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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第5章 第13話:世界再起動(リブート)


――世界崩壊システム・ダウンまで、あと――15秒。


「――全演算スレッド、新規仕様書プロトコルへ強制置換(上書き)。……チェック・イン、完了」


テオの指先が、純白のマスター・コンソールの最終確定キー(エンターキー)の上へと、魂のすべてを込めて振り下ろされた。


カツン――。


統制室の轟音の中で、そのキーボードの打鍵音は驚くほど小さく、しかし世界のすべての因果律をひっくり返す決定的な「トリガーコード」となって空間に響き渡った。


次の1ミリ秒の間、アルカナ・コアの心臓部は完全に静止した。

ジレットの最期の執念が生み出していた漆黒のメモリリーク(バーストノイズ)も、テオのスパナを支えるためにロックが素手でねじ込んでいたゴーレムのメイン鉄骨の摩擦熱も、すべてが1行の最上位実行命令(COMMIT)によって処理(確定)されたのだ。


そして。


ウゥゥゥゥン………………ピツッ。


都市が始まって以来、三十年もの間、地上と地下のすべての生命をランクで選別し、効率のために間引き続けてきた絶対OS『神の声』のメインジェネレーターが、その駆動音を完全に停止シャットダウンさせた。


世界から、すべての「光」と「音」が完全に消滅した。


統制室を覆っていた漆黒の魔力放電も、ジレットの数式ツリーのライトレッドの残光も、大階段の白磁の輝きも、一瞬にして完全な「漆黒(無)」へと暗転した。

それだけではない。地上の絢爛豪華な大通りを包んでいたホログラムのネオンも、地下のゴミ溜めを微かに照らしていた古い魔導灯も、都市全体のインフラが文字通り完全に一度「シャットダウン」されたのだ。


上下左右の感覚すら失われるような、完全なるゼロ(無)の静寂。

テオは、自分が生きているのか、それともデータとしてデリートされたのかすら分からない、純粋な暗黒のバッファ(タイムラグ)の中に浮かんでいた。脳内に絶えず流れ込んでいたシステムログのノイズが完全に消え去り、驚くほど静かで、どこか懐かしい「人間の静寂」が、テオの意識を優しく包み込んでいた。


(終わった……のか……?)


テオは暗闇の中で、そっと自分の両手を見つめた(感覚を確かめた)。

手の中にあった真鍮のスパナは、役目を終えて静かに冷たくなっている。相棒のロックの荒い息遣いと、隣にいるセレナの小さな、しかし確かな心音クロックの振動だけが、この暗黒の中で、彼らがまだ「消去されていない」ことを力学的に証明していた。


その、世界の完全な強制終了システム・ダウンの静寂の最中。


チカッ……。


テオのひび割れたゴーグルの最深部、そして魔導都市アルカナ・ハイヴの全階層の空間の真ん中で、1本の小さな、しかし世界中のどの魔法よりも鮮烈な「ライトグリーンの走査線」が、一本の水平線となって静かに走り抜けた。


『最上位システム通知:基底OSの再起動リブートに成功しました』

『新規構成ファイル(NEW_WORLD_OS)をインポート中。……10%……50%……100%』


ブゥゥゥゥゥゥゥン――ッ!!!!


都市の心臓部『アルカナ・コア』が、これまでの不気味なライトレッドでも、破滅の漆黒でもない、見たこともないほどに澄み渡った『ライトグリーンの燐光』を放って、厳かに再起動リブートを宣言した。


その光の波形は、統制室から大階段へ、そして決死の覚悟で建物の骨組みを物理的に支え続けていた地上と地下の市民たちの元へと、祝福の津波となって一瞬にして全全帯域へ駆け抜けていった。


「お……おい……! 見ろ、壁の崩落が……止まったぞ!」

「ビルが砂にならねえ! 空間の重力ルールが……完全に安定していやがる!」


地上の一等市民、そして地下の下層市民たちが、泥にまみれて手を取り合ったまま、新しく生まれ変わっていく世界の光景を呆然と見上げていた。

白磁の建造物は、幾何学的な洗練さを失い、地下のジャンクパーツと複雑に融合した「歪で、不格好なツギハギの街並み」のまま、その物理的な構造を完全に固定(定着)させていた。


世界はリセットされて更地になったわけではなかった。テオたちが書き換えた新しい世界の仕様――それは、これまでの理不尽なディストピアを破壊しつつも、そこで必死に生きてきた人間たちの泥臭い足跡をすべて肯定する、全く新しい『遊び(バッファ)のあるOS』だった。


マスター・コンソールの画面に、テオが紡ぎ出した新しい世界のソースコードが、純白の文字列となって堂々と描写されていた。


そこにはもう、人間にランク(点数)をつけ、能力の低い者をリソース不足として切り捨てる冷酷な選別アルゴリズム(ジレットの仕様)は1行も存在しなかった。

新しいシステムに記述された唯一の基底プロトコル。それは、**『人間が人間らしく生きる過程で生み出す不確実性(感情・迷い・失敗)を、システムは「バグ」として排除してはならない。それは世界の進化に必要な「仕様」であり、不具合が生じたならば、その都度、全員でツギハギのパッチ(対話と修正)を当てて更新し続けること』**。


完璧な調和ディストピアを捨て、人間が人間らしく、不器用に明日を選べる「遊び(バッファ)」のある世界の夜明け。


「……やりやがったな、新入り」

大階段の最上段、テオの真横で、鉄骨に背を預けたロックが、過負荷でボロボロになった生身の身体を震わせながら、最高の不敵な笑みを浮かべた。彼の機械義手は完全に消滅し、生身の腕も傷だらけだったが、その瞳には、地上の神の論理を最期までへし折り続けた、ハードウェア・エンジニアとしての誇り高い輝きが満ち溢れていた。


「ああ。コンパイルは、完全に通ったよ、ロック」

テオは額のゴーグルをゆっくりと外し、自分の生身の目で、ライトグリーンに輝く新しいアルカナ・コアの光を見つめた。


(テオ……! 世界が、みんなの心が……元に戻っていくよ……!)


テオの右手に、そっと、驚くほど温かい小さな手のひらが重ねられた。

セレナだった。

ジレットの精神世界の底から、テオが命がけで救い出した彼女の魂(意志)。それが、新しくリブートされた世界の優しい光の中で、完全に彼女の肉体へとリンク(定着)していた。彼女の声は戻らない。喉の魔導回路は焼き切れたままであり、言葉を発することはできない。しかし、テオを見つめるそのライトブルーの瞳から流れる涙は、システムに強制されたデータなどではなく、彼女自身の「心」が紡ぎ出した、世界で最も美しい人間のノイズ(感情)だった。


テオは彼女の手を強く握り返し、中央管理塔のへし折れた壁の向こう側に広がる、新しい魔導都市の夜明けの街並みを静かに見下ろした。

妹ミアを殺した理不尽な仕様ルールとの、エンジニアリングの思想を賭けた長きにわたるハッキング・アクション。それは、泥だらけの地下世界で磨き上げられた4人の技術者たちの執念と、不確実な明日を求めた数百万の人間の意志バグによって、いま、完璧な『コンパイル・サクセス(大逆転)』の結末を迎えたのだった。

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