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三十年戦争史《der Dreißigjähriger Krieg》  作者: 仁司方
第四幕 スウェーデン戦争(1630〜1635)
39/63

霧のリュッツェン《Lützendimma》


 一六三二年一一月一六日――


 ライプツィヒの南西一二マイルほどにあるリュッツェン市の東郊外にて、スウェーデン王グスターヴ二世アードルフと神聖ローマ帝国総司令アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインはそれぞれの軍勢を率いて相対した。


 北側に帝国軍、南側にスウェーデン軍の戦列が展開していた。布陣はどちらも中央に歩兵隊を置き、両翼に騎兵隊、後方に予備を配していた。砲兵はスウェーデン軍は中央の左前線に、帝国軍は中央右前線と右翼に分散しての配置だった。砲の数はスウェーデンのほうが多く、その上集中配備になっている。ただし、帝国軍が右翼に砲を展開したところは、ちょっとした丘になっており、風車小屋が並ぶ防御陣のような地形だった。迎え討つ体勢となった帝国側は、自陣の最前線に塹壕を掘ってマスケット隊を配し、この防衛ラインで、数では優るスウェーデンの突破力を削ごうと企図していた。


 ヴァレンシュタインは、新たに徴募した軍団にこれまでの帝国式とは異なる訓練と編成を施していた。スペインを範とする方式から、スウェーデンに対抗できるよう、組織を改めたのである。その新編成を組むにあたって役立ったのが、デンマーク人であるホルクだった。


 プロテスタント各勢力が手本としたオランダ式の軍学に通じ、隣国でありスカンジナビアの覇権を争う仲であるスウェーデンの研究をしていたホルクは、ヴァレンシュタインにとってうってつけの幕僚であった。

 ヴァレンシュタインはブライテンフェルトでのティリーの敗北から学び、調練要綱を定めてホルクに練兵を任せた。また、改良マスケットを導入するなど、装備の面でも時代遅れになりつつあったスペイン式からの脱皮を遂げている。


 とはいえ、一年足らずのにわか仕込みであり、完全な刷新はできていない。スウェーデンは騎兵隊にも随伴歩兵をつけ、機動力を犠牲に柔軟性や守勢での粘りを付与していたが、帝国軍の騎兵は以前とさして変わりがなかった。

 それでも、ティリーまでの歴代各将が持っていた軍に比べれば、より新たな装備に適合し、変化しつつある戦術思想に沿う近代化が図られていた。スペイン(スパニッシュ)方陣(テルシオ)の原型は、マスケット銃登場以前、射撃武器はクロスボウだった時代の産物なのである。


 ヴァレンシュタインが中央を、コロレドが右翼を、ホルクとピッコローミニが左翼を指揮していたが、このとき総司令であるヴァレンシュタインは痛風の発作が初冬の寒気のために極めて悪化しており、実質はホルクが中央および全体の最高指揮権を受け持っていた。帝国軍の戦術は基本的に防御であり、待ちの態勢である。


 グスターヴにとって、ヴァレンシュタインの新帝国軍はこれまでの敵とは違う、自らと同じ次元にまで昇ってきた、いわば鏡像のような存在だった。加えて、副将格だったホルンとバナーがドナウとライン河の連絡線を保持するため別行動しており、トルステンソンはアルテ・フェステで捕虜になっていたため、スウェーデンの将軍だけで全戦域の指揮を執ることはできなかった。


 グスターヴは中央をクニップハウゼンとブラーヘに預け、自らはもっとも攻撃的な編成をした右翼を直轄し、ザクセン・ヴァイマール兄弟の下のほう、ベルンハルトに左翼を任せた。序列としては、ホルンとバナーが不在のため、グスターヴに次ぐのはベルンハルトであった。


 グスターヴの性格的にも、ここまでの戦略目的に対する機動からしても、スウェーデン軍の戦術は必然として攻勢であり、常に移動していかねばならない。当時の通信手段では全体に対する指揮を保持することは不可能だった。グスターヴ自身が各戦線に馬で乗り入れることでのみ作戦の変更が実施される。



 午前五時――


 ヴァレンシュタインがパッペンハイムを呼び戻す早馬を出したと知っていたグスターヴは、可能なかぎり早く攻撃を開始しようと考えていた。しかし、空には雲がほぼかかっていない快晴であったにもかかわらず、リュッツェン周囲には霧が立ち込め、視界を閉ざしていた。陽が昇っても大地に張りついたように霧がわだかまり、敵陣どころか味方の位置すらわからないほどであった。


 パッペンハイムの来着で不利になるだろうと、クニップハウゼンは撤退を進言したが、グスターヴの決意は揺るがなかった。ここで決戦を取りやめにしても、来年の春を待ったところで、有利になる要素はないとわかっていたのである。


