ意味がわからないか?」
「………一応わかりましたが、確認のために説明をお願いします」
そう言うと、祐樹さんは笑いながら言った。
「『上弦』としての誕生日だ。『皐月』という名前としての誕生日はお前が言う五月の二十九? なんだが、『上弦』という名前としての誕生日が、俺が分けた日…つまり一週間前だ」
「…めんどくさいですねぇ…」
呆れてそう言った私に、先生方が笑う。
「今日はパーティーよ、言ったでしょう? まぁ、ただやりたかっただけっていうのもあるけど…」
そう笑うアキ先生…もとい、風西先生。
「さぁー、みんな食って飲んで笑えー!!」
なんか酔っぱらいのおじちゃんみたいなことを言うサヤ先生…もとい、田代先生。
「「私(俺)達は飲めません!」」
そうつっこむ私と祐樹さん。
「若い人は麦茶ですよー。」
変わらずほわほわの狭山先生。
「年なんて関係ないっ!」
先生なんだからそんなこと言っちゃダメなんだけど、ということを平気で言う樋山先生。
「いけないものはいけないんですっ!」
そう言って、みんなで大笑いした。
職員寮で良かった。
そう思わせてくれる、職員寮の皆さん。
全員集まって、私のために誕生日のパーティーを開いてくれる。
そのことが、嬉しかった。
職員寮でなければたどれなかった道。
たった一つしかない、今、職員寮にいる私の運命の道。
良かった。
この運命の道があるのは<言霊>のおかげじゃない。
自分で切り開いてきた、運命の道なんだと思う。
これからもずっと続いていって、時々その運命を何かの力でずらしつつ。
私は、生きていくんだろうなぁと思った。
そして、祐樹さんや先生方、琴音や香も、そうやって生きていくんだなぁと思って…。
なんだかいつもの自分と少し違う考え方に、ちょっと笑ってしまった。
* * * * * * * * * *
夜中。
やっとパーティーが終わり、私は部屋で今日弾いた曲の歌詞を思い出す。
扉は前にあるんだ
開く 開かないは君の勝手
もし開けば君の世界が広がる
もし開かなければ君の世界はこのままさ
さぁ どうする?
歌詞は厳しいけれど、曲調は優しい。
悩むことを認めてくれて、急かさないでいてくれる。
いい曲だ。
鼻歌をしながら、窓を開ける。
気のせいか、口笛で同じ曲が聞こえてきた。
祐樹さんかな?
ステージでは歌わなかった低音部を歌うと、綺麗にハモる。
「………いい曲だなぁ………」
小さく、そんな声が聞こえた。
「…そうですね」
小さく返す。
きぃ、という小さな音。祐樹さんが窓を閉めたみたいだ。
さて、私も―――と、窓を閉める前に空に浮かぶ月を見上げた。
そこには、上弦の月……
いや、皮肉っぽく満月が浮かんでいた。
…余談だが、ちょうど一週間前が上弦の月だったそうだ。
ちょうど『上弦』の誕生日に『上弦』の月。
あの日の夜、空を見れば良かったなぁと、少しだけ後悔した。
<END>
完結まで呼んで頂きありがとうございました!
小説賞で落s(以下略)でしたが、楽しんで頂けたでしょうか?
一瞬でも笑って頂けたのであればとても嬉しいです。
読んでくださった方に、心からの感謝を。
ありがとうございました!




