食堂での邂逅
食堂は賑わっていた。アルガとステラの100戦目を記念するというのはおばちゃん達が勝手に企画したものだが、そうでなくても先程の決闘を観戦していた人達がしきりに声をかけてくるのだ。
「藻屑くんはまだまだ大きくならないねぇ。でも勝とうと頑張ってるところが可愛いのよね」
「もちろん藻屑くんが勝ってくれたらお姉さん賭けで儲かっちゃうけど、別に無理に戦わなくてもいいのよ? お金がないならお姉さんが家に泊めてあげるからね?」
「そんな可愛い顔して、決闘の時は目に力込もってるのがキュンとくるのさ」
アルガに声をかけてくるのはこの決闘都市デュエラに住む貴婦人風の奥さん方。そしてアルガよりも体格の良い、等級も高い女性決闘士の面々だった。
この婦人方からの人気から分かるようにアルガはとても可愛らしい顔立ちをしていた。一歩間違えれば女の子に間違われてしまいかねないような。とはいえアルガ本人にとっては不満の種で、男らしくない自分の体格と顔立ちに反抗するかのように、口調だけは一丁前に息巻いていた。
「俺は決闘士をやめねぇよ。そんでS級になって……!」
憧れのフォルテさんと決闘をして、そこで自分の想いをぶつけるのだとアルガは決心していた。
一方、アルガの向かいに座るステラの方にもたくさんの声がかけられていた。
「今日も綺麗だったな! 戦ってる間も見惚れちまいそうな表情してたぜ!」
「なんで星屑姫のような麗しい女の子が決闘士になったのか。でも応援している。怪我だけはしないようにするといい」
「いつだって俺の元に来いよ! その輝きを失った時には俺が磨いてやるから!」
ステラに声をかけるのは決闘士の男衆がほとんどだった。
決闘都市デュエラに娯楽を求めて他国からやってくる者にとってはF級の試合など見るにも値しない。そのため同じ決闘士としてステラを応援する者、その容姿に惚れた者、あわよくば関係を発展させようとする者からの応援が多かった。
それでもステラは強気にかけられる声を跳ね返す。胸に決めた想いがあるのだから。
「アタシは決闘士をやめないわ。それでS級になって……!」
憧れのオルター様の前に再び立てるようになったら、そこで自分の想いをぶつけるのだとステラは決心していた。
「星屑姫に幸せを教えてやるのは俺だって!」
「藻屑くんを優しく抱きしめてあげるのは私なのよ!」
そんな二人を放置して、周囲はアルガとステラが誰のモノなのかと争い始めた。誰もが自分のモノだと主張し、決闘で決着をつけようなどと言い始める始末。本人たちを差し置いて。
それは流石に無視できないと思ったのか、アルガとステラは同じタイミングでため息を吐く。
「俺は誰のモノでもねぇから。それに……」
「アタシは誰のモノでもないわ。それに……」
キッと食卓を囲む群衆を見渡して、二人はそれぞれ声を発する。
「俺、好きな人いるし!」
「アタシ、好きな人いるから!」
「「被せんなっ!」」
睨み合う二人。そこに食堂のおばちゃんが料理の乗った皿を持ってやってくる。
「そりゃそうよねぇ。目の前にいるものねぇ」
コトン、コトンと二つ皿を置いて、ニヤニヤとおばちゃんは去っていく。皿に盛られたパスタはとても美味しそうで食欲をそそられるが、それ以上に二人はおばちゃんの一言が気に食わなかった。
「なわけねぇだろ!」
「そんなわけないでしょ!」
それからは黙々とフォークを口に運んでいた。食事が始まったとなって周囲の喧騒も解散している。向かい合って座らされた二人の間に会話などあるわけもなく、ただおばちゃんの作ったパスタに舌鼓を打っていた。
それはアルガにとって初めて食べる味なのに、どこか故郷を思い出させる味をしていた。彼に帰る故郷などないというのに。それでも懐かしさを感じる味付けに思わず言葉が漏れていた。
「これは……ある種の魔法か?」
魔法。それは数少ない人に発現する奇跡の力。本来の自分には成し得ないことを起こす異質な力のことである。どのようにして人は魔法を習得するのか。習得できたとして一つだけなのかそうでないのか。未だもって全く分からない。だが、実際に魔法が発現している者がいるのは確かで、決闘士においても魔法の有無がB級昇格への壁の一つだと言われている。
「何言ってんのよ急に?」
魔法など発現しているわけもないくせに、いきなりどうしたのかと訝し気な視線を飛ばすステラ。だが、唐突に発現しないとも限らないのだ。先程の決闘をきっかけにアルガが魔法を発現したのではないかとステラは疑っていた。
「いや、おばちゃんのパスタに懐かしさを感じて。ステラは感じないか?」
「懐かしさ? 言われてみれば確かにそんな気もするかも……」
ステラもアルガと同様に、自分の故郷などというものは存在していなかった。
二人がこの決闘都市デュエラにやってきてからの5年間。孤独感を感じずに生きてこられたのは都市の人々の温かさによるものか。それとも同じ境遇の人物が近くにいたからか。
なんにせよ、二人にとっては不思議な味のするパスタではあった。実際はただ他国から入ってきた珍しい調味料が入っていただけなのだが……。
「そうだろ? だから実はこれがおばちゃんの魔法って可能性も……」
「そんなわけないでしょ……。あ、でもアンタにはお似合いの魔法じゃない? 藻屑の調味料を出す魔法……ふっ」