 確かに春になればスウェーデン本国から一万かそこらの増援を呼ぶことはできるが、ヴァレンシュタインはそれ以上の軍を動員しているだろう。ドイツ内での募兵競争で、ヴァレンシュタイン以上の条件を出すことはスウェーデン側には不可能だった。ここで戦勝をもぎ取って、外交攻勢との合わせ技で春までに皇帝フェルディナントを屈服させるしかないのだ。


 それができないなら、フランス軍を戦場に引っ張り出すほかなくなる。だがそうなれば、いずれフランスとスウェーデンによる覇権闘争となることは避けられない。グスターヴは確かにドイツに新たな王朝を建てるためにやってきた。しかし、この地を舞台にフランスと最終戦争になだれ込み、ドイツを滅亡させようと思っているわけではないのだ。


 午前九時――


 ようやく、方向感覚もあやしいほどの濃霧ではなくなった。グスターヴは敵軍のほうへ向け軍を前進させ、砲撃も開始させた。ただし、敵陣の方角へとりあえず撃ってみるというだけで、有効射となっているかなっていないのか確認する方法はなく、見当違いのところへ連続で弾を送り込む愚を避けるため、各砲は射撃ごとに角度や方位を変えながら弾を撒いていた。

 反面、有効射があっても次弾はべつの場所へ飛んでいくということで、決定打にはなりえない。帝国軍も、おざなりに砲撃を返してきた。


 痛風の劇甚と相まってヴァレンシュタインを苛々させたのは、朝には到着するはずのパッペンハイムが戻ってこないことであった。実は、パッペンハイムは前日のうちに与えられた仕事を熱心にこなしており、結構な軍税と物資を徴収していたために、行軍が遅れていたのである。


 午前一一時――


 完全には晴れないまでも、霧はようやく戦闘可能な薄さになってきた。とはいえ、戦場の全体を見渡すことはできず、相対している敵軍の隊列と、自分が属している隊列を視程に収めるのがせいぜいであった。グスターヴは攻撃開始を命じ、自らも先陣に立って帝国軍左翼へ襲いかかった。


 王が親率するスウェーデン右翼は有利に戦いを進めたが、中央と左翼は塹壕とマスケット隊で構築された帝国側防御線と砲撃により、前進を阻まれた。とくに戦場の西端のリュッツェン市にどの程度敵が配置されているのかわからず、左翼のベルンハルトは慎重になっていた。


 スウェーデン軍をリュッツェンの市街や風車小屋の丘に誘い込む算段だった帝国軍は、あてがはずれたが、風が北西から南東へ流れていることを利用して、街に火を放った。黒煙がスウェーデン軍左翼を覆い、視界を塞がれたベルンハルト部隊をクロアティア騎兵隊が襲った。ブライテンフェルトの緒戦を再現しようと図った帝国軍騎兵隊の強襲だったが、ヨハン・ゲオルクよりもはるかに胆力のあったベルンハルトは、持ち場を守って退がらなかった。


 午後一時――


 霧から霞に変わってなお消え去らない天然の煙幕と、リュッツェン市からの黒煙、大砲とマスケットの排煙が混ざり合って、視界は再び悪化していた。

 グスターヴはブライテンフェルトのときと同様に、馬を駆って各部隊を激励し、指示を与えながら回っていたが、スウェーデン右翼部隊は帝国軍の防衛線を突破していたにもかかわらず、中央では押し込めていなかった。


 側面をさらしている右翼が敵中央から横撃を受けないよう、グスターヴはクニップハウゼンとブラーヘに前進を促すため指示へ向かった。だが、見通しが利かない中、グスターヴはわずかな従者を連れたのみで、帝国軍の前線よりも内側に入り込んでしまっていた。


 ピッコローミニ麾下の騎兵隊が、一〇騎足らずのスウェーデン王たちに気づいて四方から迫ってきた。グスターヴは、従者のひとりフランツ・アルブレヒトへ味方を呼んでくるよう命じたが、複数の方向から飛んできた銃弾が、王の左肘と背中に命中し、さらにその乗騎ストレイフも頸に弾丸を受けた。

 グスターヴの身体は鞍から落ち、鐙でどうにかストレイフに吊り下がっていたが、殺到する帝国騎兵たちと、王を救い出そうとする護衛たちの乱戦によって、その姿は見えなくなった。


 ……しばらくのちに、騎手不在のストレイフが頸に負った傷の痛みに苦しげな様子で戦場を彷徨っている姿が、スウェーデン、帝国双方の士卒に目撃されている。


 グスターヴが地面に落下したところまでは見たピッコローミニが報告し、帝国将ホルクは、すぐにスウェーデン王が死んだと情報を流布して、味方の士気を高め、敵の意志をくじこうとした。しかし、目の前の敵以外はなにも見えないほど煙霧は濃くなっており、噂はさほど将兵の心理に影響を与えなかった。

 敵も味方も部隊同士の連携が困難となり、いまだ改革途上で指揮体系の細分化が進んでいない帝国軍に対し、部隊単位での指揮権の明確化が徹底しているスウェーデン軍が、無数の小規模戦闘の連なりと化した戦域全体でわずかずつ押していった。


