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夜を統べるもの(2)

――汝ハ 実ニ面白イ 色ヲシテイル

――人間ノ命ハ短イ 故

――ソノ間 人ガ主ト成ルモ良カロウ


 銀色とも金色とも表現し難い月色の目を撓ませて、《幻獣界(エルス)》の住人は表情の分からない顔に、確かに笑みを浮かべたとフィリアスは感じた。

 だって、単調で平坦な言葉が"楽しそうに"響いてくるのだから。



――汝ノ往ク 末、見届ケヨウ


――我ハ "ベルベリトルティリゥス"

 

――月ニシテ 闇タル眷属



 ベルベリトルティリゥス……それが、"月代(つきしろ)の君"と呼ばれているこの存在の、名前なのだろうか。随分と長い気がする。

 沢山の事が起こり過ぎて、飽和状態気味のフィリアスは最早驚く事も無くぼんやりと月色で闇色の不思議な存在を見上げていたが、ベルベリトルティリゥスの姿を形どる長衣(ローブ)がサラサラとまるで砂のように地面へ落ち、月色の煌きを残す光景に目を丸くした。


「何――……!?」


 何が、と最後迄は言葉を紡げなかった。

 サラサラ、サラサラと砂金のように姿を崩してゆく月色の人型は、次の瞬間ぶわりと一気に月の光を脱ぎ捨てた闇の衣を広げて、フィリアスを包み込んだのだ。大きな黒い袋を頭からすっぽり被せられた状態だと言えば想像しやすいだろうか。一瞬で闇に包まれたフィリアスは、何も見えないとの想像に反し淡い(またた)きが存在する事に気付いて、何度か目を(しばた)かせた。

 

 なんだろう?


 急に視界が閉ざされたせいで、目が慣れていないだけかもしれない。

 だが、最初こそ気のせいにも思えた小さな光は、フィリアスが思考に耽っている間にも急速に光の強さと大きさを増してゆく。そして、闇を光が覆い尽くし、フィリアスの視界も白一色に染まった瞬間――ぱしん、と何かが割れる音がして、世界は元通りの森に戻っていた。


 地面に残る、召喚魔法陣は燻ってはいるがその侭だし、ジェイの怪我はもう治癒しているが、未だにぐったりとして腕の中で眉をぎゅっと寄せている。

 それでも死の森のようだった学院の森には、密やかではあるが動物や風の息遣いがひっそりと漂ってくるし、精霊達のざわめきも大きくなった。ああ、そうか、"皆"が恐れていた存在が居なくなったから。


 "月代(つきしろ)の君"は何処に消えてしまったのだろうと不思議に思ったフィリアスは、右の手首にピリリとした痛みを感じ、顔の前に右手首を持ち上げた。最初こそ汚れか何かと思ったのだが、何時の間にかフィリアスの右手首をくるりとブレスレットのようにして、這う模様が存在していた。

 淡い銀色の、蔦のように這う模様。その色は先程まで会話をしていた、《幻獣界》の住人のようで……。

 これは、もしかするとフィリアス自身全く以って信じ難い事だが、不完全な陣で呼び出した《幻獣界》の住人を従えた、事になるのだろうか。


 従えた、というのは少々、いやいや多大に語弊がある気もするが。

 それにしても、随分自分は"面白い"存在であるらしい。まあ、フィリアスに興味を持ってくれていなければ、あっという間に屍の山となっていた予感しかしない為、その点に関しては大感謝なのであるが、面白がって自ら従属するというのも、如何なものなのだろう。



「これは――、一体何が?」



 耳元で囁く精霊達の声に、フィリアスは深く沈んでいた思考を表面へ浮上させた。どうにも切羽詰ると考え事に耽ってしまう癖があるようだ。自重自重、今はやるべき事が沢山あるのだ。

 学院の師が着る長衣(ローブ)に身を包んだ数人の師達が、森から広場へと出るなり戸惑ったように顔を見合わせる様を見た後に、薄桃色の瞳は腕の中のジェイへ落ちる。まずは、この人をゆっくりと休ませてあげなければ。


