<14>
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「ありがとう、皐月さん」
次の日学校に行くと、琴音さんに深々と頭を下げられた。
その隣には、少し拗ねたような顔をしている香さん。私をちらちら見ながら、気まずそうにしている。まぁ当たり前か。あんなことがあったんだし。
「香を助けることができたのは、皐月さんのおかげ。本当にありがとう」
顔を上げ微笑んだ琴音さんは、その笑顔のまま香さんの頭を掴んでこっちを向かせた。そのまま頭を下げさせる。
「ほら、香も」
「…あり、がとう。それと……ごめん」
暴走していたときの香さんとは違って、人見知りみたいな態度だった。
本当はそうなんだろう。
「い、いいよ別に! 私がやりたくてやったことだし…。」
そう苦笑すると、琴音さんは私と同じように苦笑した。
「そう? でも、皐月さんのやりたかったことが私達の助けになったんだから」
琴音さんは、すごく礼儀正しくて頑固だった。
目を泳がせて、話をそらす。
「…えっと、私に『さん』なんてつけなくていいからね」
「………んじゃ、皐月」
香さんが反応した。
「な、何?」
香さんの瞳は、感情が読みにくい。
少しビビリながら返すと、香さんは爽やかに笑った。
「あたしらも、香と琴音って呼んでいいから」
ずっと黙っていた香さんがそう言い出すと思わなくて、言葉が出ない。
香さんは深呼吸して言った。
「そりゃ、皐月はあたしがやったことひどいって思うだろうし、あたしのこと嫌いかもしれない。でも、でもね? あたしは、これからのことを考えると、やり直したいって思う。もう一回、皐月と…っ友達としてやってみたいと思う」
「香………」
「香さん…」
琴音さんもあっけにとられていた。
切れ切れの言葉だったけれど、率直で、わかりやすい言葉。
「………あ、でも、許せないって言うならいいんだけど」
何を勘違いしたのか、言い訳めいたことを口にする香さん。
「許せない…」
「…そう、そうよね…」
「なんて言うわけないじゃない!」
「…へ?」
香さんが目をみはった。
許せないなんて言うわけがない。
私のことをいじめたのは事実だけど、それは<言霊>とかそういう関係のことでもあるんだから、たいして気にしてない。
彼女も、琴音さんと同じように私がおとなしくいじめられていたと思っているんだろうか?
ちゃんと発散してたんだから、大丈夫。
それに、<言霊>関係のことで勉強にもなったしね。
損より得の方が多い。
「香さん。私は別に、香さんも琴音さんも嫌いじゃないよ?」
微笑んだ。
鳩に豆鉄砲とはこのことだろうか、香さんが瞬間冷凍される。
琴音さんは、そんな香さんを見て大笑いしている。
でも香さんは誰かさんとは違ってすぐに解凍して、泣き笑いの表情を浮かべた。
「ありがとう、皐月」
さっきと同じようなお礼。
でも、『さん』がなくなっているのは、私達の関係が進展した証拠。
まぁ、こんな感じで、私に篠原中学校初の友達ができた。
* * * * * * * * * *
「良かったな、ツキ」
篠原中学校「初」だ。
だって、祐樹さんは友達ってわけじゃないと思うし。じゃぁなにかと言われれば、『なんだろうね』としか言いようがない。
そういう関係なんだとわかってほしい。
ちなみに今は放課後。職員寮の音楽室だ。
暇だったから少しピアノを弾いていただけなんだけど、なんか祐樹さんが来て報告会になってしまった。
「香さ…香も琴音も、すごい仲良いし。まぁ、幼なじみだしあり得ないことですが…仲悪いってことがなくて良かったですよー」
「え、何。そういうこと前あったの?」
「…一時期ですけどね?」
小学校の頃の話だ。もう思い出したくもない。
「…うん、まぁ良かったんじゃねぇの」
「はい。なんか、小学一年生みたいですごい新鮮」
「つまり、明日が楽しみだってことだな?」
面白そうに祐樹さんが笑う。
最近、祐樹さんとちゃんと話が通じるようになってきた。
「正解です〜」
一段落ついたせいか、疲れた。
眠いわけではない。その分浮かれているし。
疲れているし浮かれているし、なんか自分の感情疲れるわ。
あれ、てことは結局疲れてるのかな?