 午後二時――


 ようやく、パッペンハイムが三〇〇〇の騎兵を率いてリュッツェンへ帰ってきた。帝国軍陣の最後尾、補給隊の馬車の中で寝込んでいたヴァレンシュタインは起き出し、おそらくは直接に遅参のパッペンハイムを叱り、指示を与えたはずである。パッペンハイムは西側からやってきたにもかかわらず、戦場の後方を大回りして、もっとも劣勢である帝国軍左翼の援護に取りかかっているからだ。

 帝国側では一番騎兵の扱いに長けたパッペンハイムの猛攻は、スウェーデン右翼を圧倒し、ほとんど開戦時の状態にまで戦線を押し戻した。


 だが、ここでヴァレンシュタインが意を用いた戦場選びそのものが、パッペンハイムに不幸をもたらす。


 グスターヴ対策として川と人工の水路に囲まれたリュッツェン周辺を選んだヴァレンシュタインだったが、それは自軍騎兵隊の機動を阻むのにも同じく働いた。敵背面に回れなかったパッペンハイムは次善の策として水路沿いに側方からしかけ、スウェーデン右翼部隊からすれば、視界が利かなくとも敵がどこからくるのか予測しやすかった。


 午後三時――


 パッペンハイムは胸に二発の弾丸を食らって落馬し、大砲を牽引するための二輪馬車によって後方へと運び出された。


 そのころ、スウェーデン軍の将兵は、グスターヴが死んでしまったかどうかはべつとして、少なくとも負傷なりの事情があって戦場を離れたのは間違いないと察するようになっていた。各部隊を順に督励して回っていた王が、やってこなくなったからである。副将のひとり、ブラーヘも重傷を負って後退していた。

 指揮権二位だったベルンハルトは、王が負傷された、と慎重な発表をし、自らが全軍司令を引き継ぐと布告した。


 午後四時――


 スウェーデン側の全面攻撃が始まり、左翼と中央が防衛線を突破し、帝国軍前線の砲座を、ついで風車の丘の砲座を奪取した。反面これまで優位だった右翼部隊は、パッペンハイム当人こそいなくなっていたが数で不利になっており、敵を圧倒はできなかった。しかし帝国軍には左翼に大砲がなく、スウェーデン軍の攻勢を支える以上のことはできなかった。


 左翼の帝国将ピッコローミニは乗騎を三頭撃ち倒され、自身は七発の弾丸で負傷しながらも踏み留まったが、スウェーデン側へ押し込む余力はもう失われていた。リュッツェン市側では帝国軍が明確に片翼包囲されつつあり、戦線の崩壊は時間の問題だった。


 午後六時――


 パッペンハイム隊の歩兵三〇〇〇がリュッツェンに到着した。だが大砲が奪われていたことから、ヴァレンシュタインは逆転を企てるよりスウェーデン軍の追撃を防いで後退するほうが重要だと考え、消耗していない新着の兵に街道の防御をさせてライプツィヒへ退却することを選んだ。


 スウェーデン軍は増援の加わった帝国軍に追い討ちをかけることはできず、また、なにより行方不明の王を捜さなければならなかったので、ヴァレンシュタインは無事にライプツィヒに退がることができた。



 リュッツェン会戦における帝国軍の戦死者は少なくとも三〇〇〇、重傷者もほぼ同数であった。スウェーデン軍の損害は、四〇〇〇弱の戦死者と一五〇〇強の重傷者である。


 スウェーデン王グスターヴ二世アードルフの遺体は、多くの敵味方の屍に埋まった状態で見つかった。その乗騎ストレイフは保護され、王の棺とともにスウェーデンへ帰ったが、この戦いで受けた傷が原因となったのか、翌一六三三年に死んだ。


 通常の軍馬より一五倍もの高値、一〇〇〇ターラーでスウェーデン王のために買い入れられていた優駿ストレイフは剥製になり、今日でもストックホルムの博物館に展示されているが、作業の手違いから、生きていたころよりずいぶんと小さくなってしまっているという。


 帝国軍の将パッペンハイムは、夜半ごろ、ライプツィヒへ撤退する途中に死んだ。グスターヴが討たれたことを聞いた彼は、ニヤリと笑ったという。その最期まで、勇猛不敵な男であった。ヴァレンシュタインの命で、パッペンハイムはプラハの修道院にて丁重に葬られた。


 スウェーデン軍の将ブラーヘも、この戦いで受けた傷が悪化し、二週間後にナウムブルクの冬営陣地で死去した。


 グスターヴが戦死したのは、以前の対ポーランド戦で受けた古傷のせいで、甲冑を身につけることができなくなっていたのが大きく影響していた。

 重甲冑を身に着けていたパッペンハイムは致命的な部位に二発の直撃弾を受けてなお暫時生存し、ピッコローミニにいたっては七発も被弾しながら最後まで戦い抜いていた。この時代の銃に対しては、至近距離からの直撃でないかぎり、鎧はいまだ充分な防御力を提供していたのである。

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