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兵の風と鐘の音にさらわれた少年  作者: 炭酸水
第二部 鐘が響く前に
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第78話 つながりゆく道の先で

寒さはまだ残っている。吐く息は白く、朝の地面には霜が降りることもある。それでも、森の空気には確かに冬とは違う匂いが混じり始めていた。


エドリックたちは変わらず、隣の拠点へとつなげる道の開拓に取り組んでいた。

毎日斧を振り、木を倒し、幹を寄せ、枝を払い、道を延ばしていく。

同じ作業の繰り返しのはずなのに、日を追うごとに森の表情は少しずつ変わっていった。


拠点に戻れば、防壁の完成も間近だった。丸太を組み上げた木の砦は、すでに外周を覆い、今はその内側で櫓の建設が進められている。高く組まれた足場の上では、町から来た職人たちと数名の兵士が、弓兵や見張りが立てる建物を黙々と組み上げていた。


かつて防壁班として作業していた者たちも、今ではほとんどが伐採班に回っている。

薪割り班は最低限の人数だけが残され、斧を振る主力は森へ向かった。

拠点を守るための仕事から、道を通すための仕事へ――

役割は自然と一本に絞られていった。


終わりの見えない作業だと思っていた伐採も、ある日を境に違って見えるようになった。

森の奥、切り開かれた道の先に、隣の拠点の伐採班の姿が見えたのだ。


それは、ほんの小さな点のような光景だったが、

「終わりが近い」

そう実感するには十分だった。


それからは、誰もが春までに作業を終わらせようと、無言で斧を振るようになった。

声を掛け合わなくても、動きは自然と速くなる。

全員が同じ期限を意識していた。


バルデ砦から送られてきた牛たちも、大きな助けになっていた。

これまで何時間もかかっていた伐根作業は、縄を掛け、力を借りることで驚くほど早く進む。根が抜けた跡に残る土の匂いが、春の近さをはっきりと告げていた。


いつの間にか、親方の怒声も少なくなっていた。

指示は飛ぶが、声を荒げる必要はない。

誰もがやるべきことを理解し、動けるようになっていたからだ。


中には、

「俺たち、兵士だったよな?」

と冗談めかして言う者もいた。


斧を振り、木を運び、道を造る毎日。

気を抜けば、自分たちが木こりの見習いであるかのように錯覚してしまいそうになる。


だがエドリックは、ふとした瞬間に思い出す。

この道の先には、任務がある。

そして、自分たちは兵士なのだということを。


***


「オシッ!」


気合のこもった声とともに、斧が振り下ろされる。

乾いた音が森に響き、木肌が大きく削られた。


伐採作業は、少しずつ佳境を迎え始めていた。

道の先には、すでに隣の拠点から来た伐採班の姿がはっきりと見える。

距離は日に日に縮まり、今では互いに手を止めて声を掛け合えるほどになっている。


エドリックは親方の指示に従い、仲間たちとともに大きな幹を担いで拠点へ運んでいた。

肩に食い込む重みは変わらないが、運び方も息の合わせ方も、いつの間にか身体に染みついている。


伐採が終わりに近づくのに合わせて、新兵たちは通常訓練を少しずつ再開していた。

今、拠点の作業に残っているのは、自分たちのように訓練を終えた新兵と、専門職を持つ兵士たちだけだ。


「そろそろ倒れるぞ!そっちにいる奴は離れろ!」


トマの声が鋭く響く。全員が即座に反応し、木が倒れる方向から離れていく。

誰一人、慌てることはなかった。


伐採作業が始まったのは、冬が本格的になる前のことだ。あの頃に比べれば、今の動きは驚くほど滑らかだった。


――ミシ……

――ドォンッ!


重い音とともに、木が地面へ倒れ込む。


「ようし!倒れたぞ!!どんどん解体していけ!!」


親方の声を合図に、仲間たちが一斉に木へ群がる。

枝を払い、幹を切り分け、材を仕分ける。

ダリルも解体班として加わり、時折、仲間と言葉を交わしながら手を止めることなく斧を振っていた。


「このペースなら、もうすぐ道はつながる!お前たち、気合入れていけ!!」


「「「「「おうっ!!」」」」」


返事は揃っていた。

誰かに強いられたものではない。全員が、同じ終点を見据えていた。


斧の音と掛け声が重なり、森に熱がこもっていく。

永遠に続くように思えた作業は、確実に終わりへと向かっていた。


そしてエドリックは、ふと胸の奥で思う。

道がつながるその先で、自分たちは再び兵士として歩き出すのだと。


***


拠点近くまで幹を運んでいると、訓練場の方角から怒声が響いてきた。

鋭く、腹の底に届くような声だ。


ガレスの声だった。


「遅い!そんなざまではすぐに倒されるぞ!!もう一度!!」


「はいっ!!」


新兵たちの返事が、揃って返ってくる。最初の声は大きく、勢いもある。


だが、エドリックや他の訓練兵を卒業した兵士はわかっている。

元気なのは今だけということが。


日が傾き、訓練の終わりが近づくにつれて、その返事は次第に張りを失っていくことを。

乱れた呼吸と重くなった足取りでも、ガレスは容赦なく叱咤してくる。夕方になり、返事が小さくなればなるほど、訓練は終わらなくなる。それを、エドリックたちは嫌というほど知っていた。