「あ、そうだ祐樹さん。香の<言霊>の暴走ってなんのせいなんですか?」
重要なところ、聞いていなかった。
あぁ、と思い出したように語り出す。
「琴音が言ってただろ? 紫香楽宮の名付け親は祖母で、一ヶ月ほど前になくなったって」
「はぁ、それが?」
「祖母…<言分>が持っていた<言霊>の能力が戻ってきて、余計能力が増えたんだよ。急だったから暴走したんだな」
へぇ……。
納得しかけて、重要なことに気付いた。
「わ、私! <言霊>分けてないっ!?」
イスから立ち上がってそう言った私に、あっさりと祐樹さんが頷く。
「まぁ、そうだな」
挑戦的な視線を私に向ける。
「どうするんだ? ツキ。お前次第だぞ」
そんなこと言われたって。
そんなこと言われたって…!
「お前さ、<言霊>の能力でいやだって思ったことあったか?」
迷っている私に、意味がよくわからない問いをする祐樹さん。
「いやだって思ったこと…?」
<言霊>関係のことを片っ端から思い出す。
「あ」
「あるだろ」
私は、<言霊>のことで琴音さんを傷つけた。足をくじかせてしまった。
それは、いやだった。
「私は…………」
「うん」
「私は、人を傷つけたくない」
「…」
「自分が本気で思っていても、本気の中の冗談ってあると思う」
「まぁ、そうだな」
「その冗談で、相手を傷つけてしまったとしたら…」
人を傷つける。
それは、私が思う一番嫌なこと。
冗談でそうなるとしたらなおさらだ。
「だから、私は…分けたい」
いつの間にかうつむかせていた顔を上げ、祐樹さんと目を合わせる。
相変わらず祐樹さんの目には面白がるような光があって、私の気持ちなんか見通しているようだった。
「祐樹さん」
「…うん」
「私の<言霊>…分けてくださいっ!」
おもむろに祐樹さんの手が伸び、私の頭をくしゃりとなでた。
「そう言うと思ってた」
ほらね。
私の気持ちもわかっている。祐樹さんはそういう人だ。
「もう、名前は決めてた」
「早っ」
祐樹さんは目を閉じ、歌うように言った。
「満ちゆく月――――上弦」
じょうげん。
私は口の動きだけでその名を繰り返した。
「上弦」
そしてもう一度、声に出して言ってみる。
嬉しかった。
この際、何とかのようだ、とか、何とかをされたように、とかっていう表現は要らないと思う。
ただ普通に、嬉しいんだから。
「嬉しいです、祐樹さん」
「そりゃぁ良かった」
笑いかけた私に、祐樹さんは同じように笑う。
香も、同じように嬉しかったのだろうか。
「………さて」
照れくさいのか、祐樹さんはその話題を打ち切るように言う。
ていうか、『さて』?
何か別の話でもあるんだろうか?
「…ツキ」
「はい?」
何の話だろうと首を傾げる私に向かって、少し悲しげに微笑み、祐樹さんはこう言った。
「俺は、歌姫を辞めることにする」
「………………え?」
あまりにも唐突だった。
あの、自分が歌姫だと告げたあの時と同じ場所で。
祐樹さんは、そう宣言した。
どうして……どうして!?
「祐樹さん、どうしてですか!? なんで、そんな急に…!」
慌てる私を見て、ゆっくりと諭すように祐樹さんは言う。
「ツキ、俺が歌姫になった理由を覚えているか?」
…<言霊>の話を初めて聞いたときに言っていたっけ。
「確か…<言霊>の人が、<言分>の人に分けられたいがために他の人に危害を与えたりしないように…主張している?」
「そ。でー、<言分>が分けられる<言霊>の人の人数は?」
「…一人ずつでペアだって…あ。」
祐樹さんは今、自分の<言分>の能力を使って私の<言霊>を分けた。
つまり…もう、祐樹さんは<言霊>を分けることができなくて。
ステージに立つ意味も、ないってこと?