「あ、ステラお前今鼻で笑っただろ!? もう一戦やるか!? 忘れてるかもしれねぇけど今日勝ったの俺だからな!」
鼻息を荒くしてパスタを頬張るアルガ。それを鼻で笑って軽く受け流し、一巻き一巻き丁寧に口に運んでいくステラ。
そんな二人にまたしても声をかけてくる二つの影があった。
「ははっ、噂通り仲が良いんだね」
「……美味しそう」
声だけでその人物が誰かなど分かるわけもなかった。それは毎日のように闘技場に顔を出せば声をかけてくるファン達ではなかったから。だから、かけられた言葉に純粋に反応して、ただ反射するかのように振り返りながら叫んだ。
「「仲良くないから……っ!?」」
そしてアルガとステラは固まった。手に持ったフォークはカタンと音を立てて皿の上に落ち、口はあんぐりと開けたまま。
何故なら二人の目の前にいたのは……。
一人は男性。
さらりとした金髪に透き通ったような碧眼。身長も高く、堂々とした佇まいだが決して体格が角ばっているわけではない。凛とすました雰囲気に優し気な目元。決闘士というより他国からやってきた貴族とやらだと言われた方が信じられそうな見た目だが、この都市で彼のことをみくびる者はもういないだろう。
何故なら彼はS級決闘士であり、そしてステラの憧れの人。
S級決闘士“裁き”のオルター。この都市でも数少ない最高峰の決闘士であり、齢20にしてその座に昇り詰めた天才だった。
一人は女性。
肩口に切りそろえられた綺麗な黒髪に、少しばかり眠たそうな黒い瞳。体の線は細く、とても力のあるようには見えないが、その姿を見て彼女のことを弱小決闘士などと思う者はいない名の知れたS級決闘士。ステラと同じく華奢で可憐ではあるが彼女のことを姫などと呼称する者はいない。
天井知らずの大剣使い。そしてアルガの憧れの人。
S級決闘士“無天”のフォルテ。オルターと同じく齢20にしてその座に昇り詰めた天才だ。
「「なん……で?」」
またしても発した言葉が被ってしまったことを気にする余裕は二人にはなかった。それをオルターは愉快そうにくすりと笑うとこう続ける。
「初めまして星屑姫、それと藻屑騎士。知ってるかな、僕はオルター。こっちはフォルテ。最近、君達のおかげで第七闘技場も盛況しているみたいでね。やる気に火がついてるんだ闘技場の運営陣も。それで一つ企画を用意したみたいでさ。僕達がゲストとして呼ばれることになったんだ。今日はその挨拶があってね。たまたま食堂に寄ったら君達がいたからさ」
「……そのパスタ私も食べれる?」
オルターとフォルテは二人のことを憶えてはいないようだった。いや、アルガもステラも自分達のことなど意識すらされていなかったのだと分かっている。ただ5年前に一度会った時のことがきっかけで、勝手に憧れているだけなのだと。
それでも、今目の前に二人の憧れがいることには変わりなく、ぎこちなく動く人形のようになった二人はなんとか会話を返そうと努力する。
「き、企画って何ですか!?」
「あ、お、俺の食べてください! もうお腹いっぱいなんで!」
顔をまじまじと見合わせることなどできなかった。チラチラと視線だけ向けながら、特にアルガは自分が何を言っているのかもよく分からなかった。
「君達は多分出ることになるだろうから教えちゃってもいいかな? どうやらデュエラ初の2対2形式の決闘トーナメントを企画してるみたいだよ。しかも男女ペアの。きっと君達の功績だね」
「……うん、これはめんつゆの味」
第七闘技場が、アルガとステラによってもたらされた今のこの盛況っぷりの波に乗るべく企画した男女ペア同士による決闘大会。デュエラではタイマンでの決闘の歴史が続いていたこともあり、この企画は都市初となる複数人での決闘になる予定だった。その注目度をさらに増すために、第七闘技場は今を馳せるS級決闘士オルターとフォルテのペアを決勝からの特別シードペアとして招待したのである。
「そんな企画があったんですか。知りませんでした……」
「優勝したら豪華ホテルのペア宿泊券がもらえるんだってよ。君達も頑張ってね。じゃあ……行くよ?」
「……美味しかった。ごちそうさま」
ひらひらと手を振ってこの場を去るオルター。そしてどこか満足そうにその後をついていくフォルテ。
だが残されたステラの表情は固まっていた。先程まで自分の食べていたパスタに手を付けるフォルテの姿を見て浮ついた表情をしていたアルガも同様に。
「優勝したら……」
「豪華ホテルのペア宿泊券……?」
「オルター様は決勝からで……」
「フォルテさんは当然優勝するだろうし……」
「「ホテルになんて行っちゃダメ!?」」
顔を赤く染めて二人は席をガタンと立った。
そしてキッと顔を見合わせて、この後にお互いが何を言おうとしているのかはもう分かっていた。
「絶対に優勝させちゃダメよ! オルター様があんなことやこんなことなんて……!」
「ちょっと想像して照れてんじゃねえよ! フォルテさんにそんなこと……さ、させねぇからな!?」
「アンタだって鼻の下伸びてるわよ! とにかくほらっ」
「おう、まあ一旦な?」
お互いに差し出された手を握った。
星屑姫と藻屑騎士の大会参加が決定した瞬間だった。