エドリックは幹を肩に担いだまま、無意識に視線をそらした。


(……これから毎日、ああなるんだろうな)


そう思った瞬間、胸の奥がわずかに重くなる。


ふと横を見ると、同じ幹を運んでいる仲間たちも、似たような表情をしていた。

誰も口にはしないが、考えていることは同じなのだろう。


訓練のきつさ。

声が出なくなるまで追い込まれた日々。

身体が覚えてしまった、あの感覚。


斧を振るい、木を運んでいる間は、どこかで忘れていられた。

だが、こうして怒声が聞こえてくると、否応なく思い出させられる。


自分たちは木こりではない。兵士ということを。


エドリックは幹を下ろし、短く息を整えた。

春になれば自分たち小隊は合流して、戦争の先駆けとして敵国に侵入する。

他の兵士たちはそれぞれの戦場に向かうことになるだろうが、一番危険なのは間違いなく自分たち独立奇襲小隊の七人だろう。


そう考えると、これまでの作業が永遠に終わらなければいいと、思ってしまうこともある。しかし、そうはいかない。


「そろそろ行こうぜ。まだでかい幹は何本かあったからな」


仲間の一人がそういうとエドリックを含め、他の仲間たちも伐採作業をしている場所に向かおうとする。


エドリックがふと地面をみると、ほんの少しだが緑色の雑草が新芽を出していることに気が付いた。春がもうすぐやってくる。


***


「よーし!今日はここまでだ!」


親方の声が、森に響き渡った。


「このペースなら、あと一週間もあれば道はつながる!明日からは伐根班を増やしていくぞ。お前ら、明日も気張れよ!」


その号令とともに、今日の作業は終了となった。

兵士たちは斧や鋸を所定の場所へ戻し、それぞれが肩を回しながら、食事が提供される広場へと向かっていく。


「おーい、エドリック!トマ!俺たちも行こうぜ!」


ダリルがこちらに向かって大きく手を振った。

あまりに元気な様子に、疲れていないのではないかと錯覚してしまうほどだ。


「ダリル……お前、本当にすごいな。疲れてないのか?」


エドリックがそう言うと、ダリルはきょとんとした顔をした。

「はぁ?疲れてるに決まってんだろ。何言ってんだ?」

あまりに当然のように返されて、エドリックとトマは顔を見合わせ、思わず小さく笑ってしまった。


「そうだね。ダリルもちゃんと疲れてるよ」

トマが穏やかに言う。

「今日は自主訓練はなしだって、オズワルから聞いてる。早く食事をして、休もう」


「そうだな……今日はずっと大木を運んでたから、さすがに疲れたよ」


三人でそんな話をしながら、広場へと歩いていく。

ダリルはまだ完全には話の流れを理解していない様子だったが、元気なのは悪いことではない。


広場が近づくにつれ、がやがやとした声が耳に届いてきた。

湯気の立つ鍋の匂いと、人の気配が混じり合う。


その中で、見覚えのある背中が目に入った。

レナードと話している人物が、こちらを振り返る。


「ん?久しぶりだな、三人とも」


ロランだった。


「ロラン!久しぶりじゃねぇか!元気だったか!?」

ダリルが真っ先に声を上げる。


「ああ。二人も久しぶりだな」

ロランはうなずき、エドリックとトマにも視線を向けた。


「ああ、久しぶり。」

「久しぶりだね。砦の任務はもう終わったのかい?」


懐かしい顔に、自然と気持ちが和らぐ。

これで、小隊の中でまだ合流していないのはミロだけだ。


「ロランも、明日からはこの拠点で働くことになる。まあ、お前たちと違って、ロランは狩りの担当だがな」

レナードが補足する。


「それと――」

レナードは一息置いて続けた。

「明日からは、俺もお前たちと一緒に作業を手伝う。久しぶりの現場作業だから少し不安もあるがよろしくな」


「えっ、レナードも手伝うのか!?でも現場作業なら、俺たちの方が先輩だぜ。指示にはちゃんと従えよな!」

ダリルがすぐに調子に乗り出す。


「……お前は本当に……」

レナードは言葉を切り、苦笑いを浮かべた。


「まあまあ。ダリルの性格は変わらないから。それより、食事にしよう。ロランとレナードはもう食べたのかい?」

トマが間を取り持ち、二人に問いかける。


「俺とレナードは先にいただいた。これから一緒に、ガレスや他の上官のところへ行って、状況の説明と報告をしてくる」


「じゃあ後でな」


そう言って、二人は訓練場の方角へと歩いていった。

怒声が響いていた場所へ、今度は報告と指示のために向かうのだろう。


エドリックは、その背中をしばらく見送ってから、息を吐いた。

道は、もうすぐつながる。そして人も、こうして少しずつ集まってきている。


春とともに、すべてが動き出そうとしていた。



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