私のせい…に等しいよね。
「もう俺は、ステージに立っても何もできない。単なる人なんだ。あ、自分のせいだとか思うなよ?」
「でも、だからって!」
「ツキ。」
「…っ。」
祐樹さんのどこまでもまっすぐな瞳に、何も言えなくなる。
そうなの? 絶対に…歌姫様はもう出てこないの?
私は必死になって、まくしたてた。
「嫌です! 歌姫様がいなくなるなんて私は嫌です!」
「お前は、俺に毎日会えるだろ?」
「そういう問題じゃないんですって! みんな、歌姫様が好きなんです! ステージ裏で、新入生歓迎式典のときにみんなの感想を聞くことができたはずです! 聞こえたはずです!」
「そりゃぁ、聞こえたけどさ…」
「歌姫様は、みんなの心の支えなんですよ!? みんな、歌姫様の歌を思い出して、さぁ頑張ろうと思うものなんです! だから、だから…辞めるなんて言わないでください!!」
「みんなにはがっかりされるかもしれねぇけどさ、仕方ねぇじゃん!」
「私もがっかりします!」
「え、なんで!?」
真面目に驚いている祐樹さん。私はもう我を忘れた感じで叫んだ。
「歌姫様が好きだからです!」
「………はぁ?」
「はぁ? じゃないっ! 事実です! 歌姫様が大好きです! 美人で、歌が上手くて、元気づけられる歌を歌ってくれる歌姫様が! 綺麗なソプラノで、嫌なことも忘れさせてくれる歌姫様が!」
一拍、息を吸って――――
「大好きなんですっ!!」
「ツキ…」
祐樹さんが呆然と目を見はって私を見る。
なんだか胸がスッキリした気がした。これでも頑固に「辞める」と言うのならば、諦めるしかないだろう。
言いたいことは言った。もう悔いはない。
長いような短いような、よくわからない沈黙の後、祐樹さんが言った言葉は。
「……ツキ、お前さ……今、言ったこと、『歌姫』に対する思いだよな?」
その問いの意味がわからず、今自分で言ったことを思い出す。
――――歌姫様が! 大好きなんですっ!――――
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
絶叫。
なんというすばらしい告白文ではないか。
意気込んで、立って叫んでいた私はその場に素早くしゃがみ込んだ。
そんな私を見て、祐樹さんは笑う。
「わかったよ。そういう思いなら、<言分>とか関係ねぇもんな」
納得してくれて良かったけど…今の、十三年目になる人生で一番恥ずかしかった。
少しほっとする私に、祐樹さんは呼びかけた。
「上弦」
そっちの名前で。
「…ツキじゃないんだ」
「なんだ、そっちの方がいいか?」
「別に…なんか、呼ばれ慣れてしまったんで」
「じゃぁいいや。…ツキ」
「はい」
「あ、ちがう。やっぱりこの場合は上弦だ」
どうだっていいよ! てか何のはなし!?
「えーっと、上弦」
「…はい?」
「お前、確かピアノ弾けたよな?」
「はぁ、まぁ…」
「俺が歌姫を辞めない代わりに、やってほしいことがあるんだ」
「……それで、ピアノ? どういう関係で?」
「で、簡単な曲なんだが一週間で弾けるようになれるか?」
「………が、頑張れば………」
一日に一時間半練習でどうにかってとこだろうか。
「じゃぁいいな」
「…なんの話だか出てきてませんが?」
鞄から楽譜を取り出そうとしていた祐樹さんの動きがぴたっと止まる。
そして、とっても楽しいいたずらを思いついたちびっ子のように、いたずらっぽく笑ってこう言ったのだ。
「お前は、歌姫の歌う歌の伴奏をする『上弦』になってほしいんだ」
本当に、この人はたちの悪い冗談が好きだなぁ…。
そして、冗談だとどんなに願っても冗談ではないのがまた困る。