「そなたは……何故此処に?我等よりも後に居た筈では」

「……精霊達にお願いして、転移させてもらいました」


 フィリアスの姿を見て、訝しげに眉を顰める師達へ、ほんの少しの躊躇いを隔てた後にフィリアスは曖昧にはぐらかすのでは無く、嘘偽り無い事実を伝える事にした。途端に目を丸くする皆の瞳に恐れが浮かぶ事を内心で怯えていなかったと言えば、それは嘘になってしまう。もう、自分の"力"から、精霊達から目を背けないと決めたのだ。

 

 だから、告げる瞬間も真っ直ぐに前を向いて、はっきりと告げる。


「私は精霊達の姿を見る事ができます。 ……召喚された"月代(つきしろ)の君"は、私と共に在る事を認めてくれたから――此処に」


 師達にも見えるように右手を翳すと、手首をぐるりと囲う銀の蔦が微かに揺らぐ。

 其れを見た師達は慄いた。まさか、魔導師ウィザードでもない、少女が、と。


「この人の怪我も治していますが、血を失っています。 何処か、休ませてあげてくださ……」


 フィリアスの腕に抱く青年を言及した瞬間、フィリアスは唐突に自分が酷く疲労している事に気付いた。熱に(うな)されるように、頭や身体が熱く、手先はとても冷たく――そして、とても眠い。

 ぐらぐらと視界が揺れて、たまらず地面に片手を着く。驚いたような声で師達が何かを言っているが、フィリアスにはそれが言葉としては認識出来ない程に、意識が朦朧としていた。

 確かに王都での逃走劇から始まって、随分と体力を消耗している感覚はあるが、こうも唐突且つ急激に体調不良を覚える程、貧弱な身体では無いつもりなのだが。


――我ノ力ト 汝ノ力

――馴染ム迄 些カ時間ヲ要ス

――其ノ影響デ アロウ


 ベルベリトルティリゥスの"言葉"が脳裏に響き、フィリアスは漸く自分の状況に納得した。成程、自分の身体に異世界の存在を受け入れているのだ、自分の身体も困惑しているのだろう。それにしても、今すぐ瞼がくっつきそうなくらい、眠い。


「フィリアス君!」


 ああ、ヴィルの声だ。

 聞き慣れた声が、フィリアスの安堵を誘う。意識がゆっくりと沈んでゆくに合わせて身体も傾斜し――其処で、完全にフィリアスの意識は閉ざされた。






●●●●●




「……不具等では、無いではないか」


 グラリと傾ぐ身体を素早く受け止めたのは、フィリアスの腕に抱かれていた青年……ジェイであった。失血による回復は出来ない為、流石に顔には疲労の色が色濃く滲んではいるが、薄紫色の瞳を閉ざして眠る顔をじっと見下ろす表情は、苦虫を噛み潰したようなものだった。


「フィリアス君!」


 "風の詠み手"たるヴィーツェルアが急いたように駆け寄ってくる。何時も腹の読めない笑顔で飄々としている事が多い彼にしては、随分焦燥を見せるものだ。

 オマケに先程から騒ぎ立てる師達が軋む身体と、頭に響いて酷く不愉快に感じ、ジェイは微かに眉を(ひそ)めると、ぐったりとしているフィリアスの身体を抱き上げて、立ち上がった。


「この娘、今宵は俺の屋敷に連れて行こう。 学院からならば、俺の屋敷が一番近い」


 驚く程軽い身体。食べるものはきちんと食べているのだろうか、と余計な詮索が小さく頭を過ぎるが、其れを頭の片隅へ追い遣ると、反論を許さない声で告げてジェイはさっさと夜の森を歩き出した。


「だが、ジェ……」

「こんな娘にどうこうしようとは思わぬさ。 気になるなら、明日の朝、俺の屋敷へと来ると良い……"風の詠み手"」


 艶の無い灰色の髪も、白くはあるがさして美麗でも無い普通の顔も、何一つとして突出した良点に恵まれて居ない少女。だというのに。

 腕の中の重みは軽く、少しだけ苦しそうに睫毛を震わせる姿は儚くて。



 薄紫色の瞳が開かれていないことに、微かな苛立ちを覚えるのは何故だろう。



「……不具、などでは、無いではないか」






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