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0.01度の特異点 ―計算不能な未来へ―  作者: 最後に残った形


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第4章 第1話:0.01秒の変質世界


「――システム・アップデート、第1段階、適用」


天の彼方から響く『神の声(OS)』の無機質な機械音声は、世界の終わりの始まりを告げる合図だった。


直後、廃棄区画の張り詰めた空気そのものが、不気味に、そして致命的に「変質」した。


「ガハッ……! ゲホッ、ゴホッ……!」

隣を歩いていたロックが、突如として胸をかきむしり、激しく地面に膝をついた。肺に流れ込む酸素の熱量が、まるで沸騰した油のように彼の気道を焼いているのだ。


テオもまた、激しい目まわりに襲われ、周囲の壁に手を突いた。

世界が、おかしい。

呼吸をする。壁に触れる。一歩を踏み出す。そのあらゆる日常の物理挙動が、脳の認識とほんのわずかに、しかし決定的に『食い違って』いた。


「ロック、しっかりしろ……! 奴の『環境パッチ』の第1段階が当たったんだ」

テオは額のゴーグルを叩き、強制的にワイヤーフレームの視界を展開した。だが、レンズの奥に広がった光景に、テオの瞳は戦慄に引き絞られた。


いつもならクリアな緑色の数式で描写される世界の構造。それが、今や目まぐるしい速度でライトレッドの文字へと書き換わり、狂ったように数値を変動させ続けていた。


『環境定数:流体摩擦係数 0.12 ⇒ 0.45 ⇒ 0.02』

『魔力伝導率:1.00 ⇒ 8.44 ⇒ 0.00』

『アップデート・インターバル:10ミリ秒(0.01秒)』


「0.01秒毎に……世界の物理法則が、書き換わっている……!?」

テオの声が驚愕に震える。


最高監査役ジレット。奴が選択したのは、バグを個別に修正することではなかった。ベースとなる世界の物理定数そのものを0.01秒という極小の時間単位で強制変動させ、バグが発生する前提となる『数式の土台』そのものを物理的に消去デリートする狂気のプログラム。


ウゥゥゥゥ――ッ!!


不気味な高周波の駆動音と共に、頭上のダクトからジレットの先遣ドローンが三機、滑り降りてきた。

その赤い単眼は、この変質世界の中でも完全に安定して光を放っている。ジレットの操るドローンだけは、0.01秒毎に変わる物理法則のシード値をメインサーバーから先手で受信しているため、完全に最適化された動きを維持していた。


「ノイズを検知。これより強制排除を実行します」


ドローンが銃口を向け、魔力の光弾を放つ。


「チッ、舐めるな……!」

テオはスパナを構え、その光弾のベクトルの歪みを捉えようとした。いつものように、0.01度だけ角度をずらし、周囲の壁に反射させて自滅させる――。


しかし。


キィン――ッ! と、テオのスパナが空を切った。


(な……に……!?)


テオが狙った瞬間に、空間の魔力伝導率が激変したのだ。光弾はテオの予測した軌道を完全に裏切り、直角に近い角度で急加速し、テオの頬をかすめて背後のコンクリートを爆砕した。


「無駄だ、テオ・アルカディア」

ドローンのスピーカーから、ジレットの冷徹な声がノイズ混じりに響く。

「この世界において、君が拠り所としていた『固定された物理定数』はもう存在しない。君が0.01度の歪みを計算し終えた瞬間、世界は既に次のルールへと書き換わっている。君のデバッグ(ハック)は、今やただの『存在しない数式への空振り』だ」


ベースとなるルールが目まぐるしく変わる世界では、どんな天才デバッガーも、ただの無能なノイズに成り下がる。


「ガガ……アア……ッ!」

背後では、ダークセクターの住人たちが、世界の摩擦や重力の急激な変質に細胞の結合ロジックが耐えきれず、皮膚から電子ノイズを散らしてバタバタと倒れ始めていた。


テオの足元が、また0.01秒のインターバルで書き換わる。

物理法則すらも敵に回したジレットの圧倒的な絶望を前に、テオのスパナを握る手が、初めて完全な無力感に震えていた。

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